「たのもーっ!!」
「きゃっ!? ちょ、ちょっと、いきなり何なの!?」
「お前がキングヘイローだな!? 話は聞いてるぞ! 有馬記念、流石だな!!」
「え……ええ? あ、ありがとう……でいいのかしら?」
「おうっ、そんなお前にっ、挑戦状だーっ!!」
「ちょ、挑戦状……妥当って、漢字違うじゃない……明日の午後に共用コースで……って、はぁっ!?」
「お、なんだ! どうした! もう怖気づいたのか!?
ターボは強いぞ! あのテイオーにだって絶対勝つんだ! だから、ここでお前に負けるわけにはいかないんだっ!!」
「そ、そういう問題じゃないわよ! だって、これ……この距離と、それに……っ!
って、ここの筆跡、まさか」
「ええい、つべこべ言うなーっ!
ターボは、ツインターボは、キングヘイローを倒して……最強の逃げウマ娘になるんだーっ!!」
部屋の窓から覗く、カラッとした青空。
その日は練習が休みで、チームのみんなはそれぞれ思い思いに休みを楽しんでいるはずだった。
ウララのJBCスプリントに向けて、本格的にトレーニングを始める前日。そんな秋の真っ盛りの、快晴が続く穏やかな日々だった。
……そのはずだった。
「と、トレーナーさ~ん!!」
「大変です、キングが、キングが~~!!」
――なんて叫びながらトレーナー室に押しかけてきたのは、うちのチームのメンバーであるウマ娘二人。普段からキングの傍に控えていて、呼び出しを受けると登場してキングコールをする、一人はネコ目、一人はボブヘアーの、あの通称「取り巻きーズ」の二人だった。
何事かと落ち着いてもらおうとした俺の事なんて構わずに、すかさず二人は俺の腕を引っ張って学園の廊下を走っていく。廊下は静かに走りなさいだとか、とりあえず事情を話してくれよとかいろいろ言いたかったのだが……人間の何倍にも筋力のあるウマ娘二人が相手では抵抗のしようもない。
かくして俺が連れていかれたのは校舎の外、普段のチームの練習場から少しだけ離れた、模擬レース等で使われるトレセン生共用の芝コースのスタンド席だった。
「お、おま……殺す気か……?」
「ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃ!」
「でもでも、あれ、見て!!」
漸く止まってくれた二人から離れて息も絶え絶え悪態をつく。とはいえ、二人とも意味もなく誰かを振り回すような娘じゃない事は分かっているので、軽くジト目を向けた後に俺は二人が揃って指さす方向を見て。
「……ん?」
――いや、まあキングがいるんだけれども。
問題は彼女が今現在、その共用コースのゲート前で例によっておーっほっほと笑っており、そしてその傍らには今回の対戦相手らしきウマ娘が……。
「……んん!?」
醒めるような青い髪の端が、水色に薄く澄んでいる。赤と青の瞳を併せ持ち、キングに負けず劣らずその小さな背をふんぞり返らせているあの娘は、間違いなく。
「つ……ツインターボじゃねーか。接点あったっけ、あの二人……?」
大逃げウマ娘、ツインターボ。
かの有名な「異次元の逃亡者」ことサイレンススズカよろしく、レース序盤から全力でバ群を突き放してリードする逃げ策を講じるが、如何せんスタミナが足りないせいか、二つのターボが逆に付いてるのか、終盤になるとバテて失速してしまうその無謀なスタイルが有名なウマ娘だ。
だが、それでも模擬レース等ではどんなウマ娘が相手でも大差をつけて逃げようとする姿勢や、減速はすれど決して勝ちを諦めないその根性が、ウララの様に一定数のファンを呼び寄せているとかなんとか。
「い、いやいやそうじゃない。
まあ休みだし勝手だけどさ、キングが誰とレースをしようが……それにしても」
それにしても、だ。
妙に観客が入っている。無論そのほとんどがトレセン学園の生徒と、あとはちらほらとトレーナーの姿が見える程度なのだが、それでもなんだかんだでトレーナースカウトの時と同じくらいの規模の人だかりが出来上がってしまっている。
そもそも差し戦法のキングと大逃げ策のターボでは、ダメとは言わなくともトレーニングとしては相性が悪い。真剣勝負だったとしても……こう言っちゃなんだが、まだデビューすら果たしていないターボとG1で戦っているキングでは、格の差があると思わざるを得ない。
なんか腑に落ちない。どうしてレースを行うのか、そしてなぜこれだけ観客が入っているのか。
だがそれは、直後に聞こえてきたメガホンの声によって……ある程度の予測がついてしまったのだった。
『さーあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 最強の逃げウマ娘は誰か!
今ここにあの時の雪辱を晴らしたい一人のウマ娘が! 頂点を決めるべくやって来ました!
最強のダービー逃げウマ娘決定レース、ここに開幕だよ~!』
「ちょっとあいつ取っちめるから二人とも協力して」
「え、あ、はい……?」
「い、痛いことはダメですよトレーナーさん!?」
すぐに席を立って横の階段を駆け上がる。トレーニングに励むグラウンド上のウマ娘全員に宣伝するかの如く、席の外周に沿って歩きながらメガホンで歌うように語りかけているそのウマ娘の背後を捉えると、取り巻きーズの二人にコッソリ挟み撃ちを指示して。
――そして、満を持してそのぴょこぴょこ左右に揺れている空色の尻尾の端を、ムンズと掴んでやった。
「随分好き勝手やってくれたじゃねーかスカイ」
「ぎゃああああ!? って、トレーナーさん!?」
「さあて」
再びスタンド席。
変わったのは、俺と取り巻きーズに囲まれて、一人のウマ娘が肩身狭そうにしながら薄ら笑いを浮かべていること。
「主犯は君だな、スカイ」
「あー……何のことでしょう? セイちゃんにはさっぱりですよー」
「よし。取り巻きーズ。やれ」
「え、なんですか、ちょっ……や、やめてください、横暴だー! 熱いコーヒー飲ませるなんてひどいー!!
わかった、分かりましたから! そうです、わたしですよ! わたしの仕業ですから〜!!」
――言っておくが、全然熱くないんだぞ。日光に当たって、ちょっと常温位にぬるくなっただけのアイスコーヒーだぞ。君の猫舌がヤバすぎるだけだぞ。
なんて救いの言葉は言ってやらない。だけど自白は取れたので、とりあえず合図を送って、缶コーヒーを持った取り巻きーズを下がらせる。ちなみに二人ともこっちを見てドン引きしている。なんでだ。
「ううっ……ひどい、もうお嫁にいけないじゃないですか」
「何を言うか。コーヒーは人生の友だぞ、夜更かし上等なトレーナーにとっては至福の一杯だぞ」
「セイちゃんは早寝遅起きで健康的な、か弱いウマ娘なんですけどー! ぶーぶー」
そうして文句を言う目の前のウマ娘の名はセイウンスカイ。キングの同期で、「黄金世代」の一人だ。
こう見えても彼女、レースでは数々の作戦を練って競走相手をねじ伏せる策士であり、結果としてあのキングが最後まで苦戦し切ったクラシック三冠のうちの「皐月賞」と「菊花賞」の二冠を手にしているのだ。そしてその頭のキレ具合は、出走時に限らず多少は普段からも発揮されている様で。
「さしずめ君がターボを煽ったんじゃないかい。最強の逃げウマ娘になりたいなら、トウカイテイオーより先に倒すべき敵がいるとか何とか言って」
「ほ〜、そこまで分かっちゃうなんて、トレーナーもウンスちゃんの扱いが上手になってきましたねぇ」
「取り敢えず一人称を統一しようぜ」
……一人称がぶれるくらいには、彼女も捉えどころのない性格の持ち主なのである。
それはともかく。ツインターボだが、同じくまだデビュー前の同期の期待の星、トウカイテイオーに対して一方的にライバル宣言をしていることはそれなりに有名な話だった。
そんなムラッ気というか、喧嘩っ早い彼女はスカイにとっては格好の標的だっただろう。上手いこと言ってキングと戦うように口車に乗せて、かつ二人の対決をそれとなく周りに宣伝して……といったところか。
その結果がこれだ。まんまとターボはキングに挑戦し、ウマ娘の間で地味に広がっていたその噂に少なからずの観客がやってきたんじゃなかろうか。
――しかし、だ。
「……いや、意図が全く読めないんだけど」
うん、何でこんな事をしたのか、さっぱり分からない。
さっきスカイは何つった。「最強のダービー逃げウマ娘決定レース」って、ツッコミどころが多すぎてどこから言及すればいいのか分からん。なんで最強逃げウマ娘の決定戦にキングが出るんだ。さっきも言ったけどあいつの基本戦法は差しだぞ。
もちろん、差し以外にも追い込みも得意だし、それなりに先行策も出来るしで器用なやつだけど。
だけど、逃げだけは。逃げだけは、あいつにとって大きなトラウマが……。
(……あれ?)
日本ダービー。
キングが逃げて、十四着の大敗を喫した、日本ダービー。
そして、今行われようとしている模擬レースの名前は……「最強のダービー逃げウマ娘決定レース」。
「……おやおやー? 気付いちゃったかな〜?」
スカイがしたり顔でそう尋ねてくる。
だが彼女にも伝わっている筈だ。改めて向き直った俺の顔に、隠しきれない緊張が滲み出ている事を。
「どういうことなんだ。スカイ」
キングに「逃げ」を強要し、「ダービー」の名を語る。
それは確実にあいつの心を抉った事だろう。皐月賞の段階ではまだ安定していた筈の彼女のメンタルは、しかしダービーのあの日から確実に崩れ出して、そして、菊花賞で。
「……もし冗談なんだとしたら、幾ら何でもタチが悪すぎるんじゃないのか」
……とは言っても、俺もスカイがそんな性格だとは思っていない。
彼女達「黄金世代」の同期は、それぞれが競い合うライバルながら驚くほどに仲がいい事で有名だ。もちろんそれぞれにある程度の挫折期間があって、例えばキングの場合はクラシック三冠の終わり頃からシニア級で結果を出すまでの間、他のみんなとは事実上の絶縁状態にまで陥ってしまっていたが。
それでも最後には持ち直して、これからもずっと共に走ろうとお互いに誓い合う程の絆を手に入れているのだ。
「トレーナーさんったら〜。
……冗談でこんな事、すると思います?」
「……だろうなぁ」
そして何より、このセイウンスカイというウマ娘に限って、そんな陰湿な事を考えているとは思えない。
かつてキングと特に仲が良かった為に、その分確執も深まってしまったというのに、あいつの初G1勝利となった高松宮記念にただ一人で出向いて、涙を湛えながら彼女を応援する程には……この娘は情に厚い、優しいウマ娘なのだ。
「まあまあ。一旦落ち着いてくださいよ〜。
……ほら、もうレースが始まっちゃう」
促されて、ちらりとレースを見やる。
ターボとキングが二人ともゲートに入る。気づけば周りも静かになっており、直ぐにレースが始まると言った様相を呈している。
「ちゃんと、説明しますから。とりあえずトレーナーさんは、キングの事、ちゃんと見ててあげて下さいな」
――かなり遠目だったが、キングの横顔を見る。その表情は、思ったよりは落ち着いていた。そういやさっきも高笑いはしていたが……あれはキングならどんなに辛くてもやるからノーカンだ。
そういえば。いくらスカイが画策したとは言っても、キングが首を縦に振らない限りこのレースは実現しなかった筈だ。つまりあいつは……「逃げ」と「ダービー」というウィークポイントを彼女に突かれながらも、最終的には自らレースに参加したということになる。
……こっちにも、スカイの手が回ってるんだろうか。
「キングには、なんて言ったんだよ」
「えー? それ、聞いちゃいますー?」
取り巻きーズの二人も気まずいだろうと思い、ひとまずはと強張らせていた表情を両手でぐりぐりとほぐす。そんな俺の気も知らずに、スカイはただ口元に笑みを浮かべていて。
「セイちゃんはこう言っただけですよ。
『ダービーを、もう一度やり直さない?』って」
――キングヘイローの、二度目のダービーが幕を開ける。
『……来たわね、ダービー』
今思えば、パドックに出る前の時点で……明らかにキングの様子はおかしかったのだろう。
『は、はぁ!? 緊張!? そ、そんなわけないでしょう!
キングは、い、いい……いつも通りだわ!』
緊張、しているのはもう明白で。
「皐月賞」であともう少しのところで勝ちきれなかった事が、キングの心に大きな焦りを生んでいた。クラシック三冠は後の大会になればなるほど距離も伸びるけれど、聡明な彼女は恐らくこの時にはもう、気が付いていたんじゃないか……自分の脚が、持久向きではない事に。
『ぜんっぜん余裕なんだから!
あなたは「皐月賞」での私を見てるでしょうっ?』
……キングは、それを俺に言わなかった。
当時あいつは作戦、適正距離ともに万能とされていたばかりに、なおさら言えなかったのだ。言ってしまったら、失望された上にそのままスプリンターへの転向を要求されてしまうかもしれない。
だけど、彼女の望みは誰もが唸る実績を作って、母親に実力を認めさせて……そして、ファンの心にキングヘイローの名を刻み込む事だった。その為には、生涯に一度の大舞台であるクラシック三冠で結果を残す必要があると思っていたのだろう。
『何も案ずることはないわ!
今日は私が勝つ、それだけよ!』
あの日。あの前日。最後のトレーニングの時。俺は何回、あいつを励ましただろう。
キングなら勝てる。スペにも、スカイにも届く。みんなが、君の走りに驚く筈だ。
……そんな俺の言葉は、だけど全部……キングには一つのフィルター越しに届けられていたのだ。
「実は距離が合っていない事に、トレーナーは気付いていない」というフィルターに。トレーナーは私の脚の限界を知らないまま、私の勝利を確信している、という憶測越しに。
そうして変質した声は、どれだけキングの心を切り刻み付けたのだろう。
『たとえ、ダービーのレースであっても!
いいえ、これがダービーだからこそ……!』
それだけじゃない。
キングは、俺の事すら納得させなければいけないと思っていた筈だ。トレーナーである俺に、私はこれからも中長距離で走れるウマ娘だと証明しなければならないと。
……その為には、普段以上のパフォーマンスが必要だと。
『私は絶対にレースに勝って……必ず、お母さまに、……ナーに認められるんだから……っ!』
――そうして、完全に追い詰められたキングが真っ白な頭の中で思い付いた作戦が、かつて彼女が幼い頃に録画で見た、母親の逃げ策だったというのだから……なんで皮肉で、悲劇的だったのだろう。
「日本ダービーってさ、私たちウマ娘からしたら、それなりに大事なレースなんですよ」
芝2400m。最強のダービー逃げ何とかというこの競走も、日本ダービーと同じ距離を走る様だった。
「人生でたった一度きりの大舞台だ。出場出来るだけでも凄い事だけど……出られるのなら、みんながみんな、誰よりも一着になりたいって思ってる」
既にレースは後半戦。まるであの時の様にスタートからぶっ続けでスパートをかけ続けたキングは、まだ最終コーナーに突入すらしていないにも関わらず目に見えて減速してしまっている。
「だからさ、みんな、全力を出し切るんだよね。他のどんなレースよりも、この瞬間に自分がどうなってもいいからって……誰もが、そういう気迫で走るんだ。
私もあの時は頑張ったなぁ。どこかの誰かさんに釣られてちょっとペース配分間違えちゃったけど……でも、それでもちゃんと一着を目指して最後まで走ることが出来たんだ。まあ、結局スペちゃんの末脚にやられちゃいましたけど! てへっ☆
でも、キングだけは……違ったでしょ」
失速、失速。
目に見えて走りにキレが無くなっていき、コーナリングすらままならない程に疲弊したキングが、目の前のコーナーを情けないくらいにとぼとぼと通過していく。
「キングは、初めから冷静じゃなかった。
びっくりするくらいに動転してて、ただがむしゃらに走る事しか考えてなかった。
……一人だけ、ちゃんと走れなかったんだ。一生で、たった一度だけの、大切なレースなのに」
俺は一瞬、スカイを見た。
キングを見る彼女の眼差しの暖かさに、思わず息が詰まった。あの時と何も変わらない様な、バテて苦しげに走るキングの、それでもゴールを諦めないその姿を眩しく思うような、そんな。
「スカイ、君は――」
その時。
わぁっと、観客から歓声が上がった。レースを見れば、キングの少し前を走っていた筈のターボがやはり失速しており、なんと二人揃って最終直線に差し掛かったのだ。
その脚は驚く程に遅い。俺ですら走り抜いてしまいそうなくらいだ。それ程にボロボロで、疲れ果てたとしても、二人は絶対に走りを止めなかった。
……なぜスカイが逃げキングの相手にターボを選んだのか、分かった様な気がした。
「トレーナーさん。応援してあげて下さい。
これが、キングのダービーなんです。キングが自分の意思で、全力を出し切って走り抜けた、本当のダービーなんだ」
起きてしまった事は仕方がない。あの日結局キングは最終コーナー付近まで先頭で暴走し続けて、ラストスパートを掛ける段階では既にバ群に呑まれてしまい、十四着の大敗を喫する事となった。
それを塗り替える事は出来ない。事実は事実として受け止めるしかない。だから今日のキングにも敢えて逃げ策を強いて、そんな適正ゼロの作戦で、でも根性で並み以上に走るだろう彼女といい勝負が出来るターボを見計らって。
そして、スカイは開いたのだ。所詮内輪で小規模かもしれないけど……それでも、キングが満足のいくような、二度目のダービーを。
「二人とも、頑張ってー!!」
「いけーっ! ターボー!!」
「キングも負けるなーっ!! あともう少しでゴールだよーっ!!」
残り一ハロン。ささやかな観客の応援を受けて、二人とも必死に脚を動かしている。
「これがぁぁっ……!!」
――その瞬間。
それまで荒くぜえぜえと息を吐いていた筈のターボが、絞り出すように叫んだのだ。
「これがぁっ!! 諦めないって!! ことだあぁっっ!!」
それは、隣のキングにもしっかりと届いていた。
ターボが僅かに先んじる。もうあとコンマ数秒でゴールをよぎる。
「……なら」
ああ。そうだよな。
なにせ、諦めないなんてのは……むしろ、あいつの領分だ。
「なら、これが」
取り巻きーズ達が、お互いを抱き合って見守る。
スカイの瞳孔が、きゅっとすぼむ。
そして、俺が拳を振り上げ、声を張り上げたその時。
「これが!!
諦めないで、勝つってことよ!!」
本当の強者は、ハナ差を恐れない。エルの言葉だったか。
裁決委員もいない。実況もいなければ、アナウンスすらない。そんな学園の一角で執り行われた、キングだけのダービー。
……二度目のダービーを、キングヘイローは見事に制したのだった。
「キング、おめでとおおおっ!!」
「トレーナー、私達も行っていいですか……?」
首肯すると、彼女の後輩二人は嬉々として、スタンド席からコースへと飛んでいく。
見れば二人だけじゃない。いつの間にか見に来ていたスぺ達にウララに、キングを慕うカワカミプリンセス、そしてターボ陣営側のウマ娘達も、みんながその場でぶっ倒れてしまったキングとターボに向かって駆け寄ろうとしていた。
君を認めない人ばかりじゃない。ダービーの頃から始まった、あの永遠とも思えた負け地獄を経て……あの時の俺の不確かな言葉が、やはり間違っていなかったと再認識させられる。
それはきっと、とても、とても幸福なことじゃないだろうか。
「……さて!
レースも終わったことだし、ウンスちゃんはここらで退散ってことで――」
「まあ待てって、スカイ」
――で、だ。
絶対に忘れてはいけないことが、一つだけあった。キングのトレーナーとして、そしてかつて
「まずはありがとう。君も、本当にいい娘だよな」
だってそうだろ?
ダービー
君だろ、セイウンスカイ。
「スカイは過去を振り返らない主義よー? ……あれ、キングに似てなかったです?」
「いや、意外と似てて驚いた……流石っていうか、いやちょっと違うか」
「ふふーん、そう思うんなら、いいこのセイちゃんにジュースの一杯でも奢って」
「だからさっき奢ってやっただろ、コーヒー」
「そうじゃないですよー! いじめ断固反対だー!」
……そんな風にスカイは飄々(?)としているけど、実際今回のレースを企てるのは、一生徒としては相当に負担だったのではないだろうか。
コースの使用許可、ターボの所属チームとの打ち合わせ、そしてその後のさりげない学園での宣伝。そういった、彼女の外面とは似ても似つかぬ地道な労力が必要だったはずだ。
「こう見えてセイちゃん、結構ツテが広いんですよー? その気になったら、この学園全体を乗っ取れちゃうかも?」
「……そうなんだろうなぁ。なにせ」
そう。そこが、問題だった。
「君ほどトレーナーを代えたウマ娘は、他にいないだろうからな」
――青雲の空を、駆け抜けた稲妻よ、永遠なれ。
どこぞの特集記事の見出し文句だったそれは、良くも悪くも彼女のやり方を表現していた。
「三強」の一人として讃えられながらも、スペシャルウィークやキングヘイローの様な突出したアピールポイントを持っていなかったセイウンスカイは、デビュー前に不運にもトレーナースカウトから漏れてしまったのだと聞く。或いは、いるにはいたが……スカイの奔放なスタイルとは合わなかったのか。
だが、血統と才能の観点から二人に先んじられても、スカイは強かだった。スカウトとは別のチーム入団テストにて適当なチームに所属、さらに定期的に何度も移籍を重ねながら、トレーナーの指示を受けずにたった一人で練習を重ねて、レース本番での策を練って実績を積んで。
ついに彼女は、当時の人気を占めていたスぺやキングを差し置いて、二冠を達成したのだ。その裏には、彼女を溺愛していた祖父への想いがあったと聞いたが……真相は定かではない。
「……ほんと、トレーナーさんはずけずけと。それ以上は、然るべき機関に申請お願いしまーす」
「とっくに色々聞いたさ。……脚、大丈夫なのか?」
そして、ついに彼女は斃れた。
昨年の札幌記念の後に怪我に見舞われてしまった為に、彼女は静養に入ることを余儀なくされた。その時はすぐに秋天にて堂々の復帰を遂げて、年末の有馬であの黄金世代揃い踏みの激闘を繰り広げたが。
……しかし今度は今年の春天で屈腱症と呼ばれる病気を発症させてしまい、今も彼女のジャージに隠れた脚からはサポーターを覗かせている。ただでさえ再起が困難とされる症状だが、トレーナーの適切なサポートの中でリハビリを続ければ、二度目の復活もあり得なくはない。
「……君を、助けてくれる人は、ちゃんといるのか?」
――それは、トレーナーがいたらの話。
ツテがあるとは言っていたけど、根無し草として多くのチームを練り歩き、どこにも腰を下ろさなかったスカイに、手を差し伸べてくれるトレーナーはいるのか。そんな状況でも彼女は一度は自力で戻っているのだ、なんと凄まじいレースへの執念だろう。
だけど、そんな無手勝流に次はない。今度こそ、誰の助けも得られなければ……彼女は。
「……セイちゃんはもう十分、結果を残しました。そもそもこんな貧弱な私が、ここまで出来たのも奇跡だし。
だから……こうなったのは自業自得なんですよ。お手上げ、降参、白旗! …………なぁんて」
「でもまだ、レースに出たいんだろ。勝ちたいんだろ」
「……」
俺はスカイのトレーナーじゃない。だから、彼女の歩んできた全てを知っているわけじゃない。
でも、彼女のレースは見てきた。キングの半身として、彼女に負け続けてきた。その度に、どう勝てばいいか必死に考えて、何度も何度も彼女の走りを分析した。
自業自得だと。誰かがそう罵りでもしたのか。そうとしか歩めなかった道を必死に走ってきた君が、キングをこうして救ってくれた君が、誰にも気付かれずに潰えるようなことが、あってなるものか。
「だから……スカイ。
ひとりで、どこかに行こうとするな」
青雲の空を、駆け抜けた稲妻よ。
気ままにどこかへ流れていって、寂しく涙の雨を降らせて消えてしまおうとなんて、しないでくれ。
「君は誰かに救われていいんだ。それだけの実績が、実力が……価値が、君にはある」
一緒にターフに戻らないか。そう言うのはとても簡単なことだった。
だけど、今まで必死に一人で考えを凝らしてやってきた彼女に、一気に心を開けというのは無理がある。同期の持つアドバンテージや周囲の過小評価の中で、軋みそうになりながら耐え抜いてきた彼女だけの、確立した生き様が出来上がってしまっているはずだ。
『……お疲れ、キング』
『……っ、トレーナー……』
まるで……あのダービーの時の、全てを背負い込んだキングの様に。
「……ほうほう? このセイちゃんに、ついにチームへの勧誘ですか?」
「いーや、それは君が決めればいいさ。だけど」
だけど。本当に
『あ、安心なさい……ダービーの王座は、落としてしまったけど』
『キング』
彼女を思うなら、言うべきことがある。あのときはうまく伝わらなかったけれど、それでも。
トレーナーとして。彼女の片腕として。そして何より……誰よりも信頼する、相棒として。
『君の夢に、俺も参加する権利をくれよ』
「うちのソファーで昼寝する権利くらいは、やってもいいんだぜ?」
策士、セイウンスカイ。
今日もターボを唆して、キングのダービーに対する無念を晴らすべく、一肌脱いだ。
「……じゃあ、ちゃんと言っておいてくださいよ?
キングに、私が寝てても起こさないようにって」
――そんな彼女は、今日初めて……他の何も気にせずに、心から自分を想って笑うのだった。
了
※この後、取り巻きーズ+カワカミプリンセスの集団に、たまにツインターボが仲間入りするそうです。キングコールがさらに騒がしくなるようです。
※セイウンスカイが加入するかは特に決めていません。彼女にアプリ版トレーナーが現れなかった状況を想定してプロットを組みました。
※最近某動画サイトにてキングの非公式キャラソンを聞いて、衝動で書いた筈が、気づけばスカイの話になっていた様です。
※ちなみにこの後しばらく、キングは吹っ切れて自身を「逃げダービーウマ娘」と自称する様になったそうです。
「ダービーウマ娘としての栄誉?」
「あ゛け゛ま゛せ゛ん゛!!」
あら、もう有馬記念まで終わっているじゃない。続くかは分からないけれど、今後どうすればいいか、考える権利をあげるわ!
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過去編(クラシック級とか)
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ウララ編(翌年の有馬でオペラオーと激突)
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チーム全体編(スピカやシリウスみたいに)
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日常編(うーららー)