そのウマ娘の名は   作:ニモ船長

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※メジロライアンさんが天皇賞(春)に挑むそうです。




 


メジロライアン・スーパークリーク編
もう一人のメジロ


 

 

 四月末。

 芝の状態は良好だ。頭上には、春真っ盛りの穏やかな快晴が広がっている。

 

 

 

 『唯一無二、一帖の盾をかけた熱き戦い! 最長距離G1、天皇賞(春)!

 去年の菊花賞で激突した「三強」が、今再び淀のターフで火花を散らします!』

 

 

 

 この日。とあるウマ娘の悲願をかけた戦いが、幕を開けようとしていた。

 

 

 

 『今日の一番人気はもちろんこの菊花賞ウマ娘、メジロマックイーンです。

 母と祖母がかつて手にした栄光を勝ち取れるか、気合いは充分です』

 

 

 

 ――メジロマックイーン。

 メジロ家の念願、天皇賞勝利に向けてクラシック級の数々の重賞レースすら度外視して、デビューから二年もの間一点集中でトレーニングを積み重ねてきた彼女は、しかし昨年の「菊花賞」にてついにターフの上に立ち、その圧倒的なステイヤーとしての実力で勝利をもぎ取っていた。

 メジロ家筆頭のウマ娘。今では誰もが、それがマックイーンを指し示す事を知っている。そんな御令嬢のかねてよりの目標だった天皇賞勝利の瞬間を目にしようと、ここ京都レース場には有馬やダービーに迫る十万人近くの観客が押し寄せていた。

 

 

 

 「――マックイーン」

 

 

 

 しかし。これは彼女の物語ではない。

 

 

 

 「――ごきげんよう」

 

 

 

 これは、もう一人の「メジロ」の話。

 マックイーンの背中に目を眩ませて、憧れて、挫けて、そして彼女の影に隠れてしまっていた、もう一人の御令嬢の物語。

 

 

 

 「今日はよろしくお願いします。正々堂々と走ろう」

 

 「……私にとっては悲願達成が第一ですわ。でも」

 

 

 

 その劣等感を全て自身の肉体に注ぎ込み、誰よりも鍛え上げた筋肉を手にするに至った、ひとりのウマ娘の物語だ。

 

 

 

 

 「でも、私も勝ちたいですわ。尊敬する、貴方に」

 

 

 

 

 ――そのウマ娘の名は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さぁて。……キング、どう思う?」

 

 

 一瞬の静けさの後に、ゲートが開く。

 すぐにメジロパーマーが前に出てハナを進み、その後ろにマックイーンを始めとした先行策のウマ娘がバ群を形成し始めている。

 ……「彼女」は、その群れの後方に位置取っていた。

 

 

 「3200mの長距離レースで先輩のスパートを活かすには、ああして脚を溜めておくことが大事……でも少し埋もれ気味かしら。冷静にコース取りが出来ればいいけれど」

 

 

 隣で振り向かずともそう応じてくれたキングの声音からは、やや含みの様なものが感じられた。

 理由は何となく分かる。キングが走った3000m以上の長距離レースと言えば、ひとつしかない。

 

 

 「……あのさ」

 

 「大丈夫よ、もう……何度も言っているじゃない、あの時はああなるしかなかったんだから。

 それよりも、今は先輩の事に集中して頂戴」

 

 

 ――まあ、そういう答えが返ってくることは察してたけどさ。一応君、あの時本当に壊れかけてたんだぞ。

 その、かつての「菊花賞」にてキングが勝利できなかった理由の一つが、距離適性だ。あの時はスカイの大逃げが規格外過ぎたという側面もあったのだが……とにかく当時の彼女は長距離レースに対して同期ほどの適性を持っていなかった為に、好走はしたものの五着に終わっている。

 そして、当の「彼女」の方は2500m以下の中距離レースが主戦場だ。G1の中では最も距離の長いレースとして知られるこの春天においては、つまりキングと同じハンデを背負っている事になり、対してマックイーンはその生粋のステイヤーとしての実力を昨年見せつけたばかりである。

 

 

 「適性と素質のマックイーンさん、経験と基礎体力の先輩……っていうところかしら。客観的に見れば、前評判ほど実力に差は感じられないと思うわ」

 

 「ああ……そうだな」

 

 

 キングが言うように、だからといって「彼女」に分がない訳ではない。

 マックイーンが本格的に重賞レースに出走しだしたのは昨年の十一月から、つまりは二年目の後半からだ。だが「彼女」はデビュー前での模擬レースからジュニア級にかけて積極的に実戦経験を積んで、クラシック級では三冠レースを全て走り切っている。

 そこには決して無視できない程の経験値の差がある筈だ。マックイーンも相当に勝負強い、まさにスターウマ娘としての器を持つ強敵ではあるが……そんな最速ステイヤーに付け入る隙があるとすれば間違いなく、そこだ。

 

 

 『さあ、ヴァイスストーンはウマ込みの内に入れている! その外を行ったのがマックイーンだ!

 そして「三強」最後の一人はマックイーンから二バ身から三バ身後方、ぴったりインコースを回っています!』

 

 

 1000m地点を通過して、ホームストレッチを駆け抜ける選手達。

 まだまだレースは中序盤といったところだが、既に「彼女」はマックイーンに迫っている。キングやウララと違ってバ群を苦手としないところは大きな長所である一方、そのコース取りが結果的にはこんなにも早く二人の激突を生み出してしまっている。

 ――本来ならば、あまり好手ではない。言った通りまだレースは後半に差し掛かったばかりであり、この段階でライバルの走りを必要以上に意識してしまえば、精神的な負担がかかってペースを乱してしまう可能性があるからだ。

 

 

 

 「……よし」

 

 

 

 しかし。

 今日はこれでいい。

 

 

 

 「踏ん張るのよ。ここで挫けたら……取り返しがつかなくなるわ」

 

 

 

 キングも前に身を乗り出して、眉を顰めながらそう呟いた。

 無論、出走するからには何としてもレースに勝って欲しい。その為の準備を欠かすことなく行って、そのステータスを限界ぎりぎりのところまで引き上げてきたつもりだ。結果として去年の菊花賞でマックイーンに敗れた時とは比べ物にならないほどのスタミナと末脚を、「彼女」は身に着けていた。

 しかし。それ以上に、もう一つ。「彼女」自身がどうしてもこのレースに出走したいと願う理由が、あったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「目を背けるなよ。

 しっかりと目に焼き付けるんだ。ずっと眩しかったんだろ……マックイーンのことが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう――あたしは、いつだって。

 

 

 

 『ゴォオオオオオオオーーーーール!!

 手に汗握る接戦に、大歓声が上がっています! 一着は僅差でメジロマックイーン!!』

 

 

 

 ……いつだって見ていた。あの子のことを。

 

 

 

 『マックイーンだマックイーンだ! メジロでも、マックイーンの方だ!!

 一着はメジロマックイーン!!』

 

 

 

 ――いつも見ていた。あの子の勝利を。

 

 

 

 『私は、メジロのウマ娘なのですから……!』

 

 

 

 

 

 ――ずっと憧れてた。

 憧れの中で……あたしは、きっと諦めてたんだ。あの子に勝てるようなウマ娘になることを。

 

 

 

 

 

 

 『さあ、向正面の直線コース! メジロマックイーンは四番手から五番手――』

 

 

 

 レースは既に後半戦だ。ライバル達がまとまって大きなバ群を作る中でも、マックイーンは危なげなく先行策として最適なポジションを保っている。

 本当にすごい、二度目の重賞とは思えないほどだ。あたしの二度目の重賞レース……皐月賞の時なんか、後ろに位置取り過ぎちゃって最後にスパートしきれなかったっていうのに。

 

 

 (あはは、君はやっぱりすごいなぁ、マックイーン。全然敵わないや。

 ……これでもあたし、君が来るまではメジロの大本命だったんだけどなぁ)

 

 

 もちろんレースとか関係なく、メジロ家で一番の御令嬢って言ったらみんなマックイーンの事を考えてた。それくらいにマックイーンは見た目もかわいくて、服装もめちゃくちゃモテコーデで、そのうえ他の誰よりもメジロの名を汚さないようにって頑張ってたから。

 でも、それでも重賞に先に出走して世間から注目を浴びたのは、あたしの方だったから……だから弥生賞で勝った時、みんながあたしを応援してくれて。

 ――結局、それも全部……君に持っていかれちゃったね。

 

 

 (別に、恨んだりはしてないよ。だって、そうなるのはすごく自然なことだから。

 あたしは昔からこんなだし、蓋を開けてみれば君の方が……なんて、一番あたし自身が分かってたことなんだ)

 

 

 皐月賞では人気に応えられなかった。

 ダービーではアイネスにねじ伏せられた。

 菊花賞では、君に負けた。

 おばあ様も何も言わなかったし、チームのみんなはそんなあたしにも暖かく接してくれた。特にキングは思うところがあったんだろうな、毎日すごく親身に寄り添ってくれて、次のレースで挽回すればいいって併走もよく一緒にしてくれた。

 ……だけど、何となくあたしは察しちゃってたんだ。きっと、あたしにはもう、次なんて。

 

 

 (ダービーで燃え尽きたとさえ言われる根性の逃げを見せたアイネスと、メジロ筆頭としての矜持で一着をもぎ取ったマックイーン。すごい、本当に君たちは……眩しかった)

 

 

 あの時の君とアイネスは、本当に心を燃やすように走っていたよね。まるで絶対に勝つっていう凄まじい執念で、力ずくでゴールを掴み寄せるような、そんな気迫だった。

 

 

 (……あたしには出来ない。

 どれだけ筋トレして逞しくなったとしても、そんなこと出来ない)

 

 

 だって、あたしは……ただ体を鍛えたり、走ったりするのが好きなだけなんだから。

 アイネスの様に全てを懸けなければいけない理由もない。マックイーンみたいに、使命のために気を失うまで自分を追い込む程の根性があるわけでもない。

 あたしは、君たちほど……強くないんだ。

 

 

 

 ――あの。

 

 

 

 顔を上げる。

 見えるのは当然、あたしの前で走るマックイーンの姿だ。黒の勝負服を風に靡かせながらも、まだスパートを掛けていない為にその髪も尻尾も必要以上に揺らいでいない。だけどその視線だけはバ群の先のパーマーをさらに越して……その先にあるゴールを見据えている。

 

 

 

 ――貴方は……なぜ、トレセン学園へいらしたのですか?

 

 

 

 (君に言われると堪えるね、マックイーン)

 

 

 トレセン学園に来た理由は、もちろんレースで勝ちたかったから。

 ……想像してなかったんだ。君っていう存在が、これほど遠かったなんて。知ってたらあたしは、きっとここには……来なかったかもしれない。

 でも来たからには、頑張りたかったんだ。境遇を恨んだり、素質を妬んだりはしたくなかった。まあ、結局あたしは君に劣等感を感じちゃっているけど……でもそれと同じくらい、君が大好きだから。

 それにね。今日このレースに出た理由は、ちゃんとあるんだ。

 

 

 

 『ウララちゃん! あたし、頑張ってみるね!

 君みたいにどんなに厳しくても堂々と、夢を駆けてみるよ! 絶対に……絶対に、一着になってみせる!!』

 

 

 

 ――去年の年末。年初めにはまだ勝ちなしだった筈の一人のウマ娘が、多くの助けを借りて勝利を掴んで、有馬記念の出走権を獲得した。

 ウララちゃんはあたしみたいに名家生まれな訳じゃない。それに面接で試験を合格して入ってきていて、走りも元から得意だった訳でもない。

 でもそんな彼女が見せた本気の走りは、当時それを目撃した人々を圧倒して魅了して、今でも去年の有馬記念は一昨年と併せて歴史的なレースだったと語られるほどの影響を及ぼしていた。

 ……あたしも同じだったんだ。「本気でがんばる」事にこだわっていたウララちゃんのその走りにはただただ唖然とさせられて、でも確かにあたしにはない何かが備わっている様な気がして。

 

 

 (それを見つけないと……あたしは、前には進めないんだ。

 それを見つけるために、あたしなりの全力で……マックイーン、君にぶつかってみるんだ!)

 

 

 きっかけを得られても、そこから頑張れない奴だって多いんだ。

 でも、君にはその力がある。ちゃんと努力して、まっすぐに勝ちを目指す力があるだろ。

 ――トレーナーさんはそう言ってくれた。こんなダメダメなあたしに、そんな褒め言葉をくれた。実際はそんなに大したものじゃないんですよ。だってここで腐っちゃったらなんだか、競り合って負けたみたいでかっこ悪いじゃないですか。

 そんな、よく分からないプライドと、勝手に感じてた引け目で作り上げた、筋肉っていう負の記憶が、ずっと……ずっとあたしを縛り付けている。

 

 

 

 

 『さあ、これから第三コーナー、再び坂に向かいます! 十八人が一団となって進む展開、誰が最初に仕掛けるのでしょうか!』

 

 

 

 

 そう。京都レース場には坂がある。

 ちゃんと気が付いていたし、一度はもう走った場所だ。ただ、そうしてちょっとナイーブになっていたのと、マックイーンに気を取られすぎたからかな……突然脚に伝わった地面の感触の違いにほんの一瞬だけペースが落ちて、視界がガクンと下を向き、そして反動で今度は大きく上を向いて。

 

 

 

 

 

 ――上を、向いて。

 

 

 

 

 

 『はぁっ、はぁっ……またまだ! マックイーン、きみにはまけないよー!』

 

 『こちらこそっ……あなたにはまけませんわよっ!』

 

 

 

 

 

 

 ああ。懐かしいなぁ。

 少し赤みのかかった空。こうして上だけを見て、隣のあの子と一緒によく登った、あのメジロ家の側の高台。

 あの頃は、君もあたしもまだ子供で、まだあたしは筋トレもしてなくて、君もメジロがどうとかよく分かってなくて、何も懸けることなくがむしゃらに走っていて。

 

 

 

 

 

 

 『はぁっ、はぁっ、はぁ……!』

 

 

 

 

 

 

 あはは。

 本当に、懐かしい。

 ――どうして、こんなにも差がついちゃったんだろう。

 

 

 『先頭が第三コーナーを回り切る!

 ここでメジロマックイーン! 一気にスパートをかけたーっ!!』

 

 

 遠ざかっていく。君の背中が、途方もない程に急に離れていく。

 あっという間にパーマーを抜き去って、一人で最終直線の先頭を突き抜けていく。

 

 

 そう――あたしは、いつだって――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『やったぁーっ! あたしがいちばんだー!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「違う」

 

 

 

 

 ――違う。それは、違う。

 あの頃、確かにマックイーンはあたしの後ろにいたんだ。それがいつの間にか追い抜かされて、そんな君のことをこんなにも眩しく思うのは……そこが眩しい場所だって事を、自分でちゃんと知っているから。

 

 

 

 ――そこに、あたしは立ったことがあるからだ。

 あの高台からのいちばんの景色が……忘れられなかったから。

 

 

 

 

 「――――――っ」

 

 

 脚に、力が宿る。

 全身が、沸騰する様に沸き立つ。

 劣等感の重い塊だった筈の筋肉が、ありったけの力をあたしに注ぎ込む。

 

 

 

 

 『おおっ、しかしここでもう一人のメジロが!!

 痺れる様な豪脚で、坂を下っていく!!』

 

 

 

 

 

 ――そう。

 あたしは、いつだって。

 

 

 

 

 

 『さぁ、トレーナーさん、今日も楽しく筋トレですよ!!』

 

 

 

 

 いつだって見ていた。あの子のことを。

 

 

 

 

 『……ごくごく、ぷはぁ!』

 

 

 

 

 いつも見ていた。あの子の勝利を。

 

 

 

 

 『いや〜、気持ちよく走った後のスポーツドリンクは最高ですね!!』

 

 

 

 

 ずっと憧れてた、憧れの中に……。

 本当の気持ちを、いつも隠していたんだ。

 

 

 

 

 『あたしは、ただ体を動かすのが好きなだけです。

 本当に……それだけなんですよ』

 

 

 

 

 

 

 

 本当は。

 ――本当は。

 

 

 

 

 

 

 

 (――勝ちたい)

 

 

 大腿四頭筋があたしを叱咤する。

 走れ。負けるな。負けてもいいなんて、思ったことは一度もないだろ。

 

 

 (――勝ちたい)

 

 

 ヒラメ筋が、まるで迫り立てる様にあたしを前に押し出していく。

 ……その推力の分、あたしは飢えていたんだ。心の底で、あたしの先を行く眩しい光を、この脚で踏み越えて行きたかったんだ。

 

 

 (――勝ちたい)

 

 

 ハムストリングスが、まるで空を飛ぶ様に脚を前に運び、地を揺らす様にターフを蹴り上げていく。

 確かに君はすごい。メジロの使命は、あたしには荷が重い。大勢の期待を一身に背負って、かつ力に換えるなんてこと、出来ない。

 

 

 

 ――だから、なんだっていうんだ。

 メジロも周りも関係ない。あたしはただ、ひたすらに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――君に、勝ちたい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『メジロマックイーン優勝! メジロマックイーン勝ちましたっ!!

 メジロ家が三代に渡って、天皇賞の盾を勝ち取りました!!』

 

 

 

 ――絶対の強さは、時に人を退屈させる。

 後にそう謳われる、メジロマックイーンの()()()()春天制覇の瞬間だった。

 

 

 「……くっ」

 

 

 隣のキングが声を殺しながらも、悔しさに表情を歪めるのが分かる。

 自身と同じ様に周囲から期待をされながらクラシックレースを無冠に終えた「彼女」に対して、キングは並々ならぬ思いを寄せていた様だった。そんな彼女と思いを合わせてチームで切磋琢磨して、そして臨んだ初めての天皇賞は……しかし残念ながら、四着という結果に終わった。

 

 

 「成し遂げることができたんですのね……本当に……私が……!」

 

 

 沸き立つ歓声、とはまさにこの事だ。

 親子三代、天皇賞制覇。極めて理想的な走りでメジロの悲願を見事に勝ち取ったメジロマックイーン。その姿は、立場として敵であった筈の俺達でさえ感銘を受ける程に凛としていて。

 ……だけど、ほんの少しだけ。ほんの一瞬だけその瞳が翳ったのを、俺は偶然見てしまった。

 

 

 「…………っ!」

 

 

 ――その理由は、きっと、本来自分と同じ目標を目指す筈だった「彼女」が。

 最後の最後で追い上げて自分と戦ってくれる筈と信じていたライバルが、やって来なかったから。

 

 

 

 (……ごめんな。マックイーン)

 

 

 

 確かに、「彼女」は再び負けた。

 君と張り合うだけの覚悟が、自信が、まだ備わっていなかった。

 ……君を、孤高の存在にしてしまった。

 

 

 だけどさ。

 

 

 

 「……う――」

 

 

 

 だけど。

 そんな君の走りを見て、あいつはようやく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――うわああああああああーーーーーっっっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 京都レース場が、水を打った様に静まり返る。

 その全ての視線が、一人のウマ娘に向けられていた。

 

 

 

 「もう、迷わないぞ――――これからは」

 

 

 

 そこにいるのはもう、メジロの威光とライバルの眩しさに呑まれて、輝くことを諦めたウマ娘ではない。

 

 

 

 「あたしは、もう、挫けない」

 

 

 

 その声は小さくとも、その想いが、その姿が、十万人もの観客の喉を渇かせ、物音すら立てるのを憚らせる。

 ――その中を、一切の物怖じをせずに堂々と「彼女」に歩み寄る、メジロ家筆頭のウマ娘。

 その姿はまさに、名優そのものだった。

 

 

 

 「……あの」

 

 「マックイーン、おめでとう。

 君は強かった。君は立派に、メジロと人々の期待に応えた。あたしの完敗だ」

 

 

 

 「彼女」は振り返る。

 二人のメジロが、ホームストレッチのど真ん中で相対する。

 

 

 

 

 「でも……もう二度と、負けない」

 

 

 

 

 ――臥龍鳳雛、という言葉がある。

 将来が有望な若者に対して使われる熟語であり、その原義は古の中国の故事に由来する。

 

 

 

 「漸く、ようやく……この時が、やってきたんですのね」

 

 

 

 鳳雛とは、すなわち鳳凰の雛のこと。

 一年後の春天にて「天まで昇る」と称され、見事に二連覇を飾る事になるマックイーンに最も相応しい言葉だ。

 

 

 

 しかし。これは彼女の物語ではない。

 

 

 

 「ありがとう、マックイーン。君が強かったから尊敬できた。追いかけられた。

 ……勝てないものに勝ちたいって、本気で思えた!」

 

 

 

 ――臥龍とは、未だ眠れる龍のこと。

 一度目覚めればたちまち空を舞い、天のその先へと迫る昇り龍。

 

 

 

 「次は出してみせるよ。あたしの、本当の強さを!」

 

 

 

 これは、もう一人の「メジロ」の話。

 マックイーンの背中に目を眩ませて、憧れて、挫けて、しかし心の底の情熱を再び燃え上がらせた、もう一人の御令嬢の物語。

 

 

 

 

 

 

 ――そのウマ娘の名は。

 

 

 

 

 

 

 「……ええ。

 望むところですわ――メジロライアン

 

 

 

 

 彼女の一年は、まだ始まったばかりである。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 「……あら、そういえばクリーク先輩は?」

 

 「ああ、彼女は今ちょっと別のところにいるよ。

 何でも友達と、一緒にレースを見たいんだってさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――「三強」。

 この世代に於いてはマックイーンとライアン、そしてヴァイスストーンがそれとされて、かつて黄金世代が戦った三冠レースにおいてはスペシャルウィーク、セイウンスカイ、キングヘイローが該当した。

 

 

 「……みなさん、いかがでしたか〜?

 これからのレースが、とても楽しみだなーって、私は思うんです〜」

 

 

 そして。

 その中で一番原初の、三竦みの構図をはじめに作り上げた「永世三強」と呼ばれるウマ娘達がいる。

 

 

 「いやぁ、やっぱりマックイーンは強ぇな! 周りと比べても一人だけ強さが段違いじゃねぇか!」

 

 

 ――イナリワン。

 地方レースから中央にのし上がり、天皇賞で重賞初勝利を飾った彼女は、そのままG1三勝のうち二つでコースレコードを叩き出すという、徹頭徹尾破天荒な経歴の持ち主であった。

 

 

 「……確かに、マックイーンは強い。

 だがクリーク。君が見せたかったものは、それだけじゃないんだろう?」

 

 

 ――スーパークリーク。

 クラシック級の二冠を体調不良にて欠場した後に才能を開花させ、最後の一冠こと菊花賞を、さらにその後なんと史上初の天皇賞春秋連覇を達成した脅威のスターウマ娘である。

 

 

 「……うふふ。どうでしょう〜」

 

 

 そして。

 

 

 

 

 「――メジロマックイーン。

 そしてメジロライアン、か」

 

 

 

 

 地方カサマツからやって来た、灰被り娘(シンデレラグレイ)

 人気と栄光を兼ね備えた、伝説的なウマ娘。

 

 

 

 

 

 「君たち二人とは、良い勝負が出来そうだな……()()()()()()の相手として、不足はない」

 

 

 

 

 

 ――「芦毛の怪物」、オグリキャップ。

 その薄水色の瞳は静かに、ターフの上で握手を交わす二人のメジロへと見据えられていた……。

 

 

 

 

 

 

 「……ところで、お腹が減ったな」

 

 

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