しかしタマモクロスの実装はいつになるんだと運営に小一時間(以下略)
トレセン学園には数多くのチームが存在し、様々な学年のウマ娘たちが在籍している。
チームは所属しているウマ娘達の成績と、チームレースで得た得点によってランクが付けられ、それによって待遇もかなり変わってくる。
チームランクはS・A・B・C・D・Eの6つに分類され――その中でもB1とかB2とか細かく分かれているのだが――チームは同じランクのチームレースにしか出られないのである。
我がチーム・アンタレスのランクは現在『C』である。チームの格としては真ん中くらいだ。
タマやオグリという個人レースで大活躍したウマ娘がいながら、このランクは低すぎるといってもよい。だがそれも仕方ないことだった。何せ俺のチームはマルゼンが抜けて以降、まともにチームレースに出ていないのだから。むしろそんな状態でチームの存続を許してくれた挙げ句、Cランクから再出発させてくれるのだからトレセン学園の懐は広い。
「このレースで勝てばアンタレスも一先ず安泰だな」
横にいた三鷹が言った。
現在、俺達はトレーナー専用の観覧席でグランドを見下ろしている。もうすぐ先鋒のウマ娘がパドックに入り、レースが始まる予定だ。
「最初は短距離。出場するのはウララちゃんか・・・・・・」
「ああ、短距離に適性があるのはウララしかいなかったからな」
その分空いたダートにはオグリ。マイルにはスカーレット、中距離はタマ。そして今回の大将戦である長距離にはグラスを出場させる予定になっている。
「どうした、自信ないのか? 震えてるぞ」
「自信というか・・・・・・皆を信頼はしている。でもやっぱり久々のチームレースだ。緊張するだろ・・・・・・」
「お前が緊張してどーすんだ。トレーナーは黙ってウマ娘を送り出してやればいいだろ」
「そうなんだが・・・・・・」
チラッと観客席の方を見る。普段は数も疎らなランクCのチームレースに、今日は満員に近い人数が入っていた。
いつもは来ない他のトレーナーや記者たちが特に多い。
目的は明らかに俺のチームである。
「そりゃあのオグリやタマモクロスがチームレース初参戦となりゃ、見に来るだろうさ」
今まで個人レースで大活躍してきた彼女達が、初めてチームレースに出場するのだ。
注目するなと言うのが、無理な話である。
「勝っても負けても記者からすれば美味しいネタ。他のトレーナーは引き抜く気満々ってとこか」
「うううう・・・・・・あんまりいい気持ちじゃないな」
「ま、そんなに気にしなくてもいいだろ。後はお前が育てたウマ娘しだいさ」
三鷹がそう言ってポンと、俺の方を叩いた。
せめて皆はレースを楽しんで欲しい。そんなことを考えながら、俺はこれから始まる大レースに思いを馳せるのだった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
チーム・アンタレス控え室。
既に勝負服に着替えたウマ娘達は、タマモクロスを中心に集まって顔を見合わせていた。
「皆、いよいよウチらアンタレスの初陣や」
いつもは明るいタマの真剣な表情。その言葉を聞く皆の顔も強張っていた。
「トレーナーは結果なんて気にせず楽しんでこいみたいなことを言っとったが・・・・・・ウチはそうは思わん。勝って当然のレースやと思っとる」
実力的にウララ以外は皆、ランクAにいてもおかしくない面子である。
そんな彼女達がランクCのチーム戦で戦う。もし負けてしまえば、世間から何を言われるだろうか。
「トレーナーのことを未だに色々言う奴も仰山おる。ここで負けてしもうたら、アンタレスは・・・・・・トレーナーは・・・・・・」
それ以上、タマは言わなかった。だが何を言いたいのかは皆に伝わったようだった。
「ウチはトレーナーに会ってからレースで結果を出せるようになった。もしあの時、トレーナーと出会わんかったら田舎に帰っとったかもしれん。今、ここにこうしておられるのはトレーナーのおかげや」
トレーナーとタマモクロスの付き合いは長い。それこそオグリ加入までたった二人でチームの旗を守っていたのだ。
「ウチの夢はレースに勝って家族にいい暮らしをさせてあげることやった。その夢はトレーナーのおかげで叶った。次はトレーナーの夢を叶えてあげる番や」
タマが拳を突き出した。するとオグリが。さらに他の皆も拳を重ね合わせていく。
「チーム・アンタレスをもう一度マルゼン先輩がおった時みたいに・・・・・・いや、それ以上のチームにする。そのために、ココは負けられん。皆、ええな?」
「ああ、勿論だ」
「負けるわけにはいきませんね」
「絶対、皆で勝ちましょう!」
「頑張ろうね、みんな!」
「いよぉし! アンタレス、出陣や!」
タマのかけ声と同時に五つの腕が天に向かって上げられる。
新生チーム・アンタレスの最初の戦いが始まろうとしていた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
『おーっと最終コーナーを回って抜け出してきたのはハルウララだ! 内側からトップを一気にぶち抜いていく! 一気にごぼう抜きで先頭だーっ!』
『さすがのオグリキャップ、今回も圧倒的だ! 久々のダートでのレースと危惧されましたが、圧巻の走りで見事一着に輝きました!』
『ダイワスカーレット、ここで一気に勝負を決めるか!? 最後の直線に入ってもその脚力は衰えない! 二番手との距離をぐんぐん引き離し、今一着でゴール! ダイワスカーレット初めてのチーム戦で素晴らしい勝利を見せました!』
『チーム最古参としてここは負けられないタマモクロス! 速い速い! うごめくウマ娘たちを躱し躱し、一躍トップに躍り出た! 白い稲妻、未だに健在だ! 浪速の怪物・タマモクロス、ゴールまで一直線だーっ!』
『アンタレス大将・グラスワンダー、力強い走りで一気に最終コーナー差しきった! そのまま凄まじい末脚でぐんぐん後方を引き離し、ゴールっ! アンタレス、完封勝利だ!』
『数年の沈黙を破り、チーム・アンタレス、ここにふっかーつ!!』
正に圧倒的だった。
アンタレスの皆は期待以上のレースで、完全勝利を達成してくれた。
スタンド内には凄まじい歓声。勝利したウマ娘達には多くの記者が群がってきている。
そんな様子を俺は呆けたように見つめていた。
「さすがお前の育てたウマ娘たちだ。景気よい初陣じゃねぇか」
三鷹がそう言って肩をポンと叩いた。そこで俺はようやく落ち着きを取り戻したのだ。
「ば、馬鹿野郎。皆はそもそもAクラスの実力を持っているんだ。ここのチーム戦で勝てるのは想定済みだ・・・・・・」
「・・・・・・お前皆が来る前には泣きやんでおけよ」
「うう・・・・・・」
頬を伝う涙を必死に拭いながら、俺はただただ彼女達の晴れ姿を目に焼き付けていた。
「あっ! トレーナー!」
取材陣も落ち着いてきたところで、ウララが俺の方に気づいたようだった。
俺は慌てて目を擦り、笑顔を作る。
大丈夫だろうか。目は腫れていないであろうかと考えていると、彼女は一目散に俺の胸元に飛びついてきた。
「レース終わったよ! 楽しかったー・・・・・・あれ、トレーナーどうしたの? 目が赤いよ?」
「い、いやこれは・・・・・・ご、ゴミが入っただけだ! それよりレースお疲れ! よくやったぞ!」
俺は照れくささと涙を隠すように、ウララの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「えへへ~ウララ頑張ったよ~」
ウララは気持ちよさそうに目を細め、尻尾をパタパタと振った。
その天真爛漫な様子が微笑ましくて、ついつい可愛がってしまう。
「アンタレス、完全復活やな!」
「ああ、やったな!」
「うふふ、大勝利ですね」
「やった! アタシたちの勝ちね!」
遅れてタマが。さらに他の皆も駆け寄ってきた。
「ああ、皆良くやってくれた! これも全員がずっと頑張ってきてくれたおかげだ・・・・・・本当にありがとう」
「何、照れくさいこと言うんや。それにトレーナーが熱心にウチらを指導してきてくれたから、ここまで走れたんやで」
「た、タマ・・・・・・」
「タマ先輩の言う通りです。トレーナーさんと私達の研鑽が実を結んだ結果・・・・・・皆の努力の勝利です」
「これからも皆で頑張りましょうね!」
グラスとスカーレットもそう言ってくれる。
「・・・・・・ありがとう。俺はいい教え子を持った・・・・・・」
また涙ぐんできたので、慌てて顔を逸らして目を擦る。
本当に皆・・・・・・ありがとう。
「と、ところでトレーナー」
するとオグリが珍しく控えめな様子で俺の方へと寄ってきた。
「ん、どうしたオグリ?」
「いや・・・・・・その・・・・・・な・・・・・・」
オグリはおずおずといった感じでウララの方を見る。
ウララは俺に頭を撫でられてながら、ぎゅっとこちらに身を寄せていた。
「れ、レースに勝ったら、ウララのようにしてくれるという・・・・・・話だったが・・・・・・」
「え?」
「ああ。そう言っていたはずだが・・・・・・」
そう言いながらオグリはずいっ・・・・・・と頭をこちらに向けてきた。
「・・・・・・えっと」
オグリのよく分からない行動に俺は戸惑い、交互に彼女とウララの方を見てしまう。
あ、もしかして。
「・・・・・・ウララみたいに撫でて欲しい・・・・・・とか?」
「・・・・・・・・・・・・駄目か?」
上目遣いでこちらを見てくるオグリに、俺は面食らってしまう。
しかし多分違うだろうと思って言ったのに、まさか正解とは・・・・・・でも小っちゃいウララと違ってオグリは高等部で大きいし、頭を撫でるのは・・・・・・待てよ。
よく考えたら彼女達はウマ娘とはいえ、まだ10代。
本来ならまだ親に甘えたいお年頃だ。しかしトレセン学園は全寮制で必然的に親元から離れて暮らさなければいけない。そのために誰かに甘えたい欲求が貯まってしまうのだ。
「そうか、分かった。こっちへおいで」
おこがましいかもしれないが、せめて父親代わりにはなってあげないとな。
そう思った俺はちょいちょいと手でオグリをこちらに誘った。
彼女は少しだけ頬を赤らめながら、近くまで寄ってきた。
「よくやった。偉いぞ、オグリ」
「ん・・・・・・」
俺は優しくオグリの頭を撫でた。芦毛の髪がサラサラで気持ちいい。
「・・・・・・ふふふ、これは中々いいものだな」
「そ、そうか。喜んで貰えるなら、俺も嬉しいよ」
満足そうに顔を緩ませるオグリに、俺も何だか嬉しくなる。
そのままわしゃわしゃ撫でていると、オグリも尻尾を振って喜んでくれた。
「トレーナーさん。私もお願いできますか?」
すると今度はグラスが横にやって来た。
「え、グラスもか?」
「ええ。私も今回のレース、誠心誠意頑張りました。なので、トレーナーさんからご褒美を頂きたいと」
「そ、そうか・・・・・・でもこんなコトでいいのか? レースでの賞金もあるし、欲しい物だったら」
「いえ、これでいいのです。よろしくお願いしますね」
「あ、ああ・・・・・・」
俺はそのままグラスの頭へと手を伸ばした。栗毛のふわふわした感触が心地いい。
「うふふふふ。ありがとうございます~」
グラスは気持ちよさそうに目を細めて、緩やかに微笑んだ。
そういえばグラスは帰国子女で両親は海の向こうにいる。普段は真面目でしっかりしているように見えるグラスも、もしかしたら寂しかったのかもしれない。
「グラス。俺で良かったらまたいつでもこうしてやるからな」
「・・・・・・・あらあら、それは・・・・・・楽しみですね」
何やら含みのある笑みを浮かべながら、グラスは耳を嬉しそうに動かした。
「・・・・・・・・・・・・」
「あら、どうしたのスーちゃん」
「へっ!?」
グラスがスカーレットの方を見て言った。
彼女から話を振られたスカーレットはびくりと肩を震わせて、素っ頓狂な声を上げた。
「先程からトレーナーさんの方を見ているけど・・・・・・スーちゃんも撫でて貰いたいの?」
「はぁっ!? そ、そんなわけないじゃないですか!?」
顔を真っ赤にして声を荒らげるスカーレットだが、グラスはあらあらと余裕の様子だった。
「ダスカ、私達はチームだ。チームは一丸となってこそ、チームと言えるだろう。ならば皆で同じ事をするのも、必要なことだと私は思うな」
さらにオグリがそう言いながら、スカーレットをぐいぐいと俺の方に押してくるのである。
「お、オグリ先輩! あたしは別に・・・・・・」
そのまま俺の近くまでやってきたスカーレットは、恥ずかしそうに俺の方を見上げてきた。
「す、スカーレット。嫌なら別に・・・・・・」
「な、何よ! アタシだってチーム・アンタレスのウマ娘よ! トレーナーならウマ娘皆、平等にするもんでしょうが!」
「だが嫌なことを強要するのは・・・・・・」
「いいからさっさとやりなさい! このばかトレーナー!」
何故か怒られたが、まあそこまで言われたら撫でない訳にはいかないだろう。
俺はふさふさのツインテールが特徴的なスカーレットの頭を、出来るだけ優しく撫でた。
「ふん・・・・・・まぁまぁじゃないの」
頬を朱く染めたままスカーレットはそっぽを向くが、尻尾はち切れんばかりに振れているのでまあ喜んではくれているのだろう。
「皆、トレーナーに褒められたいんだね」
俺の腰に抱きついたままでウララが言った。そういえばこの子は何時までくっついているんだろう。
「・・・・・・まあチーム皆で同じ事をするというのは一体感が生まれるからな・・・・・・これでチーム全員撫でたわけだし、一旦ホームに戻るか・・・・・・」
「ちょいちょいちょい! トレーナー! 何か忘れてへんか!」
「おや、どうしたタマ。着替えるなら早く戻った方がいいぞ」
「そうやなウチのホームには更衣室もないから早めに戻って、さっさと着替えんと・・・・・・って違うやろ! トレーナー! 誰か一人忘れとるんとちゃうか!」
「何を言っている。ここにチーム皆集まっているじゃないか」
「それはそうやけど・・・・・・ち、チームメンバー全員が同じ扱いじゃないとあかんのちゃうか?」
「おおそうだった忘れていたよ。すまないなタマ」
「へへへ、分かればええんや分かれば」
俺は寄ってきたタマの体を持ち上げるとそのまま天高く掲げた。
「ほーら、タマちゃん。たかいたかーい」
「わぁい。高いなぁ・・・・・・って、なんでやねん! ここは皆と同じように頭を撫でるのが流れっちゅうもんやろ!」
「はははははは、そう言ってもな・・・・・・」
俺はタマを抱えたまま続けた。
「皆頑張ってくれたの勿論だが・・・・・・その中でもタマは今まで一番頑張ってくれたからな」
「え・・・・・・」
「長かったもんな。お前と二人で初めてもう五年。そこからオグリが入ってくるまで三年。ずっと俺とお前で頑張ってきたんだもんなぁ」
小さなタマの体を何度か上げ下げしながら、俺は今までのことを思いだしていた。
マルゼンスキーが去ってからのどん底。そんな中でのタマとの出会い。
二人でレースに勝ち、チーム再建を目指し走ったタマの中等部時代。
高等部一年での春秋天皇賞連覇と宝塚記念での勝利。
ついこの前までの事にようにタマとの思い出が浮かび上がり、俺の脳裏に刻まれていく。
オグリもグラスもスカーレットも。この前入ったばかりのウララもアンタレスにとって、俺にとって大事なウマ娘だ。
だがタマは、やっぱり特別なのだ。
ずっと一緒に戦ってきた戦友。
共に辛酸を舐め、勝利のために走り続けていた相棒。
「・・・・・・ありがとうな、タマ。そしてすまない。照れくさくて頭を撫でられなかった」
「・・・・・・なんやトレーナー・・・・・・こんないい日に泣いとるんか」
「ばっきゃろう。これは汗だ。お前こそ目が潤んでるぞ」
「アホか。ウチが泣くわけ無いやろ。ウチは浪速の白い稲妻やで? そんな簡単に泣くわけないやろ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
俺とタマは互いに視線を合わせた。
宝石のようなタマの瞳から涙がこぼれ落ちそうな時だった。
「・・・・・・タマっ!」
おれはそのままタマを抱きしめた。
「やったな・・・・・・やったな、タマ~っ!」
「ああ! ウチら、やったんや! ようやく・・・・・・ようやくここまできたんや・・・・・・」
二人で思いっきり抱きしめ合う。
これまでの出来事が走馬灯のように脳裏を流れ、俺もタマも感極まって互いの名前を呼び合った。
皆の前では泣かないようにしようと思ったのに、どうしてもタマを見ると駄目だったのだ。
「・・・・・・少しだけ二人だけにしてあげましょうか」
「ああ。トレーナーとタマは悔しいが特別だからな」
「あーあ、こんなことするからまた記者達がこっちへ来るわ。でも二人の邪魔はさせないわよ」
「皆で二人を守って、後で勝利パーティーだねっ」
他の四人が気を使ってくれたようだった。
「・・・・・・後で皆にお礼言わんとな」
「ああ、だからあと少しだけ勝利の美酒に酔おうぜ」
今日、ここにチームアンタレスは復活した。
それは皆が頑張ってくれたからに相違ない。
俺はトレーナーとして、その幸せを噛みしめ続けているのであった。
今回で話は一区切りつきます。
暫くシリアスっぽい空気だったので次は明るい話にしようと思いますので、よろしくお願いします
今後、展開について
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基本的にコメディで、時々シリアス
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基本的にシリアスで、時々コメディ
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シリアスは無い方がいい