ウマが合うからいつも一緒   作:あとん

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第一話から名前は出てきたのに、出番が皆無だったスーパーカーお姉さんの回です。

シリアスは暫く無いって言ったのに、結構シリアスな話になってしまった……申し訳ありません。


マルゼンスキー

『数年の沈黙を破り、チーム・アンタレス、ここにふっかーつ!!』

 

 小さなラジオから興奮した実況の声が聞こえてきた。トレセン学園で行われるレースの殆どはこうやってラジオを通して、外部に放送される。ランクAのチームレースともなればテレビでも放送され、ドリームトロフィーリーグには及ばないものの大きな人気があった。

 ここに一人のウマ娘がいる。

 彼女は掛けていたソファーからゆっくりと立ち上がり、傍らにあるラジオの電源を切った。

 ボリュームのあるウェーブがかった長髪。健康的な肢体に、均整の取れた抜群のプロポーション。

 大人びて整った容姿でありながら、どこか茶目っ気があるような印象の美しい顔立ち。

 かつてURAファイナルズ優勝、URAチームリーグ優勝とトレセン学園を盛り上げ、現在もドリームトロフィーリーグで活躍するウマ娘。

 スーパーカーの異名をとるこのウマ娘こそ、初代チーム・アンタレスのリーダー、マルゼンスキーである。

 

 彼女がトレセン学園に入学したのはもう随分と前になる。中等部でデビューしたマルゼンはすぐに当時の学園で若き天才指導者と呼ばれていた東条ハナの目に止まり、学園最強と名高いチーム・リギルに参加した。この頃のトレセン学園はリギルとスピカが覇権を争う二強時代であり、南坂トレーナーのカノープスはまだ結成されたばかり。後にチーム・ミークを結成する桐生院葵は、新人トレーナーとしてハッピーミークの育成を終えたばかりという時であった。そんな中でリギルに誘われるということは、いかにマルゼンが優れていたのかの証明になるであろう。余談だがこの時同時にシンボリルドルフも新入生として、リギルに参加している。

 マルゼンはすぐにオープン戦に参加し、圧倒的な実力で快勝。その後も様々なオープン戦で抜群の結果を残していった、しかし、彼女が中等部時代参加したレースはその後もずっとオープン戦のみであった。

 これは『中等部の時に基礎をみっちり鍛えてから、高等部で本格的にデビューさせる』という東条ハナの指導方針もあるが、当時のトレセン学園で行われる重賞レースは高等部中心のレースばかりであったことも大きい。今でこそトレセン学園の各重賞レースは中等部の生徒へ門戸を開いているが、当時は高等部と中等部の間にかなりの実力差があると信じられており、中等部はオープン戦で鍛えるというのが中央トレセン学園だけでなく、トゥインクル・シリーズ全体の暗黙の了解となっていた。この悪習はそれこそタマが中等部の辺りまで続いたものであり、理事長の秋山やよいが苦心して撤廃させたものでもあった。

 自身の楽しい走りを追求する。

 それが信条のマルゼンスキーにとって、この現状はあまり快いモノではなかった。走るならやはり大きなレースで色んなウマ娘たちと、思いっきり走りたい。そんな思いを抱えながら、マルゼンスキーは毎日中等部のグランドで練習に明け暮れていた。

 ある日、練習中している自分を面白そうに眺めている一人の青年をマルゼンは発見した。彼女の評判はすでにトレセン学園内では知れ渡っており、無謀にも引き抜きを行おうとするトレーナーや、将来を期待して取材をしようとするマスコミは今まで何人もいた。しかし青年はそういった者たちとは、立ち振舞いが違った。

 楽しそうに。面白そうに。誘い文句も取材要求もせずに、一人でマルゼンの練習風景を見ているのである。彼はマルゼンが練習をしていると、どこからともなくやってきて暫く彼女の走りを眺めると、仲間らしき男に呼ばれて帰っていく。

 不思議な感覚の青年であった。

 その青年はマルゼンより一年早く、トレセン学園のトレーナー学課に入学していた。広島から単身上京してきた彼は、二年間トレーナーとしての教育を受け、その後一年間、桐生院葵の元でトレーナーとして現場を学んだ。そして現在は大勢のウマ娘に簡単な指導をする、サブトレーナーとして一年働いていたのだ。彼はその合間に、何度もマルゼンの走る姿を見に来ていたのである。そしてようやくトレーナーとしてウマ娘を個別で指導できるようになったのは、マルゼンが高等部に進学したときと同じ頃であった。

 ついにマルゼンスキーが本格的にデビューするとあって、多くのトレーナーやマスコミが彼女の元に押し寄せた。この頃、マルゼンスキーは漠然とした不満を東条ハナに募らせていたという。彼女との関係は良好で、チームメイトとも仲は良かったが、思いっきり自由に走ってみたいという欲求もあった。だからこそ多くのトレーナーの勧誘を、彼女は拒まなかった。しかし、マルゼン自身が満足するような誘い方をするトレーナーは中々いなかった。

 そんなある日。

 マルゼンスキーがいつものようにグランドで練習していると、あの青年がいた。

 そういえば、最近見なかった。そんなことを思いながら自然に彼の方へと視線を向ける。

 青年は珍しくピッチリとした背広を身に纏い、顔は目に見えて分かるくらい緊張の色を浮かべていた。まるで初な中学生が初めて好きな相手に告白するような、そんな初々しさが感じられたのだ。

 彼はマルゼンの練習が終わるまでそこで待っていた。そしてマルゼンが走り終わるのを確認すると、こちらへ近付いてきたのであった。前までは様々なトレーナーが勧誘に来ていたが、彼女が首を一向に縦に振らないため最近は数もまばらで、今日は殆ど見当たらなかった。

 

「ま、マルゼンスキーさんですよね?」

 

 青年はガチガチに緊張した様子で尋ねた。本来なら彼の方がマルゼンスキーより年上のはずなのに敬語を使ってきて、しかもそれが妙にしっくりきていた。恐らく精神的に自分の方が年上なのだろう。マルゼンはそう考えた。

 

「そうですけど……どうしました?」

 

 マルゼンがそう尋ねると青年は強張った面持ちで、礼儀正しく直角に頭を下げた。

 

「俺……いや、僕の担当ウマ娘になってください! お願いいたします!」

 

「え?」

 

「一目見たときから、決めてました! 貴方と一緒に駆け抜けたいです!」

 

 それはあまりにも単純で直情的な、勧誘の誘い文句であった。普通のトレーナーなら自分はどんな指導方針だとか、今後のレースや練習環境などをアピールするものだ。だがこの目の前の青年はそのようなことを一切言わず、滾る感情をぶつけてきたのだ。その不器用さにマルゼンは思わず吹き出した。

「だ、駄目ですか?」

 

 不安そうに頭を上げた青年の頭を、マルゼンは軽く撫でた。

 

「そうね、男の人が簡単に頭を下げちゃ駄目よ」

 

 青年は照れくさそうに笑った。ちゃんと立つと自分よりも背が高いし、肩幅も割とある。この人は年上の男性なのだ。だが自分よりもはるかに年下のようにも感じる純粋さがあった。

 

「……少し、話しましょうか。キミも私を勧誘しに来たんでしょう? とりあえず洒落乙なサ店にでも行って、自己紹介からね」

 

「え、あ……はい! でも僕は恥ずかしい話、東京の喫茶店なんて分からなくて……」

 

「うふふ、それならお姉さんに任せなさい! ティラミスが有名なお店があるのよ!」

 

 マルゼンは青年の手を取った。振り返ってみればこの時から、彼を自分のトレーナーにする気があったのかもしれない。

 

「あ、それとその話し方はあまり好きじゃないわ。キミが年上なんだし、トレーナーなんだから。ありのままで喋ってほしわ」

 

 彼が息を呑むのがはっきりとわかった。マルゼンは今まで感じたことの無い高揚感に包まれながら、一歩を踏み出したのだった。

 

 その後、二人は何度か会って話をした。

 時に喫茶店、時に映画館。マルゼンスキーに言われるまま、青年は彼女を様々な場所に連れて行った。

 青年はマルゼンに試されているのだと思ったが、彼女は会って話すたびに楽しそうだった。

 

「ねえ、キミは昔からずっと私を見てたわよね?」

 

「え?」

 

 ある日のこと、マルゼンは青年に尋ねた。

 

「ずっとって、知っていたのか?」

 

「ええ、練習とか模擬レースにも来ていたわよね」

 

「うん……まぁ、そうだな」

 

 青年は照れ臭そうに言った。既にお互いくだけた口調で喋れるくらいの関係にはなっている。 

 

「あんなに見られちゃ、こっちだって意識しちゃうわよ」

 

「う、すまない。邪魔だったか?」

 

「そんなことは無いわよ。でも……毎日ずっと見てたから、気になっちゃって」

 

「うん……ただ……最初は楽しそうに走るなぁと思って見入ってたんだ」

 

 青年は手にしていたコーヒーカップを置いて、思い出すように言った。

 

「それで、いつの間にか夢中になっちゃんだよな。何ていうか……速いとか力強いとかじゃないんだ。ただ、輝いてたんだ」

 

「ふぅん……」

 

「多分、マルゼンは本当に走ることを楽しんでいるんだと思う。勝ちとか負けとか関係なく。そんなマルゼンだからこそ、一緒に走りたかったんだ」

 

 そこまで行って青年は恥ずかしそうに頭を掻いた。

 

「……なんていうか、感情的な考えですまない。でも、俺はそう思ったからマルゼンを誘ったんだ」

 

 その言葉を聞いたマルゼンスキーは目を閉じて暫く考えた後、

 

「ふふふふっ♪ バッチグーよ!」

 

 満面の笑みを浮かべると、青年の頭をポンポンと叩いた。

 

「うっ!? い、いきなりどうしたんだ?」

 

「あらあら、鈍感ねぇ。そんなんじゃトレセン学園じゃやっていけないわよ『トレーナー君』」

 

「……ま、マルゼン。今なんて」

 

「さ、学園に戻りましょうか。トレーナー登録と、チーム移籍の準備をしなきゃね! 善は急げよ!」

 

 どうやら青年はマルゼンスキーのお眼鏡にかなったようであった。

 二人はそのまま学園に戻り、正式なトレーナー契約を結んだ。

 名門チームの注目ウマ娘が新人トレーナーの元へ電撃移籍することは、瞬く間に学園中に広まっていった。

 そしてマルゼンスキーとトレーナーは三年間を駆け抜けた。

 幾つものレースを制し、新しく立ち上げたチームでもマルゼンスキーは抜群の成績を残した。

 個人でのURAファイナルズ優勝。チーム・アンタレスでのURAチームリーグ優勝。

 新人トレーナーとウマ娘とは思えない程の功績を残し、マルゼンスキーは学園を卒業。ドリームトロフィーリーグへと進んだ。

 マルゼンスキーはこの時、青年を専属トレーナーとして共に来てくれるように誘った。しかし様々なウマ娘たちを育ててみたいというトレーナーの意見を尊重して、互いに別れる道を選んだのだった。

 それから数年。

 アンタレスはマルゼンは勿論、最強のメンバーといわれた初代チームが彼女と同じタイミングで卒業した後、チームは凋落の一途を辿った。

 トレーナーもスランプに陥り、かつてはリギルやスピカと肩を並べたアンタレスは急激にその勢力を縮小していった。

 マルゼンが卒業後はお互いが忙しいため、会うことはほとんど無くなっていた。そんなトレーナーが、マルゼンに会いたいと言ってきたのは、チーム最後の一人が脱退した時である。

 久々に会ったトレーナーは見るからにやつれていて、全身から疲れが滲み出ているようだった。

 トロフィーリーグにおいても連戦連勝を重ね、ルドルフ・ミークと並ぶ『三強』と讃えられていたマルゼンとは対照的だった。

 

「実はな……広島に帰ろうか、悩んでいるんだ」

 

 かつて二人で夢を語り合った喫茶店。そこで青年は注文した珈琲に口も付けないで言った。

 

「……そう」

 

 マルゼンスキーは飲もうとして持ち上げたコーヒーカップをゆっくりとテーブルに置いた。

 

「あの後、知ってるかもしれんが……アンタレスはどんどん落ちていってな。もうマルゼンがいた頃みたいなチームは無いんだ」

 

「…………」

 

「きっと俺には実力が無かったんだ。だから皆、離れていった。マルゼンが凄かっただけなんだ……」

 

「……ねぇ、トレーナー君」

 

 マルゼンは静かに青年の顏をじっと見つめた。

 宝石のように美しい瞳に、彼の顔が映って揺れる。

 

「まだ、私の走る姿は好き?」

 

「…………ああ、好きだよ」

 

 青年の脳裏にかつて見た彼女の走る姿が浮かぶ。

 まだデビュー前の練習風景。レースで圧巻の走り。チームレースで走り終えた後の笑顔……様々な思い出が走馬灯のように浮かんでいく。

 

「短い間だけど色んなウマ娘を見てきた……皆、それぞれ光るモノを持っていた。でも、一番はマルゼンだった。あんな夢中になるような走りをするのは――」

 

「そう。キミが求めているのはそれだった筈よ」

 

 じっとマルゼンが青年を見ている。吸い込まれそうになる瞳に、彼は息を呑んだ。

 

「トレーナー君はチームの指導者という重圧にきっと呑まれちゃったの。そして一番大事な事を忘れた。私が楽しく走ることを一番大事にして、貴方はそれを認めてくれた。だからアンタレスは強くなれたのよ」

 

 青年の心にある重たい鎖がゆっくりと溶けていく。そんな感触を彼は感じ始めていた。

 

「思い出して。キミのトレーナーとしての原点を」

 

 彼女の言葉に心が震えた。徐々に思い出してくるのだ。彼の原点。何故、自分がトレーナーになりたいと思ったのか。

 

「そうか。俺は一緒に走りたかったんだ……」

 

 マルゼンの走りを見て、心を鷲掴みにされた。

 理屈ではない、本能で彼女の走る姿に惹かれたのだ。

 彼はそれを見失っていた。ずっと一緒にいたマルゼンはそれに気が付いた。だからこそ、彼も気付いてほしかった。

 

「……ありがとう、マルゼン」

 

「……うふふ、ようやく目が覚めた?」

 

「ああ……俺は弱気になっていた。でも、おかげで決心が着いたよ」

 

 青年は勢いよく立ち上がった。

 

「もう一度、心から夢中になる走りを。ウマ娘を探し出す。実力も成績も関係ない。昔、俺がマルゼンの走りに心惹かれたように」

 

 彼はそのまま伝票を引っ掴むと、マルゼンに昔のように笑顔を見せた。

 

「本当に……ありがとうマルゼン。俺、もう一度頑張ってみるよ。きっとマルゼンに負けない、最高のウマ娘を育ててみせる」

 

「ええ。信じているわ」

 

 青年は軽く会釈するとそのまま喫茶店を後にした。

 一人残ったマルゼンは、珈琲のマドラーを回しながら溜息をついた。

 

「……そこはまた一緒のトレーナーでも良かったんじゃないかな」

 

 そんな事を言いながらも彼女の顔には笑顔が浮かんでいた。

 三年間、苦楽を共にしたからこそどんなに離れようと、どこかで心は繋がっている。

 青年とマルゼンスキーの、目には見えない固い絆だった。

 

 

 口笛が聞こえてきた。

 その音色は風の中を裂くように鳴り、どこか物悲しい。

 まだ寒さも残る初春の空の下、一人の少女がトレセン学園に続く坂道を歩いていた。

 腰まで伸びた長い芦毛の髪と赤と青のリボンを風になびかせ、黒いセーラー服からはみ出た白い尻尾を揺らしながらゆっくりと進んでいる。

 小さな身体に少ない荷物。

 まるで流離の少女に見える彼女は、ただ一人。北風に立ち向かうようにトレセン学園の門へと向かって行く。

 襟元に縫われた白い稲妻。

 彼女の名は――

 

 …

 ……

 …………

 

 あれから数年。 

 俺はマルゼンスキーと同じように心惹かれた一人のウマ娘を、チームに誘った。 

 彼女、タマモクロスは完全に落ち目だったチーム・アンタレスに参加してくれた。そしてもう五年近く、一緒に走り抜けてくれた。

 タマ以来、俺は自分が理屈抜きに心惹かれたウマ娘だけを勧誘してきた。

 オグリもグラスも、ウララだってそうだ。

 スカーレットは自発的に来てくれた娘だったが、初めて彼女の走りを見た時は一発で気に入ってしまった。

 そして今、ようやくアンタレスはかつての栄光を取り戻し始めた。

 全てはタマを始めとする、今のメンバーの頑張りのおかげである。

 だが、あの日。

 マルゼンが俺に忘れていた気持ちを思い出させてくれなければ、アンタレスはそこで終わっていたかもしれない。

 そう思い、俺は空を見上げた。 

 この青空のどこかで、今でも最高の走りを目指しているであろう最初の相棒の顔を思い浮かべて。

 

「ありがとう、マルゼン」

 

 …

 ……

 …………

 

「おめでとう、トレーナー君」

 

 マルゼンスキーは微笑すると同じように空を見上げた。

 心地のいい風が頬を撫でる。

 もう春は訪れたらしい。




タマのシーンは某ボクシングマンガの冒頭をイメージしています。
Opの『美しき狼たち』は名曲。

あと、アンケートをします。今後の展開についてです。よろしくお願いします。

今後、展開について

  • 基本的にコメディで、時々シリアス
  • 基本的にシリアスで、時々コメディ
  • シリアスは無い方がいい

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