これで年末にタマが来たらどうしよう……
でも来てくれるなら来て欲しい……
広島から来たカッペ。
俺はよくそんな風に陰口を叩かれる。しかし、実際に本当のことなので俺はそこまで気にはならなかった。
確かに初めて中央トレセン学園のある東京にやって来た時は、どこを見渡しても山が見えないことに驚愕し、建ち並ぶ高層ビル郡に圧倒され、本当に同じ日本人かと思うくらい派手で洒落気のある東京都民にカルチャーショックを受けたものだ。トレセン学園だって俺が知る今は亡き福山トレセン学園の数倍は広い敷地に、最新の設備の数々は、中央の凄まじさを実感するのに充分であった。同じように笠松から来たオグリも似たような衝撃を受けたらしく、彼女とは最初から妙にそりがあったのは余談だ。
そんな感じだから、俺がトレセン学園の外に出ることはほとんどなかった。上京して数年間はトレーナーになるための勉学に励んでいたし、外に出る時間もなければ、行きたい場所というのもない。学園内でなら必要なものはあらかた手に入ることも、外に出ない理由の一つだった。
寂しい状況が数年続いていた俺を、外に連れ出してくれたのがマルゼンスキーだった。
「美味しいナタデココのお店があるのよ!」
「最近できたオシャンティーなカフェに行ってみない?」
「いい感じの穴場な喫茶店を見つけたわ」
まあ、こんな感じでよく俺を誘ってくれた。もし彼女が外に連れ出してくれなかったら、ずっとトレセン学園に籠りっきりだったかもしれない。
閑話休題。
本日、俺は久々に食糧買い出し以外の用件で、学園の外に出ていた。
先日約束したウララの親睦会と桐生院先輩を慰める会に使う店の下見も兼ねて、最近オープンしたという甘味処に向かうためだ。
マルゼンとのカフェ巡りのお陰で俺は都会に慣れ、色んな店を知ってるのだが今回行く店は初めてなので幾らか緊張する。
同じ気持ちなのか横のオグリも、落ち着かないように肩を震わせている。
「大丈夫か、オグリ?」
「……ああ、タマもトレーナーもいる。皆もいるから安心だ」
タマに心配されるも、オグリは何とか大丈夫といった風に返したのだった。
彼女がレースで勝ったときは、よく俺とタマとの三人でカフェ巡りをするのだが、未だに都会の風景と人混みは苦手らしい。
「わぁーっ! 人がいっぱいだね!」
それに比べウララはとても元気だった。彼女も俺やオグリと同じ地方出身なのだが、俺達と違って都会への苦手意識が皆無であり、楽しそうに周囲を眺めている。
「あっ! あれなんだろう?」
そして気になるものがあれば、すぐに体が動いてしまう。好奇心旺盛な子供そのものだった。今も俺達から離れていこうとするウララを、スカーレットが腕を握って止めている。
「ウララ先輩、もう少しで美味しい和菓子屋さんに到着しますから、一緒に行きましょう」
「あっ! そうだった! ありがとーダスカちゃん」
ペコリと頭を下げるウララに苦笑しながらも、スカーレットは彼女の手を取って戻ってきた。
「すまないな、スカーレット」
「ふふ、このくらい平気よ。ところで今から行く店ってどこなの?」
「もうすぐ着くわよスーちゃん。えっと……あ、あれです」
グラスが指を指した先には、『天草庵』という看板が掲げられた和風喫茶店があった。
外見は木造の日本家屋といった感じで、全体的に『和』のテイストの外観である。日本好きのグラスが好みそうなデザインだ。
「む、いっぱい人が並んでいるんだが……」
「オープンしたばかりですからね。お客さんも多いんですよ」
店の前にできた行列にオグリが一歩引いていると、グラスが苦笑しながら答えていた。
しかし何というか……若い女性とカップルが多いな……。俺大丈夫かな? かなり浮いてないかな? 立場的には引率の先生枠なんだろうか……
そんなことを考えていると、意外と回転率がいいのか、すぐに順番は回ってきた。
6人の大所帯ということもあり、奥のテーブル席へと案内される。
一番奥の椅子に俺が座り、その隣にウララとオグリ。反対側にタマが座って真ん中にスカーレット、その横にグラスと続いた。
すぐに店員さんが水とおしぼりとメニューを持ってきてくれたので、俺たちはすぐにそれに目を通してみる。
「メニューがいっぱいあって、楽しいな。それにどれも美味しそうだ」
「値段も中々お手頃やなぁ」
オグリは垂れそうになっている涎を拭いながら、メニューに目を通していく。もう食べ物のことしか頭に無いって感じだ。
彼女の言うとおり、様々な和菓子や色んな種類の飲み物が揃っており、和風パフェやお汁粉といったサイドメニューも豊富だ。
しかもタマが言うように値段もリーズナブル。流行るわけだ。
……基本、ウマ娘とお出かけをするときはトレーナーが全額を負担するので、ちょっと安心したのは内緒だ。
オグリは勿論、成長期のグラスとスカーレットも中々食べるからなぁ。
ちなみに余談であるがタマとオグリは既に名前と顔が売れているため、一応用心して帽子とサングラスで変装している。
ちょっと前に変な週刊誌にクソみたいな記事を書かれたばかりだから、出来るだけ隙は作らないようにしているのだ。
皆でいくつかメニューを注文した後、俺は内装をゆっくりと眺めてみた。
店内は思った以上に広く、天井も高く作ってあるため中々開放感がある。
ウェイトレスさんも着物の上にフリルの着いたエプロンというスタイルで統一しており、見た目も良いし接客態度も良い。
フロアの装飾は純和風で落ち着いた雰囲気がある、日本人ならほっと一息ついてしまうような魅力があった。
実際にタマは頬を緩ませてリラックスしているし、こういった雰囲気が好みのグラスも居心地良さそうに微笑んでいる。
「ふふふ、落ち着きますね~」
上品で穏やかなグラスもまたいいモノだ。彼女なら店員さんの着ている和装も似合いそうだな。
そんなことを考えていると、頼んだメニューが運ばれてきた。
俺が頼んだのは抹茶ケーキと温かい緑茶。
甘すぎる物は苦手なので、これ位が丁度いい。
「うわぁ~、おいしそう~!」
「ああ……たまらないな」
オグリとウララはそれぞれ和風パフェを頼んでいた。
抹茶や黒糖の寒天の上にアイスやあんこが乗った、見た目も楽しい人気商品らしい。
ちなみにウララが頼んだパフェは普通サイズだが、オグリが注文したのはデラックス白玉和風カフェのトッピング全部乗せという大変ボリューミーな商品で、ぱっと見でドラム缶くらいあるんじゃ無いかと思うくらい大きかった。
「普段、あんまり和菓子は食べないんだけど……こう見ると本当に美味しそうね」
「ふふ、素朴で美味しいからお勧めよ、スーちゃん」
スカーレットは白玉あんみつ、グラスは黒糖本わらび餅というメニューを頼んでいた。
何となく二人はちょっと大人っぽいメニューだな。
「皆のも揃ったみたいやし、早速いただきますしようか」
目の前の抹茶アイスの器をタマが持ち上げて言った。
タマはこの中で群を抜いて小食で、頼んだのもこのアイス一個とほうじ茶だけであった。
「そうだな、食べようか」
俺の言葉に待ってましたと言わんばかりにオグリが頷き、パフェを口へと運んだ。
それに続いて皆も頼んだ各々の和菓子を口へ入れていく。
「あ、美味しい……」
スカーレットが目を丸くして呟いた。
「ああ、こら絶品や。うまいうまい」
「ええ……口当たりも上品で食べやすく、甘みも中々……」
「美味しい。うん、美味しいな」
「甘ーいっ! 皆、これすっごく美味しいよ!」
皆も同じ気持ちなのか、各自が美味しそうに舌鼓を打っている。
俺も抹茶ケーキを一口。うん、美味しい。温かい緑茶がまたよく合う。
「トレーナー! これ、すっごく甘いよ! しかもアイスが二つも乗ってる!」
「そうか、よかったな。バニラアイスと抹茶アイスか」
ウララが和風パフェを頬張りながら、満面の笑みで言ってくる。
美味しそうに料理を食べる女の子って、何でこんなに可愛いんだろうな……
俺もタマもよく部室で手料理を振る舞っているが、目的の大半は美味しそうに食べるオグリ達を見たいというのはある。
「うん! トレーナーも美味しい?」
「ああ、美味しいぞ……食べるか?」
俺の抹茶ケーキをウララがじっと見てきたので、俺はそう尋ねてみた。
「い、いいの?」
「ああ。いいぞ。遠慮するな」
「やったぁーっ! ありがとう、トレーナー!」
ウララは嬉しそうに両手を挙げると、口を大きく開いた。
俺は苦笑しながらケーキをフォークで小さく切ってから、彼女の口元へと持って行く。
ウララはそのまま俺が差しだしたケーキを一口で食べると、満面の笑みで咀嚼する。
何だか雛鳥に餌を与えているみたいだ。
そんなことを思った時だった。
『…………』
妙な視線に気づいてふと顔を上げると、グラスとスカーレットが真顔で俺とウララの方を見つめていた。
「ど、どうした二人とも……」
俺が尋ねても二人は何も言わず、黙ってウララと俺の手の辺りを交互に視線を向けている。
「と、トレーナー……今の……」
スカーレットはじーっと俺の持つフォークを見つめながら言った。
「……トレーナーさん……その……よろしければ、私にもケーキを一口分けて貰えないでしょうか」
するとグラスが同じようにじっと俺の手元を見ながらそう言ってきた。
「あ……あたしも! あたしも一口貰える!?」
さらにスカーレットも身を乗り出してきた。二人とも目力が凄い。かかっているのかな……
「そ、そうか。そんなに食べたいのか……」
勢いよく頷く二人。そうか……なら。
「すいませーん」
俺はすぐに店員さんを呼んで同じケーキを二つ注文した。
どうせなら一口と言わず、全部食べて欲しいからな。二人なら食べれられる量だろうし。
きっと喜んでくれるだろうと思っていたが――
『…………』
二人は無言で俯いていた。
な、何がいけなかったんだろうか……ちゃんと二人分、ケーキを頼んだのに。
タマも何か呆れたように溜息ついてるし。
「ウララ……恐ろしい子だ……素でこれなのか……」
オグリもモグモグしながら何か言ってるし。
そんなことを考えていると店員さんが追加の注文を運んできてくれた。
グラスとスカーレットは無言でそれを黙々と食している。
「う、うん。料理も美味いし値段もいい。これなら桐生院先輩も満足してくれるだろう」
ちょっと悪くなった雰囲気を誤魔化すために、俺は出来るだけ明るく言った。
「そういえば、前から思ってたけどきりゅういん先輩ってどんな人なの?」
ウララがモグモグしながら尋ねてきた。
「そう言えば、ウララとは面識無かったな。桐生院先輩は俺のトレーナーとしての先生だ」
「へぇー、トレーナーの先生なんだ。たしか女の人だったよね?」
「ああ。名門・桐生院家のご令嬢だ。でもそのことを鼻にかけることもないし、教えるのも上手だし……まぁ、とにかくいい人だぞ。あと綺麗だし」
「ふーん……ねぇ、トレーナー。その人の事好きなの?」
――ぶっ!? と勢いよく吹き出したのは黙々とケーキを食べていたスカーレットだった。
「だ、大丈夫かスカーレット!?」
「へ、平気よ! なんでもないわ」
咳き込むスカーレットの背中を、タマとグラスが優しく擦ってあげていた。しかし一体どうしだろうか。
「トレーナー。ウララの質問に答えてやってくれ」
オグリがそう言い、俺はウララがこっちをじっと見ていることに気がついた。いや、彼女だけでなく他の皆も心なしか、俺の方を伺っている。
「好きって……そりゃあトレーナーとして尊敬してるさ」
「うーん、女の人としてはどうなの?」
「ええと……そういう目で先輩を見たことないな。スピカの先輩もいるし……」
確かに年齢は近いけど、桐生院先輩を異性として意識したことはあまり無かった。先輩はあくまで俺たち三人の後輩を教え子として扱っていたし、俺たちも先生として接していた。だから俺も残りの二人も桐生院先輩を敬愛することはあっても、異性として好意を持つことは無かったのだ。
「それに俺にはお前たちがいるしな。恋愛なんてしてる暇ないさ」
俺はウマ娘のトレーナーだ。俺の仕事は担当するウマ娘をレースで勝たせて、ウイニングライブでセンターに立たせてあげることなのだ。皆がいる限り、恋愛なんてしている暇はないだろう。しかしウララがこんなことを聞いてくるなんて珍しいな。そんなことを考えながら、ウララの頭を撫でた。彼女は安心したように息を吐き、気持ち良さそうに両目を細めている。
「えへへ、それならよかったぁ。もしかしたら、きりゅーいん先輩にトレーナーが盗られちゃうかもって思っちゃって」
「ははは、まさか。俺はお前たち一筋さ」
俺がそう言うと、ウララは嬉しそうに笑った。
「ウララちゃん、これも食べてください」
「えっ! いいの?!」
「ウララ先輩、あたしのもどうぞ」
「わーいっ! ありがとう、グラスちゃんダスカちゃん!」
グラスとスカーレットが何故だか自分達のスイーツを、ウララに分けてあげていた。先程までの硬い表情はどこへやら、ニコニコと嬉しそうに笑っている。
「ナイスだウララ。一緒にコレも食べよう」
オグリもいつの間にか追加注文したお菓子をウララに分けていた。嬉しいことでもあったのだろうか。
「ウチはまぁ、分かっとったけど……それなりに嬉しいもんやな」
「何のことだタマ?」
アイスを食べながらしたり顔で言うタマに、俺は尋ねたが何かはぐらかされるだけであった。
その後、すっかり機嫌を良くした五人は仲良く談笑しながら美味しい和菓子とお茶に舌鼓を打った。
俺の財布に入れてきたお金は全滅したが、それでも皆の機嫌が直ったから良しとしよう。
こうして俺たちチームアンタレスのお出かけは終わった。
そしていよいよ……次のレースが始まろうとしていた。
今後、展開について
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基本的にコメディで、時々シリアス
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基本的にシリアスで、時々コメディ
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シリアスは無い方がいい