記念に急ピッチで書き上げました。
主人公とタマの話です。
口笛が聞こえてきた。
その音色は風の中を裂くように鳴り、どこか物悲しい。
まだ寒さも残る初春の空の下、一人の少女がトレセン学園に続く坂道を歩いていた。
腰まで伸びた長い芦毛の髪と赤と青のリボンを風になびかせ、黒いセーラー服からはみ出た白い尻尾を揺らしながらゆっくりと進んでいる。
小さな身体に少ない荷物。
まるで流離の少女に見える彼女は、ただ一人。北風に立ち向かうようにトレセン学園の門へと向かって行く。
襟元に縫われた白い稲妻。
彼女の名は――
「駄目だ」
俺は自然と呟いた。
トレセン学園高等部のグラウンド。目の前では様々なウマ娘が自分に合ったトレーニングを行なっている。
「駄目とは、手厳しいな。ここにいるのは皆、中等部から研鑽を積んできた者と、高等部から入ってきた実力組だぞ」
三鷹が横で言った。
確かにコイツの言う通り、ここで走っているのは皆選び抜かれた中央のエリート達だ。
それは勿論、俺も理解している。
だけど。
「マルゼンを初めて見たときに感じた、あの感覚は感じられないんだ」
「お前、またそれか……」
呆れたように三鷹は溜息をつく。
だが仕方ないのだ。
マルゼンスキーがアンタレスを抜けた後、スランプで俺はドン底に堕ちた。
だがそんな俺を救ったのは、他でもないマルゼンだった。
一緒に走りたい――そんな気持ちになれるウマ娘を探す。
初心に返った俺は、それ以来高等部で様々なウマ娘を見てきたが、マルゼンの時のような気持ちになれる少女は未だに現れなかった。
それでもきっと見つかる。そう信じながら練習を見ているが、あの心臓を鷲掴みにされるような感覚は一度も無い。
強いウマ娘なんていくらでもいる。才能を持っているウマ娘なんてそれこそ、全員がそうだ。
だが、あのマルゼンの走る姿を初めて見たときに感じた、あの衝撃は俺に襲ってこなかったのである。
「そもそもマルゼンスキーって言ったら数百年に一人の天才だぞ? そんな逸材が、その辺に転がってるはずないだろ」
「確かにそうかもしれない。けど……あの感覚が無いと、俺はもう一度立てない」
「……贅沢なヤツだ」
これだけは譲れない。俺の最後の意地だった。
今年中に新しいウマ娘を育成しなければ、チーム・アンタレスは解体すると理事長から言われていた。
もう後はなかった。だからこそ、妥協したくなかったのだ。
「だったら、中等部を見に行ってみたらどうかしら」
「桐生院先輩……」
そう言って現れたのは師である桐生院葵先輩だった。
今はチーム・ミークのトレーナーとして数多くのウマ娘を育てている。
「でも先輩、高等部じゃないと格付けのあるレースには出られませんし……」
「急ぐのは分かるけど……でも本当に一流のウマ娘を育てるなら、一から育てることもトレーナーとして必要じゃないかしら」
「……確かに……」
マルゼンだって俺が初めて見たときは中等部だった。
結果を急ぐべく高等部の生徒ばかり偵察していたが、やはり中等部の子を一から育てるのが本来のトレーナーなのかもしれない。
「……ありがとうございます、先輩。俺、中等部のグラウンドに行ってきます!」
「ええ、いってらっしゃい」
桐生院先輩はにっこりと微笑んだ。
「やはり中等部か……私も同行する」
「三鷹……」
「今年の中等部は豊作だ。特に新入生のスーパークリークって娘は、凄まじいらしいぞ」
「スーパークリークねぇ……」
聞いたことの無い子だった。だが三鷹が言うのなら、凄いんだろう。
俺は先輩に見送られながら、高等部のグラウンドを後にした。
…
……
…………
「おお、壮観だな」
俺の視界にはゼッケンを付けた体操服に身を包んだウマ娘達が、大勢集まっていた。
新入生達が番号と己の名前が書かれたゼッケンを付けるのは、遠目からでもトレーナーに自分が誰であるか分かるようにするためだ。
ここでトレーナーの目にとまったウマ娘がスカウトされ、担当あるいはチームの一員として飛躍していくのだ。
「クリークは今日、模擬レースに出ないらしいぞ」
がっくりと三鷹が肩を落として言った。お目当てのウマ娘がいないとなると、テンションが下がるのも、やむを得ないだろう。
「だけどこれだけウマ娘がいるんだ、きっと何かしら光るモノを持つ娘がいるさ」
そんな時だった。
一人、とあるウマ娘が目に留まった。
腰まで伸びた長い芦毛。
小さな体躯に赤と青の長いリボン。
大きな瞳に小ぶりな鼻、そして桜色の唇。
「ゼッケン7番、名前は……」
俺は無意識の内に、彼女の名前を呟いていた。
やがて彼女は簡易的なパドックに入っていく。
これから模擬レースが始まる。
その様子をトレーナー達は観察し、お眼鏡に適うウマ娘をスカウトするのである。
「ようやく、面白そうな娘が見つかったな」
俺は彼女の後ろ姿を見ながら、自然に呟いた。
そしてすぐに、模擬レースの火蓋は切って落とされた。
コースは芝で800m。
技量を見るにはうってつけの距離だった。
「さてと。肝心の走りはどうかな」
いつの間にか俺の視線は、数多く走るウマ娘の中でたった一人に絞られていた。
…
……
…………
「一位のニトロアックス、いい感じだったな。だが二位のモリノアローも中々の脚を持ってる」
模擬レース終了後、同じように見学していた三鷹が言った。
確かに、今三鷹が名前を挙げた二人には既に何人かのトレーナーが声をかけている。
「15位、か」
「何の話だ」
「ゼッケン7番の話だよ」
俺の答えに三鷹はすぐにゼッケン7番のウマ娘を探した。そして彼女の姿を確認すると、渋面を作って言った。
「おいおい、あの娘は辞めといたほうがいいだろ」
急に横の三鷹が言ってきた。
「何でだ?」
「何でって、芦毛だ。芦毛は走らないなんて、お前なら分かっているだろうに。それにあの体格だ。中等部一年にしたって小さすぎる」
「芦毛は走らない……か。だったら先輩のミークはどうする」
「ミークは桐生院家が育てた天才だ。例外中の例外だぞ」
「例外中の例外、か。スターウマ娘ってヤツはみんなそうなんじゃないか?」
「でもあの子は惨敗している。あの小ささじゃレースは無理だ」
「今回のレースは走りきったじゃないか。無理なんて無い。勝てなかったのは、トレーナーがいなかったからだ」
「ちょっと落ち着け。焦ってるからって判断を見誤るな。冷静になれ。あの子はマルゼンとは何もかも違う」
そう。何もかも違った。
マルゼンスキーの走りは思わず見とれてしまうように優雅で、そして圧倒的な走りだった。
居並ぶウマ娘達をぐんぐん引き離し、楽しそうに走る様は正に風。
あの走りに俺は魅了されたのだ。
対してあの少女の走りは全く真逆だった。
がむしゃらで、力強い。
必死で走る形相で何度も前に喰らいつこうともがいていた。
そこから滲み出るのは勝利への執念。
楽しく走るをモットーにしていたマルゼンとは、何もかもが対極だった。
だからこそ、惹かれる。
今の崖っぷちである俺と、姿が被ったのもあるかもしれない。
「そうだ、マルゼンとは何もかも違う。でもたった一つ、同じ所がある」
そう言うと俺は歩き出していた。
「一緒に走りたい――そう思える走りだった」
俺が一番、大切にしているモノであった。
「……なんや、アンタ」
少女は不機嫌だった。
レースに惨敗し、ただ一人乱した息を整えている最中だったのだ。目が血走っている。
凄い気迫だ。
俺の身長の半分も無いような体躯のこの子は、既に俺を圧倒するような負けん気を出している。
心が震える。
マルゼンをスカウトしたときも同じ気持ちだった。
言わなければ。
俺の担当ウマ娘になってくれって。
だが緊張から上手く言葉が出なかった。
「……何や知らんけど、用がないならもういくで。ウチかて暇や無いねん」
冷たく踵を返して彼女は去ろうとする。
俺は慌てて、声を絞りだした。
「君の走り方じゃ駄目だ」
ピクリ、と少女の耳が動いた。
癇に障ったのか、凄まじい形相でこちらを睨んでくる。
俺は一息ついて言った。
「ちょっと走り方を変えてみたらどうだ」
「…………」
辛い沈黙。
それを打ち破ったのは、彼女の方だった。
「知るかい。ウチはずっとこの走り方でやってきたんや。ぽっと出の知らんおっさんに言われる筋合いは無いわ」
ぷいっと顔を背け、そのまま少女は去って行った。
その小さな背中を、見えなくなるまで眺めていた。
「振られちゃったな」
肩を三鷹がポンと叩いた。
「いや、俺の担当ウマ娘はあそこにいる」
絶対に口説き落とす。
俺はそう心に誓い、彼女の名前を口に出すのだった。
「タマモクロス――待っていろよ」
ようやく生き甲斐を見つけた……
今後、展開について
-
基本的にコメディで、時々シリアス
-
基本的にシリアスで、時々コメディ
-
シリアスは無い方がいい