長らく続いたオグリキャップ編もこれにて最後です。
どうかよろしくお願いします。
ちなみに作者はイナリワンとスイープトウショウで有り金を全て溶かしました。
――オグリ先輩がアンタレスを所属チームに決めた事は、その日のうちに学園中を駆け巡りました。
これまでどこのチームにも入らなかったオグリ先輩が、ということもありますがやはり問題になったのはそのチームがアンタレスだったことでしょう。
この頃のアンタレスに所属するウマ娘はタマモクロス先輩のみで、チームとしての体を成していない状態でした。
そんなチームに当時、スターウマ娘だったオグリ先輩が加入したのですから当然、反発が起きます。
今思えばこの時期が一番、チームの危機だったかもしれません。
何故ならオグリ先輩のアンタレス入りを歓迎する者は、学園にほとんど存在しなかったのですから――
「アンタレスのトレーナーさんですね!? 今、お時間よろしいでしょうか!?」
職員室を出た瞬間、トレーナーは大勢の記者たちに待ち伏せされた。
何処から仕入れてきたのか。オグリキャップがアンタレスに加入したのは昨日だというのに、何人も集まっていたのだ。
「す、すいません。今から練習があるんで……」
トレーナーはそれだけ言うと足早に、その場を去ろうとする。
「待って下さい! あのオグリキャップがアンタレスに加入するというのは本当ですか? トレーナーさん、答えて下さい!」
「極秘事項です!」
あの数に絡まれたら面倒くさいので、トレーナーは全力ダッシュで部室に向かった。
しかし。
「おお……」
アンタレスのホームであるプレハブ小屋も、マスコミや他のトレーナーが集まってちょっとした騒動になっていた。
「ええい! 許可獲ってない写真はNGや! 練習に支障でるから、ちょとどいてや!」
入り口付近でタマモクロスの声が飛ぶ。
背が小さいからか周りの記者に埋もれてしまっているが、その高い声だけははっきりと響き渡っていた。
「タマ!」
トレーナーは群がる人だかりを掻き分けて、タマモクロスの元へと向かう。
愛バであるタマモクロスは、額に汗かきながら詰め寄る人々をいなしていた。
「トレーナー! これは一体何があったん?」
「タマの春天勝利の取材……ならよかったんだが、本当はオグリの件だ」
「ああ……」
それだけでタマモクロスは大体の状況を察した。
「とりあえず今日は誤魔化して、後日改めて発表しよう」
「せやな。こんな状況やと何言うても……」
「どうしたんだ、タマ。外が騒がしいが……」
奥からオグリキャップがひょいと顔を出す。
すると周りの野次馬達は一斉に底へ群がっていった。
「オグリキャップさん! アンタレスに入ったというのは本当ですか!?」
「リギルやスピカではなく、どうしてこのチームに!?」
「今後のレース予定は!?」
大勢の人間と熱気に囲まれ、ただでさえ人見知りの気があるオグリキャップは顔を青くして奥へ引っ込んでしまう。
「ちょっと! ウマ娘に過度なフラッシュや騒音は厳禁でしょ!」
トレーナーはすぐに彼らとタマ達の間に割り込んで、ウマ娘二人をプレハブへと避難させる。
「トレーナーさん! 何か一言お願いします! 全てのウマ娘ファンが待っているんですよ!」
「俺たちトレーナーも納得がいっていないぞ! 説明しろ!」
「えーと、正当な手続きをしてからお願いします!」
トレーナーはそれだけ言うと扉をピシャリと閉めて中から鍵を閉めた。
そのまま扉を背に一息、途端に背後から大勢の声が聞こえてくる。
「うう・・・・・・トレーナー、何とかならんかな?」
さすがのタマも疲れた様子で尋ねてきた。
オグリに至っては耳をぐったりさせて、椅子に腰掛けている。
「うーん、まさかここまでとはな・・・・・・」
スターウマ娘であるオグリが入るチームを決めたのだから一悶着ありそうとは思っていたが、こんな騒動になるとは思っていなかった。
「だがこれじゃ練習も出来んぞ・・・・・・」
「せやな。どうするか・・・・・・」
二人がうんうん唸っていると、オグリキャップが落ち込んだ様子で尋ねてきた。
「もしかして、私のせい・・・・・・なのか?」
「・・・・・・いや、オグリが原因じゃないさ。ただちょっと俺のチームランクがな」
「ウチのトレーナー、甲斐性があらへんからな。しょうがないで」
「それをタマが言うか・・・・・・」
「・・・・・・ふふふ」
困った様子で笑うトレーナーとタマモクロスに、オグリキャップの顔も柔らいだ。
その直後。
――ぐぅうううううううううっ!
「・・・・・・とりあえず何か作ろか」
「ああ、タマ。頼む」
大きく鳴ったオグリのお腹の虫に、タマは苦笑して厨房へと向かっていく。
――オグリの活躍は凄かったから多少の騒ぎは起こるだろう。でも、暫くすれば落ち着くだろう。
似たような例は今までのトレセン学園でも多々あった。
トレーナー自身、マルゼンスキーを引き抜いた時は世間からバッシングを受けた経験があった。その時は、彼とマルゼンが実力で周りを黙らせた。
その経験があるからこそトレーナーは今回の問題も時が経てば解決するだろうと考えていたのである。
――ですがトレーナーさんの思惑以上に、アンタレスへのバッシングは激しくなっていきました。
反アンタレスの中堅トレーナーとマスコミ関係者は結託し、執拗な攻撃を繰り返したのです。
「お前は自分が何をやっているのかわかっているのか!?」
年齢もキャリアも自分よりはるか上のトレーナーに詰め寄られ、アンタレスのトレーナーは困ったように愛想笑いを浮かべた。
「な、何の事ですか?」
「オグリキャップの事に決まっているだろう!」
オグリキャップ。その名を聞いてトレーナーは内心、溜息をついた。
もう彼女の名前を本日何度も聞いている。それも全て同業者とマスコミ関係者たちからであった。
「お前ではオグリキャップを育てるのは無理だ! 今すぐ彼女のチーム参加を辞退しろ!」
「……しかし、俺のチームにオグリ……オグリキャップが入ってくれたのは彼女の意思でもあります。それを無碍にするのは……」
「お前から彼女に言うのがトレーナーとして、大人としての責任だろう! オグリキャップという稀代のアイドルウマ娘が、能力の低いトレーナーの下でその才能を潰そうとしているんだぞ!」
よくもまぁ、本人の目の前で言えるものだ。
トレーナーは内心で目の前の先輩に唾を吐いてやりたい気持ちに襲われた。
だが悲しい事に世間のウマ娘に関わる者たちの大半は、彼と同じような考えだった。
元々、アンタレスのトレーナーの評判はあまりよくない。
かつてまだ新人だった時にあのリギルからマルゼンスキーを引き抜いたことを、快く思わない同業者は大勢いた。
またマルゼンが卒業してからチームが凋落したことも、彼の低評価に拍車をかけていた。
現在タマモクロスのおかげで持ち直してきたが、未だに彼の評価は『マルゼンスキーだけのラッキーボーイ』、あるいは『マルゼンスキーを口八丁で騙した男』であったのだ。
そんな彼が今度は笠松から上京したオグリキャップをチームに引き入れた。
他のトレーナーからすれば、田舎から出てきた無垢なオグリをアンタレスのトレーナーが言葉巧みに騙して、チームに加入させたという印象であった。
オグリキャップが普段からマイペースで真面目で純粋な性格であることも影響した。
悪いトレーナーに騙されそうになっている地方から来たスターウマ娘を、その毒牙から守る。
そんな風に彼らは思っている節があったし、一部のマスコミ関係者もその考えを支持して盛んに記事を書いて世間を扇動したのであった。
「とにかく! さっさと身の程を弁えた行動を心掛けることだ。これ以上だと上位トレーナーも動くだろう。それより前に、オグリキャップを放逐するんだな!」
大声でまくしたてると、先輩トレーナーは去っていった。
上位トレーナー……リギルやスピカやシリウスのトレーナー達は既にオグリキャップの事を諦めていた。
彼らはウマ娘が自分の意思で決めたのなら、それ以上は自分たちが言う事は何もないとして、この問題から手を引いていた。
アンタレスにクレームをつけてくるトレーナーは皆、中堅以下のトレーナーばかりである。
彼らからしてみれば、多くの上位チームに勧誘されながらどこにも所属しなかったオグリキャップなら、自分たちにもチャンスがあるのだろうと思ってしまったのであろう。
しかしそれを若輩トレーナーに盗られたのだから、彼らの怒りも凄まじいものであった。
「はぁ……」
トレーナーは大きな溜息をつくとそのまま自身の席にどっかりと腰を降ろした。
「大変だったねぇ」
すると横からそんな声が聞こえてきた。見れば初老のトレーナーが同じように座席へ座っていたのである。
「いえ、先輩方の言い分も一理あります。自分のチームは、チームとしての体をなしていないので」
「確かにねぇ・・・・・・オグリキャップは勿論、タマモクロスをチーム競技場で見たいという人は多くいます」
そこまで言うと彼はキョロキョロと周りを見渡すと、声を潜めて話し始めた。
「そこでいい話があるのですよ・・・・・・」
好々爺といった雰囲気が一転し、初老のトレーナーの眼光が蛇のように光ったように見えた。
「君、私のチームのサブトレーナーにならないかね」
思わずアンタレスのトレーナーは息を呑んだ。
「勿論、タマモクロスとオグリキャップも一緒だ。チーム内では以前のようにその二人を専属で指導して貰っても構わない」
「・・・・・・・・・・・・」
「私のチームでなら二人もチームレースに出場出来る。君も二人を指導できる。中々良い話だと思うがね・・・・・・」
オグリキャップという大器はここまで人を狂わせるのか。
アンタレスのトレーナーは、目の前にいる初老の男にぞっとするようなおぞましさを感じて、目を背けた。
「まあ、考えておいてくれたまえ」
ポンポンと肩を叩くと、初老のトレーナーは去って行った。
トレーナーは自身が惚れ込んだ笠松のウマ娘が、己の力量を遙かに超える怪物であることを実感し始めていたのであった。
――オグリ先輩の事で荒れたのはトレーナーさん達の間だけではありませんでした。
この問題を多くのマスメディアが取り上げましたが、そのほとんどがアンタレスに否定的な物だったのです。
多くの新聞や雑誌にアンタレスに対しての批評が載りました。
特に著名なウマ娘評論家が書いた記事は、タマ先輩を激高させたそうです。
曰く、最近世間を賑わせているアンタレスのトレーナーだが、彼は口が上手さだけで世を渡ってきただけで、マルゼンスキーもオグリキャップもその口八丁で口説き落としただけに過ぎない。
今までの戦績はマルゼンスキーがただ抜きん出た才能であっただけで、彼自身にトレーナーの才能は無い・・・・・・
「がーっ! 好き勝手書きよってからに!」
持っていた雑誌をタマモクロスは引きちぎると、そのままぐちゃぐちゃに潰して床に投げ捨てた。
その本の持ち主であるモブサイクロンからあ・・・・・・という声が漏れるが、あまりのタマモクロスの怒りにそれ以上何も言わなかった。
「タマちゃん。こりゃヤバいよ。大炎上だぜ」
以前タマモクロスに絡んでいたモブサイクロン達だが、彼女に完敗して以降態度を改めてそれなりに仲良くなっていた。
そんな彼女達が真面目にアンタレスを心配していたのである。
「中央に来てからのレースでオグリキャップにも熱狂的なファンが着いたからねぇ」
「それを中堅トレーナーとマスコミが焚きつけてやがる。えげつねぇな」
「今すぐ記者会見とか開いた方がいいんじゃない?」
「うー。そうかもな。トレーナーに言ってみんと・・・・・・」
タマモクロス自身、大なり小なり何か騒動があるとは考えていたが、ここまで大事になるとは思っていなかった。
仲の良いオグリキャップがアンタレスに入ってくれたのは嬉しいが、これ以上は・・・・・・
芦毛の少女は一人歯がみした。
一方、騒動の張本人であるオグリキャップにも受難は続いていた。
元々前からマスコミや他のトレーナーに追い回されていた彼女だが、以前にも増して多くの人達から声をかけられるようになった。悪い意味でだが・・・・・・
「オグリ先輩! アンタレスに入るって本当ですか!?」
放課後声をかけてきたのは、中等部の後輩であった。
オグリ自身には面識が無い少女である。
だが既に中央でデビューして華々しい戦績を飾ったオグリキャップには、多くのファンがいた。トレセン学園内でも、おっかけとも言える生徒がかなり多く存在したのである。
「え・・・・・・ああ、そのつもりだが・・・・・・」
「そ、それは止めた方がいいと思います!」
真っ直ぐな瞳で、彼女は力強く言った。
流石のオグリキャップも驚きで目をまん丸に見開いた。
「ど、どうしてだ・・・・・・」
「あ・・・・・・アンタレスは・・・・・・オグリ先輩には相応しくありません! もっといいチームがあるはずです!」
彼女は純粋な厚意で言っているのだ。
オグリキャップほどのウマ娘が、チームとしてまともに機能していないアンタレスに入るなど言語道断。
リギルやスピカといった強豪チームにだって入れるのにどうしてそんなチームに・・・・・・
「・・・・・・でもトレーナーはいい人だし、料理も美味しいんだ。それにタマもいるし・・・・・・」
「そんな・・・・・・オグリ先輩ならどんな一流チームでも入れるんですよ! なのにあんなチームに・・・・・・」
あんなチーム・・・・・・オグリは胸が詰まるような思いがした。
目の前の少女に悪意は一切、感じられない。
オグリキャップの事を想って言っているのである。
だからこそオグリキャップもそれ以上、何も言えなかったのである。
(私は皆の期待に応えるために走ってきた。だが皆はアンタレスに入る私を歓迎しないのか・・・・・・)
オグリキャップはその現実に肩を落とす。その時だった。
「ッ・・・・・・」
後輩の声が止まった。
その異様な雰囲気にオグリキャップが想わず後輩の目線の先に視線を移す。
「た、タマ・・・・・・」
タマモクロスがそこにいた。
オグリキャップを迎えに来たのである。だが彼女はこの一連の会話を耳にしてしまったのである。
バツの悪そうに顔を歪め、タマモクロスは苦笑した。
「・・・・・・悪いオグリ。先行っとるで」
片手をヒラヒラさせて踵を返すと、その場を去ろうとする。
「ま、待ってくれタマ・・・・・・」
そう言って手を伸ばしたオグリキャップだったが、去って行くタマの後ろ姿を見て思わずその手を引っ込めた。
今の彼女に、あのオグリキャップですらどんな言葉をかけていいのか分からなかった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
「はぁ……」
オグリキャップは珍しく深い溜息をついた。
あの後、後輩たちから逃げるように離れた彼女はそのままトボトボと行くあてもなく彷徨っていた。
本当ならアンタレスのホームに行く時間なのだが、先程のタマモクロスの表情を思い出すと、どうしても足が進まなかったのだ。
毎日追いかけてくるマスコミや他のトレーナーたちに見つからない様に、あまり人気のない場所を歩いて行く。
「……む。ここはどこだ」
気が付けば見知らぬ場所に辿り着いていた。
いつの間にか校舎から出ていたらしく、校庭へと向かう生徒や緑の芝があちこちに見える。
こんな時、タマかトレーナーがいれば……
オグリキャップは肩を落とすと、そのまま近くにあったベンチに座り込んだ。
日陰も多く、あまり人も少ない場所だった。
「……はぁ」
いけないと思いつつも、出てくるのは乾いた溜息ばかりだった。
オグリキャップはチームの事やウマ娘界の事情などは分からない。
ただ親友のタマモクロスと同じチームに、そして気に入ったトレーナーのいるチームに入りたかっただけなのだ。
しかしその事を反対する人が大勢いる……
「どうしたの、こんな所に一人で?」
不意に頭上から声をかけられた。
オグリキャップが咄嗟に顔を上げるとそこに一人のウマ娘が立って、こちらを覗き込んでいた。
「貴方は……」
知らない顔だった。
私服を身につけているためトレセン学園の学生ではないだろう。
他校の生徒か、あるいはOGか。
ウェーブのかかった鹿毛の長髪を靡かせ、目鼻の筋が整った美しい顔立ち。
背は高く、プロポーションはモデルと間違えるほど均等がとれており、長い手足がより大人らしい印象を与えた。
白地に花柄をあしらったノースリーブのワンピースと、肩に羽織った紅いカーディガンをきっちり着こなし、かけているサングラスもスマートで恰好良い。
「オグリキャップちゃんね。新聞で見たわ」
「ああ……そうだが……えーっと、貴方は……」
「うふふ、気にしなくていいわ。通りすがりのトレセンOGよ」
そう名乗るとそのウマ娘はにっこりと微笑んだ。
「横、いいかしら?」
「……ああ、どうぞ」
オグリキャップがそう言うと、彼女はそのままベンチに腰を掛ける。
基本人見知りの気があるオグリキャップであるが、この年上のウマ娘には不思議と警戒心が湧かなかった。それどころか何となく親近感を憶える。
包み込むような包容力をオグリキャップは彼女から感じたのだ。
「でもどうしたの。今を時めくスターウマ娘の貴方が、こんな所で一人だなんて」
「ええと・・・・・・実は・・・・・・」
辿々しい言葉であるが、オグリキャップは自身の現状を語り始めた。
地元の皆に応援され。中央でスターウマ娘になるために笠松から一人上京したこと。
慣れないトレセン学園でトレーナーと同室のタマモクロスに助けて貰ったこと。
そのタマモクロスと併走して、初めて中央のレベルを知ったこと。
そして彼女と共にレースで走りたいと思ったこと。
トレーナーと接するうちに、彼を信頼するようになったこと。
自分はこの二人と一緒に頑張りたいと思っているが、多くの人がそれに対して否定的なこと・・・・・・
胸の内に秘めていたことをオグリはゆっくりと語っていく。
そんな彼女の言葉を鹿毛のウマ娘はうんうん頷いて聞いている。
そしてオグリキャップが話を終えると、そのウマ娘は少しだけ間を置いた後、じっと瞳を見つめてゆっくりと口を開いた。
「ふふふ、相変わらずね。トレーナー君は・・・・・・」
「む・・・・・・トレーナーを知っているのか?」
「ええ、少しね。でも今重要なのはそこじゃないわ」
吸い込まれるような感覚に思わずオグリキャップは息を呑んだ。
「貴方は皆のために走りたいって言ったわね。そしてアンタレスに入ることを皆は反対しているし、トレーナーとタマちゃんにも迷惑がかかる」
「・・・・・・ああ」
「確かに貴方を応援してくれる人のことも重要よ。でも一番重要な事をオグリちゃんは忘れているわ」
「む・・・・・・それは一体?」
「・・・・・・オグリちゃん自身のことよ」
そのウマ娘は、そう言ってにこりと微笑んだ。
「一番大事なのは、貴方自身がどうしたいか。でしょう?」
「・・・・・・しかし」
「皆のために走りたいのは分かるわ。でもそれで自分がやりたいことを我慢していたら本末転倒よ。自分が楽しく走る。それがウマ娘にとって一番重要な事なんだから」
「・・・・・・確かにあのチームにいると、私は楽しい。でもそのことが原因で皆に迷惑がかかるなら・・・・・・」
「うふふ、真面目なのね。オグリちゃんは。だったらまずその気持ちを、皆に伝えてみたらどうかしら」
「皆に・・・・・・」
「そうよ。気持ちって言葉にしないと、人は分からないものなの。オグリちゃんの言葉で、オグリちゃん自身の気持ちを皆に伝えれば、きっと分かってくれると思うわ」
「自分の・・・・・・気持ち」
確かに今までオグリキャプはこの問題に対して、はっきりとした答えを示していなかった。
それは彼女が皆のことを大切にして、なかなか言葉に出来なかったという経緯がある。
しかしそんなオグリキャップの煮え切らない態度に、周りが燃え上がったという側面も間違いなくあったのだ。
「そうか・・・・・・私は・・・・・・」
オグリキャップの瞳に輝きが戻り始める。そんな時だった。
「オグリキャップ、ココにいたか!」
突然かけられた声に、オグリキャップは顔を上げた。
生徒会長のシンボリルドルフが珍しく焦ったような様子で、近づいてくる。
「すまないが、一緒に来てくれないか。アンタレスのホームで・・・・・・」
そこまで言った時、シンボリルドルフの目線がオグリキャップの隣にいたウマ娘に移った。
彼女のことを知っているのか、シンボリルドルフは驚きで目を見開いた。
「・・・・・・どうして君がここに・・・・・・いや、今はアンタレスの急変なんだ。一緒に・・・・・・」
「うふふ。最初はそう思ったけど、もうオグリちゃんが行くだけで大丈夫よ」
「ああ、ありがとう。ルドルフ、案内してくれ。すぐ行こう」
スッキリした顔つきでオグリキャップは立ち上がる。
そして振り返って、尋ねた。
「本当に、ありがとう。後でお礼をしたいから名前を尋ねてもいい・・・・・・いいですか?」
「うふふ。名乗るほどじゃないわ。ちょっとお世話好きのお姉さんよ」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
その日、アンタレスのホーム前は異様な熱気に包まれていた。
連日のように押し寄せるマスコミやトレーナー達。その数は日々日々増えていき、今日に至っては視界全てが人で埋まるような錯覚を覚えるようだ。
「み、皆さん静かにして下さい・・・・・・中にはウマ娘がいるんです・・・・・・」
彼らの視線の先にいるトレーナーは冷や汗をかきながら、殺到する人々を抑えていた。
ウマ娘は音や光に人一倍敏感であるため、騒音やフラッシュは避けるべきである――そんな初歩の初歩である常識すら無視した彼らの態度に、トレーナーは怒りを抑えつつも出来るだけ丁寧に接している。
だがそんな彼の気遣いも虚しく、周りはますます白熱していくのである。
「聞こえるだろう! これが世間の声だ!」
先頭にいた中堅トレーナーが声を張り上げた。
「これだけ多くの人間がオグリキャップのことを心配し、アンタレス入りを反対しているんだ! いい加減、物の分別をわきまえろ!」
「し、しかしオグリキャップ自身の気持ちもあります・・・・・・それにアンタレスも今は泡沫チームですが、これを機にまた復興することも・・・・・・」
「そんな成功するかも分からない可能性にオグリキャップを巻き込むつもりか!」
「全国のファンはオグリキャップさんがチームレースで活躍する姿を待ち望んでいます! ですがアンタレスでは実現できません! そのことについてどうお考えですか!」
若い女性記者がマイクを突き出して尋ねてくる。
情熱に燃えた瞳だ。きっと今の己の行動に一切の迷いがない。かつてマルゼンスキーの時によく取材して貰っていた乙名史記者をトレーナーは思い出した。
今は『月刊トゥインクル』の副編集長だったか。そういえばこの場に、月刊トゥインクルの腕章を付けた記者はいない。トレーナーは少しだけ救われた気がした。
「お前にオグリキャップは相応しくない! 誰もが分かっていることだ!」
「で、ですが・・・・・・」
「いやそれだけでない! タマモクロスだってアンタレスには不相応だ! 素晴らしい才能を持つウマ娘達を、このまま弱小チームで腐らせる気か!」
中堅トレーナーの言葉に、アンタレスのトレーナーの表情が変わった。
オグリキャップは元々笠松トレセンで頭角を現し、中央に移籍してきたウマ娘である。
皆の期待を一身に背負い、それに応え続けてきたオグリキャップは間違いなくスターウマ娘だろう。それこそ中央に編入してくる前から、ずっと。
だがタマモクロスは違う。
入学した当時、彼女はまだ本来の実力を全く発揮出来ていない状態だった。
そのまま幾つもの選抜レースに出場し、連戦連敗を重ねていた。その時の彼女を、多くのトレーナーはどう扱ったのか。
手を差し伸べようとしたのか。応援してあげたのか。
長い努力の末、ようやく結果を出したタマモクロス。その輝かしい部分だけしか見ていない。
トレーナーは気が付けば拳を強く握りしめていた。
頭が沸騰するほどの怒りを憶えた彼は、目の前の中堅トレーナーへと手を伸ばした。
「やめろっ! タマっ!」
「離せトレーナー! こいつ・・・・・・ウチのチームとトレーナーを馬鹿にしくさって・・・・・・!」
後ろから飛び出してきたタマモクロスを、トレーナーは必死で引き留める。
彼女は怒り狂っているのか、青筋を立てて小さな拳で今にも中堅トレーナーに振り下ろそうとしていた。
「落ち着け! タマ!」
「くそっ! こいつは・・・・・・こいつらだけは・・・・・・今まで何もしなかったくせに・・・・・・よくも・・・・・・よくも・・・・・・」
暴れるタマモクロスとそれを取り押さえるトレーナー。
流石の中堅トレーナー達も息を呑み、一歩下がった瞬間であった。
「何をしているっ!」
遠くから声が聞こえてきた。
皆が一斉にそちらの方を向いた。その先にはこちらに近づいてくる、生徒会長・シンボリルドルフの姿があった。
「・・・・・・こっちだ!」
その姿を確認したトレーナーは、その隙にタマモクロスを引っ張ってホームから離れていく。
ココに残ってはタマモクロスが本当に暴れ出す可能性があったからだ。
「これは何の騒ぎだ! 学園の敷地内で勝手な事は許さんぞ!」
突然の大物登場に周りの意識が、彼女に集中する。トレーナーはその間に、ホームから脱出した。
「あ、待てっ・・・・・・!」
それに気が付いた中堅トレーナーが叫ぶも多くの者の関心は、すでにシンボリルドルフの方へと向いていた。
さらに皇帝の後ろから現れたもう一つの人影に、皆の視線は釘付けになる。
「お、オグリキャップだ・・・・・・」
騒動の張本人であるオグリキャップであった。
アンタレスのトレーナーとタマモクロスは僅差でオグリキャップの姿は見なかったようだ。
そのことに安堵しつつ、彼女はゆっくりと口を開いた。
「集まってくれた皆に、一つだけ伝えたいことがあるんだ・・・・・・」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
学園の片隅にあるベンチに、トレーナーとタマモクロスは腰掛けていた。
「・・・・・・落ち着いたか?」
ベンチの上で膝を抱えているタマモクロスに、トレーナーは声をかける。彼女は顔を上げずに、黙ったままであった。
「・・・・・・ありがとうな」
トレーナーの言葉にタマモクロスの肩が少し動いた。
「嬉しかったよ。チームのことで怒ってくれて」
「・・・・・・・・・・・・」
「それにタマが怒らなかったらきっと俺が怒っていた。本当に・・・・・・すまないな」
「・・・・・・なんでトレーナーが謝るんや」
「自分の愛バにあそこまでさせたんだ。それはトレーナーである俺の責任さ」
「・・・・・・そんなことない」
タマモクロスは細々といった。
「トレーナーが今までどれだけ頑張ってきたか知らへんくせに・・・・・・あいつら好き勝手言って・・・・・・」
「タマ・・・・・・」
「ウチがここまで強くなれたんはトレーナーのおかげや。オグリだって、トレーナーの人柄に惹かれたんや・・・・・・口八丁で騙したんやない・・・・・・なのに・・・・・・あいつら・・・・・・」
タマモクロスは本気でトレーナーのことを思い、怒っていた。それだけで彼は嬉しかった。
「タマがそう思ってくれてるだけで、俺は救われたよ・・・・・・だからもう大丈夫・・・・・・大丈夫だよ」
彼女の小さな肩をトレーナーは優しく抱いた。
二人だけにしか分からない絆が、確かにそこにはあったのだ。
しばし沈黙が続いた。
やがて空は紅に染まり始め、練習を終えたウマ娘たちの喧騒が遠くから聞こえてくる。
「・・・・・・戻るか」
「・・・・・・せやな」
二人は短い言葉を交わすと、おもむろに立ち上がった。
歩を合わせてトボトボとホームに戻っていく。
「オグリは・・・・・・残念やったな」
「・・・・・・ああ、逸材だった。でもオグリならどのチームでも頑張っていけるさ」
トレーナーもタマモクロスも、心の奥底では認めてしまっていた。
もうオグリキャップをチームに入れることは無理だろうと。
アンタレスのホームは、少し前までのことがまるで嘘のように人っ子一人おらず、静まりかえっていた。
辺りは夕闇によって暗くなり始め、中で着けたままの電灯がぼんやりと室内を照らしている。
タマモクロスはそのままゆっくりと扉を開けた。
「――っ」
そこでタマモクロスの体がピタリと止まった。
何事かと思ったトレーナーも奥を覗き込み、息を呑んだ。
「遅かったじゃないか、二人とも」
オグリキャップがそこにいた。
本来ならここにいないはずの彼女は、椅子に座って行儀良く二人を見上げている。
「お、オグリ・・・・・・お前・・・・・・何で・・・・・・」
少しだけ落ち着きを取り戻したタマモクロスは、震える声でそう尋ねた。
「何でって・・・・・・ここは私のチームのホームなのだが・・・・・・」
「だ、だけどそれは皆が・・・・・・」
「ああ、皆が反対した。だから私も皆に分かって貰いたくて、正直に思いを伝えたんだ」
――どうか、このチームで走る私を、見て欲しい。
私の力を、自分の目で確かめて欲しい。
私はきっと、キミたちの期待に応える。
このチームでタマとトレーナーと、必ず。
何故なら私は強いから。私達は強いから。
どのチームよりもきっと――
アンタレスのホームに集まっていた人々の空気が明らかに変わっていった。
ここまでハッキリ言ったのだ。もう彼女はテコでも動くまい。中堅トレーナー達はそれを察して、引いていった。
このチームで戦うという宣戦布告だ。記者達はそう感じ、このままの方が盛り上がると反対から様子見へと舵を切った。
オグリキャップの真摯な姿が、確かに人々の心を動かしたのだ。
「その後の色んな事はルドルフにやってもらった。だからもう大丈夫だ」
「ははは・・・・・・また皇帝に借りが出来てしまったな」
冷や汗を掻きながらも、トレーナーはどこかほっとしたような感じだった。
「で、でもなオグリ・・・・・・あいつらの言うコトも一理あって、ウチのチームは――」
――ぐぅうううううううう・・・・・・
タマモクロスの言葉をかき消すように、オグリキャップのお腹からそんな音が鳴った。
「・・・・・・お腹が空いたな」
「・・・・・・っ・・・・・・ぷっ・・・・・・はははははははははは!!」
あまりにもマイペースなオグリキャップに、タマモクロスは大笑する。
先程の落ち込みが嘘のように晴れた彼女の笑顔に、トレーナーもほっと胸を撫で下ろす。
「よっしゃ! それならウチが特製たこ焼き、山盛りに作ったる! ちょっとそこで待っとき!」
「俺も手伝うぞ。最高のたこ焼きを食べさせてやる」
「ああ・・・・・・楽しみに待ってるぞ」
喜び勇んで厨房へと入っていく二人を、オグリキャップは目を輝かせながら見送った。
トレーナーとタマモクロスの二人だけだったチーム・アンタレスに、オグリキャップが本当の意味で加入した瞬間であった。
「・・・・・・でも、皆が言うとったことも一理あるなぁ。ウチとオグリがいかに強くても、二人じゃチームレースには出られへんし」
数十分後、熱々のたこ焼きを三人でつつきながら、ふとタマモクロスが言った。
「ほふほふ・・・・・・それなら私に考えがある」
たこ焼きを頬張りながらオグリキャップはそう言うと、そのままゴックンと飲み込んだ。
「今年の大きなレース、私とタマで一位を独占するんだ」
さも簡単そうに言ったオグリの言葉に、トレーナーは箸を止めた。
確かにこの二人の実力は抜きん出ている。だからといって、一位を独占状態にする程、中央のレースは甘くは無い。
なのに。
「そうすれば、あっちから私達に言ってくる」
どうしてオグリキャップがそう言うと、出来ると思えてしまうのだろう。
「お願いします。チームに入れてくださいって・・・・・・そうだろう、タマ?」
「お、オグリ・・・・・・お前・・・・・・」
タマモクロスは何かを思いだしたように彼女の顔を見つめた。
その視線に、オグリキャップは優しい微笑で返す。
(本当に・・・・・・出来るかもしれない。タマとオグリなら、トゥインクルシリーズを二人で制覇することだって・・・・・・)
走らないと言われていた芦毛。そのジンクスを覆した二人のウマ娘が揃って笑っている。
この二人となら、どこまでも一緒に走って行ける。
トレーナーはそう信じずにはいれなかった。
「勿論、私はタマには負けないぞ・・・・・・」
「・・・・・・当たり前や、ウチだって相手が例えオグリだろうと勝ちを譲る気は無い・・・・・・完膚なきまで叩き潰してやるさかい、覚悟しときや!」
「ふふふ、楽しみだ・・・・・・ははは・・・・・・」
――こうしてオグリ先輩はアンタレスに加入し、タマモクロス先輩と共に獅子奮迅の活躍をなされたのです。
この年は正にタマモクロスとオグリキャプの年・・・・・・後にそう語られるほど、お二人は中央で大暴れしたのでした。
そしてオグリ先輩は、アンタレスの不動のエースとして活躍することとなるのです。
・・・・・・最後に余談を一つ。
オグリ先輩の仰った、チームへの勧誘ですが・・・・・・残念ながら上手くはいきませんでした。
確かにアンタレスの二人は重賞を荒らし回りましたし、アンタレスの名も売れました。
ですがそれを見て、アンタレスに入ろうとしたウマ娘はほとんどいませんでした。
考えてもみてください。
只でさえ、悪目立ちしたチーム。それに加えてタマ先輩とオグリ先輩がいるのです。入れば必ず、この二人と比較されます。そのような重圧に耐えられるウマ娘など、中々いないでしょう。
では結局、この年にそれ以降新しいメンバーが加入しなかったかというと、そうでもありません。
この半年後、アメリカから一人のウマ娘が編入してきます。
その子はずっと海外にいたため、オグリ先輩のゴタゴタを全く知りません。
それこそアンタレスと言えばマルゼンスキー先輩がいたチーム、くらいの知識しか無かったのです。
彼女は学園でトレーナーさんに、そしてアンタレスの先輩方に出会い、チームに参加する決意を固めるのです。
え? そんなウマ娘いるのかって?
うふふ、それがいるんです。
彼女の名前は・・・・・・うふふ、申し訳ありません。
それはもうオグリ先輩の話ではなく、新しい話ですね――
次回からはまた日常的な話に戻ると思います。
今後、展開について
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基本的にコメディで、時々シリアス
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基本的にシリアスで、時々コメディ
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シリアスは無い方がいい