理事長室から出て、俺はそのまま校舎の出口に向かった。すると出入口付近で見知った顔を発見したので声をかけると、相手は礼儀正しくお辞儀をして答えた。
「お疲れ様です。トレーナーさん」
「グラス、どうしてここに?」
そこにいたのはウマ娘のグラスワンダー。トレセン学園中等部三年生で、我がチーム・アンタレスの一員でもある。
「先ほど、トレーナーさんがこの校舎に向かうのが見えたので、ここでお待ちしておりました」
そう言ってグラスは礼儀正しく頭を下げた。その様子に俺は苦笑する。
グラスワンダー・通称グラスはアメリカ生まれの帰国子女なのだが、両親が大の日本好きだったことから幼い頃から大和撫子の教育を受けていたらしい。
その結果、今の日本でもまず見られないような、清楚で礼儀正しい性格に育ったのだ。
「そうか、すまないな。今から部室に行くから、一緒に行こうか」
「はい。お供致しますね」
にっこりとグラスは微笑むと俺と一緒に歩き始めた。だが彼女は自慢の栗毛を揺らしながら、俺より三歩下がって付いてくる。
こういった所作の一つ一つがまた様になっていた。
「・・・・・・では五人集めなければチーム・アンタレスは解散ですか」
「ああ。一ヶ月の猶予は貰ったが、正直自信は無いな・・・・・・」
隠すべきじゃ無いと思い、俺はすぐに先程の事をグラスに話した。
彼女は神妙な表情を浮かべると、少しだけ俯いた。
「タマもオグリもグラスも、俺が勧誘したけど・・・・・・正直同じような娘がいてくれるとは思わないし・・・・・・」
「ふふふ。確かにトレーナーさんは他の方々と違って、とても個性的でした」
当時のことを思いだしたのか、グラスはクスクスと笑った。
この温和で柔らかい物腰からは想像できない、闘争心と誇り高い精神を彼女が持っていることを俺が知ったのは丁度1年前になるだろう。
当時、俺は新しいチームメンバーを求めて中等部によく足を運んでいた。
タマとオグリのような才能を持つ、若いウマ娘を探そうと思い、普段活動している高等部から離れて中等部に向かったのである。
マルゼンスキーを始め、俺が今まで担当してきたウマ娘は皆、高等部の生徒だった。そのため正直不安だったのだが、高等部では全く勧誘が成功しないので縋るような思いでここまで来たのだった。
そこで俺は彼女に出会った。
あの時、校庭では中等部の生徒達による模擬レースが行なわれていた。
中等部でデビュー前の同期ウマ娘達が中心となって行なわれたレースで、グラスワンダーも参加していた。
そこで彼女は周りのウマ娘をぶち切って、一着でゴールしたのだ。
芝1600m、タイムは1分34秒。
ジュニア級のウマ娘とは思えない好タイムだった。
そしてそのタイムはかつてマルゼンスキーが出したレコードタイムと同じであった。
怪物二世、マルゼンスキーの後継者・・・・・・彼女がそう呼ばれ出したのはそれかららしい。
らしい、そうらしいのだ。
何故こんな歯切れの悪い言い方をしたのかというと、実はそのレース。俺は見ていなかったのだ。
俺がグラウンドにやって来た時はレースは既に終わっており、大勢の記者やトレーナーが彼女の周りに集まっていた。
それを遠目で確認した俺は、その娘の顔だけ覚えて退散した。
あんな状況じゃ、ゆっくり勧誘できないだろうと思ったからだった。
そのため俺は彼女のタイムも異名も全く知らないまま、中等部を後にすることになった。
数日後。
俺は再び彼女に会うべく、中等部に向かっていた。
そして幸運にも練習に向かう彼女を発見したのである。
声をかけて自己紹介。
ここで俺は初めて彼女の名前がグラスワンダーという事を知った。
そんな簡単な下調べもせずに俺は彼女を勧誘しに来たのは、偏に俺にそう言った情報収集能力がないから・・・・・・もあるが一番は彼女の姿に魅せられたからであった。
レースが終わった後に見せた彼女の表情、立ち振る舞いは上品且つ優雅で・・・・・・早い話、一目惚れみたいなものだった。
そして後先考えず俺は勧誘に踏み切ったのだが、グラスはチーム・アンタレスの名前を聞いた瞬間、顔を強張らせた。
「チーム・アンタレス・・・・・・かつてマルゼンスキー先輩が所属したチームですよね?」
「おお、知っててくれたのか。ありがとう。そう、俺のチームはマルゼンと創ったチームだ」
アンタレスの名前を知っていたことに俺が喜んでいると、彼女の表情はドンドン険しくなっていった。
「トレーナーさん、私を貴方のチームに誘ったのは・・・・・・私が、怪物二世と呼ばれているからでしょう?」
「え?」
「マルゼンスキーの再来・・・・・・そう呼ばれている私をかつてマルゼン先輩が所属していたチームのトレーナーが誘うなんて・・・・・・」
拳を震わせ、グラスは俺に怒りの視線を向けてきた。
後から知った話だが、彼女はあの模擬レース以降、怪物二世と多くの人たちから讃えられ、勧誘や取材を受けていたらしい。
二世――ウマ娘の頂点を目指すべくトレセン学園に入学してきたグラスにとって、その称号は不本意極まりないものであった。
そんな時、そのマルゼンスキーの元トレーナーがチームに勧誘してきたのである。
そりゃ誰だって不快だし、怒りたくもなるだろう。
だが、当時そんなことを知らない俺は。
「え、マルゼンスキーの再来? 何のことだ?」
素でそう答えてしまった。
あの時、グラスは目をまん丸くして驚いたのをよく憶えている。
最初は俺がグラスを懐柔するために放った嘘かと疑いもしたらしいが、話している内に本当に知らないという事を分かったみたいだった。
そこで彼女は緊張と警戒心が多少和らいだのか、表情が若干柔らかくなった。
「なんで、俺が君を勧誘したか? なんていうか・・・・・・偶然、レースが終わった後の君を見てビビってきたんだ」
自分の噂も知らないのにどうしてチームに誘ったのかと、グラスに尋ねられ俺は素直に答えた。
理屈じゃ無い。本能でグラスに魅了され、育てて見たいと思ったのだ。
まあそもそも俺は今まで自分の直感でチームにウマ娘を誘ってきた。
オグリも彼女のレースを見て、欲しいと思ったから誘ったし、タマもそうだった。
「ふふ、変わっていますのね」
俺が正直に自分の胸の内を告白すると、グラスは手に口を当ててクスクスと笑った。
「少し、話しませんか? もしよろしければトレーナーさんを『野点』でおもてなししたいのですが・・・・・・」
「のだて?」
「はい。野外で楽しむお茶会です。お外で日射しや空気の匂いを感じながらお茶をいただく・・・・・・風流な文化ですよ」
「は、はぁ・・・・・・」
「私、茶道が趣味でして・・・・・・丁度、お道具も持ち歩いていたんです。いかがですか?」
「それは・・・・・・是非、お願いしたいかな」
「よかったです~♪ では、さっそく準備しますね」
先程までの警戒心はどこへやら、グラスワンダーは上機嫌に校庭の隅の方に歩いて行く。
その後、俺は彼女の点ててくれた美味しいお茶をご馳走になり、軽い雑談をしてから中等部を後にした。
次の日。グラスは俺たちのチームの部室にわざわざ足を運んでくれ、色々話をした。
彼女が海外からやって来た帰国子女であること。両親が共に日本文化が好きで、自分も影響を受けたこと。ウマ娘の頂点を目指すために、この学園の門を叩いたこと・・・・・・
「グラスワンダーは一見、お淑やかに見えるが・・・・・・胸に熱いものを秘めているな」
そう評価したのはオグリだった。
彼女の言うとおり、グラスは見た目や言動からおとなしく上品なイメージがあるが・・・・・・その実、熱い闘志を秘めたウマ娘であることに俺も気が付いたのだ。
是非俺のチームに入って欲しいと思い、それを伝えた。
グラスは暫く考える時間が欲しいと言って、その日はそのまま帰路についた、
三日後、彼女は再び俺たちの所に来てくれた。
「・・・・・・かつてマルゼンスキー先輩がいたチームで、先輩を超える記録を作る・・・・・・チーム・アンタレスをマルゼンスキー先輩が在籍してらした頃よりも大きくする。そうすることで私は、怪物を越えようと思います」
決意を秘めた瞳でグラスはそう言うと、非常に正しくお辞儀をした。
「今日からこのチームに参加させて頂きます。ご指導ご鞭撻よろしくお願い致します・・・・・・トレーナーさん――」
グラスワンダーがチーム・アンタレスの一員になった瞬間であった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
「あの日以来、私は一人のウマ娘として。同時にチームのウマ娘として、日々精進して参りました」
「ああ、グラスのおかげで俺のチームも存続できている状態だ」
グラスは中等部で既に様々なレースに出場し、結果を出していた。それは彼女の努力の結果である。
「これも皆、トレーナーさんのご指導のおかげです」
「・・・・・・そんなこと無いさ。君には才能がある。俺はその生まれ持った才能をほんの少し、手助けしただけさ」
「ふふふ、そのようなことはありません。貴方が私を誘ってくれたから・・・・・・『怪物二世』ではなく『グラスワンダー』として扱って下さったから、ここまで強くなれたのです」
不意に俺の掌を柔らかい感触が包んだ。
見れば、グラスが俺の手を握ってくれていた。
女の子特有の柔らかさと、温かい体温が心地いい。
「貴方がチームと運命を共にするなら私もご一緒します。別のチームに行くのならお供致します。トレーナーさんと私は、いつも一緒です」
「グラス・・・・・・」
こんな駄目な俺を彼女はここまで慕ってくれている。
胸から熱いものが零れ落ちそうだった。
こんないい娘に俺が出来ることは何だろう。
チームを創り上げ、胸を張って送り出してやることじゃないだろうか。
「グラス、俺はな・・・・・・」
俺がそこまで言った時だった。
「いだだだだだだっ!?」
不意に背中に激痛が走った。
慌てて振り向くと、そこには憤怒の形相を浮かべたタマが俺の背中をつねっていた。
「遅いと思って心配して迎えに来てみれば・・・・・・何を昼間っから乳繰りあっとんのや」
美少女が出していい音じゃないドスのきいた声で、タマは俺を睨み付けてくる。
「いやですわタマ先輩ったら・・・・・・私達そんな・・・・・・」
恥ずかしそうに身を捩るグラスに、タマはますます機嫌を悪くしたようだ。ふん、と鼻息を荒くしてグラスの手を握っていた俺の腕を引っ掴む。
「さっさと行くで! もう皆、集まってトレーナーを待っとるんや!」
そのままタマに引っ張られて俺は部室まで連行される。その後ろにグラスは苦笑しながら着いてきた。
「今日も頑張りましょうね、トレーナーさん」
そう言って微笑むグラスワンダー。
俺は彼女と出会えた事。そして俺のチームに入ってくれたことに感謝し、歩を進めていくのだった。
今後、展開について
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基本的にコメディで、時々シリアス
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基本的にシリアスで、時々コメディ
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シリアスは無い方がいい