IS 〈インフィニット・ストラトス〉 蘇りし帝国の亡霊 作:トッキー
プライベートで色々ありすぎて更新出来ませんでした。
合間を縫って書いて、ようやく更新しましたが、これからも更新は今まで以上に遅くなるかも知れません…。
「ちぃぃぃぃぃぃぃちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁんんん!!!!」
『!?』
何処かの小説に出てきそうな服装をした、ウサギ耳の女性は器用にも、ブラスコヴィッツや特殊部隊員達の間を縫って、一夏と千冬に抱きついていた。
「ちーちゃんちーちゃんちーちゃん!!大丈夫かい!?怪我してない!?いっくんも大丈夫!?ああこんな所に傷つけちゃって!ちょっと待ってて、ちーちゃんを傷つけたド腐れ野郎を今この世から跡形もなく消し飛ばして」
「束、私は大丈夫だ。そして落ち着け。もう色々と支離滅裂になってるぞ」
「束姉ぇ、どーどー」
今までの落ち着いた空気を壊すが如く現れた女性に対し、毒気を抜かれたのかブラスコヴィッツ達は構えた銃を下ろした。そしてブラスコヴィッツは彼女達のやり取りを見て、懸念を口にした。
「『束』?…すみません、ミス・千冬。もしかして彼女は…」
「え?あ、ああ。すみません、ミスターケヴィン。彼女は私の親友で…おい束、自己紹介ぐらい出来るだろ」
「え~!いいよ別に。『こんな』のにそんなの!」
「束」
極度の人間嫌いである束が、親友の千冬の頼みでもおいそれと自己紹介はしない事は、その場にいた全員が知っていた。しかし千冬は、自分の恩人と言えるような人間を侮辱するかのように言った事に対し、千冬は頭を掴みながら気迫で黙らせた。それに観念したのか、束はやる気無さげに自己紹介をした。
「も~面倒だけどいっか! ハロー♪天才科学者こと篠ノ之束だよ!ブイブイ!はいおしまい」
世界的に――良い意味でも悪い意味でも――有名な、天才科学者である篠ノ之束が自己紹介をし、それを聞いていたキャロライン・シュナイダーや特殊部隊員達は思わずどよめいた。
「し、篠ノ之博士って」
そしてドイツ首相の娘であるアリシア・ブリュッケハイムは、そんな有名な人が目の前に居ることに驚きを隠せなかった。同時に特殊部隊員達は、銃を持つ手に僅かに緊張が走っていた。
「ISの生みの親にして、世界中の指導者がその手腕や科学力等、色々なもの欲しさの為に国際指名手配にする程の、優れた頭脳を持つ科学者だ」
「おお?お褒めの言葉、ありがとね~。まぁそんな事どうでもいいとして…」
「ま、待って下さいミスターケヴィン!そんなあっさりで良いのですか?!」
「何がです?」
「いえ、ですから…その……女尊の、事…とか…」
「ああ、そんな事ですか」
「そ、そんな事って…」
「だが、そうでしょう?」
ブラスコヴィッツが束を褒めるかのような口調で説明したのに対し、千冬等のその場にいた女性陣や特殊部隊員達は内心驚いていた。女尊男卑の原因を作った人物が目の前におり、特殊部隊員の何人か――全員男性だった――は、束に敵意の目線を向けている中、ブラスコヴィッツは変わった様子も見せずに、平然としていたからだ。
千冬の問いかけに対し、ブラスコヴィッツはあっさりとその理由を説明した。
「確かに、今の世の中は女尊男卑が主な風潮だ。私の友人も、その影響で職を失ったりしましたたがね。まぁ幸い、全員再就職出来ましたが…だがその間接的な原因は、元々宇宙開発用だった筈の物を、軍事目的に転用した挙句、女性しか使えないと分かった途端に、掌を返すように、女性優位の政策を打ち出して保身に走った政治家達と、それに便乗した下らん連中によるものの筈だ。全ての責任を、目の前にいる篠ノ之博士に負わせるというのは、いささか筋違いというものじゃないか?」
『!?』
「へ~」
特殊部隊員達は、ブラスコヴィッツの指摘を受け、改めて自分達の視野が狭かったのかを思い知らされた。
しかし頭では分かっていたが、女性優位政策の弊害で、長きに渡る蓄積された恨みを完全に忘れる等、簡単に出来るものではない。隊員達は皆、束から目を逸らしていたが葛藤から表情を苦くしていた。
ブラスコヴィッツ自身も、全く憎悪がなくなった訳ではない。しかし今自身が述べたように、その感情の矛先はむしろ、彼の仲間を切り捨てた国や、それに便乗し寄生するかの様な企業に対し、向けるべきものであった。
確かに、ISによって男の立場は隅に追いやられていっているのが現状である。しかし、ISが台等したからといって、女性全てが女尊男卑という訳ではなく、良識を持った女性もいる。彼はそんな女性を知っている為に、余計にそのような振る舞いをするような者を許す事が出来なかった。
彼は正に、その怒りを捜査等にぶつけたのである。彼がOSAに引き抜かれてからというもの、IS関連の企業と国の不正や贈賄、さらに陰謀じみた事件を次々に解決していった。その中には、人体実験をまるで当たり前に行う企業も存在したが、文字通り「壊滅」させ、首謀者達にはこの世から「退場」してもらった事もある。
また軍を辞めさせられた仲間達を勧誘し、再雇用させたりする事にも積極的に行った。その結果、驚いた事に戦友達が持つ伝手やコネが、捜査の発展に役立つ事にも繋がり、その結果OSAの権益を、今まで以上に大きくさせる事にも繋がっていったのである。
話を戻すと、確かに直接的な原因は篠ノ之束かもしれない。しかし彼女はブラスコヴィッツが今述べたように、ISを「宇宙開発用のマルチフォーム・スーツ」として開発した。だが皮肉にも、「白騎士事件」によって、それまでの兵器を凌駕する圧倒的な性能が、世界中に知れ渡る事となった。この事件によって、宇宙進出よりも飛行パワード・スーツとして軍事転用が始まり、各国の抑止力の要がISに移っていったのである。
これに対し、束は心のどこかで、この世界に踏ん切りをつけていたと言ってもいい。自分の妹や親友姉弟に対し手を出さない限り、例え第三次世界大戦が起きようとも我関せずだったろう。
そしていざとなったら、自分の妹と親友の姉弟だけを連れて、地球を脱出しようとも考えていた。
だが今のやり取りで、束は目の前にいる男性に――ほんの僅かにだが――興味を持った。彼女をよく知る者からすれば、これは大きな変化といっても良い。束は新たな興味対象に対し、先程突撃してきた時と同じようなテンションでブラスコヴィッツに向かい直った。
「ねぇねぇ、あなたのお名前なんて~の~?」
「は…?」
「だ・か・ら、な~ま~え~!」
「あ、ああ。私はケヴィン・J・ブラスコヴィッツ。ケヴィンで構いませんよ。ドクター束」
「ふんふん、ケヴィンか~…じゃあケー君でいいね!私の事は『束』で構わないよ~!」
『は…?』
束の言葉に、その場にいた全員が――よく理解出来ていない一夏を除いて――固まった。人間嫌いで知られる束が興味を持つだけでなく、全くの赤の他人を愛称で呼ぶ事自体、親友である千冬でも信じられなかったからだ。
「すみません、ミスター・ケヴィン。あなたは束とどこかで会った事が?」
「いや、これが初対面です」
「そうですか…」
千冬の疑問に対し、ブラスコヴィッツは嘘偽りなく答えた。それを聞いた千冬は、ため息と同時に、いつもの悪癖が始まった事を感じた。
微妙な空気が漂う中、思い出したようにキャロライン・シュナイダーが口を開いた。
「ええっと…」
「どうしました?ミス・キャロル」
「いえ…この事を、報告書にどう書くべきか悩んでしまって」
「あぁ…」
キャロライン・シュナイダーが口にするまで、彼等はその事をすっかり忘れてしまっていた。そしてブラスコヴィッツは、内心エレン同様悩んでいた。テロリスト側にISの操縦者がいた事、織斑姉弟の事、篠ノ之束の事、そして―――メダリオンの事をOSA本部に送る報告書にどう記載すべきか。
そのように彼等が悩んでいる中、千冬と束はなにやら話し込んでいた。
「ねぇ、ちーちゃん」
「なんだ束。下らん事だったら…」
「違う違う。さっきの会場での事だよ~」
勘ぐった千冬は、束が口にした事に対し、口を閉ざしつつも目でその質問に応えた。千冬が沈黙する中、束は言葉を続けた。
「…ねぇ、ちーちゃん。さっきの事、もし忘れる事が出来るとしたら、どうする?」
「何…?」
「あそこでの出来事って、ちーちゃんにとってと~~~~っても嫌な事だって分かってるんだ~!だから、束さんはそれを綺麗さっぱりと」
「束」
いつもの口調で親友を気遣うかのように提案したそれは、ブラスコヴィッツに会う前の彼女なら恐らく飛びついていたかもしれない内容であった。しかし今の彼女にとってその提案は、もはや不要なものであった。
「それは…必要ない」
「えぇ~~~~!でもでも、ちーちゃんだって本当はツライんでしょ?だったら何もかも忘れて」
「束」
親友の一方的とも言えるような気遣いに対し、千冬は再度言葉を遮る形でそれを止めさせた。
「私は、今回の事を忘れるつもりはない…いや、忘れてはならないんだ」
「…でもそれってさ、と~~~~~~~~~っても難しい事だよね?だったらやっぱりキレイさっぱりに」
「いや…」
そこで千冬は口をつぐもうとしたが、意を決するように言葉を続けた。
「確かに忘れるのは、簡単だろうな…でも、やっぱり忘れる事は出来ない…したくないんだ。もしそれをしてしまったら…私は恐らく、『織斑千冬』という人間ではなくなってしまうかもしれない。そんな気がして…ならないんだ。怖いんだよ…束」
千冬は声だけでなく、腕をも震えさせながら言葉を続けた。束は自分では分からなかったが、そんな今まで見る事が少かった親友の姿を見て、ここまで親友の自分の姿をさらけ出させたブラスコヴィッツに、少なからず嫉妬してしまっていた。
そうしてブラスコヴィッツの下まで行き、そんな嫉妬の心を隠したまま彼に話しかけた。
「ねぇねぇ、ケー君。ちーちゃんと、どんな事『お話』したの?」
「話…とは?」
「も~惚けちゃって!ちーちゃんがあんな表情して、私の提案蹴るのって珍しいし…一体誰がちーちゃんをあんな風にしたのか、ちょっと気になって」
「あんな…?ああ」
彼は、弟と楽しそうに話している千冬を見て納得した。つい先程までの彼女は、誰も近寄らせないような雰囲気を醸し出していた。しかし今の彼女は、それまでの雰囲気はなりを潜め年相応の表情を見せ、弟の言葉を心の底から楽しそうに聞いていた。
そしてブラスコヴィッツ達の視線に気付くと、赤面し慌てて頭を下げたのである。彼は軽く手を振る事でそれに応じた。
「凝り固まっていたものが、やっと剥がれ落ちた…自分が今見た限りでは、それ位しか分かりませんが」
「敬語も別にいいよ。私の方が年下なんだしさ~…でも確かに、今のちーちゃんはそんな感じだよね。うら若き乙女って感じだし~!」
「乙女と言ったら、貴女もじゃないか。あと私からすれば、貴女も彼女同様、親しい者を全力で守る、そんな優しさを持っている人間だと思うが」
「…へ?お、およ~?」
まさか自分が褒められる等、束は全く予想出来ておらず、彼女は自分の顔に熱が篭ったかのような感覚を受けた。そして彼の表情を見てみると、今述べた内容が、損得抜きで口にしたであろう事が容易に見て取れ、更に顔が熱くなるのを感じた。
しかし、束は自分の本当の目的を思い出し、まるで忘れようとするかのよう頭を振り、改めて彼に向き直った。
「…ねぇ、ケー君。実はさっき、ちーちゃんにモンド・グロッソの会場での事、全部、ぜ~~~~~んぶ忘れさせてあげようと思ったんだけど」
「…なるほど。確かに無線で聞いた限りでは、会場は戦場さながらだったらしい。年頃の者が、それも親友がそんな所にいたら、そう思うのが普通かもしれない」
「でもね、断られちゃったんだ」
「…………」
「ちーちゃんの為を思って、ベストな選択を提案したのに、断られちゃった…なぁ~んでかなー?ねぇ、ケー君は何か知らない?」
ブラスコヴィッツは、目の前の<ブリュンヒルデ>の親友を自負する天才科学者を見つめた。彼女からすれば、出会ったばかりの人物にここまで親友が心を開き、なおかつ提案を蹴る事が、不思議でたまらないのも頷ける。
しかし彼からしてみれば、ほんの十数分でしかなかったが、様々な重圧で潰されそうになっていた彼女に、下心なく接し、そしてほんの少し後押ししただけであった。
だが彼の目の前にいる天才は、それを信じきる事は出来なかった。
「ねぇねぇ、なんでかなー?」
「…ドクター束。先に無礼を詫びさせて頂く」
「ん?な~に?」
「貴女は、親友である彼女を殺したいのか?」
「へ?」
思わぬ質問に、束は呆然としたが、彼女を見るブラスコヴィッツの目は冷たかった。
「や、やだな~ケー君。な、なんでそんな話になるの?そんな訳ないじゃん。あんまり変な事を言うと、束さん怒っちゃうぞ?」
「…ドクター束。少し、話をしましょうか」
ブラスコヴィッツはすぐに質問に答えず、束と話をする事にした。
だが束はそれを見て、何か裏があり、それが露見する事を恐れているのではないかと内心危惧した。そしてやはり目の前にいる人物も、他の連中と同じかと感じていたが、彼の口からは、思いもがけない言葉が出てきた。
「ある国で、戦場で心に傷を負った多くの兵士達を対象に、一つの実験が行われた。それは、兵士達の心に傷を負った瞬間の記憶を、全て塗り替える。もしくは全て消去させる。『治療』とは名ばかりの、信じられない内容のものだった。そして様々な反発を他所に、実験は断行された。その結果、最初兵士達は皆前の生活に戻れたと喜び、そしてすぐに他の兵士達にも行われた。しかしすぐに、その実験は中止になってしまった…何故だか分かるかな?」
ブラスコヴィッツは言葉を区切り、質問を束に投げつけた。束は一瞬考えるような素振りを見せ、質問に答えた。
「…兵士達が異常をきたしたから、かな?」
「ご名答。その実験を受けた兵士達は皆、前の生活に戻った事を喜んだが、その反動はすぐに大きくなってやって来た。最初の実験以降、『治療』を継続的に受けていた兵士達全員が、重度の記憶障害を患ってしまったからだ。ほんの少し前に自分が何をしていたかだけじゃない。上官や戦友、家族の事、そして最悪、自分自身の事すら全く分からなくなってしまったそうだ。どんなに周囲がその兵士達の事を教えようとしても、当人達からすれば、全くの別人の事を教えてもらっているようにしか感じない。そしてそれが苦痛となり、実験に参加した兵士の大半が自殺してしまった…だがその実験は、皮肉にも全く別の形で継続される事となった」
「………?」
「兵士達の自我を完全に消去し、命令に背く事がない完璧な兵士を生み出す…兵士を救う筈だったものが、そんな馬鹿げた実験に、姿を変えようとしていたんだ」
「…へ~。そんな事考えるゲスもいるんだ」
「ああ。だがその計画は実行に移される直前に発覚し、責任者は緊急逮捕された。そしてその関係者の息がかかった施設は、軍の度重なる砲爆撃等により、完全に破壊された」
「……………………」
「ドクター束。あなたが親友の心理的状況を危惧する気持ちは、正直分からなくもない。だが―極端な話になるかもしれないが―もしあなたの今の記憶が、作られたり摩り替えたりしたものだったら…どうする?」
この質問に対し束は思わず激昂した。
「そんな事ある訳ないじゃん!!束さんの記憶は束さんの、私だけの物だ!!他の奴らに手を加えさせたりなんて…」
「もしもの場合の話だ…それでだ、ドクター束。今の話で私が何を言いたいのか、分かったかな?実験を許可した連中や、その関係者全てが途方もないクズで無脳だった、という話を除いてだが」
「…………記憶をコントロールするのは楽そうだけど、実はひどく繊細で、コントロールするのは不可能に限りなく近い…」
「正解だ。今の世の中、クローン技術等よく耳にするが、そこから生まれてくる存在の頭の中等は誰にも予想がつかない。それこそスーパーコンピューターを何十台、何百台繋げようとも、だ」
ここでまたも束は激昂した。
「そんな事ない!私のやる事は完璧なんだ!他の無能とは絶対に違う!!」
「確かに貴女は天才だ。しかし、他者は違う。よく聞いてくれ、ドクター束。生まれてからの過程を通してもなお、全く同一の人間が大勢いると、本当にそう思うか?それは突き詰めれば、記憶や思考、そして何もかもが全く同じだと考えられる事になるぞ?」
思わぬ反論を受け、束は俯き、黙り込んでしまった。しかし、ブラスコヴィッツは言葉を続けた。
「ドクター束。あの姉弟は、全く同一か?貴女の妹は、貴女と同一か?違うだろう。過ごす時間も、場所も違っている。もし貴女が、自分は完璧と自負し、彼女だけじゃなく、他の者の記憶を弄ろうとすれば…それは間接的に、彼等を殺すのと同義だ」
「違う!!そんな事ない!!私は完璧なんだ!!私は皆を幸せに」
「束」
束は生まれて初めてとも言える度重なる不安を、払拭するかのように叫び続けていた。しかしブラスコヴィッツは―悪く言えば追い打ちをかけるように―言葉を続けた。
「束、貴女が親友を本当に大切だと思うのなら、もう一度聞く。だから、頼むから答えてくれ…貴女は、彼等を、殺したいのか?」
しばらくの間、束は俯いたままだったが、やがて肩を震わし始め、捻り出す様に言葉を紡いだ。
「そんな、わけ、ないじゃん。ちーちゃんが、心配で、わた、しは…」
「束、貴女の気持ちは分かる。だが本当は、自分でも分かっていたんじゃないのか?記憶を弄くれば、彼女が『織斑千冬』でなくなるかも知れない事に。なのに、何故彼女に勧めた?」
「分かん、ないよ…ちー、ちゃんが心配で…いっ…くんも、心配で……皆、み、んな心配で…でも、私が、なんか…すると…皆、怒ったり、して……なんで…皆…怒るの…?私は…わ…たし、は…」
俯いていた為に、表情を見る事は出来なかったが―もし見えたとしても、そのような無粋な事をするつもりもなかったが―彼女の足元には水滴が生まれ、そして顔から流れ出るそれを両手で、何度も拭っていた。
それは恐らく、ここまで本気で彼女に対して叱り、そして心配するような人物がいなかったからだろう。
その背景には、これまで多くの人間が彼女―――「篠ノ之束」を、人間ではなく何か別の存在として捉えていたのが原因でもあった。
『天才だから』『ISの開発者だから』
そして常人では理解できないような事を創案する彼女を、親友や妹以外の周囲の人間達はどうしてきたか。
『排除する』。
幼い頃からそのような待遇を受けてきて、まともな形で叱り、心配する人間がいなかった。
そんな中、彼女は不意に、頭に何かの感触を感じた。
ブラスコヴィッツは黙っていたが、先程彼女の親友にしてやったように、天才の頭を撫でていた。そして口を開き、自身の思いを伝えた。
「確かに忘れさせるのも一つの手かもしれない。だがあらゆる者は、自分で道を決め、それに対し何かを行わなければ、自分の利を得る等、不可能に等しい。そして貴女自身が、彼女の親友を自負するのなら、会場での事等を無くさせず、後押ししなければならない。それが彼女を更に育てる存在になるんじゃないかと、私はそう願っている…もし彼女が貴女を頼ろうとした時、彼女が誤った選択を選んでいたとしたら、なんとしても貴女はそれを止めなければならない。たとえ喧嘩をしたりしてもだ。親友とは、相手にむやみやたらに賛同したりする事だけじゃない。まぁ、逆もそうだが」
「で、でも…私は」
そして顔を上げた束は、彼の横顔を見た。指の間から見えた彼は、軽く笑顔を浮かべていた。歴戦の勇士が浮かべるそれは、嫌な感じは全くせず、逆にまるで親が子を見守るかのようであり、安心させるものであった。
そして先程の<ブリュンヒルデ>と同じように―――彼女も彼に抱き着き、そして<ブリュンヒルデ>以上に声を上げて泣いた。
それは、迷子になった子がやっと親を見つけたような泣き方であった。
周りにいた他の者達も、目の前の天才を『テロリスト』等ではなく、ただの年相応の、いや下手をすると実年齢より下の、少女という風にしか見る事が出来なくなっていた。ブラスコヴィッツに泣きついているその姿は、ずっと孤独だった者が、やっと安心できる場所を見つけたような、そんな印象を与えていたのである。
しばらくして、落ち着いた様子を見せた彼女は頬を赤らめつつ、小さな声でお礼の言葉を口にした。
「あ、あり…が…と…」
「どういたしまして」
周りにいた者は皆、先程の<ブリュンヒルデ>同様、目の前の天才を犯罪者ではなく、ただの『一人の少女』という風に見ていた。
そのような空気の中、ブラスコヴィッツは千冬に呼ばれその場を離れようとした時、束が突然思い出したかのように声を挙げた。
「あ、そうだ!!ねぇ、ケー君。さっきあの倉庫から変なエネルギー波を感じたんだけどなんか知らない?」
この質問にその場に再び―僅かながらも―緊張が走った。
それは、ブラスコヴィッツが何とか誤魔化そうとした事であり、そしてそれを具体的に知っているのは、彼を除いてルッソ隊長以下の、倉庫に突入した部隊員しか知らなかったからだ。
彼は、少し口ごもりながら観念したかのように口を開いた。
「ドクター束。信じられない話でしょうが、貴女を信用して話しましょう。ハルフォーフ准尉、そしてミス・キャロルも聞いて下さい」
そして彼は、倉庫の中での出来事を全て話した。その内容を聞いた彼等はその内容に驚いていた。
その中で束は、科学者らしくそのメダリオンに食い付いてきた。
「ねぇねぇ、ケー君。そのメダリオンってどんな物なの?」
「ん?ああ、これだ」
懐から出したそれを、束は新しい玩具を、ハルフォーフとシュナイダーは怪しい物を見るように三人は眺めた。
その中で束は、信じられない事を口にした。
「ふんふん。この真ん中の回転部分の真ん中と、その先にあるクリスタルから、なんかエネルギー波みたいなのを感じるね。ねぇケー君、これどこで手に入れたの?」
「なんだって!?ちょっと見せてくれ」
ブラスコヴィッツはそのメダリオンをよく見てみると、確かに回転部の中心とその先にクリスタルが嵌め込まれていた。しかしそれは、彼からすれば信じられない出来事だった。
「ドクター束。私はこれをずっと持っていたが、クリスタルは嵌め込んでいないぞ」
「え、でもそこにあるって事はどっかで手に入れたんでしょ?」
「いや確かに私は…待てよ」
混乱しかかっていた彼は、ふとこれまでの捜査の事を思い出していた。
見えない、青い間欠泉のようなものに触れた時、懐が光っていなかったか?そしてそれは、これまで何度もなかったか?
「ケー君?」
「…ああ。いやなんでもない」
「ねぇねぇ、ちょーっと調べたい事があるんだけどさー、それ…ちょーっと、貸してもらえる?」
「ええ、構いませんよ。私が持っているよりマシかもしれませんし」
そうしてメダリオンを手渡そうとした時、突然ブラスコヴィッツは顔をこわばらせ、三人を突き飛ばした。
次の瞬間、彼は漆黒のコートを身に付けた者に
―――刺された。
「けぇぇぇくぅぅぅぅぅぅぅぅん!!!!」