IS 〈インフィニット・ストラトス〉 蘇りし帝国の亡霊   作:トッキー

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第四話 不穏

(何だ、この嫌な感じは…?いつもの試合前のものとは違う、何か纏わりついて、不愉快にさせるようなこの感覚は…)

 

 

警官隊が倉庫に突入する少し前、第二回モンドグロッソの会場でも変化が起きていた。しかし、その時までは誰もそれに気付いていなかった。

 

だが<ブリュンヒルデ>の異名を持つ織斑千冬だけは、よく試合前に感ずる気配とは異なる空気をうっすらと感じ取っていた。それは会場内付近にある、コンテナ等が置かれている倉庫から感じる。

周囲は試合前の多くの選手の熱気の為に、気付いたのは彼女だけであった。

彼女はその空気が気になり、周りの人間に気付かれないように待機室を後にし、倉庫に向かおうとしたが、運悪くそこで親友の篠ノ之束から通信が入ってきた。

 

 

『もすもすひねもすーーーーー!!ヤッホー、ちーちゃん!元気かなーーーーーー!!愛しの束さんだよーーーーーーーーーーーーーーー!!』

 

「!?バカッ、急に通信を入れるな!周りに気付かれたらどうする!!」

 

『ん?一体どうしたのかな、ちーちゃん?そんなに慌てて』

 

「いや…多分、お前に言っても分からんだろうがな。少し雰囲気というか、空気がな…」

 

『…空気?』

 

「ああ、いつもの試合前に感じる熱気とかじゃない。その、なんというか…纏わり付くといっていいのか、嫌な感じが会場内からするんだ」

 

『ふーん…。でもこの天才束さんにはイッマイチ分かんないなー、そういうの』

 

「ああ、やはりな…。お前に話した私が馬鹿だったよ」

 

『ああ~~~!そういう事言っちゃうんだ!!だったらいいも~んだ!こうなったらこっちにだって考えがあるんだから〜!!』

 

「ほう、一体何だ。その考えとは?」

 

 

彼女は親友の言動に頭痛を感じながらも、何とか聞き返したが、それが問題だった。

 

 

『ふっふーん、見てなよ!あああ~、こんな所に<ブリュンヒルデ>がいるーーーーーーーーーーー!!!!!!』

 

「ば、バカッ!ここでそんな大声を出したら…!」

 

『きゃああああああ!!千冬様よ!!』

 

『ウソッ、こんな所にいるなんて!!』

 

『神様ありがとうーーーーーーー!!』

 

『『『『『千冬様ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!』』』』』

 

「うわあああああああ、来るなーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!束、覚えてろーーーーーーー!!!」

 

『あはははははははははははは!!!!』

 

 

もしこの時点で、<ブリュンヒルデ>が親友と会話をしなかったら、もしくは親友が大声をださなかったら、これから起こる事は防げていたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

今しがたの一連の光景を収めた監視カメラを含め、選手達に与えられたピットや、数多くの見物人達がいる観覧席、そして人気がいない通路でも、多くの監視カメラは忙しく動いていた。

だがそれ等を経由して、朽ち果てかけている城の地下深くで、一人の男が多くの画面を見つめながら深い笑みを浮かべていた。

 

 

「クックックッ…。やっとこの日が来たか。今日は記念すべき『アレ』の試運転日に相応しい」

 

「失礼します、博士。『トーマ1号』の準備、全て整いました。開発班からの報告ではいつでも出撃可能、との事です」

 

「ああ、ありがとう。ご苦労だったねイワン君。ところで、『アサシン』の方はどうかね?」

 

「はい。あちらも、申し分ない性能を実現する事に成功しました。…ですが、やはり精神面で問題を抱える事になってしまいました。十人を殺すまではなんとかこちらの命令を聞いていたのですが、そこから先になると暴走してしまい、博士の命令無しでは味方ですら殺害対象と捉えてしまう有様です。あの『アサシン』のせいで、監視兵がもう7人も殺られました。今は使われていない軍の倉庫に抑制液に浸して待機状態にさせていますが、いつまで持つ事か…」

 

「ふむ…やはりか。44年の時と同じだな。まぁ仕方ない、問題の個体は発見次第処分しろ。あれのせいで、世間では『ジャック・ザ・リッパーの再来』なんて噂が出ている始末だ。もしここがバレたら、我々はお終いだ」

 

「承知しました。…は、博士!?あれを見て下さい!!」

 

 

「イワン」と呼ばれた科学者は、ふと顔を画面の一つに向けた時、声を上げた。

その理由は、倉庫の監視カメラの一つに例の「アサシン」が収められている付近に人影が写り込んでいたからである。そしてその人影は、事もあろうか「アサシン」が収められているポッドに向かって行っている。

 

 

「は、博士!一体どうすれば!?」

 

「落ち着け、イワン君。ふむ、そうだな……。イワン君、ポッドには確か赤外線センサーがあったな?」

 

「え?え、ええ、はい。確かに搭載されていますが、それが…?」

 

「ふむ、そうか…」

 

「…あ、あの博士?」

 

「ではイワン君。もしあの人影がポッドの前を通過したら、『アサシン』に襲わせるようにしろ」

 

「は!?で、ですがもし…」

 

「あの倉庫はもうとっくに廃棄されているんだ。そんな場所に屯するような奴は、少なくとも堅気じゃない事は確かだ。もし死んだとしても何も問題はない。分かったな?分かったなら、どうするんだ?」

 

「は、はい。少々お待ちを…」

 

 

彼は慌てて手元の端末から、必要なコマンドをポッドのコンピューターに送信した。

 

 

「たった今ポッドのセンサーを最大限に上げました。これで我々以外の者がポッドの前を通過したら、『アサシン』に情報が伝達され、自動的にあの人影を敵と見なして攻撃態勢に入ります」

 

「よしよし…。あの個体は問題作だと思ったが、まだまだ価値があるのも確かだ。もう少し働いてもらうとしよう。ああ、ご苦労だったなイワン君。もう下がっていいぞ」

 

「わ、分かりました。では、失礼します!」

 

 

彼は踵を打ち鳴らし、手をまっすぐに斜め上へ突き出し部屋を出ていった。

今しがた「博士」と呼ばれていた人物が呟いた言葉を耳にする事無く…。

 

 

 

 

 

 

「『あいつら』が使っているアジトが、まさかあそこだったとは…。ふん、まぁいい。せいぜい、楽しく踊ってくれたまえ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たった今『博士』の部屋から出ていった「イワン・グローノフ」は、元々ロシアの化学者であり、とある大学の教授でもだった。

しかしある日、突然謂れのない罪で刑務所に投獄され、同時に教授の地位を剥奪されてしまった。そして釈放された時、自身の論文や研究内容が全て見知らぬ女の手柄にされてしまっていたのを目の当たりにした。

 

 

 

 

彼はそれだけで全てを悟った。

 

 

 

 

彼の論文に目をつけた一人の助教の女性が、仲間を使って一芝居を打ち、彼が投獄された直後に論文を自身が行ったものとして大々的に発表したのである。そして同時に、彼が人生を擲ってきた残りの全ての研究も横取りしたのだ。

当然の事ながら、これに対し彼の教え子や同僚達がこの助教の女性に抗議した。

だが暫くして、抗議してきたそれまで彼と関わりのあった人間はことごとく左遷か首、もしくは何らかの罪で逮捕され、彼を擁護しようとする者は誰一人居なくなってしまったのだ。

 

勿論彼は、警察や裁判所等ありとあらゆる所に行き、そして抗議した。

しかしいくら冤罪とはいえ、「犯罪者」の烙印を押された彼をまともに相手にしようとする所は、既に何処もなかったのである。

 

更にあの助教の女は——今では教授だったが——その事を謝罪するどころか、さもそれが当然であるかのような態度を示した。そしてあろう事か「この論文の何々やこの研究のどこどこがよく分からないから、私に分かるように書き直してきなさい」等と言ってきたのだ。

彼は湧き出てくる怒りや吐き気等の感情を抑え、毅然とそれを拒否し、かつて教鞭を取っていた大学を後にした。

 

 

彼は絶望し、全てがどうでも良くなった。酒に溺れ、もう少しで鉛玉を自身の脳味噌に叩き込もうとしていたその時、一人の人物が彼の元を訪れ、満面の笑みを浮かべこう言ったのだ。

 

 

『この世の全てに復讐したくないか?』

 

 

絶望の淵に立っていた彼にとって、それはとても魅惑的な言葉だった。彼はすぐに承諾し、同時に「これからの自らの人生の全てを捧げる」とまで言ってきたのだ。訪れた人物が「自分はナチスである」と明かしてでもだ。

そして今やこの城で働く人種は、ドイツ人だけではなくなった。全員とまでは行かないが、ここの大半の職員が「イワン」と同じような境遇の人間ばかりであったからだ。

 

人種や性別は違えど、彼等の理念はただ一つ。

 

 

『この世の全てに復讐を』

 

 

ある者は身内を殺され、ある者は自身のキャリアを滅茶苦茶にされて…。理由は様々だが、彼等は望んでその呪われた軍門に降ったのである。

 

 

 

 

 

このようにして、今やウルフェンシュタイン城の地下は、一国の研究機関にも劣らない規模にまで成長していたのである。

 

また、このウルフェンシュタイン城を使った事も幸いした。

この城はかつて第二次大戦中に『戦災』を受けた。そして戦後も修復しようという物好きもいなかった為、最早この城は忘れられた存在となっていたのである。

それは全世界は勿論の事、あの「天災」と呼ばれた篠ノ之束の目に留まるなんて事は、当然の如くあり得る筈もなかった。

そうして彼等は誰の目の気にする事もせず、研究に精を出していたのである。

 

そして今日は、先程の「アサシン」とは別の「研究」の成果を、彼等が目にする日でもあった。この城に集まった——当直兵等を除く——彼等の多くが、別室の大型スクリーンでその成果が動き出すのを今か今かと、まるで新しい玩具を与えられた子供のように見つめていた。

 

先程「博士」と呼ばれていた人物———エーベルハルト・クリューガーもまた、自身の部屋で彼等と同じ表情を浮かべていた。

 

 

「ふふふ、もうすぐだ…。もうすぐ出してやるぞ、『トーマ1号』…」

 

 

彼が見つめている画面の先には、大型コンテナに偽装された、現段階における彼等の研究の成果が摂められていた。

そしてクリューガーの呼びかけに応えるかのように、培養液の中で「トーマ1号」は更に気泡を泡立たせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会場では、第二回モンドグロッソの決勝戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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