ナリタタイシンに対する強い幻覚   作:妄想投棄場

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幕間 白毛のウマ娘の告白 前編

 いい休日だ。

 朝、小鳥の鳴き声で目を覚ます。時刻は6時。

 たづなさんとのお出かけもあと2回消化すればいいし、今日は彼女も忙しいみたいなので、久しぶりに本当に完全のオフだ。

 なんだろう。すべてから解放された気分。今日は色々できそうだ。

 とりあえず、録画してたテレビを消化して~、積んでた雑誌を読んで~と何やかやしていたら私の休日は充実した日になった。

 今日は自由に時間を使いすぎたかもと時計を確認するとなんと、9時になっていた!

 

 ???

 

 おかしいな。私の計算上だと、もう18時ぐらいになってるはずだったのに……

 気づいた。気づいてしまった。

 あ、私休日に何すればいいか全っ然わかんないや。

 今まで私は誰かの時間に巻き込まれたり、付き合わされることが多かった。

 いつも迷惑だとか、私の時間がなくなるじゃないかとか思っていた。でも本当はそっちの方が珍しい。

 付き合わされるなんて言うけれど、裏を返せば、向こうが私のために時間を割いてくれてたんだ。

 だから、このぽっかりと大きな穴が開いたような感覚は、私が私のために時間を割くことを怠けたツケなんだと思う。

 心のおくではどこか期待していたんだ。今日もなにか起こるんじゃないかって。

 私はそれを幸せとして享受していたんだなって。

 だからこそ、ちょっぴり寂しい1日だと思っている私の見方を変えるんだ。

 誰かが満たしてくれるのを待つんじゃなくて、私が私のために私を満足させる。そんな時間の使い方をわかる日にするんだって。

 そう決意して私は自分の両頬をぺちりと叩く。甘えた自分にお別れをして、ちょっとだけちょっとだけ前に進むために。

 さあ、と覚悟を決めて私は布団にもぐった。

 

 いやね?わかってますよ。わかってるんですよ?

 ここで、新しい趣味を見つけたりだとか、ちょっと歩いて遠出してみるだとか。そういうのが新しい自分を見つける定石だって。

 布団にもぐったら甘えた自分からお別れどころか、どんどんと沼にはまっていくだけだって。

 でもいいじゃん。甘えた自分にお別れした後に、自分を甘やかせるような新しい自分を見つけられたってことにしませんか。

 

 私が見つけた、自分の中の大きな空洞。からっぽでちょっぴり切ないなんて思うかもしれないけれど、それは逆に詰め込めるスペースがあるってこと。私色に染められる、真っ白なキャンバスっていうこと。下だけ向いて立ってみてても、世界の美しさはわかんないから、前を、上を向いて歩こう。でも、歩きっぱなしも疲れちゃうから今はちょっとだけ休憩。

 ……私って作詩の才能あるかも。何作か書き溜めて詩集でも出しちゃおうかな、なんてね。

 布団の中で、とりとめのないことを考えながら、まどろみに意識をゆだねる。

 

 ~♪

 

「はい、もしもし」

 

「やあ、お姉さん。今日は休日……でいいのかな?」

 

「あ、はい」

 

「デートのお誘いだよ。ようやくあの時の代金を受け取れる準備ができたからさ。10時に〇〇駅に来てくれる?」

 

「え?」

 

「じゃあね」

 

 その言葉と共に通話は切断される。

 

「終わっちゃった。私の休憩」

 

 それは、嵐のようだった。拒む暇さえない一方的な通告。

 せっかく新しい自分を見つけようとしたのに、出鼻をくじかれたような気分だ。

 

「世界はどうして、こんなに残酷なんだぁ」

 

 両手で頭を抱える。絶望しながらも、私はスマホをちらりとのぞき、時刻を確認する。

 

 9時20分

 

 駅まで10分程度だとして、30分あれば最低限の身支度はできるだろう。なんて考えてしまうくらいには、私はこの急なお出かけを嫌っていなかった。 

 白毛のウマ娘。彼女には聞きたいことがある。彼女自身のこと。それに過去のあの子のこと。それにたい焼きの代金も。

 

 とりあえず、時間がないため急いで顔を洗い、社会人としての本当に最低限のマナーとして渡された8種類(本当は20種類近くあったけど、ガチ泣きして減らしてくださいと懇願したらこの量になった。これでもまだ普通に多いと思うんですけど)ほどの道具でメイクとかいうヤツをしていく。

 要は顔面に明るさ補正を掛ければいいらしい。

 ふぁ、ファンデ?うん、よくわかんないしいらないや。

 眉毛は……ナチュラルで行こう!

 目元とリップはちゃんと塗る。ここだけ塗ればメイクしてますよって感じ見える。気がする。とりあえずギラギラ光るくらいに塗っとけばいいでしょ!

 こうしてメイク(笑)デビューを終わらせた私は、寝間着を脱ぎ上からスポっとワンピースを着て、外出の準備を整える。

 着るときも脱ぐときも楽すぎて、私はこれしか外用の服を持ってないまである。

 洗濯物かごを漁り、靴下を探すが、なかなかペアが見つからない……アシンメトリー

 

“はっ!! いけないけない。女としての最低限の何かを投げ捨てちゃだめだ”

 

 自分の中の心の弱さと向き合い、しっかり対になるものを探し当てる。

 全力で取り掛かったことで20分ほどで準備が完成した。

 職場での恰好。練習場での恰好。決まりきった衣服を用意するのは簡単だが、こういったプライベートでのフリースタイルな服装はどこに何があるかほとんど把握できていなかった。

 今の自分は、子供のころ嫌っていたダメな大人という感じで、ちょっと凹んでしまう。

 でも、余裕をもって準備ができたのでオッケー! 

 身近にいるダメな30のおっさんの醜態は虫唾が走る。

 けれど、自分のダメな姿はなんだか愛嬌を感じる。ほら、ダメな子ほど可愛いというし。それに自分を愛せるのは自分だけだからね! 私だけは私を受け入れるという気概がなければ、この業界はやっていけないのデス。

 

「じゃあ、行ってきます」

 

 そんなくだらない思考をしながら私は指定された駅に向かって出かけた。 

 

 

 

 “彼女はもう着いているのかな”

 

 約束時刻の5分前に私は駅にたどり着いていた。

 本来なら10分の道のりだったが、信号待ちだとかこまごました歩いてる途中のつまずきとかでなんやかんやあって15分かかった。やってよかった、素早い支度。

 立っている場所からぐるりと雑踏を見渡す。

 トレセン学園から近いこともあってか、学園の制服を着た生徒をはじめ、ウマ娘が多い。

 これだけいれば見つけるのは大変だけれど、たぶんウマ娘が多くても、彼女は見つけやすい。

 

 “栗、栗、鹿、栗、鹿、し……いやあれは芦毛か”

 

 白毛のウマ娘は本来存在しなかったとされている。本当にいきなり、突然変異として誕生した。そして白毛のウマ娘から生まれる子供が絶対に白毛になるということもない。絶対的に数が少ない。

 だから、彼女の毛並みはひと際目をひくはずなのだ。

 更に彼女は私が雑誌とかで見たことがある白毛のウマ娘の毛並みよりも、もっと白い。

 白色ではなく白光。RGB全部をドロドロに塗りたくった白。真っ新ではなく、全てを塗りつぶした上書きできないキャンパス。他の色が入り込む余地がない。だからだろうか、彼女の声はこちらを塗りつぶすようにドロリと心の隙間に入り込んでくるようで。

 

「突然すいません。お姉さん、その髪ってもしかして白毛でしょうか? 初めて見ました。それにウマ娘だからかスタイルもとてもいい。あの、モデルとかに興味ありませんか? 私こういうものでして」

 

「ごめんなさい。今、待ち合わせしてるので」

 

「でしたらその方が来るまででいいのでお話だけでも」

 

 白毛?待ち合わせ?

 ぐるりと見やった景色の一角から男性と、何か聞き覚えのある声の女性。2人の話し声が聞こえた。思わずそちらを向くと目が合う。

 白。主張の激しい白。そして、真一文字の線が三日月に歪んだ。

 男性の制止を無視してツカツカとこちら側に歩いてくる。そして、手を引かれる。

 

「な、なんです」

 

 驚いて質問をしようとすると、彼女は彼女自身の唇に人差し指を立てて私に合図をする。

 訳が分からない。だけれど、その仕草は私の中にドロリと入り込んで心臓を掴む。

 そう。だから、このドキドキはきっと、少女漫画のようなドキドキじゃなくて心臓を掴まれた生理現象として心拍数の増加に過ぎない。……今日はあっついなほんと。

 

「ほらこの子。待ってる人が来たので、今回のお誘いはこの辺で終わりにしていただけますか。ごめんなさい」

 

「え? あ、はい」

 

「じゃあ、お姉さん、水族館デートに行きましょう?」

 

「え? あ、はい」

 

 やはり、嵐のようだった。文字だけ切り取って見れば丁寧なやり取りだが、その声色は、表情は、もはやこちらの意思など聞いていない。ただの一方的な通告にしか過ぎなかった。

 その圧の強さにスカウトをしに来た男性も私も、圧倒されてしまい、気の抜けた返事しかできなかった。

 

「いや、お姉さん本当に助かったよ。自慢じゃないけれど、私はああいった勧誘が多いんだ」

 

「それはよか……あ、あのウエットティッシュで私の顔を拭くの辞めてもらえませんか! メイクが取れちゃうじゃないですか!」

 

「うん、取るために拭いてるんだから当たり前だよね」

 

 そう言いながら彼女は電車の中で、私の顔をごしごしとぬぐっていた。

 あの後、私たちはすぐに電車に乗り込んだ。ここらには2つの水族館があるのだが、今回は大きい方に行くみたい。

 どんな展示があるのか考えていたら、突然ウエットティッシュを顔面に掛けられたのだ。

 

「どうしてぇ。せっかく頑張ったのに」

 

「お姉さんがもし本心から頑張ってると嘯いているなら、世間の人に謝った方がいいレベルだとは思うけどね」

 

「それは、その……」

 

「別に、リップとアイメイクだけやるのが悪いっていってるわけじゃなくて、そこだけ、無駄に、やたらと、ラメのりまくってるから気持ち悪いってだけ」

 

「ギラギラしてたら化粧してる感出るじゃないですか。ほら、社会人になると化粧は最低限だし!」

 

「社会で最低限必要な化粧っていうのは人前に出た際に、血色良くてハキハキとした印象を持たせるためにするものであってファンデもチークもしてないお姉さんには関係ないよね?それに、リップもアイメイクも顔の中で印象を左右する大きなパーツだから、下手に弄ったらもうすべてがめちゃくちゃになるというか……とりあえずラメ入れとけばオシャレ女子感出るでしょという、偏見に満ちたダッサイおっさんのような考えだよそれは」

 

「あわわわわ」

 

 ボコボコだ。本当にボコボコのギッタンギッタンにされてしまった。そして、白毛のウマ娘さんのすべての発言が全部鋭く私に刺さってくる。

 口と目だけメイクしたのも、時間がなくてそれで職場に出たら二村さんから『へぇ~、ばっちり化粧してるじゃん。女子って感じ』って言われたのがきっかけだから私の価値基準は30のおっさんを基にしているといっても過言ではない。まあ、その記憶の片隅ではその後二村さんがたづなさんにぼこされて、直ちにメイクを落とさせられたんですけど。

 

「じゃあ、なんですか……私の努力は、かけてきた時間はすべて無駄だって言いたいんですか!!!」

 

 なんだよ。なんなんだよこれは。今まで常識だと思っていたものが実はそうじゃなくて、ホンモノに私の努力が塗りつぶされていく。これじゃあ、私がピエロみたいじゃないか。

 言いようもない屈辱と悲しさを拳で握りしめて私は俯いてしまう。ああ、目頭が熱いな。

 

「ちょっと、顔上げてよ。拭けないから」

 

「ぅべ!!!」

 

 今、私おセンチな感情出したじゃないですか!!!ちょっとは寄り添ってあげて!ここに今にも泣いちゃいそうなかわいそうな人がいますよ!

 

「これで、よし……いかがでしょうか。お姉さん」

 

 私のそんなサインをすべて無視して作業していた彼女だが、何やら仕上げが終わったようだ。

 彼女は自分の手鏡を私に見せてくる。

 

「あ……」

 

 なんだ、化粧してるじゃん。私。

 あんなにごしごし拭かれたのに、目も口もくどくないほどの発色は残っている。それに光の見え方でわずかにきらりと光るラメが、うん、なんかおしゃれって感じがする。おしゃれですよね!?

 

「努力はやりすぎることはない、なんて言う人がいるけれどさ。私から言わせてみればやりすぎた努力はみっともないんだよね。その人にはその人の限界、最適解ってのがあるんだから、持ちうる手札で戦うべきって感じ」

 

 そう言って、彼女はパッと明るい表情を浮かべる。

 

「お姉さん、両親に感謝した方がいいよ。こんな手抜きも手抜きで、ナチュラルメイクです(笑)って面しながら街中を闊歩できるくらいには顔面がいいんだから」

 

「な、なるほど」

 

「あと、今度からはこれくらいでいいやって思って過ごしてたら、私ちょっと、ううん。かなーり怒っちゃうかも」

 

「ひえ」

 

 目が笑っていない。この娘、普通の笑顔でも怖いのに、目が笑ってないとこんなに怖いんだ。更にかなり怒るとかなったら私はそこに存在してられるのかな。その恐怖に慄き、私は彼女の言葉を心に刻む。

 

「白毛のウマ娘さんは」

 

「白毛でいいよ」

 

「そこは本名を教えるべきなのでは」

 

「私もお姉さんの名前を知らない。知る必要はない。お姉さんも私の名前に興味はないでしょう?……だから私は白毛でいいよ」

 

「なるほど」

 

 その理屈はよくわからないけど、私たちは名前を交換する関係性ではないということだろう。それはいい悪いじゃなくて、たぶん関係性の一つの形。だから私は素直に受け入れる。

 

「白毛さんは、メイクをしていらっしゃるんですか?」

 

「私はこの通り白いからね。普通っぽく見せるには色々、色を足さなきゃいけないんだよ。色だけにね!」

 

 えええええええ!?

 

「ブッ」

 

 えええええええ!?

 

 目の前の女は急にダジャレを言い出すし、くっそ寒いダジャレに吹き出す他の人もいるし!なに、この……なに?

 

「だから、下地、ファンデ、チークでベース作るときも気を付けるんだよ。ちょっと発色よくしとかないと、『大丈夫?体調悪いの?』なんて言われるし。ちょっとでも色多くしてると『気合入ってるね~』なんて言われるし。絶妙な調整をした時のベストな反応は『肌白いね~、ほんとに化粧してるの?全然見えないよ』って……うるっせえなあ、お前はどこ見て何を見てんだよって思いながら。ニコニコしながらありがとうございますって言ってる。それがすっごい気持ちいいからね」

 

「へ、へぇ~」

 

 女の子こっわ。近寄らないどこ。あっ、私も女だった。

 

「私はね、生まれた時から足りてないんだ。色も、体も……たぶん配慮も」

 

「え……」

 

 この娘、温度差激しすぎませんか。最後のはまあ、うん、わかる。

 

「だから、いつも何かで補わなきゃいけない。補わないとフツウってやつになれないんだよ。」

 

 今までの明るい表情がすっと消えた。色を無くしたその横顔は、陶器の無機質さを感じて、なにか空虚なもののように見えた。

 

「私はお姉さんが羨ましいんだよ。……色を重ねなくたって、普通になれる。言葉を重ねなくたって、特別になれる」

 

 彼女は射貫くように私の顔をじっと見つめて、言葉を吐き出す。

 

「足りないヤツは、持ってるヤツのことが心の底から羨ましいんだ。なーんにもしなくてもキラキラ輝いてて、自然に目を惹かれてて、すっと心に入り込んでくる。……私は、持ってる手札をぜーんぶ使い切って、そのうえで頑張って頑張って縋りつくことで、ようやく心の隙間に入れるっていうのにさ」

 

 ずいと、顔が近づいてくる。吐息が聞こえそうなほど。まつげとまつげがくっつきそうなほど、もうこのままくっついてしまうんじゃないかと思うほどに距離が近くなり、彼女は私をじっと見つめてくる。

 

「本当に、お姉さんのことが大っ嫌い」

 

 ちくりと刺さった。ずきりと痛む。刺されたような苛烈な痛みじゃない。ズキズキと弱い痛み。でも、いつまでもこの痛みは消えないんじゃないかと思うくらい、ずうっとへばりつくような引っ掛かり。

 

 悲しい、ではなく切ない。憤り、ではなく憐憫。言葉は私に向けられているはずなのに、私にとどけているわけじゃないというか。まるで、私を通して訴えているようなそんな感じ。そして、その空虚さが切なくて、魚の小骨刺さった時のようにすごく喉にチクチクと残り、すっきりとしない。

 触れ合うほど近づいているのに、瞬き以外は目と目があっているのに、彼女は私を見ていない。

 たぶん、見ているのは、私の中の……

 

「だから、どうしようもなく」

 

 吐息が耳にかかり、くすぐったくなる。思わず目を瞑り、

 彼女の言葉を続きを待っていると

 

 □□駅~□□駅~

 

「あ、ここだよ。ここの駅。早く降りようか」

 

「あ、はい」

 

 彼女は今までのやりとりが全部なかったように、カラッとした声音。パッと明るい表情で私の手をひく。私はそれに気おされてついていく。

 

 ええええええええええええええええええ

 

 なに、この……なに?

 今までのやり取りが全てうそだったみたいな。なにか狐に化かされたような。言いようもないモヤモヤだけを一方的に押し付けられた。

 この気持ちはなんだろうか……ま、いっか! 考えてもわかんないし。

 

 私は今までのやり取りを飲み込んで、白毛の彼女と共に目的の水族館に向かった。

 

 

 

 足りない彼女の空虚な言葉。そう思えばいいはずなのに、飲み込んだ気持ちのはずなのに、この引っ掛かりは今もずっと残っている。

 

 

 

 

 

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