ナリタタイシンに対する強い幻覚   作:妄想投棄場

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幕間2 白毛のウマ娘の告白 後編

「魚って、いいよね。哺乳類とかだったら感情とか持ち合わせてるんだろうけれど、こいつらにはそんな高度なものないでしょ。……だから、普通とか周りにどう思われてるとか全然気にしなくていいからすごくいい」

 

「なるほどね」

 

 水槽を眺めながら、そうつぶやくのは私と一緒に遊びに来た白毛のウマ娘。

 なんてエゴに満ちてるんだ。自分たちは上で、魚は下等。下等なものにおもねる必要などないから魚は気楽でいいなんて……この女、やっぱり普通に性格悪。

 と思って、水槽から目を離し、彼女の方を向く。

 あれ?

 その言葉とは裏腹に彼女は本当に楽しそうに水槽を見つめていた。今までの毒気がなくなり少し幼く見えるくらいには。

 

「普段からそうしてれば、もっと変わってそうなのにな」

 

 この娘のこと、全く知らないけど。

 

「この水槽って汚そうだよね。糞とかまみれて、泳いでるだけで息つまりそう」

 

「どうして、あなたの口は相手を刺すことしかできないのかな。この水槽だって職員さんが一生懸命掃除してくれてるから!!!」

 

 やっぱ、無理だ~~~

 この女、口を開いた瞬間に稼いできた好感度がゼロになるし、言葉を重ねるだけでマイナスの値が加速度的に増えるもん。

 

「あ、見てお姉さん。あれ、マグロだよマグロ……マグロっていいよね」

 

「はいはい」

 

 どうせ、いっつも一生懸命で情けないからとかいうんじゃないだろうか

 

「マグロってさ~、泳ぎ続けてないと死んじゃうんだよ。むなしい生き物だよね」

 

「あはは」

 

 はい、生き方にケチをつけはじめました。もう、だれかこの女をここから追い出してくれ。私まで冷ややかな目で見られちゃうじゃん。

 

「ほんと、むなしい生き物」

 

 その言葉だけは少しトーンが下がった。

 

「走り続けなきゃ死んじゃうなんて、嫌じゃん。普通、生きてるだけで疲れてるのに、走ったらもっと疲れるし。それをずーっと続けなきゃいけないなんて、ほんとかわいそう」

 

 べったりと水槽に張り付いて、彼女はマグロを眺めている。

 下等だと見下しているはずなのに、憐れんでいるはずなのに、その表情は穏やかで、軽蔑というより、呆れているようだった。まるで、苦労しているなと労ってもいるようで。

 

「でも、休まなきゃ死ぬじゃん?生き物である限り。じゃあ、マグロはどうしてるのかって言うと少しだけスピードを緩めて、代謝を落とすことで休んでるらしいよ。……それにさ、あんまり、スピードを落としすぎてもいけないみたい。ある程度の速さがないと自分の重さで沈んで、浮き上がれなくなっちゃうんだって……神様も意地悪だよね。泳がなきゃ死ぬ。その速度を落としても死ぬ。生まれた時から死と隣り合わせで、死にたくなきゃ泳ぐ。休むことも許されない。死ぬ気で生きなきゃ待ってるのは窒息死。ほんとに理不尽な生き方を押し付けられちゃってる」

 

 お前たちも苦労してるね、と水槽の中に言葉をかける彼女の表情は綺麗だった。

 足りないから補って普通になっていると自称する彼女。でもその表情は確かに、誰からの借り物でもなく彼女自身が持ち合わせているものなのだろう。

 だから、かざりっけのないその言葉に、棘はなく、へばりつくこともなくすっと私の中に入っていった。

 

 ああ、やっぱりこの白毛のウマ娘は……

 

「そろそろ、ご飯の時間だね。一回休憩しよっか。お刺身食べたくなっちゃった。鉄火丼もいいよね」

 

 ……やっぱり口をふさいで、この女をここから追い出す方が先決なのかもしれない。

 そういって、彼女はいつもパッと明るい表情で私の手を引き、食事ができる場所まで向かう。

 

「すいません、今日の日替わり定食のメニューって何ですか」

 

「はい、A定食がキスの天ぷらで、B定食がマグロのお刺身がメインになってます」

 

「あー、じゃあA定食で」

 

 んんんんん。

 思わず歯を食いしばり、拳を握る。

 ツッコミどころしかないじゃないか。なんで、水族館の日替わり定食で魚が出るの。

 まあ、少し分かるよ。私たちにとっては食べるということまで含めてお魚の魅力だっていうことなんだろうね。すごく好意的に解釈するならば。

 けど白毛さん、お前はなんだ?

 いや、さっきまでのやり取りはなんだったんですか?B定食の中身をご飯にかければ鉄火丼の完成じゃないですか!自分の言葉に責任を持ってよ!!!

 

「ほら私はもう決めたからさ。お姉さん、早く決めてよ」

 

「え、あ、じゃあ。B定食で」

 

「え!?さっきまでマグロの泳いでるところ見てたのに……ずいぶんと残酷なことができるんだね。ちょっとびっくりしちゃった」

 

 ~~~~っっ!!

 

「かしこまりました、では注文を繰り返します。日替わり定食のAセットが一つ。Bセットが一つ。以上でよろしいでしょうか」

 

「はい、お願いします」

 

 店員さんが、オーダーをもって厨房に行く。

 白毛のウマ娘は私の顔を眺めてニヤニヤとしている。

 その下卑た笑みに、ふつふつと怒りがわいてくる

 

「あなたはやっぱり敵です。私もあなたのことが大っ嫌い」

 

 さっきの表情をみてちょっと見直したけれど、やっぱりこいつと私は水と油だ。絶対に分かり合うなんてありえない!!

 

「そんな強い言葉を掛けられるなんて、私ちょっと泣いちゃいそう。私は好きな人ほどイジメたくなる性質だからさ。こんなことを言うのはお姉さんだけなんだよ」

 

 テーブルで向かい合う私たち。許しを請うように私の手を握り、少し頬を赤らめる彼女。

 

「あっ……」

 

「これが私なりの愛情表現だから。素直になれない私が、空っぽの言葉に隠したホントの気持ち。お姉さんだったらたぶんわかってくれるよね?」

 

 白い肌だからだろうか、頬に浮いた赤がとても映える。同性だというのにこんなにもドキドキが止まらない。ああ、頭がとっても沸騰しそうだ

 

「お姉さんとだったらどこまでも堕ちてあげる……だから、私にお姉さんの全部を頂戴?」

 

「白毛……さん」

 

 手がドンドンと熱を帯びる。指先がどくどくと脈打つ心臓になったみたいだ。このドキドキが彼女に聞こえていたらと思うと、羞恥で思わず私の顔も熱を帯びる。

 

「お姉さん、返事を聞かせて?」 

 

 甘く、どろりと溶けるような声。こびているとわかるのに、抗いがたいようなそんな感覚にさせられる。私の心にずるりと入ってくるこの感じ。とても甘美な声音は、喉にへばりついて私の呼吸をしづらくさせる。苦しさで酸素を求めるように、息が荒くなる。

 はやく。はやく。答えないと。その焦燥感が私の呼吸をもっと乱す。

 落ち着け私。深呼吸だ。一度、大きく呼吸しよう。

 目を閉じて、胸郭を膨らませる。息をする回数じゃなくて、取り込む酸素の量を意識しろ。

 吸えた。全身に酸素が行きわたる。先ほどまでの湯だった頭も少しは冷めた。そうすると彼女に対する答えもおのずと浮かんだ。

 

 

「一人で勝手に堕ちとけ。ばーか」

 

「ひっどーい」

 

 先ほどまでの雰囲気はなくなり、カラッとした声音に戻る。

 

「どうせ、私の全部っていうのはお刺身のことかなんかなんでしょ」

 

「うん。やっぱり、私も食べたくなっちゃった」

 

「やっぱり、あなたのこと嫌い」

 

「私も」

 

「うっざ」

 

 このクソ女の言葉を信じちゃいけない。それが今日1日の中で1番重要な学びだろう。

 

「タイシンがあなたのこと苦手な理由。今日だけで、かなりわかっちゃった」

 

「えへへ」

 

「ほめてないよ」

 

「知ってる」

 

 彼女はいつものようなパッと明るい表情を浮かべた。

 

「白毛さんは、いつタイシンと出会ったんですか」

 

「そうだね。料理が来るまでちょっと昔話としゃれこもうか」

 

 彼女はそういうと、頬杖をついて外を眺める。

 海沿いにある場所だからか、オーシャンビューが素晴らしい。

 

 

「いつものように学校終わってスクールにいったんだよ。それで、ウォームアップとか終わらせて。さあ練習するかってなってたら、監督から急に『今日から新しいやつが入るから』っていわれて急遽ミーティングになった訳。他のみんなはざわざわしててさ。どんな子かな、仲良くなれるかなって浮足立ってたのよ。でも、アタシは内心腹が立ってしょうがなくてさ。いや、別に新しいやつの紹介とかいらないでしょ。私たちは馴れ合いでここにいるわけじゃないんだからさってね」

 

 言葉はかなり攻撃的なはずなのに、不思議と嫌味は感じない。

 

「それで、全員集合だし、1人だけ集まらないなんてのも申し訳ないじゃん?誰かにっていうよりその空間にさ」

 

 たぶん、彼女は雰囲気というものに敏感なんだろう。

 

「で、見に行ったらとびっきり小さいウマ娘がいてさ。私が言えた義理じゃないんだけど初めて見た時は『こいつ走れるのかな』なんて思っちゃったんだよね。で、自己紹介もすっごい短くて『ナリタタイシンです。よろしく』って。背も小さい。愛想もない。もうこいつは終わったって全員が思ったよ。でも、私を含めて全員がそんな考えすぐになくしちゃった」

 

「まあ、実力を測ろうってわけで練習試合が組まれたんだけどね。あの子は、タイシンは全部勝ったんだ。勝っちゃったんだよ」

 

 普通なら、良いことだろう。でも白毛のウマ娘の言いたいことはなんとなくわかった。

 

「突然来た新入メンバー。自分たちよりひ弱そうで、愛想もなくて。それで自分たちが一度も勝てないってなるとさ、ねえ?」

 

「周りから不興を買いやすい」

 

「そーそ。それで、あの子の周りには全然人が集まらなくてね。でもそんなの関係ないやって感じで毎日通って練習してた。馴れ合いはする必要ないけどさ。関わりを絶つってのも考え物だよね」

 

「でも、白毛さんも一度も負けたことないって……そういうのって白毛さんも結構あったんじゃないんですか」

 

「うん、タイシン以外に負けたことないよ。で、彼女が来る前から、私は3回に1回くらいはケガとか体調不良とか理由つけてさサボってた。で、他の子に言うわけさ。『今日の走りすごかったね。たぶん今日私が走ってたら勝てなかったなぁ』って」

 

「うわあ」

 

 心の奥から出た声。賢い生き方だということは頭では理解できるけど、なんとなくモヤモヤしちゃうな、それ。

 

「ひどいなあ。私は私なりに努力してきただけだよ。ノビノビと練習できる環境づくりの努力をさ」

 

 そう言って、彼女は肩を竦めて大げさに反応する。

 

「お待たせしました。A定食とB定食。お持ちしました」

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

「では失礼します」

 

「ご飯も来たし、一回食べようか」

 

「うん、そうだね」

 

 話を中断して私たちは食事をとり始める。

 マグロをねだられた。これは私の物だから、だめ。

 お刺身を口に入れる。久しぶりの魚介類だからか、すごくおいしい。

 見た目の割に口当たりは優しくて、でも食べ応えはある。

 まさに……まさに……うん……おいしい!!!!

 目の前の少女を見ると、キスの天ぷらを掴んでじっと眺めてる。

 

「キスってさ~」

 

「だから、魚に喧嘩を売るのはもうやめなよ」

 

「いや、小骨が少なくて食べやすいなって話」

 

「あっそ」

 

 ホント調子狂うな。この女。

 

「でも、私はこんな身ぎれいなヤツより、マグロの方が好きだな。部位によっては、吐きそうなほどドロドロしたもの抱えてるし」

 

「あなた、お魚嫌いだよね?そうだよね」

 

「そういえば、さっきの話なんだけど、あの子は他のメンバーとほとんど話さなくてさ、唯一交流を持ってたのが私だったていうわけ」

 

 はっは~ん、さてはこいつ、私の話聞いてないな。

 私とのやり取りを途中でぶった切って目の前の女は話を続ける。

 

「私としては、あの子に親近感を持ってたんだよ。同じだったからさ。……見た目だけでゴミみたいな偏見の目を向けられてきた者同士」

 

 言いようもない不快感をにじませるようにちょっとだけ声が低くなった

 

「あの子の方は最初は敵意むき出しって感じだったんだけどさ、走っていくうちにちょっとは会話するようになってさ。……だんだんと一緒にペアを組むときは大体あの子になるくらいの仲にはなってた」

 

「なるほど」

 

「前も言ったと思うけれど、私はレースに走って勝てばムカつくヤツら、馬鹿にしてきた連中、全員見返してやるのが楽しくってさ、このままトレセン学園に入学してトゥインクル・シリーズにだって出てやるなんて思ったわけですよ。で、たぶんあの子もおんなじで学園に入学してからも一緒に走るんだろうなって思ってた……まあ、うぬぼれてただけなんだけどね」

 

 そういって彼女は、キスの腹をぐりぐりと弄りながら自嘲気味に笑った。

 

「限界を感じたのは、去年の夏だった。最終学年だし、引退直前の練習試合に出た私は化け物に出会ったんだ」

 

 箸で腹を開き、中身を口に入れる。咀嚼して飲み込んだ後、はあ、と大きなため息をつく

 

「“ナリタブライアン”それが、私が出会った化け物」

 

 その名を口にしたとたん、カタカタという音が聞こえる。彼女の手元をみると手が震え、箸が何度も食器にあたっていた。

 

「一つ年下だったよ。でもそれ以上に驚いたのが、アレは走り方を知っていなかった。ただの欲求の発散って感じだった。だっていうのにさ、私を含めた全員を歯牙にも欠けずに勝利してた。そして勝った後も、嬉しそうな顔なんかこれっぽっちも浮かべないでさ。むすっとした表情してるんだよ。……流石にあれには頭来たよ。なんで、お前は勝ってるのに1つも喜ばないのかって。勝者が切なそうな表情してたら負けたザコはどんな表情すればいいんだよって」

 

 きゅっと拳を強く握る。でも、それもすぐに解かれた。

 

「でも、言えなかった。直視できなかったんだよ。アレを、あの怪物の存在は私は受け入れられなかったんだ」

 

 握った拳を解いたんじゃない。握るほどの力を続けていられなかっただけみたいだ。

 

「その時に、気づいたんだ。上には上がいるんだって。走り方を知らないアレにだって圧倒されたんだ。もし、学園に入学したからって私は、勝てるのか?あれが走り方を知った時、自分の才能を自覚したときに、私はいつものように走れるのかってずーっと考えるようになった。……それからは毎夜夢に出てくるんだ。レース終盤。私は後ろから影のように一気に差そうとする。するとあの化け物が、影ごと踏みつぶして一番になるんだ」

 

 彼女は、折られたんだ。踏みつぶされた。

 気力を、自信を、自分自身を。

 

「『手足が細い』、『白毛は勝てない』それを全部覆して勝ってきたのは気持ちよかったけどさ。でも、神様ってのは残酷で、スピードもスタミナもパワーも全部が生まれた時から格が違う、そんな化け物を生み出しちゃうんだよ」

 

 彼女の手からは震えが止まる。そして、私に気持ちを吐き出した。

 

「努力はやりすぎることはない、なんて言うけれどさ。ある一定のラインに行くとね、努力じゃ埋まらない溝ってのができるんだよ。どうやっても埋まらない溝を埋めようとする努力はさ、それはもう行き過ぎていて、努力じゃなくて徒労って言葉に変わるんだよ。やるだけ無駄なんだよ」

 

 それは、自分を守る言葉だった。

 散り散りになった自尊心をかき集めて、最後の一線だけは超えさせまいとする必死の抵抗。

 彼女の言動はすごく既視感を覚えていた。

 パーカーワンピースで隠した首元をなでる。

 あの時のナリタタイシン。夢の中でのナリタタイシン。白毛さんへの反論を止めた時のナリタタイシン。

 目の前のウマ娘とは似ても似つかないのに、どうしてか私は彼女を幻視してしまう。

 目頭が熱くなっていくのを必死にこらえて彼女の話を聞く。

 

「だから、私は、もしもを抱えて沈むことにした」

 

 今までで1番印象の良い笑顔だった。だというのに、見てるこちらが痛々しくなる気がした。

 

「……だっていうのにさ、あの子は止めなかったんだ。私が必死になって止めたって聞かなかった。それがなんだかイライラしちゃってさ。お前は自分の限界をわかってないのかよってさ。ああ、こいつにはわからせてやる必要があるなって思ってさ。卒業する最後の最後まで私はあの子とだけは走った。向こうは嫌がってたみたいだけど、無理やりにでも勝負してさ。私が勝ったら『私に勝てないくらいで学園で通用できるの』っていってさ。負けた時は、『私に勝ってるのにどうしてアンタのほうが息切らせてるの』っていってさ」

 

「人の心が欠落してますね、本当」

 

「それで、卒業してからはあの子の話を全然聞かなくなったからさ。やっぱりどこかで諦めちゃったんだなって思ってた。でも、お姉さんと出会ってからそうじゃなかったんだって知って、そしてもうすぐメイクデビューだって聞いた時はさ……ちょっと嬉しくなっちゃったよね。ああ。今度こそ、私が引導を渡してやれるんだって」

 

 彼女は、その言葉を早口で嬉々として語る。興奮しているせいかほんのりと頬が赤い。

 

「でも、今回もダメだった。……お姉さんのせいで、またあの子は走り続けてる……だから私はお姉さんのことが嫌い。大っ嫌い。本当に目障り極まりない」 

 

 彼女は笑顔でつぶやく、その言葉はちくりと刺さった。痛ったいなあ。

 

「あなたは、ナリタタイシンのことが大好きなんだね」

 

「は?」

 

 私の言葉に彼女は固まる。

 

「は?」

 

 まだ、受け入れられないようだ。

 

「はああああああああ?」

 

 あ、オーバーヒートだあ。

 

「いやいやいや。私は、あの子のことが目障りで、それを邪魔するお姉さんが大嫌いで……うん、この気持ちの中に私があの子のことを好きだっていう要素は欠片もないよね」

 

「えぇ……」

 

 無自覚なのかあ。

 どうやら、雰囲気に敏感になった結果、自分の気持ちには疎くなってたみたいだ。

 しょうがない。整理がついてない彼女に助け舟を出してあげよう。

 

「あなたは、ナリタタイシンに親近感を覚えていた。これは間違いないよね」

 

「ああ、そうだね。私は足りないもの同士としてあの子に親近感を抱いていた」

 

「そして、あなたは去年の夏にトレセン学園に入学することを諦めた。そしてタイシンは入学した」

 

「そう。だから、私は才能の限界を認めようとしない彼女に対して色々駆使して諦めようとさせた」

 

「好きじゃん」

 

 好きじゃん

 

「急に、論理的思考投げ出すの辞めて欲しいんだけれど?」

 

「そもそも、白毛さんがタイシンが走るのを辞めさせようとした理由も、元はと言えば自分が才能と努力の限界にぶち当たったから、彼女におんなじ思いをしてほしくないからですよね?」

 

「いや、そうじゃなくてさ。私が走らないくらいの出来事があったのにまだ走り続ける彼女が気に入らなかっただけで」

 

「あなたが何もする必要ないじゃん。どうせ、化け物にあって絶望を知ったらあなたのようになるってだけなんだから」

 

 そうだ、彼女の論理は前提からかなりおかしい。彼女は何もする必要がないのだ。

 タイシンだけ走ってるのがイライラした? どうせ遅かれ彼女が見えた未来が来るって自分で思ってるなら、待ってるだけでいい。そしたら、自分の思う通りになるはずなのだから。どうして、走る前から辞めさせるのか。

 それは、彼女が傷つく前に、この世界から足を洗ってほしいという遠回りで面倒くさくて不器用な優しさ以外考えられないじゃないか。

 

「それに白毛さん。タイシンが走り続けてくれて嬉しいんですよね。メイクデビュー勝利も満更じゃないんですよね」

 

「は?意味が分からないんだけれど?」

 

 どうしよう。この白毛のウマ娘可愛く見えてきたじゃん。

 

「だって、なんでわざわざトレセン学園の近くの学校に通ってるんですか?自分にとってレースは苦い記憶があるはずなのに」

 

「それは……」

 

 さらに畳みかける。

 

「なんで、たい焼きの屋台のある公園で休憩しようと思ってたんですか? たくさんのウマ娘がトレーニングで通るかもしれないのに」

 

 そう、こんなの。彼女の目的は一つしかないじゃないか。

 

「いつかナリタタイシンと会えないかな~って思ってたんだよね」

 

「~~~~~~っっっ!」

 

 よほどの衝撃だったのか彼女の目が見開く。

 そして、先ほどよりも頬がいや、顔面全体が朱色に染まる。

 

「え、あ、じゃあ、私は、私は……」

 

 よかったね。白毛さん。関係性が手遅れになる前に自分の気持ちに気づいて。

 なんというか、今日1日彼女に振り回されっぱなしだったけれど、最後に大逆転ができたって感じでとっても気分がいい。

 上機嫌になりながら、私はお刺身をほおばる。うん、おいしい。

 

「白毛さんは、足りない人は、持ってる人のことが心の底から羨ましいんだ。って言っていたけれどね。それって私のことじゃないでしょ? タイシンのことだよ。彼女の走りがあなたの心にすっと入ってきたんだよ。自分が諦めたことも、あの子は諦めなかった。それがとてもキラキラしていてあなたの心を掴んで離さなかったんだよ」

 

 白毛のウマ娘はもしもを抱えて沈んだ。

 

「ナリタタイシンは、もしもを放棄して少しでも身軽にして今も走り続けている。アナタはタイシンに休んでほしいんだよね。死なないために、死んででも生き抜こうとする彼女の走りが痛くてたまらないんだよね?」

 

「なんだよ。なんだよ……ソレ。どうして……お姉さんの言葉は私の中に簡単に入ってくるの」

 

 白毛さんは、突然現れた自分の気持ちに混乱しており、ずっと頭を抱えている。

 その質問は簡単だ。たぶん考えれば、白毛さんにだってすぐにわかる。なんてことない答え。

 

「私もナリタタイシンのことが好きだからだよ。……あの子の走る姿に心を奪われた。あの子が頂点に立つことがが私の夢になった。……他の物を見ようとしたって視界の隅に勝手に入ってくるんだよ。ホント罪なウマ娘だよ」

 

 彼女の走りは私の夢だ。選抜レースで見た時から、心を奪われている。

 

「ズルいじゃん、そんなの……私が先に見つけたのに」

 

「でも、勝手に離れたのはあなたでしょ」

 

「じゃあ、今からでももらっていい?」

 

「絶対にダメ」

 

 私は最後のお刺身を頬張った。

 

「ケチ」

 

 彼女は、恨みがましそうに吐き捨てた。

 

 

 

 

 

 ――外に出るともう夕暮れだった。

 食事を済ませた後、私たちはすべての展示物を見回っていた。

 白毛の彼女は、ムスッとした表情で反応も午前に比べれば少なかったが、私を握る手は離さなかった。

 それがなんだかとっても可愛らしくて、私はこの白毛の娘のことが大嫌いで大好きになっていた。

 むしろ、無愛想な時の方が私の心にはスッと入ってきたくらいだ。

 

「あー、悔しい。いつもは振り回す側だったのに、お昼からはずっとお姉さんのペースでいたじゃん」

 

 彼女は、片手で頭を抱える。

 

「最っ高の1日だったね」

 

「うるっさいなあ、もう」

 

 どうしたんだろうか、彼女が誘ってきたデートの感想を伝えただけなのに。

 どうしてこんなに恨みがましく見られなきゃいけないのだろうか。

 

「正直、あなたのことが知れてよかった。よくわからなかったから」

 

「はいはい、そーですか」

 

「あと、これ。たい焼きの代金。また忘れそうだから」

 

「いいよ。べつにいらない」

 

「でも」

 

「そのお金は、私とお姉さんを繋ぐものだから。お姉さんは私に貸しがあるし、私はお姉さんから代金を受け取るためにまた、誘う。その縁に必要だから、今は渡さないで。……本当は受け取るつもりだったけど。やっぱりやめた」

 

「それって……」

 

 なんだ、この生き物は。むすっとした表情で頬杖をついて窓の外を見ている。

 日が差して眩しいはずなのに。

 だからだろう。彼女の顔が赤いのはきっと、夕焼けのせいだ。

 

 彼女はまだ、私の手を握っている。

 なんだか、とっても嬉しくてその手を強く握ると彼女もまた、握り返した。

 

 

 集合場所の駅に到着した。夕方だからだろうか、行きよりも人混みが多い。

 離れないようにぎゅっと握って改札を出た。

 

「お姉さんはさ、あの子を頂点に立たせるって夢ができる前は何か夢があったの?」

 

 突然の彼女からの質問。この前タイシンにも聞かれたなソレ。

 

「頂点に立てる一握りは勝つために走っているんじゃない。自分らしく、自分の好きなように走る。走り終えた時、立っている場所が頂点だというだけ」

 

「なにそれ」

 

「私がトレーナーとしてたどり着いた、頂点に立てるウマ娘の条件」

 

「ふーん、どうしてそれにたどりついたの?」

 

「今のウマ娘の頂点に立っているウマ娘は、二村さん……私のいとこのトレーナーの担当ウマ娘。で、彼女たちの走り方がそれだから」

 

「それをどうにかしたかったてこと」

 

「そ」

 

 その言葉と共に、彼女は活き活きとし始める。真一文字の線を三日月に歪ませて、私を見つめる。

 

「じゃあ、お姉さんにとってナリタタイシンは道具なんだ」

 

「え」

 

「あの子が走って頂点を取れば、お姉さんが考えたさいきょーのウマ娘の条件が間違ってたってことになるんでしょ。じゃあ、お姉さんは自分の欲望を満たす手段として、あの子を利用してるだけなんだな~って」

 

「そうじゃ!……ないよ」

 

 どうしてだろうか、声を大にして否定したかったはずなのに、白毛のウマ娘の言葉は私の心にドロリとへばりついてくる。反論しようとしてもうまく言葉が吐き出せなかった。

 

「お姉さんは、ナリタタイシンがみたいのかな?それともナリタタイシンの走る姿、彼女の末脚がみたいのかな?」

 

「そんなの……言い方の違いでしょ」

 

「そ、ただの言い方の違いのはず。なのに、なんでお姉さんははっきりと答えられないのか。私は理解に苦しむね」

 

 肩を竦めて彼女は大げさに反応する。

 ああ、いま気づいた。タイシンと話していた時の違和感はこれだった。

 

「わ、私は……」

 

 答えられなかった。

 即答しなきゃいけないはずなのに、言葉は喉の奥にへばりついたまま喉に引っかかって吐き出せなかった。

 

「次のレース楽しみにしてるよ。……自分の私利私欲のためにウマ娘を利用する立派なトレーナーさん」

 

「やっぱり、あなたのこと嫌い」

 

「うん、私も」

 

 ニヤニヤとした表情が非常に腹が立つ。

 でも、彼女のことは本心から嫌いになることは出来なかった。だって、本当のことだから。

 向き合いたくない嫌な質問だ。でも、結局は向き合わなきゃいけない。私とナリタタイシンの決定的な問題。

 彼女は詭弁を弄するが、虚言は言わない。

 突いて欲しくないところをぐりぐりとは抉ってくるけどね!!!!

 だから、私にできるのは自分が優位に立ったと思い込んでいるクソ女に悪態をつくことだけだった。

 

 

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