ナリタタイシンに対する強い幻覚   作:妄想投棄場

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小休憩

 ナリタタイシンがホープフルステークスを勝利した翌日。

 年末の目玉イベントが終わり興奮冷めやらぬ私だが、ずっと溜めていた仕事の処理に追われていた。

 職員室から外をチラリとみると、日はまだ高く昇っている。だというのに、暖房をつけてもちょっと寒い。

 指先が痛いのは、手がかじかんでいるせいか、タイピングのしすぎなのかがわからない。

 視線を戻し前をみると、ため息が自然と出てしまう。

 昨日から自宅に帰ってないはずなのに、書類が減ってないな。8時間睡眠とシャワー浴びた以外は仕事をしてるはずなのに。

 

「ねえ、たづなさん。怖い話をしてもいいですか?」

 

「大丈夫ですよ」

 

 そう言ってニコニコ笑うのは、トレセン学園理事長の秘書である駿川たづなさん。私の隣に座って応援してくれている。監視ともいう。

 緑の帽子がトレードマークの彼女。職員室だったら暑くて蒸れるだろうに、なんで脱がないんだろ。過去に二回くらい聞いて両方ともあんまり記憶がないから聞かないけど。

 

「いや、私こう見えても仕事は早い方なんですよ」

 

「知ってますよ」

 

「だから2時間ぐらいで書類の山が終わらせられるんですけど……そのはずなんですけど、残り数枚になったら消化したはずの山が増えてるんですよ」

 

「それは、怖いですねえ……あら、一ノ瀬さん、机見てください」

 

 ニコニコと話を聞いてくれる彼女の優しさが心に沁みる。彼女の言葉に従い、PCの画面から視線を外すと山が増えていた。4つくらい。

 

「ん?おかしいな」

 

「不思議なことってあるんですねえ」

 

 胸の前で両手を合わせてひどく驚いたような顔をしてる彼女。

 けれど、私は見たんだ。この人が私の視界の端で書類の山を積んでいるところを。

 

「私死んじゃいますよ、たづなさん。 ねえ!」

 

「あらあら、大変ですね。じゃあ、今のうちから点滴でも入れますか? そうしたら、まだ走り続けられると思いますよ」

 

 とても眩しくてドキリとしてしまいそうな笑顔だ。

 ドキドキしすぎてもう死んじゃいそう。というか、この人ガチで私を殺そうとしてますね。やれやれ、私の何がいけなかったんだろうか。

 

「そんな意志ある人に対するリスペクトの欠片もない、非人道的な発言がよくできますね!」

 

「ごめんなさい。でも、一ノ瀬さんの仕事納めに間に合わせるには仕方のないことなんです。ええ、休憩なんていりませんよね?」

 

 痛い。痛いよお。私の罪が助走つけて私に殴りかかってくる。涙が出ちゃいそう。……というかあのおっさんマジで一回締めなきゃ。口が緩すぎるでしょ。

 

「この書類、生徒会の収支とかって私の業務じゃないですよね。アレの仕事ですよね」

 

「そうですね。でも二村さんがどうしても一ノ瀬さんにやらせてあげて欲しいということで……私が許可しました!」

 

「横暴だ! 越権行為だ! 労働基準法を逸脱している! 私、理事長に直談判してきます!」

 

 よし、詭弁に近いけど大義名分が得られたぞ。この流れで逃げ出そう。

 そう思った瞬間、手首を掴まれる。なんとか振り払おうとするが、全然びくともしない。

 

「一ノ瀬さん」

 

 その言葉は極めて平静だ。むしろなんの感情すら読み取れない。

 

「理事長は、お昼寝の時間なんです。あのお方は自由奔放ではありますが、常にウマ娘の未来について考えているとても素晴らしいお方です」

 

 諭すように優しい口調。だというのに、私を握る手は少しずつ締まっていく。

 

「多忙に次ぐ多忙。そんなお方の休息の時間を割いてまで、あなたは理事長に仰りたいことがあるんですね」

 

「え? いや、その」

 

 なんだよ。なんだよ……これは! どうして私の進む先には地雷しかないんだ

 

「ええ、理事長に変わって理事長秘書である、この駿川たづなが、あなたの嘆願を承ります。……さあ、一ノ瀬さん。言い残したいことは?」

 

 冷え切った言葉。それは、旧知の仲に対して向けるものではなく、公人として事務的に処理するもの。

 幻視するのは断頭台。彼女の断罪からは逃れられないことを悟った私は、むしろちょっとすがすがしい心持でさえいた。

 そう、これが最後の言葉になるかもしれない。世界が終わるとき、私が最後に言い残したい言葉を思考する。その言葉は自然と湧き出てきた。

 

「たづなさんって、どうして部屋でも帽子かぶってるんですか」

 

「聞き届けました。ではお仕事をしましょうか」

 

 お山が4つ増えました。やったね。

 

 

 

 

――日が暮れている。雪は降ってはいないが、しんしんとした寒さが肌を突き刺す。もう、新年を迎えるまでわずかしかない。

 私は、なんとか今年の仕事を終えて自宅に着くことができていた。

 うう、動きたくない。PCを見るだけで吐き気がしそうだ……

 お風呂を沸かし、それが溜まるまで敷きっぱなしの布団にもぐりこむ。 

 もう、三が日まで私は自由だ。年末の面白いテレビやってるだろうけれど、ちょっと今は気分じゃないな。

 布団の中でぼんやりと考える。

 

“今年はすごく早かったな”

 

 瞬くような時間だったと表現してもいい。それもすべてナリタタイシンとの出会いがきっかけだった。

 燻ぶっていた感情に火が付いた。停滞していた時が進み出した。変わらない明日に絶望して、色を無くした日々が色づいた。

 本当に彼女にはたくさんのものをもらった。傷つけることがあっても彼女は私を必要と言ってくれた。 

 だというのに、彼女は何もしてないという。

 違うと否定したって、彼女の心にはたぶん、まだ届かないだろう。だって、私はまだ彼女だけを追い続けることが出来ていないから。

 

“ナリタタイシンに全てをささげたいな”

 

 そう思いながら、別の気持ちも同居している。どちらかに蓋をしてしまえば楽なんだろう。でも、その結果があの失敗だ。

 ひどく軽薄で浮ついた人間だと自分をなじってしまう感情に飲まれそうになる。苦しい。呼吸がうまくできない。頭が回らない。

 投げ出したい気持ちが常に片隅に浮かんでいる。でも、私が逃げた後に傷つくのは残されたあの子だけ。

 そして、失敗してわかった。この気持ちをあの子も抱えている。抱えながら今まで生きてきたんだ。今になって抱え始めた自分がどうして投げ出せる。それこそトレーナー失格だ。

 私は、あの子に誓った。あなたを殺すことになると。じゃあ、私も死ぬ気でやらなきゃどうやって勝つっていうんだ。

 どんな結末になったってあの子を私は肯定する。他の全てが彼女の敵になったとしても、私だけはあの子の味方でいないといけない。

 でも、彼女が苦しむことなく、安心して楽に呼吸できる道は……

 

「勝ちたいなあ」

 

 布団の中で天井を見上げながら、ひとりごちる。誰のもとにも届かず宙に霧散する。

 

 スマホからメッセージの通知音がなる。

 手に取って確認する。

 

【やっほー、お姉さん。年越しって暇? よかったら、初日の出を見に行こうよ】

 

 白毛さんからだった。

 

 はあ~~~~~~~~

 

 こいつ友達、私しかいねえのか?

 返信を返そうとアプリを開く。すると、他の人からもメッセージがあった。

 

【トレーナー、今日の夕方、暇? たぶん、仕事で忙しいと思うからべつに無理しなくていいけど】 

 

 た、タイシンからメッセージがきてるじゃん! あの! プライベートで全く連絡しない! タイシンから!!!

 ひどく興奮した私は、急いでメッセージを返す。

 

【今仕事が終わったよ!! 大丈夫あいてるよ!!!】

 

 さあ、予定が埋まった。申し訳ないけれど、白毛さんにはお祈りメールを送っておこう。

 

【ごめんね、白毛さん。今予定が埋まっちゃった。】

 

 すぐに既読がつく。ははーん、やっぱこいつ友達いないな。

 返ってきたのは、絶望した顔のスタンプ。

 ごめんね、白毛さん。私は、アナタを越えて先に行くから。

 どや顔のスタンプを送る。すると、タイシンから返信が来た。

 

【あー……ごめん。たぶん、無理だと思って、チケットとハヤヒデと過ごすことになった】

 

“……”

 

 声にならない声。絶望。

 あ、私。また、失敗したんだ……とりあえず、仕事を増やしたアレは絶対に締める。

 一度深呼吸を入れて私はメッセージを返す。

 

【あ、そうなんだね。大丈夫だよ。大丈夫! 全然気にしないでいいから3人で楽しんでおいでね】

にっこりした笑顔のスタンプを送る。

 

「これでよし……っと」

 

 メッセージを返した後、私はすぐに通話ボタンをおす。

 

「もしもし、お姉さん、どうしたの?」

 

「18時に○○駅に集合ね」

 

「えっ?……いや、さっき無理って」

 

「遅れないでよ」

 

「え、いや、ちょ」

 

 ぶつり、と通話を切る。

 よし、これで予定はうまったな。さて、集合時間まで1時間ぐらいか。お風呂もたまっただろうし、一回汗を流してから大晦日をすごそっと。

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