『白毛さん、どこ~~~~~~?』
私はちょっと、泣きそうだった。
――約束していた場所で白毛さんと合流した後、相談して近くに山がある神社まで行くことになった。
神社近くで暖を取ってから初日の出を見ようという寸法だった。
が、それは短慮と言わざるを得なかった。私たちとおんなじことを考える人は多く、神社はごった返していたのだ。
はじめははぐれないように手を繋いでいたけれど、気づけばはぐれてしまっていた。
スマホで連絡を取ろうとしたのだが……家に置いてきちゃったみたい。
「もう、無理だあ」
情けない。でももう私は仕事でクタクタだったから、不安を感じるだけですぐに感情があふれてしまい視界が滲む。
近くの大きな木の傍で私は中腰になり膝を抱える。立っているのもやっとだし、休憩したかったから。
「寒いよお。おなか減ったよお。帰りたいよお。白毛さんは私以外友達いないよお」
俯いて、泣き言ばかりが口からあふれる。
「ん?君は……」
「ハヤヒデ、どうしたの?」
ん?聞き覚えのある声が聞こえたような。
そう思って私は顔を上げる。目に入ったのは、2人のウマ娘。芦毛と鹿毛の彼女たちは、私も見覚えがあった。
「ビワ……ハヤヒデと、ウイニング……チケット?」
「あー、タイシンのトレーナーさんだあ!」
「見たところひとりのようだが、もしかして誰かとはぐれたのか」
「うっ……うっ……うう”う”よ”がった”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”」
見知った顔、また、私の感情はあふれてしまった。
「なんだかよくわかんないけど、うん。よ”か”った”ね”え”え”」
「おい、チケット。君までそっち側に行かれたら収拾がつかないだろう!」
よくわからない。けれど、私のせいで迷惑をかけているんだろう。
「ご、ごめ”ん”な”さ”い”い”い”」
「ごめんね、ハヤヒデぇ”ぇ”ぇ”ぇ”」
「ああ、もう!!……いいから泣き止め!!」
ビワハヤヒデの懇願はむなしく、私たちが泣き止むまでは、10分ほどかかった。
「ふぅ……とりあえず、気分は落ち着いたかな。トレーナー」
「はい、お見苦しいところをお見せしました」
私たちは、神社付近のベンチで腰かけていた。
神社付近は参拝客を見越して出店が出ているため、そこで軽食をつまんで座っているとちょっと落ち着いたのだ。
「一人で来た……ってわけじゃないよね」
顎に手を当ててウイニングチケットは私に尋ねる。
「ちょっと、いやかなり友達の作り方がへたくそな女と、初日の出を見に来たんだけど途中ではぐれちゃって」
「まてまて、それは友達に対する評価としてどうなんだ。女って……」
「とも……だち……?」
私は、あいつと友達だったのだろうか。いや、ただの知り合いかもしれない。むしろ敵でしょ。
「どちらかというと、敵?」
「つまり、ライバルってことじゃない?」
「なるほど。納得は出来んが、それなら多少は理屈が通るか」
「二人はタイシンと一緒に来たの?」
「そうだよ! でも、タイシン。スマホのゲームに夢中になってレアキャラが出るからって言ってどんどん奥の方まで行ったみたいで、見失っちゃった。……着信も出ないし」
「大方、充電切れなんだろう。……まあ、タイシンだからな。ふらっと人通りの多いところに出てくるだろうと思って、私たちはここで待機していたというわけだ」
「そしたら、タイシンじゃなくて、そのトレーナーさんを見つけたんだよ」
「なるほど」
2人も、私と同じ、はぐれた側ということか。
ともあれ、下手に行動するよりは2人と一緒にいたほうが合流できる可能性は高いだろう。1人は寂しいし。
そう考えていると声を掛けられる。
「ところで、トレーナーは、タイシンをどうしてスカウトしたのだろうか」
「え?」
ビワハヤヒデからの突然の質問に思わず面喰ってしまう。
「君の顔は見知っているが、殆ど話したことがないだろう?……だから気になっていたんだ。タイシンが秘めた才能を持つウマ娘だということは、一緒に走った私たちはしっかりと感じていた。しかし、言い方は悪いが彼女は選抜レースにおいてはあまり良い結果を出せていなかっただろう……どうして?」
「ああ」
そういうことか。トレーナーたちはほとんどタイシンに見向きもしなかったもんね。
「あの子の眼だよ」
「眼?……末脚とかではなく」
「そう。あの子の末脚はとても素晴らしいけれど、その足を使うタイミング。加速力。位置取り。その全てを最良のタイミングで使っているのはタイシンの瞳の奥に宿る、勝利への渇望。……あの子はターフの上、それも勝ったときにしか十分に呼吸ができないの。だから、勝たなきゃ死んじゃう。死なないためにどうしようもなく勝ちたくて勝ちたくてたまらない。その渇望に私は夢を見出したの。あの子がウマ娘の頂点に立つ姿を見たいって」
「……」
なんどもなんども語ってきた言葉。あの子のことを語る私の口はとても活き活きとしているのが自分でわかる。
「だから、私はスカウトした。たぶん、あのままだとその勝利の渇望が自分自身を滅ぼしてしまうと思ったから。……彼女の選手生命が途中で尽きてしまうのがたまらなく嫌だって感じたから。誰も取らないなら私がもらう。誰も知らないあの子の才能を私が磨いて磨いて、彼女を馬鹿にしてきた全てを見返したいと思ったから」
「だから……彼女に対して心理的、肉体的負担を考慮しないウマ娘としての限界ギリギリのトレーニングを君は彼女に課したというわけか」
「っっ!」
そういうこと。ああ、やっぱり、過去の過ちっていうのは目を逸らすことができないんだね。
彼女の声はわずかに低くなり、拳をぐっと握りしめている。
「彼女は言っていた。トレーナーのため、そして自分自身のために勝たなきゃならないんだと……そして、自分の許容量をはるかに超えるはずの食事を何日も何日も続けていた」
俯きながら彼女は思い出すように語る。
「そして、彼女は倒れたんだ。……食事の途中に、突然喉をおさえだしたんだ。過呼吸だった。全てのみ込んでいたからよかったものの、彼女が飲み込んでいる最中に呼吸ができなくなったら? 窒息してそのまま死んでいたかもしれないんだぞ!」
その言葉に私は奥歯を噛みしめてじっと受け止めるしかなかった。
「そして、救急車を待つ間に保健室まで運んでいたら、少しだけ喋れるようになってな。その時になんて言ったと思う? 『ごめん、トレーナー。ごめん。次はうまくやるから。だからお願い。おいていかないで』とうわごとのように呟いていたよ」
目頭が熱くなる。鼻の奥がツンとする。だけど、これ以上をあふれさせちゃいけない。それは逃げだ。これは私の罪だ。一生かけて背負わなくちゃいけない、絶対に書き換えることのできない過去。
「君はナリタタイシンがこうなることも想定してトレーニングを組んでいたのか? 彼女を勝たせるためなら彼女がどうなってもいいと思っていたのか? 私は、あの時のうわごとのように呟いている彼女の顔が、表情が、ずっと頭から離れないんだ」
震える喉を、口を必死に抑えながら彼女の質問に答える。
「私は、ナリタタイシンを勝たせるためにはしょうがない。これしかないって思ってたの」
これは、懺悔だ。
意志ある者に対する敬意を忘れた愚かな人間の後悔。
「クラシック三冠を目指すには、スタミナの増強が必要。加速力の補強も必要。無茶だと思ってた。針に糸を通すくらい細い可能性でも勝つためには必要だって。でも、きっとあの子もわかってくれるって思って心を鬼にしてメニューを組んでた」
ダメだ。抑えてるはずなのに、握りしめた拳に滴が落ちてしまう。
「でも……それは、違ったの。私はあの子のためっていいながら、結局は自分のエゴを押し付けてただけだって気づいた」
そう。あの子を見ながら、私は違う場所をずっと見ていたんだ。
「私には、越えたい人がいる。私が担当したウマ娘が頂点になれば私はその人を越えられるって思ってた。……私はね、私利私欲のためにウマ娘を道具としてしか考えてない残酷な人間なんだよ。タイシンが最後にURAで勝ちさえすれば彼女がどうなったっていい。そういう消耗品としてしか考えてないの」
ビワハヤヒデの顔をじっと見つめる。そうだよ。私は、冷酷で残酷な人間なんだ。たぶん、彼女が勝ったとしても本当は内心でそれ以上に違う喜びで満ちているかもしれない。
だから、私をどうなじってもいい。それは私が絶対に受け止めなければいけない罪だから。
「ふっ」
そう思っていると、突然ビワハヤヒデが笑いだす。
「どうしたの」
「いや、すまない。……やはり、トレーナーと担当は似ているものなんだなと思ってな」
「え?」
「『どうせ、アイツはアタシのことでひきずってる。なんともないような平気な面して心のなかじゃ、ウダウダ考えてるんだ』とね」
「どういう……こと?」
急な展開についていけないというか、なんというか。
「タイシンはね、ずーっとトレーナーさんの心配をしてたんだよ! 食堂とかでもスマホを弄ってるんだけどキョロキョロして誰かを見つけようとしてたし」
「今日の予定でも、ギリギリまで私たちと行くのを保留にしていたんだ。……スケジュールが埋まるかもしれないとね。でも、結局、私たちと行くことになった……どうしてだと思う」
「それは私がギリギリまで連絡しなかったから」
「仕事で疲れてるのに、無理させたくないからだって」
なにそれ、なにそれ、なにそれ。急に顔に熱が帯びる。なんだか周りの人を見ることができずに俯いてしまう。
「君たちは、どうも自罰的思考がかなり強いようだ。……わざと嫌われようとする。わざと罪を背負おうとする。それは大変美徳だろう。しかし、行き過ぎたそれは、逆に相手を見ていないんじゃないだろうか」
「それは……」
それは、そうかもしれない。相手の気持ちを聞かずに、相手のことを考えるというのは、本末転倒もいいところだ。結局、自分の中の空想上の相手になってしまう。
「私は、君がタイシンのトレーナーになってくれてとても感謝しているんだ」
「はいはい、アタシも!」
「君がいなければ、君が見出してくれなければ、もしかしたら彼女はメイクデビューを終えることなくトレセン学園を去っていたかもしれない。……だから、今彼女が走り続けられているのは君のおかげだろう」
「それにね、タイシンもちょっと変わったんだよ! ホープフルステークスの時はアレだけどね。なんだか、付き合いがよくなったの。しょうがないなって感じで。とって優しいけど、それが目に見えるようになったっていうのかなあ」
「君たちは、お互いの影響を強く受けやすいということだろう。良くも悪くも、だ」
「うん」
「だから、もう少し話したらどうだろうか。そしてもう少しわがままになった方がいい。嫌なことは嫌と、好きなものは好きと、お互いが言えるように」
その言葉は、少しも考えたことがなかった。彼女には常に迷惑をかけているから。これ以上はたぶん、きっと高望みのしすぎなんだって。
「もっと、話しかけてもいいのかな」
「トレーナーとウマ娘の相互理解にコミュニケーションは必要不可欠だろう」
「それにタイシンいっつも言ってるよ。『アイツはくだらないことはベラベラ喋るくせに大切なことは絶対に言わない』って」
「そっか。そっかあ……」
なんだか、その言葉にひどく安心してしまう。
「時には、間違えることもあるだろう。傷つくこともあるだろう。でも君たちは、絶対に前に進めると私は思っている」
「アタシも! でもでも、またタイシンがあんなことになっちゃったら、ちょーーっと、許せないかも」
友人を信頼して心配する彼女たちの言葉はとてもまっすぐで私の心に迷わず入ってくる。
「うん……うん……」
ああ、ダメだな。私は。結局、この子たちに許してもらいたかっただけじゃないか。自分のエゴのために
「2人とも……ぐすっ……ありがとうね」
ああ、だめだ。安心してしまったら。気が緩んでもう締められない。
「ま、待ってくれ、トレーナー。落ち着こう、深呼吸をしよう。大丈夫。一息入れるんだ」
「うん……うん……あ”り”、がと”う”お”ぉ”ぉ”ぉ”ぉ”ぉ””」
「感動し”た”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”」
「ああああああ、またか! またなのか! 君たちは、すぐに泣きだすのは止めてくれぇぇぇぇぇ!」
ベンチで座っている三人の女性。
2人は大声で泣き、1人は頭を抱えて叫んでいる。もう他の人もざわついてこちらの様子を気にするほどだ。
そんな、私たちに話しかけてくる人がいた。
「アンタたち、ここでなにしてんの」
「タ”イ”シ”ン”ン”ン”ン”」
「タ”イ”シ”ン”ン”ン”ン”」
「よく来てくれた!! 本当にありがとう!!!」
ナリタタイシンその人だった。
「あ、お姉さん。ここにいたんだ」
今回、合流するはずだった。白毛さんの声が聞こえる。
「白毛さん? ていうか、タイシンなんでおんぶされてるの?」
なんだ、この状況は? タイシンが白毛さんにおんぶされてて私は、ビワハヤヒデとウイニングチケットとといる。もう訳がわからない。
「っっ!!……はやく下ろして!」
「はいはい。全く私の周りにはウマ娘使いの荒い人が多いなあ」
「タイシン、彼女は?」
ビワハヤヒデがタイシンに話しかけている。その時に白毛さんの表情が凍ったのが分かった。
「あー」
「ビワ……ハヤヒデ!?……ナリタブライアンの姉……あばばばばば」
「だ、だれか、お医者様はいませんか!? PTSDに強いお医者様は!?」
「ああっもう!!!」
このごちゃごちゃした場を収めるのに30分以上はかかった。けれど、まだ日の出までは時間がある。私たちは、結局一緒に初日の出を見ることになった。