ナリタタイシンに対する強い幻覚   作:妄想投棄場

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影と陰

「はあ、ついてないな」

 

 ナリタタイシンは、ため息をつかずにはいられなかった。

 ビワハヤヒデとウイニングチケットと一緒に、初日の出を見ることになったタイシンは、山の麓にある神社にきて、時間をつぶしていた。その間に位置情報を使ったスマホゲームをしていると、レアキャラをたまたま見つけた。

 スマホの画面に従って最短ルートを通っていると、気づけば獣道に入っており、その途中で充電が切れた。

 しかも運が悪いことに、右の靴が枝に引っかかってしまう。更についていないことに、強引に振りほどこうしたはずみで、靴が闇の中に消えてしまった。

 明かりもほとんどついていないこの山道、片方が裸足になってしまったタイシンは下手に動けずにいた。

 

 周囲はほとんど暗い。山の下の方をみやると微かに明かりがついているが、足元を照らすほどではない。

 うかつに歩くこともできない。膝を抱えて、じっとしている。

 芯の底から震えるような風が吹いてくる。木々がこすれる音、少しばかりの虫の声。ほとんど明かりもない。世界に自分だけが取り残されたような、そんな感覚に陥る。

 でも、あまり怖さはない。

 

「いつもの感覚だ」 

 

 ナリタタイシンはいつも夢を見ている。レースの夢。幼いころの夢。種類は数あれど、それらは全部自分の見たくない部分を見せつけてくる。いやな夢だ。

 見ている夢たちは決まって最後は、自分以外が真っ黒に染まっていく。そして、自分が世界に一人取り残されてうずくまって、助けを呼んで目が覚める。

 だから、そこまで怖くない。いつも自分がいる場所だから。一つだけ違うのは助けを呼んでも世界が変わらないこと。

 はあ、と息を吐く。空気が冷たいからか、ひどく息が苦しい。

 

「こほっ……こほっ」

 

 肺に冷気が刺さる。……1人だからだろうか、このまま死ぬんじゃないかと錯覚してしまいそうだ。 

 ふと、頭に浮かぶのはトレーナーの顔。ホープフルステークスが終わってから、ほとんど見かけていなかった。たぶん、仕事が忙しかったんだと思うけれど。

 年末に誘ったけれど、日が暮れてから仕事が終わったなんて、全然休んでいないっていうことだろう。そこまで、無理をする必要はない。それは、あの時の失敗で気づいたから。

 けど、やっぱり誘った方がよかったのかもしれない。

 

「別に、アタシたちはそこまでなれ合う関係じゃないか」

 

 すぐに否定した。

 トレーナーはまだ他の場所を向いている。わざわざこちらを見ろというのもおかしな話だろう。自分とトレーナーの関係は、ターフの上だけで充分。充分なんだ。

 胸が痛い。空気が冷たいからだ。

 どうしようもなく、彼女の顔が頭から離れない。彼女を女子っぽいと非難したことがある。今の自分の方がよっぽど女々しい。その事実がおかしくて、少し笑ってしまう。

 

「ねえ、トレーナー」

 

 夢から覚まさせてくれ。絶対にありえないけれど、気を紛らわせるために、いつも自分が目覚めるときの言葉を口に出す。いや、出そうとした。

 

「もー、助けてよ~。お姉さん、私の服がボロボロになりそうなんだけど」

 

「っっ!?」

 

 自分しかいないはずの、この場所に誰かがいた。おもわず、身構えてしまう。

 

「誰?」

 

「あー、えっと、私です。……タイシン、元気?」

 

 気まずそうに姿を現したのは白毛のウマ娘だった。

 

「なんで、ここにいるの?」

 

「あー、うん、まあ色々あって。お姉さんと一緒に初日の出を見にこの山の麓の神社まで来てたんだけどね」

 

「そう」

 

 ちくりと痛む。別に、自分には関係のないことだ。けれどなぜか心に少しだけ引っかかった。

 

「いや、あの人ホントにひどいんだって。今日の夕方に見に行こうって誘ったらね、今、用事が出来たからって断ってきたんだよ。ふーん、そうなんだあって思って、違うことしようと思ったら少したって、18時に集合だって言ってさ。いや、私も人のことを考えないたちだけどね。でも、あの人ほど傲慢ではないっていうかさ」

  

 ベラベラと語りだす彼女。

 

「つまり、私は都合のいい2番目のウマ娘っていうことだったんだよ。泣きたくなるよね」

 

「なんとも思ってないでしょ」

 

「まあね」

 

 自分とトレーナーとのやり取りを思い出して、やっぱり後悔した。別に、迷惑じゃなかったのかもしれない。

 

「それで、お姉さんと出店とかを見てたんだけど……あの人、急に手を離しちゃってさ。それで、見つかんないし、ふらふらしてたらタイシンを見つけて……後をついてきた的な感じ」

 

「きっしょ」

 

「うるっさいなあ。というか、タイシンこそなんで動けなくなってんのさ」

 

 彼女は話をそらすように尋ねてくる。

 

「……アプリに夢中になって、靴が脱げた」

 

「は?」

 

「だから! ゲームに夢中になってたら、立ち往生したって言ってんの!! なんか文句ある!!」

 

「ええ、逆切れじゃん……最近、私に対するあたりがみんな強すぎでしょ」

 

 なにかブツブツつぶやいているが、気にしない。というか、こいつにおもねる必要などない。

 

「で、帰れるの?」

 

 その言葉に無言で首を振る。仕草は見えていないだろうが、この沈黙が回答になる。

 

「ちょっと、失礼するよ」

 

 眩しくて、一瞬目を閉じる、彼女はスマホを持っていたようだ。じゃあ、最初から助けを呼べ。苛立ちを感じると体を引っ張られる感覚があった。どうやら背負われたようだ。

 

「なにすんの」

 

「背負ったんだよ。動けないでしょ」

 

「頼んでないけど」

 

「やりたいからやったの……ほんと私の扱い雑すぎじゃん」

 

 今この場においては、感謝を伝えるのが正解だとは思う。しかし、彼女には悪態をつかずにはいられなかった。

 

「悪かったね。お姉さんじゃなくて」

 

「別に」

 

 これだ。この女は一番言われたくないことを的確に突いてくる。

 

「とりあえず、下る方が危ないから、上の方に行ってから人気のある場所を辿って下山するから」

 

「そ」

 

「ちゃんと、手を離さないでね」

 

 彼女も自分の態度に反応することを止めたようだった。

 

 これ持ってて、と言われ手渡されたスマホで足元を照らす。そこまで急勾配でもないため、気を付けて歩けば無事にたどりつくだろう。

 ナリタタイシンと白毛のウマ娘はお互い黙ったまま、目的地を目指していた。

 気まずいわけではない。けれど、ここまで彼女が黙っているのがとても違和感があった。雰囲気というものに敏感なこのウマ娘はその場の空気のために空虚な話題を提供していたからだ。

 それもない。なにか、考えがあるのだろうか。ぼんやりと考えていると、彼女が口を開く。

 

「ホープフルステークス、1着おめでとう」

 

「そう」

 

「また、タイシンは負けなかったね」

 

「……」

 

 彼女の語る言葉の真意がつかめない。

 

「知ってると思うけどさ。私はね、タイシンに勝ってほしくないなってずっと思ってた」

 

 知っている。

 

「私はナリタブライアンに負けてから、神様は努力ではどうしようもできないほどの才能の差ってのを与えるって知った」

 

 知っている。

 

「そして、私は走るのを辞めて、タイシンは辞めなかった」

 

 そう、彼女は走らなくなった。

 

「それにたまらなく腹が立って、タイシンが走り続けていることが不快で、嫌で、見ているだけで吐き気がするほどだったから、私はタイシンが卒業するギリギリまで一緒に走って心を折ってやろうと思った」

 

 先ほどまで、服が汚れることを嫌っていた彼女だが、足元にある枝をわざと踏み抜いていっている。

 

「でも、タイシンはトレセン学園に入学した。……でも、話を全然聞かなくなったからさ、ああ、走るの辞めたんだなってちょっとほっとしてた」

 

 そんな訳はない。走るのを辞めるなんてそれは呼吸を止めるのと同義だ。

 

「そして、お姉さんと出会って、タイシンのメイクデビューを見た。……すごい走りだったよ。すごい末脚だった。本当に自分が嫌になるくらいに……なんで、自分はそこで走ってないんだって歯噛みしちゃうくらいにはさ」

 

 腰を掴む腕が少し締まる。進む先に少しだけ明かりが見える気がする。山頂が近いのだろうか。

 

「それで、今度こそ心を折るって誓った、そのあとにお姉さんと水族館に行ったんだ。大きい方ね。そこで、お姉さんの心を折ってやろうと思った。」

 

 こいつら、結構遊びに行ってるんだ。

 

「でも、逆に私が気づかされたんだ……私はね、タイシンのことが好きだったみたい。知らなかったでしょ」

 

「いや、知ってたけど」

 

「え!?」

 

 本当に驚いた声を上げる彼女。

 

「アンタが好意を伝えるのが下っ手くそなのは知ってた。男子小学生みたいなやり方でしか興味ひけない不器用なやつだって」

 

「えぇ? じゃあ、タイシンのことを嫌ってたと思ってたのは私だけってこと?」

 

「知らないけど。そうなんじゃないの」

 

「はあ……私、カッコ悪すぎるじゃん」

 

 耳が垂れている。本当に気づいていなかったのかこのバカは。

 

「で、何が言いたかったの?」

 

「まあ、気づいてたんならいっか」

 

 気づけば、山頂についていた。

 ナリタタイシンは下ろされ、ベンチに座らせられる。

 そして彼女は、なんの気もないように当然のことのように言い放つ。

 

「私はもう、ナリタタイシンの前に現れないよ」

 

「は?」

 

 言っている意味が分からなかった。

 

「心を折るなんて言うのは、私がそう勝手に解釈してただけ。本当は私はタイシンに休んでほしかったんだ。走るしか自分にはないって言ってるのに、苦しそうに、死んじゃうんじゃないかってぐらい必死に走ってるタイシンの顔が見てられなかった」

 

 ここで、初日の出を見ようという客は多いのだろう。自動販売機も設置されていた。

 彼女は暖かい飲み物を2人分買って、隣に座り思いを語る。

 

「ウマ娘にとって走ることは当然のことだけれど、走るだけがウマ娘じゃないってのも確か……走る以外にも道はあるだろってずっと考えてた。でもさ、お姉さんにも言われたんだ。タイシンが走り続けて嬉しかっただろって。メイクデビュー勝って満更でもないんだろって」

 

 彼女は何度も息を吐いてコーヒーを冷ましている。

 

「そうなんだよ。私は、タイシンが走ってくれて嬉しかった。休んでほしいのに、もう辞めて欲しいのに、それ以上にどうしようもなく、タイシンが1着を取る姿がキラキラしてて、嬉しくて、嬉しくて、でももう自分とは違う場所に行っちゃったんだなって感じで寂しくて……まあ、なんだろう。よくわかんないけどそんな感じ」

 

 この白いウマ娘の話を聞いているとイライラする。なんだ、最後のあいさつとでもいいたいのか。

 思わず、コーヒーを握る手に力が入る。

 

「私は、ナリタタイシンの心を揺さぶりすぎた。……あなたに消えることのない痕を残した。私がいるだけでそれは疼いて仕方ないでしょう」

 

 はっと吸い込まれそうな笑顔。だというのにどうしてそんなに泣きそうなんだ。

 雑音がぐるぐると反響する。そうだ、白毛のウマ娘。この女の言葉は自分の心をひどく乱す。いるだけで吐き気を催して気分が悪くなる。

 自分にとっていいことのはずなのに、彼女の言葉がどうしてこんなに腹が立ってしょうがないんだ。 

 

「だから、これが最後の言葉だよ」

 

 うるさい

 

「私は、アナタにたくさんのものをもらった。たくさんのことを教えてくれた」

 

 彼女はナリタタイシンをまっすぐにとらえる。

 その言葉がひどく耳障りだ。うるさい。

 

「たくさん、たくさん、傷つけて、どうしようもないほど苦しめて、ごめんね。これが最後だから……夢を見させてくれて、夢をかなえてくれてありがとう。……大好きでした」

 

 一筋の滴が頬を伝う。それは、どうしようもないほど美しくて、綺麗な笑顔だった。

 彼女は、腕で顔をぬぐった。そして、からっとした声音でパッと明るいいつもの表情で言葉を続ける。

 

「さ、神社の所までおくるよ。そこまでは悪いけど付き合ってよね」

 

 ヘラヘラと笑って、手を差し伸べる彼女。

 その手を掴む。そして自分の方に引き寄せた。

 

「アンタ、うるっさいんだよ! なにそれ、自分の気持ちに気づいたから身を引きますって言いたいわけ? は、そんなの知らない! アタシは認めない!」

 

「タイ……シン」

 

 白毛のウマ娘の顔にぐいと自分の顔を寄せる。本当に似ても似つかないのに、どうしてこの女とアイツを重ねてしまうんだろうか。

 目が泳いでいる。顎を掴み目の前の女の顔を固定する。こいつらは本当にこうしないとすぐにどこかへいってしまうから。

 

「アンタもアイツも、どいつこいつも、なんだよ。なんなんだよ! アタシからたくさんのものをもらったアタシに夢を見た? は? ふざけんな! 結局お前らはアタシを見てないんだよ! これが自分が考えた最善? それをアタシに言ったことある? 勝手に自分で考えて自分で納得して自分でやってるだけ! アタシを引き合いにだすな! アンタのそれは、アタシのためなんかじゃない! アタシを傷つけてたってことに自分が耐えきれないだけ! それでアタシのためだなんて建前作って、自分を守ろうとしてる、ただのエゴなんだよ!」

 

 イライラする。本当にこいつらのあり方は反吐が出る。興奮しすぎて息が苦しい。でも、こいつらには、絶対に言っとかないといけないことがあるんだ。

 

「アタシはアンタに言った。『手足が細い』『体が小さすぎる』『お前じゃ勝てない』私はそんな言葉を全部背負って走って走って走りぬくって! その言葉の中には、アンタの言葉はたくさん入ってる。それこそ数えきれないほど。だっていうのに、自分がいると疼いてしまう? うるっさいんだよ! いてもいなくてもアンタから受けた言葉はアタシの中にずーっと残って、残って、残り続けてアタシのなかの怒りになってるんだ! 気づくの遅すぎ! もう、アンタがいてもいなくてもいいんだよ! だから、逃げるな! お前はアタシから逃げるな! アンタはアタシの影だ! 陰気でいやで、どうしようもなく目を背けたくなる事実を突きつけてくる、嫌な奴! 才能がないって、お前じゃ勝てないって言われた似た者同士! 境遇が似ているって勝手によってきたのはお前だよ! そして、勝手に逃げたのもお前! アタシは、ずっと走るんだと思ってた! でもそうじゃなかった! じゃあ、もう逃げるな! 許さない、絶対に許さない! アンタが泣いて謝ったって絶対にアタシという存在から逃げるなよ! 目を背けるなよっ!」

 

 苦しい。肩で息をしてても、酸素が足りない。だというのに、今はどこかすがすがしくもある。

 本当にみんな自分勝手だ。このくらいいってもまだ足りないくらいだとおもう。

 

「でも、私がいるから……タイシンは気分が……悪く……なるし」

 

「うるっさい! まだ、言わないとわかんないの? アンタは目を逸らすな。アタシを見ろ! 勝手に遠い存在だと思うな! 遠くに行った? 違うでしょアンタが動いてないだけだ。アンタが停滞してるだけなんだよ。アタシはずっと走る。アンタを気にかけてる暇なんかない。立ち止まってたらアタシの姿を見失うでしょ! だからお前も自分の道を走れ!そしてアタシが見えるところまで来い。絶対、絶対に逃げるなんて許さないから!」

 

「う……う……いいの?」

 

 彼女は震えた声で尋ねる

 

「ああっもう! いい悪いんじゃないんだ。するんだよ!」

 

「ありが……とう」

 

 泣きながら笑う彼女の顔は、とても綺麗だったと思う。

 

 

 

――お互いに気を落ち着かせて私たちは下山し始めた。

 

「ねえ、タイシン」

 

「何」

 

 また、彼女に背負われている。

 

「タイシンが走れなくなってさ、もう投げ出しちゃいたいって思う時が来たらどうする」

 

「そんなの来るわけがない」

 

「まあ、いいからいいから……その時はさ、お姉さんとの関係もなくなるってことでしょ? その時は私にお姉さんをちょうだい?」

 

「は? 意味がわかんないし。それにアイツはずーっとアタシのトレーナーだから。あげるわけない」

 

 絶対に、渡すわけがない。

 

「ケチ」

 

 彼女は、恨みっぽく吐き捨てた。

 

 

――無事に、下山することができた。

 一つのベンチの周辺がざわついている。

 

「なんか、あるのかな」

 

「さあ」

 

「いってみよ」

 

「ちょっと待ちなって」

 

 

 

「うん……うん……あ”り”、がと”う”お”ぉ”ぉ”ぉ”ぉ”ぉ””」

 

「感動し”た”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”」

 

「ああああああ、またか! またなのか! 君たちは、すぐに泣きだすのは止めてくれぇぇぇぇぇ!」

 

 

 ベンチで座っている三人の女性。

 2人は大声で泣き、1人は頭を抱えて叫んでいる。

 

 またか、またなのか。面倒なのは確定だが、この場を収めるには非常に気が乗らないが仕方ない。

 

 

「アンタたち、ここでなにしてんの」

 

 こいつらは、騒がないと死んでしまうんだろうか。

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