「私は声を大にして言いたいね! どうしてお姉さんと一緒に日の出を見るだけのはずが、こんなに大所帯になっちゃったのかってさ! いや、分かるよ? だって、この山はそんなに高くないから歩いていけるし? 麓に神社もあるから出店で何か買って時間もつぶせるし? まあ、自然と知り合いとばったり会うのはわかる。痛いほどにわかるよ? でも、どうして……どうして……私が精いっぱいの気持ちでトラウマを植え付けてあげたヤツと、健気な私にトラウマを植え付けてきたヤツの姉と遭遇するんだあああ」
「白毛のウマ娘さん、大丈夫か? 先ほどからひどく取り乱しているようだ。あと、君の発言からは全く同情の余地がないというか」
「ああああ、ビワハヤヒデだああ。私のボロボロになった心を、二度と修復できないように、姉としてもう一度踏みつぶそうとしてるんだああ」
「よくわかんないけど……ハヤヒデ、そのウマ娘さんにひどいことしたらダメだよ?」
「別に私はなにもしていないだろう! 無実だ! ただの彼女の被害妄想だ!」
「ごめんなさい。ごめんなさい。なんでも言うことを聞くので、そっとしておいてください。どうか寛大な心で……」
「私の頭は大きくない!」
「ひぇ」
「あー、ハヤヒデ! 彼女、もっと縮こまってるじゃん。別に、大きいのは頭じゃなくて心って言ってるし、謝んなよ」
「む……すまなかった。ついカッとなってしまった」
「へへへ、いや、気にしてませんよ。はい、ビワハヤヒデさんに比べたら私なんて路傍の石なんで」
「えらく卑屈すぎやしないか!?」
ビワハヤヒデとウイニングチケット、それに私のツレである白毛さんが、やいのやいのと騒いでいる。
私とナリタタイシンは少し離れたベンチでそれを眺めている。
おい、白毛さん。お前、そんなキャラだったか?今のあなた、雑魚じゃん。
どうして、私はあんなクソ雑魚におびえていたのだろうか。今となってはその理由すら思い出せない。
「ビワハヤヒデとウイニングチケット……二人ともとってもいい子だね」
「うん……暑苦しくて鬱陶しくて、本当に口うるさい奴ら。……でも本当にいい奴らだ。底なしに」
そういって彼女たちを眺めるタイシンの顔は自然とほころんでいた。
あまり、見たことがない彼女の表情。たぶん、タイシンと仲のいい2人だからこそ引き出せる表情なんだろう。私には到底むりだな。
「……」
「な、なに?」
タイシンはじっと私を見つめてくる。その青い瞳は、私の全部を吸い込んでしまうんじゃないと錯覚する。
その瞳の引力で身動き一つ取れない。鼓動が早くなるのを自覚する。
ゆっくりと、私の頬に手が添えられる。
瞬間。ぐっと、頬をつねられた。
「いたたたた。それは反則だってぇぇ」
「どうせ、またくっだらないこと考えてたんでしょ」
半目で私を見ながら、その手を緩めない。
くだらないだって?
くだらないわけない。だって、私はどうせ、どうせ……
「どうせ、私は私利私欲のためにウマ娘を道具のように扱うトレーナー! タイシンを苦しませることの方が多い、悪いトレーナーだって思ってまじだ!!! いたいいたいいたいいたいいいい」
「ふん、今日はこのへんにしといてあげる」
そういうと、彼女はパッと手を離す。
「アンタ、ホントにうじうじ考えすぎ。誰かそんなこと言ったの? アタシが苦しいなんてアンタに言ったことある?」
「アレが」
そういって、揉み手でビワハヤヒデにこびている白い彼女を指さす。
「アレは、蚊だから。羽音はうるさいけど、ちょっと払えばすぐにいなくなる」
「でも、ずーっとまとわりついてくるでしょう?」
「ああっ、もう! じゃあ、アタシの考えてることは別にどうでもよくって、蚊の羽音があんたにとってうざったいから気になるってだけ!?」
そうじゃない、と声に出そうとしたが止めてしまった。そうなのかもしれない。自分はタイシンの気持ちなど、どうでもいいのかも
「やっぱり、アタシの考えてたことは間違いじゃなかった。アンタ、女子だわ。ホントに女子!……耳触りのいいことはベラベラ喋るくせに、そういうところになるとホントに口をつぐんじゃってさ」
そうだ。本当にタイシンの言う通り。たぶん、私は怖いんだ。自分の気持ちを正直に打ち明けた結果、私たちの関係を大きく崩すんじゃないかって。もう、あんなタイシンを見たくないと思ってしまう。
いけない。自宅にいるときと同じような自省モードに入ってしまうのを自覚する。どうにかして、明るく振舞いたいと思うが、ドンドン下を向いてしまう。
『トレーナー……ごめん。言われたメニューこなせなかった』
『ごめん。ほんとにアタシのせい……だよね』
『ごめん、トレーナー。ごめん。次はうまくやるから。だからお願い。おいていかないで』
頭の中では失敗したときの光景がドンドンとフラッシュバックしてくる。
私の罪だ。あの時の表情。あの時の謝罪。あの時の言葉。全部、私がやったんだ。全部。全部。全部。
私が何かを成すたびに彼女は傷ついて、苦しんで。でも、絶対的な信頼を私に向けてくれる。私の発言一つで彼女を変えてしまうんだ。それがひどく痛くて痛くて
「いたいいたいたいいたいたあああい」
次は耳だ。
一番、柔らかいところじゃなくて、皮の薄い部分をつねってきてるところに、かなりの苛立ちを感じる。
ねえ! 今、二度目のおセンチモードに入ってた! 自分に浸ってたの! もうちょっと浸からせてよ! 心地よい自己嫌悪の中にいたいんだよ! 私は!!!
「最近、気づいたけど。アンタって、アタシがアンタの言うこと全部聞くって思ってるでしょ」
「いやいやそんな、ああああ……思ってましたぁぁ! 私のメニュー次第でタイシンを変える可能性があると思ってましたぁぁぁ。だから、耳はやめてぇ」
「別に、アタシはアンタのものじゃない。それはわかってんの?」
「あいぃぃ、ナリタタイシンは私の所有物ではありません!」
「だから、アタシがアンタの言葉に従ってんのは、アタシの意思だ。気に入らなかったら絶対に拒否する」
「はい! タイシンは自分の意思で私の提案に従ってるだけです!」
痛い。この感覚から抜け出すために、彼女のペースに乗る。言われたことを何度も復唱すると、相手の怒りが収まりやすいってのはたづなさんで立証済みである。
すると、少しだけ、力が抜ける。そして、彼女が何かをボソッとつぶやいた。
「今まで、散々無茶聞いてきたのに、今更何言われたって、別に気にするわけないじゃん」
「……っっ!」
聞こえた。はっきりと聞こえた。一言一句聞き逃さなかった。
つぶやいた後の彼女の指先がちょっとあつい。ぼんやりと見える彼女の顔の印象が変わっている。薄暗い中なので、よくわからないがたぶん、今は真っ赤なんだろう。
なんだ、なんだ、なんだこの担当ウマ娘は。ふつふつと沸き上がる、このよくわからない感情の処理に困ってしまう。
でも、1つだけ確かなのは、彼女は私が思っているよりもずっと、トレーナーとしての私だけではなく、私自身を信頼してくれているということ。
聞いたことがなかった。もう一度確かめてみたくて、つい意地悪を言ってしまう。
「え?なんて」
「別に」
そういって、耳から手を離し、彼女はそっぽを向いてしまう。
「散々無茶聞いてきたのに、今更何言われたって、の続きはなんていったの」
「殺す」
それは明確な殺意だった。
やってしまった。私は好奇心で死ぬんだ。だけど、悔いはない。彼女のあんな姿が見られたのだから。
「ああああ、背中に穴が空いちゃうううう」
彼女の肩で、思いっきり背中をどつかれた。普通なら、軽い衝撃程度である。
しかし、ウマ娘のそれは人間が当たれば凶器足りうるのだ。つまり何が言いたいかというと相当手加減してもらっても、私には激痛だああ。
「うう、ひどい目にあった」
「他人をからかった罰だから」
「それは……それはそう」
反論の余地はなかった。悪いのは私だ。けれど、責めすぎてもまた、痛みが飛んでくるので自重する。
タイシンと話をしていると、気づけば新年まであと10分もないというところまで来ていた。
ビワハヤヒデとウイニングチケットは、暖かい食べ物を買ってくるといって、少し離れている。そして、バカは私の足に頭を置いて寝込んでいる。
元々、体が細く、走らなくなったせいか、体力がドンドンと衰えダウンしたようだった。あと、本人曰く、今日は誰かを抱えてかなり運動をしたらしい。タイシンの方を見ると、ずっと目を逸らしていた。
もうすぐ、今年も終わる。日付が変わるだけ。西暦が変わるだけ。数字は変わるけれど、私たちの中で何か明確な違いが生まれるわけじゃない。
でもやっぱり新しい年を迎えると思うと、自然と身が引き締まる。
だから、今年最後のこの日、この時間に、彼女に言い残したことを、今言っておこうと思う。
「あのね、タイシン」
「なに」
「あなたに言われた、アタシを見ろって言葉。ずーっと考えてた。何度も、何度も」
「うん」
この思いは、たぶんタイシンがよく言っている私が『言わない本当に大事なこと』だと思う。
「結局は、考えが堂々巡りして、どうやったら勝てるかになって、最終的にはあなたがターフの上に立って優勝する姿と、それを達成できて喜んでいる私がいる。でも、その私は、心の中でちょっぴり思ってるんだ。やっと追い越せたって」
彼女は、黙って聞いてくれている。
「何度考えたって、私はアナタを見ながら別の所を見ている」
「そう」
「でもね、今日ちょっとだけわかったよ。どうして、私があなただけを見られないのかって理由」
考えてみれば単純なことだ。いや、当たり前すぎたんだ。前提条件のようにあったから気付かなかった。でもビワハヤヒデとウイニングチケットと話してわかった。
「私は、あなたのことを知らなさすぎるんだ。知っているのは、あなたの末脚の素晴らしさだけ。それはさ、私の夢を叶える手段としてのあなたしか知らないってわけでしょう?……私にとって都合のいい部分しか見てなかったんだ。そりゃ、あなたを見ているとは言えないよね」
そう、私は彼女のごく一部、それも私にとって都合のいい部分しか知らない。そんなものだけで考えてたら、私の中にあるものがちらつくに決まってるじゃないか。
彼女のトレーナーとなって半年ほどになる。しかし、先日に決定的なコミュニケーション不足を痛感した。
黙っているタイシンに向かって声をかける。
「もう少しお互いに話し合おう?」
「手短にね」
もう新年も近いし、と彼女は言う。
「どこでしようか! ここでもいいけど雰囲気があれだし、あ、教室使う?でももう教室も空いてないだろうからお互いの部屋かな。私の方は今から掃除すr」
「落ち着きなって……今さら戻ってたら、その間に年越すでしょ」
「それもそっか」
焦りで冷静さを欠いていた。しかし、この勢いを落とすわけにはいけない。もう、年の瀬だ。精いっぱいのワガママだって、彼女は許してくれるだろう。
「じゃあ、デートをしようよ。二人でいろんなものを見て、いろんなことを話して、いろんな買い物をするの。きっと楽しいと思うな」
迷惑ばかりかけてる私の精いっぱいのお誘い。
とっても自然に誘えたと思うけど……どうなんだろうか。
なんの返事も返ってこない。こんなに近くにいるのに、まるで遠い距離のように感じる。私の中のドキドキだけが速度を上げていく。
思わず、恥ずかしさと後悔で目をつぶってしまう。
パチパチパチパチ
拍手の音が聞こえる。周りがすごく騒がしくなる。
「あけましておめでとうございます」
「あ、あけましておめでとうございます」
彼女からの返事はなく、新年が訪れた。それは、私の好感度調整が失敗したことも示していて。なんだか、とても悲しくなってしまう。
思わず俯いて、手慰みにバカの前髪を三つ編みにする。
「水族館」
「え?」
いきなりのワードで、思わず聞き返してしまう。
「水族館。小さい方、分かるでしょ?」
「わ、わかるけど、それって」
「行くならそこがいいって言ってんの。バカ」
「いいの!」
やばい、嬉しい。どうしよう。新年からこんなにうれしいことがあっていいんだろうか。
「……いきなり、言われてもこっちだって反応に困るし」
なにか彼女がつぶやいているが、よく聞こえなかった。スケジュールを確認して彼女と直ちにすり合わせをする。
「じゃあ、この日で」
「わーい! わーい!」
思わず、両手を上げて喜んでしまう。そこで私はハッと気づく。きちんと挨拶をしていないな、と。
服を整えて、立ち居振る舞いを正す。そして、タイシンの方を向く。
ぶべっと何かがぶつかる音が聞こえたが、たぶん蚊だろう。
「タイシン、改めてあけましておめでとうございます」
「うん、あけましておめでとうございます」
「一年、よろしくね……絶対に勝とう」
「絶対、勝つ。勝って私は一番見晴らしのいい場所で呼吸をする」
新しい年が始まった。クラシック級はウマ娘にとって、一度しかないチャンスが多すぎる。
零してしまうチャンスがあるかもしれない。でも、零さないようになんて考えない。掴めるものを確実に取っていけばいい。
上を見すぎてもいけない。先を見すぎてもいけない。ただ、目の前のことだけに集中する。それだけで十分なんだ。