ナリタタイシンに対する強い幻覚   作:妄想投棄場

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燃えるような赤

 冬休みも終わり、帰省から帰ったナリタタイシンは休日の早朝に練習場でトレーニングをしていた。

 去年の教訓もあり、事前に時間外練習の申請している。咎められる心配がないという事実はいくらかタイシンの気持ちを楽にさせた。 

 

「もう少しで掴めそうなんだ」

 

 走り込みの後、クールダウンしながらタイシンはつぶやく。

 タイシンは帰省後、ビワハヤヒデとウイニングチケットなどと併走する機会が何度かあった。

 

 恐ろしい

 

 2人と走った時にタイシンが抱いた率直な感想だった。

 スピード、スタミナ、パワーすべてにおいてタイシンを上回っている。そして痛感するのは体格差だ。競り合えば押し負ける。前に居られては潜りこむのは難しい。

 併走でのタイシンの勝率は少なかった。だが、勝ちを掴むことは出来たのだ。

 

 クラシック級、それも皐月賞、日本ダービー、菊花賞のクラシック三冠で2人は間違いなくタイシンにとって最大の壁になる。

 併走ではあるが、彼女たちから奪い取ったこの勝ちはタイシンにとって大きな意味があった。

 勝った走りのことごとくはタイシンの長所を完全に活かすことができた走りだったのだ。

 

 最終コーナーで外側から大きく回り、影のように息を潜めて内側へと食い破っていく。タイシンの走りに競り合う必要などない。気づけば、他のウマ娘の視界に現れている。

 そんな走りができた時、タイシンは勝利を掴めていた。彼女の末脚はすべてにおいて上回っている2人に間違いなく刺さる牙だ。

 

 けれど、勝率が振るわないのは、決定的な基礎能力の不足だとタイシンは痛感していた。

 末脚を十全に発揮できるほどのスタミナ、末脚の伸びを支えるパワー、著しい成長を遂げている彼女たちに比べればタイシンのソレはお粗末だと言って差し支えなかった。

 

 タイシンのトレーナーはそれを見越してスタミナの補強、パワー、スピードの更なる成長のためのトレーニングを組んだ。

 そして、失敗した。

 タイシンはそのことを今も申し訳ないと思っている。自分の体がもう少しだけ丈夫であれば、もう少しだけ恵まれていれば。そして脳裏によぎる言葉。

『大きく産んであげられなくてごめんね』

 誰のせいでもない。だからこそ、タイシンは歯噛みをすることしかできなかった。

 

 いつだったか、どこかのトレーナーに言われたその体で勝ち上がるのは無謀だという言葉。タイシンは今になってその言葉の意味が分かる。年を重ねるごとに開く差がここまでだとは去年のタイシンは予想もついていなかった。

 彼か、彼女だったか覚えていないが、あのベテランのトレーナーは、その経験に違わぬ観察眼を持っていたということだ、とタイシンはそのアドバイスに対する評価を改めた。

 だからなんだ。

 無謀。無茶。勝てない。手足が細すぎる。そんな言葉聞き飽きた。いままで散々言われてきた。それこそ、この学園に入学する前から。

 そんな言葉で立ち止まっているならば、自分はここにいないとタイシンは思う。

 

 基礎能力の向上という戦略は期待が見込めない。ならば、レース上での戦術で盤上を覆すしかない。 

 末脚の伸びが足りない。ならば、最終コーナー以降でスタミナをすべてつぎ込み全身全霊で直線を駆けるしかない。

 そのためのスタミナが足りない。ならば、スタミナを消耗しない走り方をしなければいけない。

 

 中盤まで後方で待機しながら、ラストスパートにて全身全霊で駆ける。

 言葉にすれば簡単だ。しかし、それを実践で使うにはまだ何かが足りない。成功する確率が低すぎる。

 

「何かが足りないんだ」

 

 ピースが足りない。それなのに、そのピースのありかが見当たらない。

 なんどもはまりそうになっては、どこかに消えてしまうソレをナリタタイシンは必死に探す。けれど、今日もソレは見つからなかった。

 

 

 

――早朝の練習を終えてナリタタイシンは、駅前で待ち合わせをしていた。

 今日は、トレーナーと約束していた水族館に行く日だ。

 別に、変にはしゃぐ必要はないと彼女は思った。けれど、これは、最低限のマナーだと言い聞かせながら、広場の大きな鏡の前で、身なりを確認している。集合の30分ほど前に来ているのは、なんとなく落ち着かないから。

 BWの2人と出かける時と同じ格好。何もおかしくはない、はず。

 汗を拭うような仕草をしながら、自分の匂いを確認する。

 

 特におかしい匂いなんかもないはず。シャワーも浴びたし。別に特段何も感じていないし、ソワソワもしていない。

 タイシンは心の中で、見えない誰かに必死に言い訳をしていた。

 心の中で精一杯主張しても、どうもタイシンは落ち着かない。

 

「あの……ナリタタイシンさん、ですよね」

 

 いきなり声を掛けられ、タイシンの体はびくりと震える。

 鏡に映るのは、ナリタタイシンと同じくらいの背丈で燃えるような赤髪が特徴的な少女。

 まだ、寒さが続くこの時期だというのに短パンを履いているところに活発さが窺えた。

 タイシンは彼女に見覚えがあった。

 帰省していた夜、気晴らしに走っていた際、見かけた女の子だ。

 

『勝ちたい』

 一筋の涙を流しながら、思いつめたように発した彼女のその言葉が、タイシンにとってとても印象的だった。

 

「そうだけど」

 彼女の方に振り返り、タイシンがぶっきっらぼうに返答する。

 

「あの、ファンなんです!」

 

 目の前には一面、赤が広がっていた。パーソナルスペースなんておかまいなしな距離の詰め方。タイシンが驚いている間に、彼女は言葉を続ける。

 

 

「たまたまテレビを見ていたら、ホープフルステークスで一着を取っているナリタタイシンさんを見て感動したんです。あ、こんなにちびで細くても走って勝てるんだなって。でも、それは普通じゃなくて、ナリタタイシンさんだからできたことなんだって」

 

 ナリタタイシンは苛立つ気持ちを抑えるのに精一杯だった。

 恐らく、自分のファンなんだろうとは思う。あまり魅せるような走りをしてきたとは思わなかった自分を応援する人がいるとは思わず、ナリタタイシンにとってそれは意外だった。

 しかし、デリカシーや言葉遣い、TPOを置き去りにした目の前の少女の存在は、タイシンにとってストレス以外の何物でもなかった。

 

「ホントに凄いと思いました。……でも今年は勝つのは難しいですよね」

 

「は?」

 

 つい、苛立ちが抑えきれず声に出てしまう。こいつはファンを自称しているただの厄介な人間なのかもしれない。 

 

「だって、だって、私、最近レースのことを知った初心者ですけど、ナリタタイシンさんと同じ世代のウマ娘にビワハヤヒデさんとウイニングチケットさんっていうウマ娘がいるんですよ? 彼女たちはスピードもスタミナもパワーもその世代の中じゃ抜きん出てるって! クラシック級から本格的に頭角を現すんだって!……テレビで言ってました。そんなすごいウマ娘がいたらタイシンさんでも太刀打ちできる訳ないじゃないですか!」

 

 自分の周囲の人物は、神経を逆なでするような話し方しかできないような呪いにかかっているのかとタイシンは少し思ってしまった。

 ここまで突き抜けたバカだと、怒りを抱く方がそれこそバカらしい。

 少しだけ引っかかるのは、無理だと否定している真っ赤な少女の方が泣きそうな声で訴えていることだ。

 別にそれを慮る必要もないし、無視をした方がいいのだと思うが、タイシンも一度抱いたこの感情を吐き出す場所が欲しかった。

 

「ハヤヒデもチケットも相当強いよ。まともに戦ったらアタシじゃ絶対に太刀打ちできない。それはそう……だから、なに?」

 

「え?」

 

 赤髪の少女は信じられないといったような口ぶりで、言葉を発した。タイシンが実力差を認めたことに対してなのか、そんな事実がどうでもいいというような口ぶりに対してなのかはタイシンにはわからない。

 

「体格が違うから、身体能力が違うから私は勝てませんでした……なんて言うわけないでしょ。どんだけ圧倒的な差があったって、それが覆せないなんて言われたって、そんなのは他のヤツが決めた勝手じゃん。アタシの限界を他人が勝手に決めつけるな!」

 

 ここまで言う必要はない。でもタイシンはどうしてか、目の前の少女に言ってやらないと気が済まなかった。

 勝手に絶望して、無責任に助けを求めるようなそんな態度にむしゃくしゃしたんだとタイシンは思う。

 

「何を言われたって、アタシはこの脚で勝ってきた。これだけは他の誰にも負けない自分の武器だって信じてるから。そして、一番誰よりも持ってるのは勝ちたいって思い」

 

「勝ちたい……」

 

 彼女の言葉で一番腹が立っていたのはこの言葉だとタイシンは思っていた。目の前の少女が何者なのかは全く分からない。

 でも泣いてつぶやくほど勝ちに執着している。だというのに自分には勝てないという。

 なんということはない、少女はナリタタイシンというウマ娘に自己投影しているだけだ。

 ナリタタイシンを見ながら、彼女は彼女自身を否定している。今まで散々やられてきたその不快な感覚。それがタイシンにとって堪らなく許せなかった。

 

「勝ちたいって思う気持ちに他人なんか関係ないでしょ。勝ちたい。誰が相手だって絶対に勝つ。例え、針の穴に糸を通すような可能性だって諦めなきゃ絶対に勝てる。それだけを信じてアタシは出せる力をレースで出すだけ」 

 

「出来るわけないじゃん……そんなのできっこない! 身長っていうのは、絶対に覆すことができない神様がくれる不平等な贈り物なの」

 

 赤髪の少女の言葉からは絶望が滲んでいる。

 

「どれだけ頑張ったって、スクリーンを抜くのは難しいし、せっかく決めたシュートだってはじかれる! 誰だって、ゴールに叩きつけられるほどの強烈なシュートが決められるわけじゃない! 選ばれた人しかできないんだ!」

 

 堰を切ったように感情があふれ出ている。

 

「じゃあ、才能がないんだよ。辞めれば?」

 

 タイシンは思ったことをそのまま口にだす。

 

「なっ……そんなの!」

 

「出来るわけないんだろ。アンタは無理だって言いながら、ちっともそこから離れるなんて考えてもないじゃんか。勝ちたくて勝ちたくて堪らないんだよ」

 

 少女の悩みはタイシンにとって手に取るようにわかる。常に、突きつけられてきた宿命だ。呪ったって、苛立ったって、どうすることもできない運命。

 タイシンは自分の信念を伝える。それは自分自身に対する宣誓でもあった。

 

「自分で言ってんじゃん。絶対に覆すことができないって。ないものねだりしてるだけ時間の無駄。持ってる手札でどうにかするしかないんだよ。それは出来るできないじゃない。するしかないんだよ」

 

 運命という言葉はタイシンは大嫌いだ。他人が勝手に自分の進む道を決めているなんて虫唾が走る。今までの一生は自分で選んで自分で走ってきた道程だ。

 

 絶対に勝てない、なんて言うのは停滞した人間の言葉だ。自分の価値に目を瞑って、自分の勝ちの芽を摘むなんて本当に唾棄すべき事だ。

 

 塗炭の苦しみの中で血反吐を吐いてでも走りぬいて、自分の選手生命、一生そのものが終わってから自分のウマ娘生に価値をつければいい。その時に、運命だったんだなって笑えばいい。

 その道のりの中で、気安く運命なんて言葉で自分を縛るバカは大嫌いだ。

 だから、そのバカの言葉が胸の奥にしまいこんだ自分の中に響いてしまう自分自身もバカなんだとタイシンは思った。

 

「そ、そんなの出来るわけないだろ! バーカ! バカ! あほ! ちび!」

 

 赤髪の少女は涙ぐみながらあらん限りの罵倒をタイシンに向ける。その語彙の貧困さと、最後の言葉は少女自身にも刺さっているとタイシンは思ったが言わなかった。

 

「ナリタタイシン! 私はあなたのことがきらい! だいきらい! くじけそうになってもキラキラしてるお前なんかほんとうに気に食わない。むかつく!」

 

 玉のような涙をこぼしながら少女はタイシンに宣言する。

 

「皐月賞。絶対負けないでよ! 負けたら絶対にあなたのことをけちょんけちょんにしてやるんだから! がんばれ! 負けるな! 負けたらぜったい、ぜーったい許さないから!」

 

 そういって、赤髪の少女は嵐のように去っていった。

 

「あれは……なに?」

 

 泣きながら怒っている。だというのに、別にタイシンのことを嫌っているという風でもなかった。本当によくわからない。

 思わぬアクシデントで話しこんでいたと思いタイシンは、スマホを見る。集合時間までまで5分ある。早めに来てよかったのか、早めに来たからあんなことになったのかタイシンにはよくわからなかった。

 とりあえず、今ついたというメッセージをタイシンはトレーナーに送った。

 

「ああ、ごめんなさい!」

 

「こっちこそ、ごめんなさい! 前をよく見てなくて……お嬢ちゃん、ケガはない?」

 

「大丈夫です! というか、私は大人なので! 24なので!」

 

「え! 全然見えなかった! そのパーカーワンピース、ウチの中等部の後輩がよく着てたから」

 

「はあああ? これだからお子様は! 最近は、キッズ向けの服だってとてもおしゃれになってるんです。だから、低身長のレディーはキッズコーナーで買い物をすることもあるんですよ! 知らないんですか!?」

 

「あ、うん。そうなんだ。ごめんなさい? じゃあ、私用事があるから。ぶつかってごめんなさい」

 

「あ、こちらこそごめんなさい。……なんか、釈然としないや。とりあえず、私のことは大人として認識したようなので良しとしようかな」

 

 タイシンは、近くから聞こえた会話にひどく頭が痛くなった。

 バカVSバカ 

 脳裏に浮かんだのはそんなワード。タイシンは年を重ねたバカの方が語彙が多くなる分、面倒くささがますという教訓を得た。

 スマホに通知音が聞こえる。トレーナーも待ち合わせ場所近くに着いたという内容だった。

 偶然、たまたま、似たような人物の声が聞こえた可能性を信じていた。しかし、やはり先ほどのやり取りは赤髪の少女とトレーナーだったようだ。

 少し、辺りをみる。

 

「ああ、パーカーワンピースって、アレね」

 

 ひどく見覚えのある服装だった。年末も着ていたやつではと思うが、思い違いだと気づく。あれは色違いだ。

 まさかとタイシンは少し思うが、かぶりを振ってその考えを捨てる。

 肩まで伸ばした黒髪。黙っていれば、深窓の令嬢然とした物憂げな表情が印象的などこか理知的にも見える。

 すぐにスマホに目を落とし、にちゃっとした粘度の高いにやけ顔になる。もう、台無しというか、いつものトレーナーといった風だ。どこか安心する自分がいるとタイシンは思った。

 その後、周囲をキョロキョロとするトレーナーの様子をある程度観察してから、タイシンは声を掛けにいく。

 

「トレーナー、だよね?」

 

「タイシン!」

 

 大輪のように、ぱあと明るい笑顔を見せる。トレーナー。その表情はひどく幼さを強調させるものだ。だから、ついついタイシンは子供扱いしてしまう。

 思わぬアクシデントがあったが、これから水族館に向かうことになった。

 

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