一月の半ば、まだまだ冷え込みはとどまるところを知らない。
そんな寒さが続く時期にナリタタイシンとトレーナーは2人電車に乗っていた。
もちろん厚着ではあるが、その防御でさえ貫通してくる寒さに2人は辟易する。
座席の下から来る暖房が唯一の拠り所であった。
2人の目的は水族館に行くことだ。電車で10分ほどの距離にある。そこはタイシンにとってなじみ深い場所であった。
この近辺にはここの水族館ともう一つ大きな水族館がある。大体の客は大きな方に行き、今回行く場所はいつ行ってもほとんどガラガラであることが多い。
しかし、タイシンはその静かな空間が好きで最低でも月に一回は通っていた。
もちろん、年間パスも所有している。お得だから、というよりはこの場末の水族館を自分が買い支えないとという義務感の方が強い。
普段はランニングも兼ねて走っていくことも多いが、今回はトレーナーも一緒にいるためタイシンは久々に電車に乗ってた。10分程度だし、音楽でも聞いて過ごそうかと思っていると、トレーナーから声を掛けられる。
「えーと、ご趣味は?」
「いきなりどうしたの」
唐突な質問。それ今聞く必要あるのかと口から出そうになるのをタイシンは必死に抑える。
そもそも水族館に行くことになったのはもう少しお互いに話し合おうという彼女の提案からだ。
だというのに、今自分が突き放してしまうのは違うのかもしれないとタイシンは考えた。
彼女なりの相互理解のアプローチなのだろう。下手くそ過ぎてちょっと驚いたが。
「まあいいや……趣味は、アプリのゲームかな。あとは音楽とかよく聞いてる」
改めて自分のことを話すと、タイシンはくすぐったい気分になる。
そして、ふと思う。
トレーナーの好きなこととは何だろうか。
「へーそうなんだ。あ、そう言えば、年越しの時もアプリしてて靴が脱げっ……いひゃいひゃい!」
「そういうのは、思ってても言わないもんでしょ」
余計なことだけベラベラ喋る口にタイシンは灸をすえる。本当に彼女は変なところだけ記憶がいい。
「アタシは答えたんだから、次はアンタの番」
「いつつ……え、私も答える流れなの。これ」
つねられた頬を撫でながらトレーナーは驚いたように声を上げる。
今回の目的はなんだと言いたくなるのを抑えてタイシンは頷いた。
「えー? 私かあ、私ね。私は……」
トレーナーは、腕を組みながらうんうんと唸る。そこまで考えるほどのことかとタイシンは思うが、彼女の言葉を待つ。
そこまで、長い時間ではなかったと思うがここまで真剣に考えている時の彼女の表情はあまり見たことがなかったなとタイシンは思う。
「なんだろう!……わっかんないや!」
いらっ
トレーナーの表情はひどく気持ちのいい笑顔だった。
そう、タイシンが本気でひっぱたいてやろうかと手を掲げそうになるくらいには。
その手の意味に気づいたトレーナーは、タイシンを拒むように両手を前に出す。
「タイシン、落ち着いて。話せばわかる。話せばわかるから」
「……続けて」
彼女の必死の説得にタイシンは耳を傾けて続きを促した。
「何かに対してさ、熱中するほどやりたいって思うことが少なかったんだよね」
「中二の時に、突然そういうこと言いだす男子がいたの思い出したよ」
曰く、自分は偉人の転生体であるとか、右目が疼くとか、機関によって感情を失っただとか。毎日言うことが違うその男子は、いつしかオオカミ少年と弄られていた。
今になればなんとなく理由はわかる。自分は特別な存在だと思いたかったし、周りからもそう思われたかったんだろう。
「違うよ! 満月の時に石を窓際に置くとか、ちょっと夢見がちになった期間があったのは事実だけど、それよりもずっと前のことだから!」
あったのかと、あまり知りたくなかった事実にタイシンは少しだけ驚く。
「私も小学生の時とかは流行に敏感でね。クラスで流行ればすぐにコソコソっと練習してたの。で、いつ『一ノ瀬ちゃん、これできる?』ってやり取りがあっても大丈夫なようにしてたの」
タイシンは、頭を抱えたくてしょうがなかった。どうして彼女の行動は人付き合いが苦手な男子みたいなものばかりなのか。
「で、実際にそういう機会がなんどかあってね。どや顔で披露するの。そしたみーんなよそよそしくなって、すごいねって言ってクラスメートは離れていってた」
せっかく練習したのにね、と少し寂しげに語るトレーナーの顔は、タイシンが初めて見る表情だった。
「みんなが盛り上がってるところにいってさ、私も混ぜてって言うんだけど、何回かしたらその中で私だけが一番うまくなっちゃってさ。みーんな口々に言うの。『一ノ瀬ちゃんと遊ぶの楽しくないな』って」
どろりとした重たい感情が、トレーナーの言葉の端々からこぼれている。この感覚はタイシンには非常に覚えがあった。
トレーナーが、自分の本当の気持ちを言わないで黙っている時の掴めない感覚だ。
「私がみんなの輪に入るとつまらなくさせちゃうって、私が何かを好きになったら周りの人はとても迷惑なんだって、ずっとずーっと思ってた」
真逆だ。
トレーナーは特別だった。
それに気づかずに普通の中に混じりたかった。だから、異物として扱われ、避けられ排斥された。
タイシンは、トレーナーの話を聞くうちに抱いたよくわからない感情の扱いに困った。
この感情に一番近いものがあるとすれば、それは怒りだった。
そしてそれはトレーナーに向けたものではなかった。
「それは」
タイシンはトレーナーにかける言葉を探すが、見当たらない。
とりあえず、口に出そうとする。
すると電車は止まり、ドアが開く。
「いこっか、タイシン」
トレーナーは、笑顔でタイシンに手を差し出す。
彼女のどろりとした感情は引っ込んでしまい、いつもの能天気なトレーナーの顔になっていた。
今のタイシンにはそれが堪らなく不快だった。
でも、どうしてこんなに苛立ちを感じるのかタイシンにもよくわからなかった。
彼女の言われるがままに手を取り、2人は水族館へと向かった。
――館内はガラガラだった。もぬけの殻というわけではない。
ただ、館内の客は、タイシンの記憶に残るくらいのリピーターしかいなかったというだけだ。
しかし、タイシンにとってはこのくらい空いている方が都合がよかった。元々、この場所はなかなか狭い。あまり人が多いと窮屈で息が詰まってしまう。
静かな空間。誰も干渉しない距離感。運営側には悪いが、このぐらいの客数がタイシンにとっては一番心地よかった。
「うわあ、前に白毛さんといった時の水族館とは比べ物にならないや。30分くらいで1周できそう」
「いきなり喧嘩売ってくるじゃん」
開口一番に静寂を乱すバカにタイシンは驚きを隠せなかった。
というか、トレーナーから出てくる会話にあのバカがよく出てくるが、トレーナーはアイツ以外に友達はいないのだろうか。
タイシンがそう考えていると、トレーナーは自分の身を抱きながらタイシンに訴える。
「違うのタイシン! 私は別に白毛さんを特に気に入っているわけじゃないんだよ。ただあの子、私にしか連絡してこないから。可哀想だし一緒に行ってあげただけだから」
「とりあえず、見るならそこの大水槽からがいいと思うよ」
「私の話を聞いてよお。悪いところがあったら私直すから!」
「ああ、もうっ! 別になんも気にしてないって……駄々こねてないでいくよ」
「わーい! わーい!」
タイシンにとっていつにも増してベタベタと引っ付いてくるトレーナーは、鬱陶しいことこの上ない。
仕方なくタイシンは彼女のお遊びに付き合う。
少しでも付き合えば、トレーナーはすっと聞き分けよく離れる。その変わり身の速さに突っ込みたい気持ちをタイシンはぐっと堪えた
これは、大人の気を引くための駄々っ子なんだ。いちいち子どもの言動に目くじらを立ててたらキリがない。タイシンはそうやって自分に必死に言い聞かせた。
にしても今日はいつにも増して鬱陶しいな。そんなことを思ったが、タイシンはおくびにも出さなかった。
タイシンとトレーナーは大きな水槽の側まで近づき眺める。
「見てみて、タイシン! まぐろだよ。まぐろ」
「わかったから、もう少しだけ声を抑えてよ」
「あ、ごめん」
しょんぼり、という言葉がぴったりなほどわかりやすくトレーナーは落ち込んでいる。
落ち込んでいる。しかし、いつもとその毛色が少し違うとタイシンは思った。
そりゃ、静かな空間は好きだし、その場所を大声で乱すのは正直腹が立つ。だから注意もする。でもそれは、次に気を付ければいいかと流すくらいの言葉でしかない。
だというのに今のトレーナーは、大きな失敗をしたかのように落ち込んでいる。その様子に電車から降りる前に見たどろりとした感情を垣間見た。
再びいいようもない感情をタイシンは抱く。その感情を発散するようにタイシンはトレーナーに声をかける。
「好きなの?」
「え?」
「だから、まぐろ。好きなの? テンション上がってたけど」
「……うん!」
ぱあと明るい表情でトレーナーは肯定する。その様子をみてタイシンのよくわからない感情も薄れていく。
「どこが好きなの。聞かせてよ……大きい声は迷惑だからアタシに聞こえるくらいでいいから」
「もう、分かってるって」
タイシンの方を向きトレーナーは頬を膨らませる。すぐに表情を戻して水槽の方に向き直り、好きな理由を語り始めた。
「まぐろってね。泳ぎ続けないと死んじゃうんだよ」
トレーナーは水槽に体をくっつけて、ずっとまぐろの姿を追っている。
「でもさ、ずーっと泳ぎ続けてたら疲れちゃうでしょ? だから、夜になるとまぐろだって休むの。休むって言ったって立ち止まるんじゃなくて、速度を落とすだけなんだけどね」
不器用な生き物だよね、と言って微笑むトレーナーの表情はとても穏やかだった。
タイシンは思う。トレーナーって魚に興味あったんだとか、どうやって知ったんだろうか、とか。
でも、一番気になるのは、トレーナーの説明は好きな物事について語るというよりは最近しった知識を披露してるだけだろ、とタイシンは思って仕方がなかった。
「え、今の説明からまぐろが好きですって気持ちがあんまり伝わらなかったんだけど」
「なんでよ。好きなものについて深い知識を披露したじゃんか」
「深い知識というか、誰かの受け売りって感じがしたんだけど」
「え!? もしかしてタイシンも白毛さんからこの話聞いたことあるの……あっ」
トレーナーは慌てて口元を抑える。全てが手遅れではあったが。
タイシンが思わず口に出してしまった疑問で、トレーナーのぼろが大体露呈してしまった。たぶんそれはどうだっていい。好きであることとそれに対する知識の深さは全く別物として扱わなきゃいけないだろう。
それよりも、何かを好きになることを避けていたというトレーナーが何かを好きになった理由をタイシンは知りたかった。
「まあ、それはいいよ。あのバカからその話聞いて何でまぐろが好きになったの?」
「いや、私は白毛さんの影響ではなくて、私自身の意思で」
「いいから」
トレーナーのそれは何に対する言い訳かはタイシンにはわからなかった。
でも、ここできちんと聞いておかないとまた有耶無耶になってしまうだろうとタイシンは思った。だから、トレーナーの顔をじっと見つめる。
トレーナーは唇を震わせる。たぶん、何度も言葉を選んでいるんだろうなとタイシンは思った。
少しすると吐き出す言葉を決めたのか、一瞬だけ俯いた後、トレーナーはタイシンの方を向く。
「まぐろの生き方って似てるなって思ったから」
「なにに?」
「走らなきゃ死んじゃう。休むことは許されない。速度を緩めることはあっても立ち止まったら窒息しちゃう。走らなきゃ死ぬ、死と隣り合わせのその生き方。とっても似てると思ったから」
相変わらず要点の見えない答え方だ。
しかし、これは彼女なりの彼女自身の思考整理なんだろうとタイシンはこれまでの付き合いでなんとなくわかるようになってきた。だから、タイシンがすることは彼女の言葉を黙って聞くことだけ。
「私を救ってくれた。燻ぶっていた感情に火を灯してくれた。勝手に絶望して、色を見失った私の人生に色づかせてくれた。停滞していた私の手を引いてくれた。絶対に手放したくない私の大切な子に似てたから」
「……っ」
タイシンは思わず顔を逸らしてしまう。トレーナーも、その後は口を閉じる。
彼女がまぐろを好きだという理由はまぐろそのものではなく、まぐろのあり方が自分の好きなものに似ていると思ったから。そして彼女の口から出たその大切な子。
それはつまり……
勘違いなどしてはいけない。でもタイシンなりに彼女の言葉の意味するところを解釈すると自然と全身が熱くなるのを感じる。
少しでも排熱しようと、タイシンは自分の耳と尻尾を動かす。
「ぅわ」
黙っていたトレーナーがいきなり声を上げる。その声にびっくりして、タイシンは思わずのけぞる。しかし、タイシンはすぐに気づいた。
自分の尾が彼女にあたってしまっただけだと。
いきなり距離を取ったタイシンの姿を見て、トレーナーの表情は曇る。たぶん、迷惑だったかなとかそんな的外れなことを考えているのがタイシンにはすぐわかった。
弁解したいが、今のタイシンではなにか言うだけ無駄なのはすぐにわかった。だから、タイシンはこの雰囲気を変えるために強引にアプローチする。
「ほら、次いくよ」
「え?」
「だから、次の場所に案内してあげるから。早くして」
そう言って、タイシンはトレーナーに手を差し出す。しかし、彼女は何かを警戒しているのか中々手を取らない。
このままでは埒が明かないと思い、タイシンは強引に手を取り、ふれあいコーナーの方に向かう。
トレーナーの手は少しだけひんやりしていた。彼女の手が冷たいのか自分が熱くなっているのタイシンにはわからない。
「……あっついな」
「室温そこまで高くないと思うよ」
「うるっさい」
「ご、ごめんなさい」
「謝んないでいいから。むしろごめん!」
ああ、いつもと調子が狂ってしょうがない。
タイシンは自分の考えがまとまらなかった。別にトレーナーは悪くないし、むしろ悪いのは自分だと思うが不機嫌そうな謝罪で素直に謝れなかった。
変に気を使う、悪い意味での女子っぽいトレーナーはあまり好きではない。むしろ嫌いだとタイシンは思っていた。でも、そんな風に変に気を使わせてしまう自分の面倒くさい性格がタイシンは一番嫌いだった。
無駄に熱くなっている体と、ぼうとした頭をなんとかしたいという一心でタイシンはトレーナーの手を引きながら早歩きになっていった。
「楽しかったねぇ」
「それならよかった」
「やっぱり、生き物に触れるって面白いね」
タイシンとトレーナーはレストルームで腰かけていた。
タイシンがスマホを見ると時刻は昼頃を指している。そして、展示物は大体見終わった。
初めにふれあいコーナーに行き、ドクターフィッシュの水槽に足を入れてみたりとか、ヒトデなど磯辺の生き物に触れたりしていた。その後は、水辺に暮らす両生類や爬虫類の水槽を眺めた。
そういうニッチな水槽を見終わると、もうこの水族館で見るものはなくなってしまった。
それくらい小さな水族館なのだ。よっぽどの思い入れがなければ来る人は少ないというくらいには。
「そうだね……それでさ、どうする? もう、この水族館で見るものなくなっちゃったんだけどさ」
そう、正直な話。もうこの水族館でやることはない。それは今回の目的は達成されてしまったことを意味する。
タイシンとしても思うところがないわけではない。しかし、だからといって、何か考えがあるわけではない。となれば解散の流れになるのが自然だとタイシンは考えた。
チラリとトレーナーの顔をうかがう。床を見ながらちょっとだけ微笑んでいる。それは一抹の寂しさを抱えているようにも見えた。
「じゃあ、今日は解散しよっか」
トレーナーは重たい口を開いた。タイシンとしてもどうにも釈然としない。しかし、彼女の決定だ。否定する必要もタイシンにはなかった。
「わかった」
タイシンは短く告げた。そして水族館を出る。
駅まで少し歩き、電車の時間まで2人は静かに待っていた。
トレーナーはソワソワとしているようにもタイシンは見えた。
「タイシン、今日は楽しかった?」
「ん、悪くなかったよ。新鮮だった」
「タイシンも楽しんでくれたなら私も嬉しいよ」
「ん」
沈黙を避けるように口を開くトレーナー。
タイシンはスマホを見ながらそれに短く答える。
すぐに訪れる沈黙。
「また来ようね。水族館でもいいけど別の場所でも」
「あんまりうるさくないところの方がいいかな」
「そっか。考えてみるね」
電車の揺れる音がやけにうるさく感じる。
たぶん、行く時よりもこの場所が静かだからだとタイシンは思った。
昼すぎだ。行きよりも人は多いし、雑音も大きくなっている。
けれどタイシンとトレーナーの2人の席だけはやけに静かだった。
暖房が効いているはずなのに、先ほどまであんなに体は熱かったのに今のタイシンは底冷えするような寒さを感じずにはいられなかった。
その後も、トレーナーがぽつりと話をふってはタイシンが短く答えてすぐに沈黙が訪れる。そんなやり取りが何度か繰り返していると、いつの間にか最初の集合場所の駅に着いていた。
電車から降りる時、2人とも言葉はなかった。
「じゃあ、ここでいい?」
「うん」
具体的なことは言わない。しかし、タイシンが暗に解散をにおわせると、トレーナーは了承した。
「今日は、本当にありがとうね」
トレーナーは笑いながら、タイシンに向かって胸の前で小さく手を振る。あどけない笑顔。だというのに、ひどく寂しそうな表情にタイシンは歯噛みしたくなるのを必死に抑える。
「ん」
タイシンは軽く手を挙げてトレーナーに答えて、その場から離れた。
タイシンはその場から離れようとした。しかし、足が動かない。背中は重くて暖かい。
「ごめん、ごめんね。タイシン。やっぱり私まだタイシンと……一緒にいたいよぉ」
背中から縋るような泣きそうな声が聞こえてきた。
「じゃあ、最初からいいなって……ばか」
あんなに露骨な態度を取られたら誰だってわかるに決まっている。
しかし、タイシンは素直じゃないトレーナーに少し苛立ってしまったのだ。
まだ居たいなら最初からそう言ってくれれば、タイシンだってそれを無下にするつもりはなかった。
でも、トレーナーはずっと考えていたのだろう。タイシンの気持ちを尊重したいだとか、自分の都合に合わせるのは迷惑なんじゃないのかだとか。
本当に呆れるほど彼女はバカだ。
タイシンがもし本当にそう思っていたなら、今日の約束だってしない。そもそも彼女のスカウトだって受けはしない。そんな背景を全部無視してトレーナーはタイシンに嫌われるかもしれないという不安を抱いていた。
普段は恐ろしいほど自分勝手なトレーナーのふいに見せる自己肯定感の低さ。いつだってタイシンはそれに振り回されてきた。だから、今回くらいはこれぐらい底意地が悪くても自分は悪くないとタイシンは一人で言い訳していた。
「なんかあるんでしょ。気になることとか、不安なこととか」
「……わかるの?」
「言っとくけど、アンタそれ隠せてるとおもってんなら相当バカだよ……はたから見たらまるわかりだから」
「そ、そんな……そうなんだ」
小声で驚くトレーナーにタイシンは呆れを隠せない。
いつものようなふざけた態度はなりを潜めて、ひどく弱気なトレーナーの面が色濃く表れている。
今日は帰るのが遅くなりそうだという確信をタイシンは抱く。彼女と話すというもそうだ。
迷惑。厄介。鬱陶しい。
でも、全く嫌ではない自分がいることをタイシンはそろそろ認めないといけないと思っていた。
面倒くさいトレーナーだ。でも、彼女を受け入れている自分もかなりの面倒くさいウマ娘なのだと、嫌でも認めざるを得ない。
「帰りたくないっていうんだったら、これからどうする?」
まだ抱き着いたままのトレーナーに尋ねる。
トレーナーが何かをいうよりも先に答えたものがいた。
くぅ~~
「ご飯が食べたいってことね。わかった」
「ち、違うもん! 今のは、安心して体が脱力しただけだから」
なんだ、その言い訳は。ツッコみたい気持ちを抑えてタイシンはトレーナーの方を向く。
「そーそ。脱力しただけだもんね……じゃあアタシ、近くに行きたいお店あるからさ。一緒についていってくんない?」
そういってタイシンはトレーナーに手を差し出す。
「ふ、ふぅーん、いいよ。付き合ってあげる」
まあ、納得してくれたようだ。あのままお子様扱いしてギャーギャー騒がれなくてよかったとタイシンは安堵した。
行先は、すでに決まっている。電車の中でずっと調べていたから。
本当に素直じゃない。トレーナーも自分自身も。
タイシンは自分たちの関係をそう考えながら、トレーナーの手を引く。
今日はパスタの気分だ。しずかな個室があるレストランを目指してタイシン達は歩き始めた。