ナリタタイシンに対する強い幻覚   作:妄想投棄場

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今さらですが独自解釈が多分に含まれています。


伏龍

 サイレンススズカがナリタタイシンのコーチをすることに私が同意して二週間ほど経った。

 一番の寒さはなくなり、新芽が少しずつ顔を見せ始めている。

 

「日に日に顔から生気が無くなってるけどタイシン大丈夫?」

 

 ミーティングルームにて、私はタイシンに声をかける。

 青い瞳を伏せ、栗色の耳を垂れ下げて机に突っ伏している彼女には疲労困憊という言葉がぴったりだった。

 

「大丈夫じゃないけど大丈夫」

 

「うん、それは大丈夫じゃないよね。休んだ方がいいよ。絶対にケガするって」

 

「あー、たぶんそれはないと思う」

 

 タイシンは伏せていた体を起こした後に、首に手をあてながら言葉をつづけた。

 

「マジでよくわからないんだけど、スズカさんってアタシの調子がいいときも悪いときも関係なく途中で練習をストップさせることがあるんだよね」

 

「へー」

 

 何か意図があるんだろうか。でもあのスズカが走らせるのを止めるなんて意外、というか普通に信じられないや。

 私がトレーナーになる前くらいに二村さんの練習風景見せてもらった時、二村さんが私を紹介しようとスズカの練習中断させたらゴミを見るような目で二村さんのこと睨んでたんだもん。私もちょっとないちゃった。

 

「調子が悪いときはそのまま少し休憩とったんだけど、体が暖まってきたところで途中で止められたときは、アタシも流石に我慢できなくてそのまま続けようとしたの」

 

「うん」

 

「そしたら、思いのほか足が動かなくて、すぐに休憩を取ったよ。……たぶん、スズカさんの言うこと無視して練習続けてたら故障してたんだと思う」

 

「うそでしょ……」

 

 もしそれが本当なら私たちが喉から手が出るほど欲しいものじゃんか。

 タイシンは彼女自身もそのことを受け入れきれてないのか、釈然としない様子で私に質問を投げかけてきた。

 

「熟練者とかトップレベルのウマ娘とかトレーナーはやっぱりそういうのわかるもんなの」

 

「わかるんだったら、どれほどのウマ娘とトレーナーが涙を飲まずに済んだか数えきれないよ!!」

 

「……だよね」

 

 タイシンは万が一の可能性を考えて私に聞いてきた様子だったが、私は全力で否定した。

 もしそんなのがあったら、私とタイシンの失敗はとんだ茶番に成り下がってしまう。それだけは私も認めることは出来ない。

 

「スズカは、どうやってそういうの見抜いてたの」

 

 そんなものがあるとするならば、私たちにとっては垂涎の的だ。

 身近にそれに辿りつく糸口があるというのなら私はぜひ知りたいと思い、タイシンに尋ねた。

 

「気持ちよくなさそうなんだって」

 

「ん?」

 

 何を言ってるんだ。その気持ちが顔に出ていたようで、タイシンは少し顔を赤くしながら、語気を荒くして言葉を続ける。

 

「だから、アタシの走ってる姿が気持ちよくなさそうな時に止めるとか言ってた! なんだよ、気持ちよくなさそうな時って。アタシが聞きたいくらいだよ。止められた時の共通点なんか全然わかんないし」

 

 タイシンは堰を切ったように感情をあふれ出させる。

 今までなんとなくスルーしてきたオカルトじみた現象を彼女なりに理解しようとしたせいか、ひどく取り乱していた。今までの常識をひっくり返されたような叫びは痛々しい。

 私はタイシンにひどく同情してしまった。あんな走ること以外何も考えていないスズカの思考などタイシンには一生理解できないだろうから。もちろん私もあの子の考えていることは一つもわからないけれど。

 

「でも、あの人の言うタイミングで練習をしたり中断したりするとどんなにキツいメニューでも全くケガしないんだよ。なにあれ、ホントに意味わかんない」

 

「それがサイレンススズカなんだよ。今のウマ娘の頂点の一角に立つレジェンド」

 

 意味が分からない。そのタイシンの気持ちは痛いほどわかる。

 私たちは、上手くいくか失敗するかよくわからない中で必死に練習を続けている。そして、結果が出終わった後に初めて自分たちの行いが成功か失敗かを初めて判断できると言えるだろう。

 でも、スズカは違うのだ、やる前から結果がなんとなくわかるという。それは効率という面において勝るものはない、歯噛みしたいくらいにはうらやましいものだ。

 走るために生まれてきた彼女に三女神は二物も与えたのだろう。けれど、同時に思う。

 スズカはいつだって、どこだって先頭の景色を見続けたいと語っていた。

 レースの際に気持ちよく走れなさそうだとわかってしまったら? 

 いつだって先頭を走りたいと思っているスズカにとってその懸念がつきまとってしまうソレは本当に祝福なんだろうか。

 

「本当に腹が立つ。あの人はアタシにはないものばかり持ってる」

 

 思わず、思考の海に潜っていた私の意識はタイシンの声で引き揚げられた。スズカに対してここまで苛立ちを見せるタイシンに驚いたからだ。

 タイシンが誰かの才能を僻んでそれを口に出すなんて今までなかった。ないものねだりするなど時間の無駄だと考えているとと思っていたから。

 

「一番腹が立つのはあの人にはそんなの必要なくてむしろ枷になってるっていうこと。なんだよそれ、本当にイラつく」

 

「タイシン……」

 

 やっぱり、私の考えは間違ってはなかったんだ。タイシンは本当に素直じゃない。

 彼女が本当に腹が立っているのはスズカ自身ではなくて彼女の境遇なんだろう。

 

「アナタは本当に優しいのね。タイシン」

 

 タイシンは、不意の言葉にびくりと体を震わす。

 私の言葉を代弁するようにスズカがタイシンに対して言葉を放っていた。

 先ほどまで私たちだけのはずのミーティングルームに、スズカは気づけばそこにいたのだ。しかし、私はそれ以上にスズカの姿に驚いてしまった。

 

「ハッ、優しいって何?アタシはスズカさんに腹が立つって……は?」

 

「こんにちは、一ノ瀬ちゃん。今日もタイシンを借りるわね」

 

「あ、うん……はい」

 

 タイシンは憎まれ口を叩こうとしたがそれは途中で止まる。

 

「タイシン、今日はアニマルビデオを見ましょう。犬とライオンとチーターどれがいい?」

 

「いや、アタシに必要なのはもっと技術的なこと! ていうより、スズカさんその恰好は……なに?」

 

 流石にタイシンもスルー出来なかったようだ。

 スズカは、側頭から伸びた耳にイヤホンを付けており、首から数珠つなぎになった色んな単語帳が下げられている。まさに受験生と言った風貌であった。

 

「ああ、ごめんなさい。エアグルーヴの勉強会から抜け出してきたせいでこんな格好になってしまったわ」

 

「一応トレーナーとしての観点から言わせてもらうと勉強に戻った方がいいと思うんだけれど」

 

「いえ、大丈夫よ。机の上で勉強することの無意味さをエアグルーヴに丁寧に伝えたら両手で顔を覆って、これだけは身に付けろと渡してきたの。私の説得にひどく共感してくれた様子だったわ」

 

 あの面倒見のいい女帝でさえも匙を投げるほどとは、やはりレジェンドは格が違うのだと私は思い知らされた。

 一番に恐ろしいのはスズカはエアグルーヴを説得して共感を得たと本気で思っているところだ。スズカと私たちでは見えている世界が完全に違うのだと痛感させられる。ああ、頂点ていうのは、本当に雲のように遠い存在なんだね。

 

「そっか~。じゃあ、タイシン練習頑張ってきてね」

 

 理解することを放棄した私は、自分でも驚くほど穏やかな表情でタイシンを見送る。

 

「トレーナー、アンタ裏切ったな!? 許さない! 絶対に許さないから!」

 

 軽々と言った風でスズカに持ち上げられたタイシンは、彼女の肩の上から私を非難してくる。

 ごめんね、タイシン。指導力の足りないダメなトレーナーで。

 許してくれなくてもいい。ただ、私はアナタが成長していることを願っているから。 

 我慢しても目頭はちょっぴりと熱くなってしまう。ポケットから取り出したハンカチで目元を拭いながら、必死に声をかける。

 

「タイシーン!」

 

 ミーティングルームから出て少しずつ遠くなっていく、ハンカチをひらひらとさせながら彼女に声をかける。

 

「アナタは絶対にもっと立派に走れるから! そのことを忘れないで!!」

 

 獅子は我が子を千尋に叩き落とすという。彼女だって、私だけでなく様々な人物との関わりの中でより深く豊かに成長していくことになるのだろう。

 それを思えば、彼女は一度私からずっと距離を取ってみるというのもありなんだと思う。 

 ……うん。決して、スズカを説得するのが面倒だとか、タイシンが本気で軽蔑してみてくる視線が痛いとかそんな安っぽい理由ではない。絶対に。

 

「スズカがタイシンを信じているのは間違いないから」

 

 スズカが走っているウマ娘に好感を持つことはあるが、個に対して興味を見せるというのはあまり少ない。それこそ、他人を指導するなんて言うのはたぶん、初めてだと思う。

 スズカはタイシンに何かを見出したのは間違いない。どれだけ時間がかかってもスズカはタイシンに見出した何かを引き出すのだろう。

 私としてはタイシンはスズカを見習ってもっと自分に正直になって欲しい。そうしたら、タイシンを縛っているモヤモヤもちょっとは気にならなくなるだろうから。

 

「頑張ってね。タイシン」

 

 

 彼女たちの姿が見えなくなったあたりで、私は見送るのを止めてミーティングルームに戻ろうとすると、なにかにぶつかった。

 

「いて」

 

 目を開けると、そこには滂沱を流す見知ったウマ娘の顔があったのだ。

 

「かんどうじだあ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”」

 

「ええ」

 

 ショートカットの黒鹿毛、右の頬の絆創膏がひときわ目を引く。

 

「う、ウイニングチケット……どうしてここに、ていうかいったん落ち着こうよ」

 

「うぅ……トレーナーさんもタイシンも二人は離れても信頼しあっているんだねぇぇ」

 

 先ほどまでのやり取りを見ていたようで、ウイニングチケットは感動しているようだった。

 信じて送り出したというよりは、悪魔に売り払ったという方が適切……いや、そんなことはない!

 私はタイシンを思って送り出したんだ。

 自分にそう言い聞かせながら、私はウイニングチケットの気を逸らして宥めるように専念する。

 

「ねえ、ウイニングチケット。タイシンに会いに来たんだったら、スズカさんを追いかけた方がいいかも。私も行先はよくわかってないから」

 

「ううん、大丈夫! 今日はタイシンじゃなくてタイシンのトレーナーさんに会いに来たんだ」

 

「私に?」

 

 表情豊かな彼女はすぐに泣き止み、笑顔で私に話しかけてきた様子だった。

 ともすれば情緒不安定気味でもあるんだけどね。

 

「私ね、今度の聖蹄祭の展示でダービー展覧会っていうのをやりたいの」

 

 聖蹄祭とは秋に行われる保護者やウマ娘のファンに対する感謝祭。

 春に行われる感謝祭と違い、文化系に特化しているのが特徴でいわゆる普通の学校の文化祭みたいなもの。

 

「それで、トレーナーさんは結構色んなウマ娘のことを研究してるってタイシンから聞いたからさ、ちょっと手伝ってほしいんだ!」

 

「なるほど?」

 

 とりあえず、彼女をミーティングルームに招き、座りながら話を聞くことにした。 

 ダービー展覧会ってなんなんだろうかと思っていると顔に出ていたのかウイニングチケットは説明してくれた。

 

「ダービーに挑んだ先輩たちの勇姿を纏めて発表するんだ。ダービーは一生に一度しか挑むことが出来なくてそこには数えきれないほどのドラマがあるの。ダービーを走りぬいた人たちの情熱を、興奮をアタシはみんなに知ってもらいたいんだ!!」

 

 日本ダービーはクラシック三冠の一つに上げられるレースだ。数多のレースの中で最も栄誉のあるレースの一つであることには間違いない。

 しかし、ウイニングチケットはどうやら、ダービーに対して非常に特別な思い入れがあるようだった。

 

「ウイニングチケットにとって日本ダービーはすごく大切なものなんだね」

 

「ダービーはアタシの夢だからさ!」

 

 いつの間にか彼女のスイッチを押してしまったようで早口でウイニングチケットはまくし立ててくる。

 

「私が初めて見たレースがダービーだったの。一番人気だったウマ娘は途中からどんどん抜かれちゃってた。でも、どれだけ追い抜かされてもその人の勝ちたいって気持ちは一つも消えることはなくて、むしろドンドン燃えていってた。最後の最後の最後までぜーったいに諦めなかったの!!」

 

 私に語る彼女の目は眩しいくらいにとても輝いている。

 

「それを見てからダービーって言うのがどれだけすごいのかわかったし、みんなが憧れて欲しくてたまらない一番のレースだと思ったんだ。だから、私にとってダービーは絶対にあきらめきれない夢!」

 

 ギリと音が聞こえるくらいに両手を握りしめている。

 

「アタシはダービーで絶対に勝ちたい。勝てなかったら、たぶんアタシは一生、ううん、死んでも後悔すると思う。だから、勝てるんならアタシは死んだっていい。ダービーを抱いて死ねるならアタシは本望だから……それくらいアタシにとってダービーは大切で、アタシが目指す頂点なんだ」

 

 今までのニコニコとした表情や涙もろい彼女の姿はない。眼光鋭く鬼気迫る様子に私は身震いしてしまう。温厚な彼女だが瞳の奥にはひどく攻撃的で凶暴な闘志を秘めている。

 いわば、彼女は伏龍だ。今はじっと耐えて、天まで昇るための力を蓄えている。

 その一端を垣間見たというのに私の口は勝手に動いてしまう。

 

「ダービーを取るのはタイシンだよ」

 

 私の気持ちとは裏腹に体が勝手に龍の逆鱗に触れてしまう。

 ぎろりとこちらを見ただけだというのに、背中から冷や汗がとめどなく流れる。

 

「タイシンもハヤヒデもすごく強いよ。実際に走るまでは誰が勝つかはわかんない。でも、それでもアタシは勝つ。それがアタシが走る理由でずーっと憧れてきた夢だから」

 

 ウイニングチケットは笑いながらそう宣言する。その笑顔は穏やかなものではなくて、ひどく好戦的な獣性を伴った笑みであった。

 思わず息をすることさえ忘れてしまい、返す言葉を私は紡ぐことができなかった。 

 

「って、そーじゃなかったぁぁぁ! アタシはトレーナーさんにダービーのことを聞きに来たんだったぁぁぁ!!」

 

 頭を抑えながら、大声で叫ぶ彼女からは先ほどの闘志が霧散し、いつもの穏やかな雰囲気を顔を見せてくる。

 そういえば、最初はそんな話だったっけ。

 ずいぶんと脱線をしてしまって最初に何を話してたか、あんまり思い出せないや。

 

「ところで、私に何を聞きたかったのかな?」

 

「そう! トレーナーさんに聞きたかったのはダービーのドラマについてなんだ!」

 

「ドラマ?」

 

「うん、一生に一度しかないダービーにみーんなかける思いはそれぞれだけど、絶対に勝ちたいって気持ちはホンモノでしょ? だから、どんな思いで挑んで、勝った後はどんな気分だったかを知ってるかなって思ったんだ」

 

 なるほど、ダービーに出場したウマ娘のドキュメンタリー的な要素を入れたいということか。それは確かに面白そうだと私も思う。

 

「そういうのって、ウイニングチケットのトレーナーさんに先に聞いた方がいいんじゃないのかな」

 

 本当に最初から今まで抱いていた違和感はこれだった。どうして私なのだろうか。

 正直、見たことあるのスズカとルドルフぐらいだし、その子たち別に担当というわけでもないし。私の中では頼るのはまず自分のトレーナーなんじゃないかとずっと思っていた。

 

「う……うぅ……」

 

「あっ」

 

 一瞬、あっけにとられた表情をしたウイニングチケットだったが、段々と目頭に涙が溜まっていき、もう爆発寸前といった様子であった。

 

「そうだよね! 色々事情があるよね!! うん、いいよ! 私で良ければ話を聞くから! まず落ち着こうか!」

 

「トレーナーさん”ん”ん”ありがとぉ”ぉ”ぉ”ぉ”ぉ”」

 

 必死に宥めたがダメでした。

 彼女が泣き止むまで5分ほどかかっちゃった。

 

「最初にウイニングチケットのトレーナーさんを頼ったけど断られちゃったってこと?」

 

「うん。私含めたウマ娘達の今後のレースに向けて調整しなきゃいけないのに、今から秋のイベントの準備をしてる暇はないって言われたんだ」

 

「うーん」

 

 まごうことのない正論で私はウイニングチケットにかける言葉が見つからなかった。

 まあ、トレーナーは基本的にオールシーズン多忙ではあるがクラシック級のウマ娘を担当しているトレーナーであればなおのことこの時期は非常に重要であることは間違いない。

 

「他のトレーナーさんも何人かに断られちゃって、ハヤヒデとタイシンに相談したの。そしたらタイシンから、タイシンのトレーナーさんに聞いたらって言われて今日来たんだ」

 

「あれれ、私もクラシック級のウマ娘の担当なんだけどなあ」

 

 あ、そっかあ。今、指導するウマ娘が一人もいないんだった。

 全く理由はわからないけれど、私の心は泣いちゃいそうだ。

 

「トレーナーさんは、スズカさんやルドルフ会長とよく話すんでしょ? だから、ダービーのこととか詳しく知りたいなと思って!」

 

 二村さんの担当ウマ娘だから、面識があるというだけで私はよく話すわけではない。

 1人はちょっと意思疎通に問題があるというか、あまり会話のキャッチボールができないし、もう一人は現在国交断絶中だしな……あれ? 今日私ダメージ負いすぎじゃないか。

 

「タイシンのトレーナーさん。すごく顔色悪いけど大丈夫?」

 

「大丈夫だよ、ちょっと心の傷が痛んだだけだから……それは置いといて、私もできる範囲で協力するよ」

 

 私がどれほど役に立つかはわからないけれど、ダービーに対してこれほど真剣に考えているウイニングチケットの力になりたいと思ったのだ。

 この子もタイシンと似ている。勝ちたくて勝ちたくてたまらなくて、夢中で走るだけで他の人を魅了してしまうウマ娘だ。彼女の思いを聞いただけで私はウイニングチケットというウマ娘が好きになってしまった。

 気が多いとタイシンに怒られてしまうかもしれないが、レースとは関係ない部分なら私はウイニングチケットを支えてあげたかった。

 

「ありがとぉぉぉ」

 

「まずは何が聞きたいかな」

 

 また泣き出してしまいそうな彼女に先んじて話題を振ると、すぐに泣き止みウイニングチケットは思案していた。

 少しばかりすると、彼女は目を輝かせながら私に聞いてきた。

 

「タイシンのトレーナーさんにとってサイレンススズカというウマ娘はどんなウマ娘なの?」

 

「スズカか……」

 

 メディアへの露出が少なく、ミステリアスな雰囲気が漂っている彼女は、他のウマ娘から様々な噂を立てられやすい。だからこそ、ウイニングチケットもその実態を知りたいのだろうと思った。

 私は少し言葉にするのをためらってしまう。もしかしたら、ウイニングチケットの夢をぶち壊してしまうんじゃないんだろうか。

 でも、時に真実を伝えなければいけない。残酷でも、目を背けたくなるものだとしても、その結果は返ることは出来ないのだから。 

 

「私からみたスズカはね」

 

 

 

 

――「ほんっとうに意味が分かんない!」

 

 ナリタタイシンは、サイレンススズカに吠えていた。

 タイシンはスズカの実力を認めている。しかし、彼女の行動の意図が全く理解できない上になんの説明もないのだ。

 たとえ、結果的にプラスになるとしても先の見えない行動をするというのはタイシンにとって精神的に苦痛であった。

 

「昨日まで、走り込みばっかりやってたのに急にビデオを見るってなに?」

 

「ごめんなさい。ビデオじゃなくてDVDよね」

 

「ああ、もう。そういうことじゃないんだよ! 最初はなんで走り込みばっかとか思ってた。でも、なんとなくアタシも掴めそうなものがあったから黙って続けてた。でもいきなりDVD鑑賞をしなきゃいけないのかって聞いてんの」

 

 タイシンはスズカから納得のいく返事がくるとは露にもおもっていない。しかし、言わなければ自分が納得できなかった。

 タイシンが納得できないことは他にもある。彼女たちが今いる場所だ。

 トレセン学園から離れて近くの建物に連れられたと思ったら、シアタールームに改造したリビングに座っている。スズカの所有している部屋とは思わない。タイシンからみたスズカはこんな凝ったものなど作る気がないからだ。

 とすれば、誰かから借りたのだろうが気安く貸してくれる人にタイシンは心当たりがなかった。

 

「そうね」

 

 スズカは顎に指をあてて少し思案した後にタイシンの質問に答える。

 

「理由はいくつかあるわ。一つ目は今の練習ではタイシンに必要なスキルが身につかないから……体力を温存した走り方のコツはあなたは掴んだはずよ。今の練習を続けてもスタミナの底上げをするだけだし、残りの期間でやったとしても大幅な向上は見られないから」

 

 二つ指を立ててスズカは言葉を続ける。

 

「二つ目はあなたの観察力と学習能力の高さを考えれば私が口で説明するよりも効率よく学べるから……正直、初日に私の後ろをついているだけであなたはおおよその動きを理解していた。昨日まではその精度を上げるようにしていただけ」

 

 次にスズカは三つ目の指を立てる。

 

「三つ目は、あなたが身に付けなければいけないスキルを両方発揮しているウマ娘はいないわ。でもあなたは二つを同時に使っているところを学習した方がたぶん、役に立つと思ったから……それを体現しているのは野生の動物の仕草が一番だと私は思うの」

 

「なんだよ、それ」

 

 タイシンは納得がいかなかった。スズカがタイシンに対して納得のいく説明をしてきたのだ。

 今まではスズカの言葉を必死に解釈してタイシンは自身を納得させてきた。けれど、彼女はそんなことしなくてもしっかり論理的に説明してきた。

 すとんと、腑に落ちると同時にタイシンは今までスズカがあえてやらなかったことが分かり、ひどく腹が立ってしまったのだ。

 

「まだ分からなかったかしら」

 

「いや、すごく分かった。今までで一番納得できた……ただ、今までそんなに詳しく説明してくれたことなかったよね」

 

 きわめて平静を保ちながらタイシンがスズカに尋ねる。

 またスズカは少し思案したのちに、簡潔に答える。

 

「聞かれなかったし、私が説明する必要はないと考えたからよ」

 

「~~~~~っっ」

 

 当然といった風に答えたとんでもない告白にタイシンは言葉も出せずに必死に奥歯を噛みしめることしかできなかった。

 

「さて、質問は答えたから本題に入るわね……さっきはいくつかの候補を出したけど私の独断でライオンさんのDVDを見ることにするわ」

 

 色々言いたいことはあったが、タイシンはもう指摘する気力を根こそぎそがれていた。

 

「……どうしてライオンなのかは教えてくれるの?」

 

「ライオンさんは瞬発力が強い生き物よ。じっと機会を伺って確実に仕留める姿はあなたの姿に似ていると思ったから」

 

「やっぱりまだ納得できないというか……体の動かし方とか全然違うし。本当に参考になるのかな」

 

 スズカに対しての言葉というよりはタイシンの独り言であったが、その言葉にスズカから答えが返ってきた。

 

「むしろ、直感的に理解するという意味なら人間の陸上選手やウマ娘の動きを見るよりかは自然に理解できると思うわ」

 

「どういうこと」

 

「一般に人間とウマ娘は別の種族と言われているわ。これは祖先が違うから」

 

 それは小学校の頃に習う程度の一般常識であった。

 

「そして、私たちの祖先というかもとになった生き物は恐らく、四足で生活していたと私は思ってる。長い耳は遠くにから敵を見つけるため。尻尾はコミュニケーションをとるため。人と比べてより長く早く走れるのはやってくる敵から逃げるため……私たちの元の生き物は恐らく、捕食者から逃げるように生活していたと思う」

 

 タイシンはいきなり、饒舌に語りだすスズカに驚くと同時に疑問を抱いていた。どうして、ここまで具体的なイメージをできているのか。まるで見てきたかのように語るスズカのタイシンは違和感を抱いていた。

 

「でも、私たちの脚や腕は野生の動物に比べれば長く走るには不向きな細さ。どちらかというとこの体は速く走るために進化したような……ごめんなさい、必要のないことをしゃべってしまって」 

 

「別に」

 

 聞きたいことはかなりある。しかし、どうせスズカは答えてはくれないだろうとタイシンは半ばあきらめていた。

 

「結局、野生動物の方が動きは直感的に理解しやすいってコトでしょ……わかったからとりあえず、見せてよ」

 

「ええ、話がそれてしまってごめんなさいね。今準備するわ」

 

 そういって、スズカは準備をするがすぐにキョロキョロとあたりを見渡している。

 

「どうしたの」

 

「おかしいわね、カバンがないわ」

 

「いや、ミーティングルームに来た時から持ってなかったでしょ……え? ここに用意してたんじゃないの」

 

「そうね……この部屋にあらかじめおいておけば、忘れる心配はなかったわね」

 

「もしかして……スズカさん」

 

「タイシン、待っていて頂戴。すぐに取りに行ってくるから」

 

 その言葉を言い終えるやいなや、スズカは颯爽と部屋から出ていく。

 

「はあああああ?」

 

 タイシンは、間の抜けた声を出して彼女を見送ることしか出来なかった。 

 

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