ゲートは開いた。
逃げに出たウマ娘を追いすがるように集団を形成する。
作戦だとか、仕掛けるタイミングだとか、どこを走っているだとか、私にはどうでも良かった。
今日の天気は雲一つない晴天だ。
わずかに草木が揺れるほどの風が私の頬を撫でる。
気持ちが昂っている時に、いつも鼻につくせいで、芝を踏みしめるたびに私の感情の熱は増していく。
ただ、目に映るのは一つだけだった。
向こう正面に入る。
引き絞るような高い声が聞こえた気がした。
空を見なくても分かる。鷹が飛んでいるだけだ。
そして、段々と高度を上げている。上を見上げて機を図るように、下を見下ろして流れを読むように、鷹は狙っているのだ。
獲物を捕らえるその瞬間を。
その貪欲さと狡猾さに、思わず口角があがる。そうでなければ困るのだから。
全てが順調だ。何にだって負けることはない。その高揚感と全能感は久しく感じないものだった。
たぶん、あの日の夜以来だ。
幼い頃、泣き虫でいつも姉にひっついていた私が変わった瞬間。
どんなものよりも美しくて、悔しくて泣いてしまった夜。
夏の暑い夜。じっとりと汗ばむ中、姉の力を借りながら完成させた夏休みの自由研究。
小さい手作りの望遠鏡。
汗でしぼくれた不格好なものでも、何かを成せたことが嬉しかった。
『上手に出来たなブライアン』
その言葉と、頭を撫でてくれる掌がなにより心地良かったことを鮮明に覚えている。
『今日は空を見上げるのには最高の日だな』
姉は、薄く微笑みながら、赤縁の眼鏡の奥に隠しきれない興奮の炎を宿していた。
満ちて欠けるのを一周するのが28日だからひと月というのだと教えてくれた。
そして、その日は月が満ちて欠けることのない日だった。
小さな望遠鏡で覗きこんだ先にあったのは、
『おねえちゃんがいる』
『私は月ではないぞ』
満月を初めて見た時、心から出た一言だった。
笑いながら頭を撫でてくれる姉に何も言えず、されるがままだった。
そ最中でも私は、月にも負けないくらいの美しく欠けることのない、二つの金色をじっと見つめていた。
満月を見た後、明かりを消して床についても、その美しさを思い出すばかりで眠ることが出来なかった。
傍で寝かしつけてくれた姉の方が先に寝てしまうほどに夢中になっていた。
姉を起こさないように、そっと布団から抜け出して、窓の縁にくっついてカーテンを開ける。
やっぱり、美しかった。その感情が溢れだして頬を伝い落ちる。
無理だと分かっていても、手を伸ばさずにはいられなかった。
手を突き出して、空を薙いだ。
どうにか欠片でも落ちてこないかと、子どもながらに縋っていた。欠けることもないのに。
やっぱり、無理だった。その落胆が胸の内に膨らみ吐息が漏れる。
月にはどうやっても触れられない。
当然ではあるけれど最ももどかしい事実。
向こうからやってもこない。ならば、自分から行くしかない。
無邪気に願ってしまった。不意に口からでた、その言葉。
『おねえちゃんみたいになりたい』
思えば、私の渇きはそれだ。
その日の夜の出来事だった。
月に魅せられた私は、泣いてしまうほどの美しさを手にしたくて、気づけば感情を捧げてしまった。
その結果得たのは強靭な体と獣性。それはわが身を焦がし常に、飢え渇いてしまう。
本当に、苦痛でしょうがなかった。走るたびに渇きが広がり、走った後の虚無に晒されるこの体に苛立ちもした。
でも、それも今日で終わる。
やっと、月に手が届くのだから。
だと言うのに、
『ねえ、私に教えてくれないかな。ブライアン』
どうしてだ。
『人もウマ娘も案外ドライだ。焦がれていたはずなのに、手に入った瞬間にすっかり興味が失せてしまうことなんてザラだ』
どうしてこんなに体が重たくてしょうがないんだ。
『君にとってビワハヤヒデはどういう存在かな』
やらなければならないいけないことは分かる。どうすれば触れられるかなんて、何百回と考えたことだ。
そのための体も、舞台も全部整った。今日だけだ。今日を逃せば、この渇きは一生癒えることはない。確信めいたものだって感じる。
だっていうのに。
どうして私はこんなに触れたくないんだ。
ふと、顔を上げる
風が変わった、空を舞う鷹が嘶いた。
それは、高度を上げ獲物をとらえる合図だ。獲物を狙い、高度を上げる存在。
それは上空だけでなく目の前にもいた。
第三コーナーに向けて少しずつ前に向かう姉の姿だけを捉える。
機を窺っている姉の背中。間もなく絶好のチャンスが来ると本能的に感じ取れる。
無意識のうちに生じてしまう一瞬の隙。
今までずっと、眺め続けていた私にとって、それを読み取るのは取るに足らないことだった。
だから、早く。追いつかないといけない、のに。
足が上手く動かない。リズムを取り戻そうと意識すればするほどに呼吸が乱れる。
苛立ってしょうがない。また遠ざかっていく。夢が、憧れが、あの日から続く果てしない渇きを満たす機会が。
言うことを聞かない体を必死に動かしながら、視線だけは逸らさない。
止んでいた嘶きがもう一度ターフに響く。
姉だけを見ていた私の意識に無理やり割り込んできたその声に気を取られた。すぐにそれを後悔する。
眼前にあった姿がずっと前に進んでいた。獲物を狙うように集団の中にある細い道筋を辿るようにスパートをかけている。
必死になってその背中を追うが、その距離は縮まらない。
それどころか引き離されていた。体にもやがかかったような感覚に陥る。へばりつくような白い影ではなく、暗くどこまでも停滞するような黒い影に足を取られていた。
思わず身が竦んでしまう。
どうしたって、影を振り払うことなど出来ないのだと、理性が警鐘を鳴らしていた。
この気味の悪さは身に覚えがある。昔からそうだった。
思い出した。
そうだ、私はこの影に心当たりがある。姉と競いあった時、それは囁いて来たんだ。
姉の力を借りなくても一人で全てをこなせるようになったある日。その時に影は囁いていた。
学校の帰り道、姉と下校していた際、何気ないやり取りの中で出てきた提案。
『模擬レースをしよう』
その日は私の調子が良かった。その日ならば姉の背に追いつけそうだと確信していた。
けれど、結果として姉の背には追いつけなかった。
追いつけなかった、ただそれだけのことなのに、その記憶を忘れていた。
どうしてなのか、そう考える前に影が囁いた。
『もうこれで終わっちゃうよ?』
『おねえちゃんには何度挑んでも勝てないんだよね』
『おねえちゃんが私よりも弱いわけがない』
「っっっっ!!!」
足に縋りつく黒い影から言葉が聞こえてきた。その幼い声音を聞くたびに気力が削がれ、力が抜けていく。
その声は私の中で反響しつづけて、それだけしか聞こえなくなる。それが全ての事実であるかのように思えて仕方ない。必死に頭を振って足を前に進めようとする。
けれど、その影が怖くて仕方ない。足は強張っているせいでうまく動けない。黙れと、言いたくても喉から音を押し出せない。
追いつこうとして追いつけなかった幼い頃の思い出。どうして忘れていたのか、今わかった。
黒い影に足を取られた私の心にへばりつくような影が囁く。
『君にとってビワハヤヒデはどういう存在かな』
狂ったように心臓が脈を打つ。その激しさに息をすることも忘れ、窒息しそうになる。
『彼女が負けたら君が考えているビワハヤヒデの定義からビワハヤヒデはいられなくなってしまう。違うかい?』
白毛からかけられた言葉に対して必要以上に心が乱れていた理由が分かった。
姉の、ビワハヤヒデの強さを誰よりも分かっていたのは私だった。
そして、彼女が、ビワハヤヒデが完全無欠ではなくて、ただの一人のウマ娘であることも私は分かっていた。分かっていたんだ。
姉は、ビワハヤヒデはレースで負ける時もある。幼い頃、夜道で不安な私の手を引いてくれた姉の声が涙ぐんでいたのを覚えている。悔しさと歯がゆい思いを抱えながら練習に打ち込むビワハヤヒデの姿をずっと見ていた。ずっと。
私は分かっていた。姉がいつも負けないわけではないことを。そして、私はあの時の模擬レースで本当は姉に勝てる実力があった、ということを。
今だってそうだ。
重たい足取りに加えて前が詰まっている。それでも、今、全力を出せたならギリギリ間に合うだろう。けれど、それ以上に。
『おねえちゃんに勝ったらなにがしたいの?』
『追いついちゃったらついていく人がいないよ?』
『ひとりぼっちは暗くて怖いね』
私は私の影の言葉を言い返せない。歯を食いしばってもそれ以上は何も出来ない。
姉を越えるために今まで積み重ねてきた。それ以外のことは気にも留めていなかった。 叶わないと分かっていたから願った結果、感情を捧げて渇きを得た。
じゃあ、それが達成されてしまったら私には何が残るんだ。
進むべき道もやるべきことも分からず、暗闇の中で一人彷徨うのひどく怖い。いっそ癒えることのない渇きに焦がされている方が楽なようにも思える。
だから、しょうがないのだ、と。
心の内に、芽生えた感情に流されてしまい足を止めてしまう。このまま立ち止まった方が楽なんだろう。
絶え間ない思考の海から意識を上げる。
もう第四コーナーに差し掛かっている姉の姿があった。
——ああ、届かないのか私は
わずかな悔しさと大きな安堵が胸に宿る。やはり姉には勝てないのだと、自分を慰めることになるだろう。
そしてまた、姉を越えるために練習を重ねていく。それでいい。そうしたい。
『私たちは、泣き虫だ』
また、胸のうちで白い影が囁いた。
『私はそれでも君と一緒にURAファイナルズを、チャンピオンを目指したいんだ。私のために、そして君のその渇きを満たしてあげたい』
止めろ、止めろ、止めろ、止めろ。
へばりつくような白い影はちっとも心から消えてはくれない。
その言葉を受け入れるのはひどく苦しい。知らないんだ。
今まで生きてきた中で感情の起伏なんてほとんどなかった。だから、苦しい。
言葉にできない。
苦しい。大きすぎる、自分のなかで恐ろしいほどに膨らんでいく。
苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。
早く、早く、早く、早く。
「ああああああああああああああああっ」
このとめどない渇きを早く、どうにかしてくれ。
◇
「第四コーナーの後、最後の直線を走り抜く。それだけの単純な話だった」
レース終了後の控室。私は自分の考えを整理するようにトレーナーに、あの時の様子を語っていた。
「向こう正面から第三コーナーに入るまでの間に概ねリズムを整えていた。第三コーナーを抜けた時先頭集団のペースと、レース運びの観察、既存のデータとの照らし合わせた結果、概ねスタミナ管理には狂いがなく、スパートの時間とタイミングは自分の中でもこれ以上ないほどベストなものだった。そして、最後の直線を油断なく走り切るだけ」
本当にそれだけだった。今思い出しても不足していた点なんて一つもなかったと私は自負している。
「だからこそあれは予想外、いや、常識の外側で起こった事故のようなものだったのだろうと思っている」
あの瞬間は何が起こったのか分からなかった。しかし、振り返ってみれば笑うしかない。
「ずっとブライアンのことは警戒していた。第三コーナーからの加速は目を見張るものだというトレーナーの忠告も、しっかりと頭に入れていたんだ。だが、それでも」
その続きを話そうとするとレーナーに抱きしめられ話が止まる。会話を中断しようとしたが、続けるように小声で促された。
「第三コーナーから、ずっとラストスパートをかけ続けるなんて常軌を逸しているだろう。……技術や立ち回りなどを無視したただのフィジカルでしかなかったよ、あれは」
一番近くで見ていた我が妹だからこそ、そんなことはないと思い込んでしまっていた。そこまでフィジカルの差があるとは思っていなかった。
その思い込みさえなければ適切に対処できていたのだと思う。結局のところ私が甘かったのだ。
後方との差を広げるためにスパートをかけていると、影が迫ってきていた。鋭く突き刺すように伸びる足はナリタタイシンを思わせるようだった。
そして、その影はゴール板を踏む前にこちら側を振り向いた。
一着を取っているはずなのに、大事なものを失くしたような泣きそうな表情が印象的だった。
その顔は小さい頃にみたブライアンの表情に似ていた。
「ハヤヒデちゃん」
「どうかしたのかトレーナー」
トレーナーの言葉で意識をそちらに戻す。彼女は私の胸の中でゆっくりと言葉を吐き出した。
「今、どんな気分?」
正直に言えば難しい。この感情をどう言い表せばいいのかは分からない。しかし、一つだけ明確に言葉に出来るものがあった。
「ほっとしているよ」
「ほっとする……よかったってこと?」
「ああ」
私はブライアンにとって越えるべき壁だった。自分からそうあろうとした。しかし、蓋を開けてみれば彼女はもう私を超えていた。そして、軽々と私よりもその先に行ってしまった。
今まで自分の中にあった義務や責任の一つから解放されたような、そんな安堵が私の中で満ちていた。
「私は、もう越えられる側ではなく、今度からはチャレンジャーとして挑むことになるんだ。それは今までよりずっと心持は軽いさ」
「そっか」
トレーナーは私の言葉に短く返すと黙ってしまった。
しかし、抱きしめる力は少し強まる。
「アタシはね」
また言葉が途切れる。
「アタシ、は、……アタシはくやじがっだっっ」
嗚咽と共にトレーナーは声を震わせながら言葉を絞り出していた。
深呼吸をして、彼女はゆっくりと言葉を紡いでいく。
「いままで、アタシは本気とか出したことなかった。言われたことだけやればなんとかなってたから」
彼女のパーソナルな部分を本人が話すのははじめてかもしれない。
「適当に好きなことだけしてればいいやって、そう思ってた。けど、ハヤヒデちゃんと出会ってからはちょっと変わったんだよ」
「そう、なのか」
「ハヤヒデちゃんは何に対しても本気だった。簡単なことも楽できそうなことも自分が出来る力、全部使ってやってた」
「そうだろうか」
私は、器用ではない。ただ目の前にあることをこなしていただけだった。私からすればトレーナーのように立ち回るほうが効率的だとさえ思うことはある。
「最初は頑張ってるなーぐらいだったんだけど、ちょっとずつ変わった」
「ああ」
「本気でやった方が本気でやった分嬉しいし、悔しい。面白いし、しんどい……全部ほどほどにやって中途半端にするヤツよりもよっぽど人生が充実してそうだった」
人それぞれなんじゃないだろうか、とは言えない雰囲気だったので黙って続きを待つ。
「嬉しそうなハヤヒデちゃんも、悔しい癖にそれを認めたくなくて言い訳たらたらなハヤヒデちゃんも見てきた。それはとっても素敵だった。本当に真剣に向き合ってきたから出てきた言葉と表情なんだなって分かった」
「……」
「でも、アタシは今日まで本気で勝つために何もしてこなかった。ハヤヒデちゃんに言われた通りにやることはやるだけでそれ以外はなんにも」
なんと言葉にすればいいか分からなかった。トレーナーはそう言うが私は彼女が最高の仕事をしてくれたとは思っている。適当にやるとは言ったが、彼女が手を抜い仕事などは一切なかった。
「それが、悔しいっっ」
心がざわついてしょうがない。
「ハヤヒデちゃんは強いのに、勝てるのに、それを証明するためのことをアタシは何もしてこなかった。自分の担当しているウマ娘にかける言葉も説得力もなんにも持ってないのが悔しいっっ」
私が至らないばかりにトレーナーにそんな思いをさせてしまった。その事実が心を重くさせる。ざわつく思いを落ち着かせながらなんとか言葉を出す。
「トレーナー、私はそこまで気にしてなど」
「だって一番悔しいのはハヤヒデちゃんじゃん!!!」
その言葉に心臓が激しく脈打つ。
「越えるべき壁? 誰かのため? それも走る理由の一つだとは思うけど、ハヤヒデちゃんは勝ちたいから走ってるんでしょ? じゃあ悔しいよ。負けたんだから悔しい。涙が止まらないぐらい悔しくてたまらない!!!」
取り繕っていた感情を見透かされたような心地で落ち着かない。
「……でも、そんな悔しさを吐き出させるほど、アタシはあなたに何かをしてあげらんなかった」
心がざわつく。でもそれ以上に彼女の感情が痛いほど理解できてしまう。
「アタシはそんな情けない自分が恥ずかしくて、悔しい」
相手のことを深く思いやっている。だからこそ何も出来ない自分が蚊帳の外にいるようでもどかしくて、悔しい。それは、私はブライアンに抱くものと似たような気がした。そして、その気持ちがなによりも嬉しいと思ったんだ。
「トレーナー」
「……だから、約束するよ」
ぐしゃぐしゃになった顔をあげて彼女は私に向かって宣言した。
「私があなたの隣で支えるから。ビワハヤヒデっていうウマ娘は世界で一番強いんだって、証明してあげる。来年は優勝しよう」
赤く腫れた目元にぐしゃぐしゃになったメイク。それでも、彼女の見せた笑顔はとても美しかった。
だから、今日だけは許してほしい。
「……本当は」
彼女の胸にしがみつく。こんな表情は見られたくない。恥ずかしくて死にそうだ。
...
「本当は悔しかった」
「うん」
「勝てると、思ったんだ」
「うん」
「今日で自分に決着がつけられると思ったんだ。私はブライアンの姉ではなくてビワハヤヒデだと」
「ごめんね」
「……勝ちたいよ」
「勝つよ、次は絶対」
こんなダメな私を認めて欲しい。甘えさせて欲しいんだ。
◇.
扉越しでも廊下から恐ろしいほどの速さでこちらに向かってくる足音が聞こえる。
そして、ドアを開く音と共に彼女は私の方に近づいてきた。
「やあ、ブライアン。準決勝も無事に勝ちすす「ずっと、側にいろ。どこにも行くな」
ブライアンは言葉を遮りながら、私の体を抱きしめる。
労わるのとは違う。お気に入りの人形を失くさないように抱きしめるような過剰な防衛心。
今回のレースはやはり彼女には相当応えたようだった。
落ち着けるように、腕を彼女の背に回す。
少し冷静になったのか、彼女はポツリポツリと言葉を零し出す。
「本当は気づいていた。私は姉貴に勝てるんだと」
「そうだね」
「姉貴は姉貴だ。負けても姉貴なことには変わらない」
「君もその答えに辿り着けたようでよかったよ」
「けど……だけどっっ」
ブライアンは言葉を詰まらせ、苦しいほどに抱き寄せたまま私に吐き出す。
「姉を越えるだけを考えて生きていたんだ。それ以外は全部捨ててきた。けど、その姉を越える目標も終わってしまった」
力はともかく、その言葉と態度は信じられないほどに弱弱しいものだった。
「私には、もう、なにもないんだ。お前以外、なにも」
「そっか」
ゆっくりと深呼吸しながら言葉を取捨選択しようとするが、息がしづらい。苦しくてたまらない。
「お前だけは、私の側を離れないでくれ」
「私は」
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
「私はナリタタイシンとお姉さんを倒すためにURAファイナルズに出場しているんだ」
苦しい、苦しい、苦しい、苦しい。
「君なら優勝できるって信じている。君が勝てるかぎりは君のそばにいるよ」
痛い、苦しい、痛い、苦しい、痛い、苦しい。
「勝つ、勝ってやる。お前の欲しいものなら全部やるから」
そんなものは、
「私のそばから離れるな」
いらないなんて言えないけれど。
「期待しているよ」
ここで欲しいものを上げても、誰も幸せにならない。だから、なにがあっても側にいてあげる。
卑怯な私を憎んでくれていいから。
なんとか終わらせたいです。