明後日は待ちに待ったナリタタイシンのメイクデビュー。
私は、ナリタタイシンのトレーナーとして万全の準備を整えるため、学園の外まで買い出しに行っていた。
「裁縫セットなんて見るの久しぶりだなー。小学校以来じゃん。あのドラゴンのやつ」
トレセン学園周辺にたたずむ小さな手芸店で、私は裁縫セットを眺めていた。
私だってみんなみたいにかわいい裁縫道具が欲しかった。けど、ごねたところでおさがりの裁縫セットは花柄にはならなかった。ちょっぴり悲しい思い出。
今回、裁縫道具を見に来た理由はナリタタイシンのプライドを守るためだ。
先日メイクデビューに向けて勝負服が届いた。しかし、それは惨い形を成していた。なんと勝負服のジーンズの左足の部分はビリビリに切り裂かれており、右足側に至っては布がない。ホットパンツと形容するのが適切だ。
今、返品したところで、当日に届く保証もないため、こうして自力で補正を……うん、できたらいいな。まあ、左側だけならアップリケとかで最悪何とかなるはず。
初心者におススメと書かれたPOPが貼ってあるコーナーから適当に一つ見繕い、手早く会計を済ませて、私は急いで学園に戻ろうとする。
前もろくに見ずに駆け出してしまったせいか、誰かと肩がぶつかってしまう。
「す、すいません」
「こっちこそ、ごめんね。お嬢ちゃんケガはない?」
ペコペコと平謝りを続けていると、女性は目線を合わせるように屈み、私の顔を覗き込んでくる。
目に入るのは、綺麗な白毛。頭頂からピンと縦に伸びた長い耳。学生のようだが制服はトレセン学園指定の物じゃない。ウチの近くの学園の制服だ、
「大丈夫です。私こう見えても成人なので」
「そっか……年下扱いしてごめんなさい。じゃあ、お姉さん。人通りが多いし、またぶつかるかもしれないから途中まで送らせて」
はい、と言って私に手を差し出してくる。
あ、これは信じてないな。
半目で見つめ、少し手を取るのを躊躇っていると、ガシッとから手を掴まれる。
「どこまで行く?」
「え。あ。あ、トレセン……学園です」
「わかった。じゃあいこっか」
「あ、はい……お願いします……」
彼女の強引な提案に驚き、思わず受け入れてしまう。
人通りの多い場所を抜けて、だいぶトレセン学園の近くまで歩いてきていた。
「そろそろ、手を離しても大丈夫ですよ」
「ダメダメ。こういう場所こそ離したら危ないんだから」
何度か手が離れた機会はあった。けれどそれは車道側に彼女が移るためのわずかな間のみで、私はずっと子供扱いをされていたのだ。
「お姉さんはトレセン学園に通ってるの?……トレーナー養成コースみたいな?」
「生徒じゃないですよ、職員です。担当もいますから」
「そっかそっかー、そういう夢を持って通ってるんだね」
「あの……」
「私もね、去年トレセン学園の入試受けて、一応合格もらってたんだ。……でも結局、やめて他の滑り止めの所に変えちゃった」
「どうして……」
トレセン学園は、ウマ娘たちの頂点を目指すためのスタートラインとも言える。しかし、そのスタートラインに立てるのもほんの一握りでしかない。スタートラインに立つ資格を持っていたのに自分から放棄した。
私はそのことを疑問に感じてしまっていた。
「お姉さんももっと素敵な大人になるとわかるんだけどね。ある程度走り続けるとさ、『いつか』を信じられなくなって『もしも』が怖くなるんだよ」
「それは……どういうことですか」
自分の白毛を弄りながら、自嘲気味に笑う彼女に私は続けて尋ねる。
「白毛のウマ娘ってね、勝てないってジンクスがあるんだよ」
「白毛のウマ娘は他の毛色の娘に比べて圧倒的に数が少ないから……」
「そ。未来のトレーナーお姉さんはよく勉強してるね」
「現在進行形です」
少しだけ彼女の纏う雰囲気が変わった気がした。
続く言葉を紡ごうと、彼女が口を開くと、甘い匂いが香ってくる。あんこっぽい。
「あ、たい焼きのにおい。公園の中で売ってるみたいだし。ちょっと休もうか」
ぐいぐいくる彼女の提案に拒否できず、あれよあれよとたい焼きを手に持ち、私たちはベンチに腰かけていた。
「せめて、私の分の代金だけでも受け取ってください」
小銭を握りしめて彼女につきだす。
「いやいや、お姉さん。元はと言えば私が肩をぶつけてしまったのが原因だからね。そのお詫びってことで、どうぞそのお気持ちはそっと懐にしまっておいてくださいよ」
大仰な言い方でうやむやにして彼女はたい焼きをほおばった。
「うん、やっぱりここのたい焼きはおいしいね」
「よく食べてたんですか」
「そうそ、練習帰りとかで友達と一緒に食べてたんだ。……今は走ってないから、おなかが減らないし自分から食べなくなったけどね」
あっけらかんと笑う白毛の彼女。改めて見ると、すらっとして背が高い。しかし、ウマ娘にしては背に対して手足が細すぎて、人間のモデルのような美しさを持っている。
「昔はたい焼きに限らずいっぱい食べてたな~。監督が言うんだよ。体のでかさはどれだけ食えるかで決まるんだ、ってね。……で、友達とたくさん食べてた。あの子は食が細かったからな~。すぐに限界がきて、死んだ目をしながら吐くギリギリまで毎日食べてたわ」
「それはかなりしんどいですね」
「ねぇ? それで他の子がドンドンゴツくなっても、私もあの子も細いまんまでさ。周りからは『えー、そんなに食べても太らないなんて羨ましい』とか言われてね。いやいや、私たちが羨ましいのそっちだよって。どうせ理解されない悩みなんだろうけどさ」
一瞬だけ表情が曇ったような気がした。でも、ぱっと笑顔になって私の方を向く。
「ま、でもそんなこと言ってる周りの子は、私とあの子に一度も勝てなかったんだけどね!……いや、ほんと。あの悔しそうな顔見れるなら細いまんまでもいいかなって思ったくらいだし」
「急に性格の悪い部分が現れて、驚きを隠せないんですけど」
「いやいや、お姉さん。それはしょうがないですって。普段のあの子たちってさ、裏で陰口ばっか叩いてたもん。『白毛のウマ娘なんて、どうせ勝てないのに』とか『あんな細い手足で走れるわけないじゃん』とかさ。いや、お前ら休憩中に仲間内でそんなこと言うぐらいならフォームの確認ぐらいすればって思うわけじゃん?」
ん?なにか引っかかる、というか聞いたことがあるような。
「白毛だからってさ、手足が細いからってさ、お前は勝てないぞって言い続けられたんけどね。でも、だからメラメラ燃えちゃってさ。必死に練習してレースで初めて1着取った時はすっごい嬉しかったなあ。レースに走って勝てば、ムカつくヤツら、馬鹿にしてきた連中、全員見返してやれるんだよ? それでドンドンのめり込んでさトゥインクル・シリーズにだって出てやるなんて思ったわけですよ。今にして見れば、天狗になってただけなんだけどね」
シニカルにほほ笑む彼女。似ても似つかないはずなのに、その表情から、語り口から、栗毛で吸い込まれそうなほどの青い瞳をした彼女の影を見出してしまった。
「ナリタ……タイシン?」
その瞬間に、彼女はハッとした表情を見せるが、すぐに目を細めて口を三日月に歪ませる。
「へぇ、お姉さんその子知ってるんだ。じゃあ、あながちトレーナーってのも出任せじゃないかも」
「あながちじゃないし!! その子の担当トレーナーですから!」
「……諦めてなかったんだ。可哀想な子」
「え、なんて?」
彼女が小さく、何かつぶやく。
「別になんでもないよ……もう、メイクデビューは済んだくらい?」
「明後日です。最後の直線で彼女は、ナリタタイシンは全員をぶち抜いて、ウィナーズ・サークルの上で、今まで馬鹿にしてきたやつをざまあみろって全員見返してやるんです!!!」
胸を張って大きく宣言する私の言葉を聞き、白毛のウマ娘はクツクツと喉を鳴らして笑う。
「何かおかしいんですか! タイシンの走りは誰にも負けない。最終3ハロンの彼女の走りは誰にも敵わない。そして、ターフの上の一番見晴らしのいい場所で彼女は笑うんです!」
「いや、こんな場所で大声で叫ばないでよ。……そんなに言って負けたら私の立つ瀬がないじゃん」
「タイシン!」
「練習場にも来ないし、部屋の方にもいないみたいだったから、辺りを見てみたんだけど。……あと3日しかないっていうのに何やってんの」
「いや、これには海よりも深い理由があってね」
よく見慣れた、そして今の話題の中心人物が私の目の前に現れる。
ジト目でトレーナーにあるまじき体たらくを詰めてくるタイシン。正論過ぎて私は言葉に詰まってしまう。
「や、久しぶり。タイシン……トレーナーさんと仲良くやってるみたいじゃん」
白毛の彼女は、振り返りタイシンの方を見やる。
「……ッッ!?」
「タイシン、大丈夫?」
白毛の彼女を見た瞬間、一気に青ざめるタイシンに驚きすぐに駆け寄る。
「なにしてんの?」
「お姉さんと肩がぶつかっちゃったから、お詫びとしてたい焼き食べながらデートしてたよ」
「あっそ……」
余裕そうな白毛の彼女と対照的にタイシンの顔色は悪くなっていき、呼吸も荒くなる。
「最近、全然話聞かなかったから心配してたよ。まだ、走ってたんだ」
「アンタには関係ないでしょ」
「それもそっか……タイシン明後日メイクデビューなんでしょ? コンディション整えないといけないと思うから、私もう帰るね」
「……」
2人だけの独特な空間が広がり、まるで発言を許されないような圧さえ感じる。
「お姉さん連絡先交換しようよ。これ私のQRコードだから」
「え? あ、は、はい」
「登録完了~。今度は違う場所でデートしようね?」
彼女は先ほどまでの重苦しい雰囲気をぶち壊して連絡先を聞いてくる。そのテンションの乱高下に対応できず、私の友達に彼女が追加された。
「私も見に行くから、メイクデビュー」
「……勝手にすれば?」
「そうする!……そういえばさ、タイシン。その制服似合ってないね」
からっとした声色。ニコニコと微笑みながら彼女はナリタタイシンに吐き捨てる。
タイシンは、蛇に睨まれたカエルのように動けないでいた。それをみて満足したのか、彼女は帰路についた
「……ちょっと、あなた」
すっと、心が冷えていくのがわかる。超えてはいけない一線を越えた。
ああ、これは敵だ。そう思った瞬間に、ナリタタイシンに腕を引かれる。掴むその手は震えを抑えきれていないようだった。
「いいから!」
「でも!」
「お願い……だから」
ずるいよ、その表情は。そんな泣きそうな顔で見られたら、私だって引くしかないじゃないか。
けど、1個だけ言わないといけないことがある。
「白毛のウマ娘さん」
「どうかしましたか、お姉さん?」
「たい焼き、ありがとうございました」
「どういたしまして!」
「メイクデビュー。タイシンは勝つから……その時は代金を受け取ってください」
「お好きにどーぞ」
「タイシン、行こう!!!」
「ちょ、ちょっと」
私はベンチに置いていた裁縫セットを手に取る。もう片方の手でタイシンの手を握り、早歩きでトレセン学園に帰っていった。