ナリタタイシンに対する強い幻覚   作:妄想投棄場

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ちらつく存在

 メイクデビュー後のある日の昼。

 私は自室にて寝込んでいた。

 

「夜更かししたら、風邪ひいて寝込むってマジウケるんですけど」

 

「二村さん、お見舞いになんか来ずに、担当ウマ娘のサポートをすべきでは」

 

 私は、ぼーっとした頭で、リンゴをむいている短髪の男性に声をかける。

 二村雄二。私の同僚で、6つ年上の男性トレーナー。優秀だがほぼ仕事をしないことで有名で、たづなさんをブチ切れさせた回数で言えば私と競うほどの猛者。

 

「スズカは好きに走ってる。皇帝は勝手にやってる。いやー、手のかからないウマ娘ってのはいいっスね」

 

 こうやって、手のかかるチビッ子の面倒みる余裕ができるし、と言って、器用にウサギの形をしたリンゴを剥く。

 

「もう、私も大人なんですけど。そろそろ、そういう扱いは止めてください」

 

「じゃあ、いらない?」 

 

「……いじわる」

 

「ガキは黙って施しを受けなって」

 

 そういって、私の口にリンゴを放り込む。おいしい。

 

「で、どうなの」

 

「何がですか」

 

「担当ウマ娘ちゃんだよ。……ナリタタイシンって言ったっけ?」

 

「ばっちり。あの子は勝てます。勝ちます」

 

「そうとう吹かすねえ。後で恥かいても知らないよ」

 

「うるさい……もう、そろそろ世代交代の時間。二村さんに引導渡すから」

 

 そう言った瞬間、空気が変わる。

 

「24にもなって、担当が一人もできなかった雑魚が粋がるなよ。トゥインクル・シリーズはそこまで甘くねえぞ」

 

「自分のやり方が一番。自分の思考が一番だと勘違いしている30歳はイタすぎ。アナタの結論は模範解答の一つなだけ。最上ではあるけれど絶対じゃない」

 

「優しい兄貴分からの選別だ。その高くなった鼻っ柱を一回粉々にしてやるよ」

 

 二村さんが拳を振りあげる。思わず目を閉じてしまう。

 

「そこまでにしときなよ」

 

 拳は何も衝撃が来ない。目を開けると見知った顔がその拳を止めていた。

 

「タイシン!」

 

「いだだだだ、すんません。すんません。悪ふざけが過ぎました!ほんとは叩くつもりじゃなかったんです」

 

 その言葉でタイシンが二村さんの拳から手を離す。

 

「お前の担当手荒すぎ」

 

「あいたっ」

 

 そう言って、ぱちんと額をたたかれる。その後、じんわりと冷たさを感じる。熱を冷ます冷却シートのようだった。

 

「まあ、仲良くやってるようで安心したよ。新しいベビーシッターさんが来てくれたから、退散するっスかね」

 

「ベビーシッターじゃないし」

 

 ぽつりと、タイシンがつぶやく。その言葉を聞こえたのかどうかわからないが、二村さんは身支度をする。

 

「ナリタタイシンっていったっけ」

 

「何?」

 

「そこのガキが見いだしたんだ。メイクデビューなんてわけねえよ。お前らは早く勝ち上がってトゥインクル・シリーズの頂点。URAファイナルズに来い。そしたら全力でお前らを食い殺してやる」

 

「いい度胸じゃん、あんたみたいなやつに一泡ふかせてやるから」

 

 URAファイナルズってなんだぁ?たぶん、ナリタタイシンもおんなじことを考えていたんだろうけれど、とりあえず売られた喧嘩を買ったっていう感じだった。

 2人の空気がピリピリとし始め、お互い無言になった瞬間。外から声が聞こえる。

 

「二村ぁぁぁぁぁ、貴様、また会長からの仕事をすっぽかしただろうがぁぁぁ」

 

「やっべ、女帝がくるじゃん。じゃあなチビッ子はらだして寝るなよ」

 

 ベランダの扉をガラッと開けながらそう言い放つ。

 

「チビッ子言うな」

 

 そうして、二村さんは嵐のように去った。ここが一階じゃなかったら死んでたな、あの人。

 

「なんだったの?」

 

「さぁ?」

 

「まぁ、いいや。ご飯たべてないでしょ?台所借りるから」

 

 

 よく見れば、彼女は両手で抱えるほどの荷物を持っていた。

 そして、買った者のいくつかを冷蔵庫に入れようとしていたようで、中を見て驚いていた。

 

「なに、これ……」

 

「なんか、おかしいとこあった?」

 

「おかしくないとこを探す方が難しいって感じ……このゼリー。これは……なに?」

 

「やだなあ、10秒で栄養をチャージするためのもの決まってるじゃん」

 

「だからって、側面の卵いれたり、牛乳入れたりする場所全部に入れるなよ!!!」

 

 どうやら、私の収納方法がお気に召さなかったようだった。

 

「まあ、それはいいよ……このブロック状の栄養補助食品。これは……なに?」

 

「いつでもどこでも手軽に栄養を補給できる食品じゃん」

 

「ゼリーとかジュースのやつならまだしも、これは常温でいいんだよ! なんで、こいつらはわが物顔で、冷蔵庫のメイン部分すべてに居座ってるのかって聞いてんの!!」

 

 彼女の咆哮に共鳴するように冷蔵庫もピーピーという音を立て始める。

 ものすごい勢いでブロックを全部取り出して、空いたスペースにさっきのゼリーを詰める。終わり次第、タイシンは苛立ったものをぶつけるように扉をバタンと閉めた。

 彼女は保存方法に立腹しているようだった。しょうがないじゃん。おなかすいた時は冷蔵庫開ければ食べ物があるって、習慣づけとけば、食べないで済むってこともなくなるんだし。

 

「まったく良くないんだけど……まあ、それはいいよ。……そもそもとしてアンタの冷蔵庫、野菜とか肉とかの食品はどこにあるの?」

 

 来てしまった。一番、聞きたくない疑問が。心ぐるしくなり、寝たまま彼女と反対側を向く。

 

「それは、スーパーマーケットに預けて」

 

「ごめんね……アンタにまともな答えを期待したアタシがバカだった。……4歳児に買い物とか料理とかまだ早いよね」

 

「だから、24!……あっ」

 

 つい、いつもの勢いで彼女の方を見る。呆れたような、ゴミを見るようなそんな視線で、全てを諦めたような表情をしていた。

 見ないで。そんな目で私を見ないでよ! できるけどしないだけ……まだ、本気出してないだけなんだから、その目で、その表情で私に失望しないでよ!!!

 

「差し入れ入らないし。私が勝手に整理するから」

 

「あ、はい」

 

 拒否権はなかった。なんならもう整理し始めてましたよね。という言葉が浮かんでいたが、その言葉は喉の奥に引っかかったままだった。

 あらかた、荷物の整理が終わったようで調理器具の確認をし始めている。

 

「すごいね。調理器具が無駄に多いのに新品みたいに綺麗に管理してる。……まるで、買って満足して一度も使ってないみたいだ」 

 

「ははは」

 

 一言一言に棘を感じずにはいられなかった。

 

「嫌いなものとかある?」

 

「セロリ、パセリ、パクチー」

 

「ん、香草系ね……好きなのは」

 

「ハンバーグかオムライスの気分」

 

「じゃあ、国旗とナポリタンもいるね」

 

 トントンと手際よく包丁を振るうナリタタイシン。

 

「お子様じゃないから!……家でも料理するの?」

 

「親が共働きでほとんど家にいないから自然とね」 

 

「そうなんだ……私も親が共働きだったんだよ。さっきいた二村さん。あの人、私といとこでね。日が暮れるまで遊び相手をしてくれてた。それで向こうの親も共働きだから、親の友達だったたづなさんが、毎日来て、料理を作ってくれてたんだ」

 

「へー」

 

 少し経って、包丁を振るう音がやむ。

 

「待って、何歳の時の話?」

 

「前も時々は来てくれたけど、毎日来るようになったのは、私が小学校に上がってからかな」

 

「たづなさんは、そのとき学生とか?」

 

「働いてたよ……見た目も変わってないね」

 

「急に怖い話になるのやめてよ」

 

「昔、いくつですかって聞いたことあるけど、その後の記憶がほとんど思い出せないんだよね」

 

「やっば」

 

「やっぱり人間が一番怖いんだよねぇ」

 

「いや、今のは逆鱗に触れたらいけないって感じでしょ」

 

 下らない内容でも全部返してくれるタイシンの反応に自然と笑みがこぼれる。

 

「今のタイシンってなんだかお姉ちゃんみたい」

 

 私の方が年上ですが!!!

 

「アンタの妹気質が強いだけだと思うけど」

 

「そうかな……そうかも」

 

 こんな会話、少し前なら絶対にできなかった。

 お互いの話をしあえる関係になれたことが嬉しい。

 年下というか、園児のような扱いを受けているのは少々あれだけど。まぁ、でも。

 

「~♪」

 

 鼻歌交じりに料理する彼女の横顔を見れるなら。

 ちょっとくらい、甘んじて受け入れてもいいかも。

 やがてまどろんでいた意識は、深く落ちていった。

 

 

 

 烏の鳴く声が聞こえる。

 窓からは赤い陽が差し込んでいる。

 ゾクゾクとした震えはなくなり、頭痛も消えた。

 

「医学ってすごい。たづなさんが無理矢理にでも病院に連れていってくれただけはある」

 

 懸命な様子は伝わったけど、むしろ逆らったら命はないぐらいの気迫で泣きそうになっちゃった。

 

「ようやく起きたの」

 

 部屋の隅に座って、スマホを弄っていたナリタタイシンが声をかけてくる。

 どうやら、彼女は今までずっと介抱してくれていたらしい。

 

「お陰様で具合もよくなりました」

 

「そ。ちょっと待ってて……おかゆ持ってくるから」

 

「え!? さっきの好きな食べ物を聞いたのはなんだったの」

 

「聞いただけで作るとは言ってないし。……ていうか、病人にハンバーグかオムライスはまあまあ負担だから」

 

 そう言って、彼女は立ち上がり支度をする。

 

「おいしそう」

 

 出てきたのは卵粥。上に乗った一粒の梅がとても特徴的だった。

 

「いただきます」

 

 薄味だった。こういうのを優しい味というのだろうか。スルスルと喉を通っていく。

 

「おいしい」

 

「そう」

 

「こんなにおいしいの、ひさしぶりに食べたよ」

 

「喜んでもらえたようで、なによりです」

 

 うーん、彼女の事務的な返事がどうもひっかかってしまう。

 

「なんか、よそよそしくない?」

 

「別に?……ただ、呆れてただけ。世間には想像をこえるバカがいるんだなって」

 

「なるほど。先生話が全く見えません!」

 

「補助食品だけで、毎日過ごしてたら、そりゃ、いつかは体調を崩すだろうなってこと」

 

「いや、まあ、その」

 

「あんたの中の冷蔵庫の中身半分ぐらい処分したから」

 

「え!? そんなご無体な」

 

 無常だ。この世界はどうして私に残酷なのだろうか。人権はないんですか。

 

「代わりに、おかずをタッパに詰めといたやつを入れてるから」

 

「え!? いいんですか!!」

 

 有情に涙が止まらない。私は、こんなに幸せもので世界から嫉妬されないだろうか。

 

「また倒れられたら、こっちが困るし。……なくなったらまた言ってよ。気が向いたらまた作る」

 

 そう言って、彼女は照れ隠しのように、首に手を当ててそっぽをむく。

 

「タイシン、ありがとう……ていうか、ごめんね。練習いけないって連絡も入れてなくて。それによくわかったね」

 

「アンタは来てなかったけどウォームアップしてたら、会長が買い物袋もってやってきてさ。『私のトレーナーが持っていくのを忘れたようだ。すまないが代わりに持って行ってくれないか。君のトレーナーへの差し入れだから』って言われた。……アンタあの会長さんのトレーナーと面識あったんだね」

 

「皇帝が教えてくれたのか~。面識があるというか、さっきいたあの人の担当ウマ娘というか」

 

「は?」

 

「いや、だから。あの30のおっさんはサイレンススズカと、シンボリルドルフというトップクラスのウマ娘をメイクデビューから担当しているトレーナーで、その縁で私もまあ会話をする機会は時々あるみたいな」

 

「はあ」

 

 タイシンは突然頭を抱えだしていた。もしかしたら私の風邪がうつってしまったのかもしれない

 

「大丈夫、具合わるい?」

 

「平気。人間性と実力は比例するわけじゃないってのを再確認してたとこ」

 

「ならよかった」

 

 私は、止めていた卵粥を食べる手を進める。調子も出てきたので、もう少しで食べきりそうだ。

 タイシンも一度ため息をついた後、私のそばでスマホを取り出して何かをし始める。

 先ほどまでの、騒がしさが嘘のようにしんと静まる。でも、嫌いじゃない。穏やかな空間といって差し支えなかった。

 

「ごちそうさまでした」

 

「ん、洗うから食器貸して」

 

 そういってタイシンは、受け取った食器を台所に持っていき、洗ってくれている。

 

「そういえばさ、アンタの夢ってなに?」

 

「ん? だから、タイシンをウマ娘の頂点に連れていってあげること」

 

「なんでそう思ったの?」

 

「それは」

 

 それは、私の持論を覆してくれるものを彼女に見出したから。そう答えようと思った時に、1つの疑問が浮かぶ。

 あれ? じゃあ、いま語っていることって手段であって目的じゃない?

 そんな小さな疑問を抱きながら私は黙って飲み込んだ。

 

「頂点に立てる一握りは勝つために走っているんじゃない。自分らしく、自分の好きなように走る。走り終えた時、立っている場所が頂点だというだけ」

 

「なにそれ」

 

「私がトレーナーとしてたどり着いた、頂点に立てるウマ娘の条件」

 

「別に、そう決めつけるものでもないでしょ」

 

「私もそう思ってた。ずっとそうじゃないって信じてた。でも、ダメだったんだ。……今回は違う。今回はそうじゃないはずだって毎回毎回思うけれど、最後に勝つのは二村さん。あの男の担当ウマ娘だった。……ずっと近くで見てた私は、あの人が勝つたびにその持論はいつか壊れるはずだって、思うんだけれど、それ以上に今回もダメなんだろうなって思ってて。……ずうーっと選抜レースを見に行ってた。今回はだれか覆せるだろうって期待しながら」

 

 彼女は、黙って聞いている。

 

「その時にね。アナタを見つけたんだよ。最初はめちゃくちゃな走りをするウマ娘だと思ってたけど、本当はそうじゃなくて。でも勝ちたいっていう強烈な欲望は本物で。アナタなら私の持論を覆せるんじゃないかと思った。それからは、アナタが頂点になることが私の夢になったんだよ」

 

「あっそ」

 

 彼女はそれ以上、何も言わなかった。

 

「じゃあ、帰るね」

 

 身支度を纏めた彼女を、玄関まで見送る。

 

「気を付けてね。あと、いろいろ作ってくれてありがとう。おかゆ、美味しかったよ」

 

「ん。アンタこそはやく治してよ」

 

「全力で回復します!!」

 

「はいはい……アンタの持論かなんかは全然知らないけどさ。アタシは勝つよ、アタシのために。それで、ターフの上の一番見晴らしのいい場所に立つ。そしたらアンタの持論ってやつも覆せるでしょ?」

 

「タイシン」

 

「じゃあ、お休み」

 

 言葉少なに、彼女は玄関の扉を閉める。彼女の耳は心なしか赤くなっていた。

 

「私、あなたのトレーナーになれてとても嬉しいよ」

 

 

――「最悪だ」

 

 トレーナーの住んでいた寮を離れ帰路に着くナリタタイシンは1人つぶやいていた。

 彼女にはあんな風に啖呵をきったけれど、自分の内心はそれほど穏やかではなかった。

 

 彼女が語った持論。それはつまるところ、あの男のあり方そのものだということだろう。

 レースを見るたびに、あの男の強さを目の当たりにして、勝手に期待して、勝手に絶望して、全てを理解したつもりで諦めたように語った彼女の言葉。

 

 くだらない。そんなつまらないことにこだわるな。自分を勝たせればいいだけだろう。

 そう思ったけれど、口には出せなかった。

 怖かった。不安だった。

 メイクデビューを勝った後も自分の頭から雑音が消えることはない。むしろ、その音は大きさを増していた。

『どうせ私たちじゃ、敵わないんだよ!スピードもスタミナもパワーも全部が生まれた時から違うんだよ!!……それにアンタもさっさと気づきなよ』

 雑音は反響し、自分の頭の中でぐるぐると回っている。三半規管が狂って、どこに立っているかわからないようになる夜もある。

 

 

『私、あなたのことが好き。大好き』 

『私はね、あなたに救われたんだよ?』

『私が勝手にあなたを見て救われたんだから』

『私は絶対あなたのそばを離れない。言いたいのはそれだけ』

 

 その時に、思い出すのは決まってトレーナーの言葉。彼女の言葉が自分の手をひいてくれる。

 

 もし、自分の発言で彼女が自分の期待とは違う言葉を言ってしまったら。彼女の興味が自分ではないものに向いたら。

 絶対にありえないもしものはずなのに、夜に白い影が自分に囁くせいで、ありえないはずのもしもを拭えないでいた。

 

 今日の会話で分かった。彼女は今はまだ、あの男の背を追いかけている。

 その事実が自分の胸にチクチクと突き刺さり、呼吸を苦しくさせる。

 あの時、見た夢。3ハロン先を見ていた彼女。

 その先にいるのはターフの上にいる自分ではなく……

 

「あの男は嫌いだ」

 

 その言葉は誰に聞かれることもなく宙に霧散する。

 

「でも、一番嫌いなのは」

 

 メイクデビューの前から常に抱いていた気持ち。

 勝利をした後もこの気持ちは薄れるどころか、存在感を増している。今もまだその言葉を吐き出せないでいた。

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