蒼き鋼のアルペジオ ーThe blue oceanー 作:酸素魚雷
「遅かったね、思ったより長かったよ」
「待ちくたびれていたぞ」
アイオワの船体の上から声がした。
「待たせて悪かった」
「それじゃあ、会議と行こうか。ボルチモア、海斗」
そう言ってアイオワは船体内部へのハッチを開けた。ハッチを階段伝いに降りると中には長い通路があり、電灯で照らされると想像よりも広いことが分かった。壁は普通の軍艦特有の禍々しさは無くどこかのオフィスや研究所の様な雰囲気を漂わせている。
歩いている内に幾つかの扉を過ぎ、会議室らしき場所に着いた。大きなモニターが正面に存在しており、幾つかの椅子と机が置かれ、壁は通路と同じくシンプルなものだった。
「それではまず私からの報告だ」
俺とアイオワが席に着くとボルチモアが口を開いた。
「本隊と別れた後、他艦隊への補給及び護衛と欺瞞した上でこのサモア島近海へと無事に到着した。その後合流するまで発見された形跡は無い」
「また、そちらの本隊が追跡していた巡航潜水艦を始末した上、欺瞞情報を流した以上しばらくは安全と判断している。とりあえず私の報告はここまでとする」
報告が終わるとボルチモアは席に座り今度はアイオワが報告を始める。
「それじゃあ次は私から、先発艦隊が発った後、巡回を理由に艦隊を離脱。逃亡準備途中に大戦艦ネバダ及び大戦艦コロラド率いる追撃艦隊と交戦し駆逐艦及び軽巡洋艦各1隻を撃沈、その後潜水により離脱後、先発艦隊へ向けて進路をとった」
驚いた。アイオワと出会う前にそんなことがあったとは知らなかった。まさか別の大戦艦級と一戦交えていたとは。
「その翌日フィジー島周辺にて高出力の未確認コアの存在を探知。調査を決定」
これが多分俺だ。
「敵意は無く、逃亡艦隊へと迎え入れることに成功。その後巡行潜水艦アルバコアを撃沈。コアを鹵獲した上、欺瞞情報を流し後先発艦隊との合流を果たした。……これぐらいかな?じゃあ私からの報告は以上」
「なるほど、あいつらはネバダとコロラドを出していたのか。確実にお前を狙ったのだろうな」
「全く、あの2隻を出すなんてノースカロライナとサウスダコタも分かって無いね。仲間の損害を一番に嫌うネバダとコロラドが追撃なんかに向くわけ無いのに」
話を聞く限りノースカロライナとサウスダコタが黒幕らしい。しかし、ネバダといえば現実でも古いながらも超弩級戦艦。コロラドに至ってはビック7の一角だ。相手の戦力はかなりの規模ではないのだろうか?
「なあ、アイオワ。俺たちは今逃亡しているが相手との戦力差はそんなに激しいのか?」
「いや、総力戦に出れば勝てない戦力じゃない。もちろん、どの艦艇が轟沈しても構わないというなら強引にでも勝利することは簡単だよ……でも……」
勝てない訳では無いがかなりの消耗を強いられるという感じなのか。
アイオワが黙ってしまうと代わりにボルチモアが説明をしてくれた。
「戦力については私から話そう。敵の戦力は大戦艦級4隻、重巡洋艦級1隻、他多数の駆逐艦と軽巡洋艦、少数ながら巡航潜水艦もいるだろう」
戦艦4隻?霧が第二次世界大戦時の戦艦を模しているなら太平洋艦隊の戦力はそんなに少数では無いはず。
「それ程しか居ないかと言いたそうな顔だな。その通りだ。霧の太平洋艦隊は6つの巡行艦隊と1つの中央艦隊で構成されている。そして私達霧に与えられた命令は海洋封鎖だ」
アイオワが言っていた人類を海から追い出したというやつだろう。
「その為に戦力の殆どを封鎖を担う巡航艦隊に割いたおかげで中央艦隊は大部分を駆逐艦や軽巡洋艦が占めており、大戦艦級4隻と重巡洋艦級1隻を除けば然程脅威では無い。2隻いた海域強襲制圧艦も他の巡航艦隊へ配備されて今はいない」
「アイオワは太平洋艦隊の中でもトップクラスの戦闘能力を持つ大戦艦であり私もボルチモア級のネームシップである以上それなりの戦闘能力も持っている」
「少なくとも私とアイオワ、隠密性の高い巡航潜水艦の2隻は無事だろう。但し駆逐艦や軽巡洋艦がやられない根拠は無い」
「シュミレーションによっては比喩で無く下位艦艇の全滅もあり得る。これは事実だ」
起こるかもしれない最悪の結果。そんな物を聞いていい気分にはなれない。そんな時、さっきから口を噤んでいたアイオワが話し始めた。
「確かに戦闘に犠牲は付き物だよ。でも、あの子達が目の前で沈んでいくのを見るのは耐えられない」
アイオワの表情に影が差す。聞けばアイオワが追われる様になった原因は感情を持ったからだという。今のアイオワを見ればそれが事実であることが分かる。
部下に死ねと命令するのが上官の仕事だ。
誰かの言葉であるが、霧から見れば判断を鈍らせかね無い感情は不要である。
しかし、メンタルモデルを持った理由は戦術の獲得。その通過点には感情の獲得がある。メンタルモデルの形成はしているが、それ以上の進化は害と判断されたのだろう。
戦術無き軍隊。圧倒的な力を持ちながらもそれを扱いきれるだけの頭脳を持たない存在。それはひたすら破滅へと向かっている様にすら見える。
「おかしな話だよね。感情を持てば霧は弱体化するって……確かに規律は乱れるかもしれない。仲間同士の衝突もあるかもしれない。でも、戦術の獲得の為には避けては通ることが出来ない道」
アイオワは続けて話を進める。
「人類は進化し続ける。海洋封鎖という絶望的な状況に置いても生きることを諦めない。明日を生きる為に、そして私達霧を駆逐して再び海洋の主となる為に」
争いによって作られ、発展した人類の歴史。今この世界ではそれが目の前で起こっている。
「人類の殲滅が目標で無い限りいつかは霧を上回る時が来る。恐らくその時が霧の最期になるだろうね。戦術無き霧が圧倒的な戦力差というアドバンテージを失うんだから」
話す度にその表情には陰りが大きくなっていく。
「その時になって遅かったと後悔したってもう手遅れなんだ」
霧に無いはずの後悔の感情。彼女ら霧は実体験によってその感情を得られるらしい。つまりアイオワは後悔を実体験したのだろう。
「既に人類は霧の駆逐に向けて動きだしてる。10年、20年後にはもう手遅れになっているかもしれない。私は仲間が沈められる状況を指を咥えて見ている気は無いし、そもそもそんな状況にはさせない」
段々先程までの陰りは消え、人間で例えるならば決意の色が宿っている様に見えた。
「だから私はこの霧の太平洋艦隊を根本から変える。霧の太平洋艦隊で恐怖や後悔の感情を誰かを失うことをきっかけに宿すのは私が最期で構わない」
アイオワがどれ程の感情を得られたのかはよく知らない。確かに後悔や恐怖を知ることで用心深くなるし、二度とその感情を味合わない為に思考することを覚える。その為にはその手の負の感情も必要だろう。
しかし、それを理解しているはずのアイオワが否定するということは実装される感情によるのだろう。
度を過ぎた知性は感情を生み出す。
霧はこの一点に尽きる。無機質な演算機械であったはずの霧が、誰かの制御を受けずに思考や感情を持っているからだ。
厄介なことに巻き込まれたって感じだ。だけど、あの時決心した以上曲げるつもりは無い。
「つまりだ、その大改革をする為には今居る反逆者紛いの奴らをどうにかしなきゃいけない訳だな?」
「直訳するとそうなるだろう。しかし、アイオワも分かっているだろうが奴らも奴らなりの考えが存在している」
「アイオワとは真反対の考えってことなのか、ボルチモア?」
「そうだ。アイオワは……というか着いてきた艦隊は皆そうだが霧にとって多少のデメリットは有ろうと戦術の取得は急務であり、副作用的現象である感情の取得も避けられないからには一部を除き実装するべきと考えている」
「反対にノースカロライナは感情の取得によって人類同様に霧同士での滅ぼし合いが起きると危惧している。まあ、こうして我々が追いやられている現実がある以上満更間違いでも無い。だからこそこんな状況に陥っているんだ。どちらにも一理ある考えだからな」
まるで人間と変わらないな。
「どちらにしても、相手は潰しに掛かってきてる。本来なら話し合いでの解決が一番穏便なんだが……それは無理そうだな」
「ああ、ノースカロライナに悪気は無いにしても自分達の考えを曲げることはしないだろう」
つまり大戦艦ノースカロライナと大戦艦サウスダコタを潰すしか無いのか。
さっきの話を聞いている限り、大戦艦ネバダと大戦艦コロラドは部下の身を案じての消極的な賛成だと推測出来る。説得出来ない相手では無いだろう。
そうなると問題はノースカロライナとサウスダコタだ。この2隻が相手の指揮官。話し合いが困難な以上実力行使しか無いだろう。しかし、倒せない相手では無いはずだ。アイオワの愚痴でもそうだがこの2隻は上手く艦隊を扱えていない。2隻がアイオワの部下だったなら今までやってきたのはアイオワの補佐だけだろう。
そう考えると唯でさえ脳金な霧の艦が上手く艦隊を使いこなせるとは到底思えない。それを可能とする手段を相手は最初から見限っているのだから。
ならば相手より勝っているアドバンテージを最大限に活かせばいい話だ。
例えば人類の海戦における戦力差は乗に比例する。たとえ同性能の艦種だろうと1隻と2隻では1:4の戦力差となる。戦艦4隻と戦艦1隻ではとても勝負にはならない。それが人類の船ならば。しかし相手が少ないことに悪いことは無い。
一番有効なのは待ち伏せの類。勿論この手も使えるならば使用する。それと各個撃破も有効だろう。何も相手の最大戦力と律儀にぶつかってやる必要は無い。霧の艦艇は通常の場合上位艦艇を相手にすることは自殺行為であるし、自分より多くの敵と戦うのも愚策。包囲戦にしても此方には補給艦がおり、弾薬が尽きるまで出血を強いることも相手からすれば難しいだろう。
ならば準備を整えた後に待ち伏せしてやればいい。可能ならば出来るだけの戦力を削っておくことも課題だ。その上霧の艦には数々の超兵器が搭載されている上に現実の船より遥かに高い耐久性も持つ。勝機は十分にある。何せ此方は大戦艦ノースカロライナと大戦艦サウスダコタの撃沈が果たせればOKなのだから。
ならば準備期間の確保の為に相手にはせいぜい広い太平洋を走り回ってもらうとしよう。
「アイオワ、ボルチモア。今後2週間以内に大戦艦ノースカロライナ、大戦艦サウスダコタと決着をつける」
「な、なんだと!お前は正気か⁉︎」
ああ、正気だとも。そうじゃなきゃこんなこと言わないさ。
「2週間あれば準備は可能だ、ボルチモア」
「少なくとも大戦艦4隻を相手にするんだぞ!艦隊を全滅させる気か!」
「いや、その逆だ。相手の主力艦を壊滅させる。霧は旗艦を失えば下位艦艇群は動けない。ネバダやコロラドではアイオワの撃沈はほぼ不可能。此方はノースカロライナとサウスダコタを沈めるだけでOKだが、確実に仕留める為に敵戦力も削っておく」
後が無いのなら確実に仕留めるまで。その為の準備は怠れない。
「作戦は後日説明する。とりあえず、準備に取り掛かって欲しい」
「ねえ海斗、詳しい事は後後聞くけど戦い方としてはどんな形なの?」
「待ち伏せと各個撃破さ」
「待ち伏せと各個撃破?つまり最大戦力のぶつけ合いじゃ無くて相手の戦力をチマチマ削って弱くなってなってから戦うってこと?」
「そうだ。向こうが最大級の戦力を保有している時に律儀に戦わなくてもいい。クーデター紛いのことをしている以上向こうにも後が無い」
「なら、今の敵戦力を削りきってしまおうという訳か」
ボルチモアが補足をしてくれた。実際そのままの意味だ。100%の戦力を相手にすることは無い。80%でも60%でも構わない話である。此方の居場所を知られていない上に此方はアルバコアを利用して相手を誘い込むことすら可能なのだから。
「大体話は分かった。じゃあ必要な準備を教えてもらえるかな?」
「ああ。まず1つ目の準備は補給艦ミシシネワにやってもらいたい」
「呼んだか?艦長」
ミシシネワの声と共に彼女が映った四角い画面が出現した。
「ミシシネワ、確か駆逐艦2隻分のナノマテリアルが残っていたな?」
「ああ、いつも修復用に積んでいた物の余りだがな」
「それを使って機雷みたいな設置型兵器を作れるか?」
「……!…… 成る程。侵蝕魚雷ならぬ侵蝕機雷を作る訳だな!こんなことを考えるとはつくづく人間は面白い!」
一気にテンションが上がったミシシネワ。見た目だけで無く中身も開発性なんだろうな。
一般的に霧の艦は大戦艦級や重巡洋艦級はともかく駆逐艦級や軽巡洋艦級は一発の侵蝕兵器による被弾が命取りになる。
ならば予めこの侵蝕機雷を設置してそのルートを通らせれば下位艦艇は勝手に自滅してくれる。残りを待機させた艦艇で片付ければ撃破した艦艇の残存したナノマテリアルと侵蝕弾頭が手に入る。第二次世界大戦中の某北欧国家みたいなやり方だが気にしない。
「ああ、アルバコアをハッキングした時に俺たちはスールー海に潜んでいると報告させた。まずはその辺りにガトー達で機雷を撒き散らしてきてくれ。護衛は必要ならば軽巡洋艦を潜水させて連れて行くといい」
その侵蝕機雷の設置が第一段階。その次は待ち伏せ時の囮の調達だな。
「二つ目の準備はアイオワにやってもらう。これには俺も同行するぞ」
「私?どんな準備?」
「とある場所にお前と瓜二つの囮を取りにいく」
「私と瓜二つ?」
「そうだ。概要は明日説明するよ」
最後だが、これは案外簡単だな。
「最後はボルチモア。正確には準備では無いんだが」
「ああ。私は何をすればいい。何でも言ってくれ」
「駆逐艦4隻と共に機雷製造中の補給艦ミシシネワの護衛をやってもらいたい」
「いいだろう!任せてく………。……なあ、それは唯の留守番では無いのか?」
「そうなるな。何か問題があったか?」
「いや……問題は無い…………。この私が留守番か………あはは……」
そりゃ機雷の設置に囮の回収と来て自分が留守番は流石にアレだったかな?実際簡単だがこの護衛が成り立たないと作戦すら出来ないからな。許せボルチモア。
「内容としては海中で侵蝕機雷を製造している補給艦ミシシネワを同じく水中に待機して護衛すること。水中待機中は中和信号を発信し続けて位置の特定が不可能な様に頼む」
「ああ……了解した……」
「それじゃあ明日から準備開始だが、その前に。ガトー、ソーフィッシュ。今晩少し試したい事がある。付き合ってくれるか?」
”構わないぞ”
”面白そうだ。いいだろう”
まだ頭の中でしか考えていないが。アイオワの船体を動かした時をイメージすれば、アレの形成が可能になりかなりの戦力アップが狙えるはずだ。
「それじゃあガトーとソーフィッシュは1時間後に頼む。他の艦は明日に備えてくれ」
会議より1時間後,
深夜、巡航潜水艦ガトーとソーフィッシュの船体の上には海斗と共に紫と黄のバイナルパターンを浮かべた2人の少女の影が出来上がっていた。
溜め込んでいた2話目です。
いつもそうですが作者の地の文擬きが大変クサいです。
最後のは……まあ、隠せてすらいませんね。
ご意見ご感想お待ちしてます。