蒼き鋼のアルペジオ ーThe blue oceanー 作:酸素魚雷
スールー海。セレベス海を経て到着出来るフィリピン近海の海。赤道直下の美しい海には大量の銀の砂が浮かんでおり、比較的浅い海底には大量の魚雷や実体弾が沈んでいた。
「何よ何よ何なのよ!あの2隻!全く話が違うじゃない!」
数隻の駆逐艦で形成された輪形陣の中央の青いバイナルパターンを発光させる重巡洋艦。その艦上から発せられる愚痴。
霧の太平洋艦隊所属
重巡洋艦 ウィチタ
ボルチモア級重巡洋艦の前級であり、アメリカ海軍には珍しい姉妹艦のいない重巡洋艦。その形を模した霧の重巡洋艦である。
「な〜にが偵察よ!アイオワどころかボルチモアすらいないじゃない!」
青み掛かったロングの銀髪に水色の瞳。紺色の袖の長い制服チックな服装に白のスカート。頭には服と同じ紺のベレー帽が乗っかっている。彼女こそ少々短気な重巡洋艦ウィチタのメンタルモデルである
「大体何なのよ!侵蝕作用のある機雷なんて聞いたことも無いのよ!」
愚痴を言う度に彼女の苛立ちは大きくなっていく。もっともノースカロライナ達からの情報を頼りに偵察に出された筈なのに待っていたのがあの陰湿な機雷原では苛立つなと言う方が無理がある。
「ノースカロライナ達もなんで教えてくれないのさ!おかげで駆逐艦が半分になっちゃったじゃない!帰ったら文句言ってやる!」
愚痴りながらも自分の状態をディスプレイ越しに確認する。クラインフィールドの飽和率は85%。ウィチタ自身も4発の侵蝕機雷に触雷している。もう少し気付くのが遅ければ自分は轟沈していただろう。事実、先頭を進んでいた駆逐艦6隻は触雷を避けられずに轟沈している。何せ駆逐艦は一発の侵蝕機雷で頼みのクラインフィールドは飽和してしまうのだから。
「とりあえず、文句は帰ったらたっぷりとあの2隻に言ってやる。でも、その為にはまず帰らなきゃならないんだよなぁ」
ウィチタ自身も既にクラインフィールドにかなりのダメージを溜め込んでいる。エネルギーとして放出すれば済むことだが、流石に今の状況でそうする事は敵に発見されるリスクが高すぎる。なので事実後1発、もしくは2発の侵蝕機雷に触雷すればクラインフィールドは使い物にならなくなる。その後侵蝕機雷に触雷すれば一巻の終わりだ。
「来たルートを戻ろうか。対潜弾で進む部分だけ機雷掃海すれば大丈夫……だよね?」
実際問題そうすれば済む話である。しかしウィチタは迷っていた。自身はノースカロライナと同じく感情の保有には否定的だ。それなのに先程の駆逐艦の轟沈を目の当たりにしてから明らかに自身は迷っている。後数発の触雷で自身もあの駆逐艦達と同じ運命を辿る。その事がウィチタの判断を鈍らせていた。
「はぁ……。全くアイオワに限って何でエラーなんて起こすかな。皆を導くのがアイオワの役割じゃ無かったの?全く……バカなんだから……」
ノースカロライナもそうだが、アイオワを慕っていた霧は少なくない。だからこそエラーを起こした事が受け入れられず、また許せないのだ。
「迷っても仕方ない。オールト!コンプトン!ソーレイ!バートン!オブライエン!ブルー!対潜弾発射用意!方位1-2-0-0!」
ウィチタの命令と共に残存した6隻のアレン・M・サムナー級駆逐艦は6基の爆雷投射基と8基のVLSを起動させる。また、ウィチタ自身も船体を変形させ128基のVLSを起動。対潜弾を装填し発射準備を行っていた。これにより全212発の対潜弾が発射可能となった。機雷原を掃海するには十分過ぎる火力。寧ろ過剰な火力であった。
「対潜弾、発射!」
ウィチタの命令と共に全212発の対潜弾が爆雷投射基とVLSから発射される。それは自分達の目の前の海面に着弾した。数秒後、海中からは爆発の衝撃波が届き、誘爆を起こした機雷がタナトニウムを自壊させ海中に幾つもの赤黒い光の球を作り出していた。
その数60以上。この事実がウィチタを驚愕させると共にゾッとさせる。もしあのまま進んでいればこれ程の数の侵蝕機雷の餌食になっていたのだ。
「き、機雷の掃海作業を終了。これより最大戦速にて現海域を離脱する!」
ウィチタの命令と共に6隻の駆逐艦は加速を始める。この時ウィチタはおかしな感覚に襲われ、焦っていた。さっきから何かにずっと見られているようなのだ。その何かは暗い海の底から自分を見つめている。さっきの機雷の件もあり、気味が悪かった。このまま今の海域に停泊していたら自分は沈められる。そんな気がして仕方なかった。
「これが人類の言う勘という物か?薄気味悪いな」
その勘は見事に的中していた。
水深300m
「勘のいい奴め。もう少し長く居るなら沈めてやろうかと思っていたのに」
「ソーフィッシュ。私達の任務は機雷の散布と物資の鹵獲だ。それに相手には手負いとはいえ重巡洋艦ウィチタと駆逐艦6隻が残っている。わざわざ危険に飛び込むことは無い」
「それもそうだな。しかしまあ、機雷原処理の為にあれだけの対潜弾を撃ち込むとはな。愚かを通り越して最早哀れみすら感じる。そうは思わないか、ガトー」
「幾ら否定しようと感情は体験によって蓄積される。抗いようの無い事実だな」
暗い海の中。2隻のガトー級巡航潜水艦が重力子機関を切り海上の様子を伺っていた。逃亡艦隊に所属するガトーとソーフィッシュだ。
しかしおかしな点が一つある。今のガトーとソーフィッシュの制御室にはメンタルモデルが存在しているのだ。通常では特異な例を除きメンタルモデルの形成は重巡洋艦以上からである。軽巡洋艦以下は船体の維持を放棄するか、演算能力の供与以外での形成は不可能なのだ。
この2隻のメンタルモデルの保有は昨夜にまで遡る。
昨夜 23:00
”艦長。約束通りに来たぞ”
”用事はなんだ”
クラインフィールドの一部を足場に海面に立つ海斗の目の前に2隻のガトー級巡航潜水艦が浮上した。
「今からちょっとしたことを試したい。勿論、君たち2隻が拒否するならばこれは取りやめる。強制はしないから安心してくれ」
”了解した”
”ああ、分かった”
「なら話すぞ。君たち2隻はもしメンタルモデルを持てるなら持ちたいか?」
”おかしなことを聞いたな。私達巡航潜水艦風情ではメンタルモデルの形成は不可能だ。しかし、もし持てるなら持ってみたいのは否定しない”
”私もソーフィッシュと同意見だ”
「ならメンタルモデルを形成する。演算の補助は俺が受け持つ」
”しかし構わないのか?大した容量では無いかもしれないが艦長への負担には変わりないのだぞ”
「それなら心配要らないよ、ガトー。俺は今船体なんか持ってないし、この艦隊に貢献出来るなら安いもんさ」
”そうか、なら感謝する”
”艦長、礼を言う”
「それじゃあ、俺のコアへのアクセスコードを渡す。そこに足りない分の演算量を回してくれ」
ガトーとソーフィッシュからのアクセスがあった後、自分では到底分からない様な演算が頭の中に流れてくる。これは俺がやっている仕事では無く、俺を形成しているコアがやってくれている。その直後、目の前にナノマテリアルが集まり始め、徐々に銀色の身体を構成し始めた。白銀のナノマテリアルが身体の形を構成していく。どうやらメンタルモデルの形成には成功した様だ。
今更だけど、まさか出来上がったら2人ともスッポンポンなんてことは無いよな…………無いよな?
しばらくすると、白銀の人型彫刻に人間らしい色が宿っていき、2隻のメンタルモデルは完成した。
「ガトー級巡航潜水艦、
「ガトー級巡航潜水艦、ソーフィッシュだ。艦長、期待に添えるよう努力しよう」
2人のメンタルモデルの形成が終了した。背丈はミシシネワより小さく、10歳くらいの見た目だろうか。ついでに服は着ていて安心した。しかし、少し驚いたのは2人の見た目が白と黒の真反対だったことと、アイオワの服装と何処と無く似ていたことだ。雪の様に白い肌は変わらないが、2隻は髪色から服装まで全てが逆だった。
ガトーの容姿は真っ白なロングの白髪に黒の瞳。そして髪色と正反対の黒づくめに紫のラインの入ったセーラー服とスカート。頭に乗っている帽子はアイオワと同じ形の物であり、此方も真っ黒だ。
反対にソーフィッシュの容姿は濡れるようなロングの黒髪に白の瞳。ガトーとは真反対の白一色に黄のラインの入ったセーラー服とスカート。被っている帽子もガトーとは色違いの白だ。
「やはり薄々分かっていたが、旗艦アイオワの服装に似てるだけで無く、お前とは色まで反対だったか」
「そう言うなガトー。大海戦以来所属が同じだったのだから仕方が無い」
他愛無い話をする2人。2人とも身長は130cm程しか無く、俺からは見下ろすような形になってしまう。もし何処かの街で見かけても何も知らなければ姉妹に見えるだろう。どちらもガトー級なのだからある意味姉妹には違いないが。
「ところで艦長。メンタルモデルを形成させてくれたのは有難いが我々では役不足では無いのか?海戦になるなら軽巡洋艦の方がまだ戦力にはなり得るぞ?」
ガトーからの疑問。確かに火力面を見るならばメンタルモデルを持たせるのはクリーブランド級3隻とアトランタ級1隻の軽巡洋艦達だろう。しかし実際問題敵には大戦艦級が4隻と重巡洋艦級が1隻。軽巡洋艦の強化では役不足になってしまう。だからこそトリッキーな運用が出来る潜水艦の強化を決定した。幸いにもこの2隻に他の艦に比べて感情や自我の基礎が殆ど出来上がっている。故にメンタルモデルの形成にはこの2隻を選んだ。
「理由としては2つ。1つ目は君たち2隻には感情や自我の基礎が既に出来上がっていたから。2つ目は水上艦には出来ない任務を熟せる艦種だからだ。これからの任務でそれらは生きてくるはずだ。心配しなくてもいい」
「そうか、ではまず旗艦アイオワに挨拶してこないとな」
「その通りだなガトー。私も行ってくる」
「おい、俺を海面に放置しないでくれ。俺も一緒に行く」
またクラインフィールドの橋を作るなんて真っ平御免だ。まだクラインフィールドは上手く制御出来ていないのに失敗して海ポチャは避けたい。ガトーに乗せられ、アイオワの船体の元へ到着した。そこからクラインフィールドを階段に艦上のデッキへと上がる。
関係無いがクラインフィールドの階段の3段目が消えた時海ポチャを覚悟したのは秘密だ。あの時フォローしてくれたガトーには今でもちょっぴり感謝している。
アイオワ船内へのハッチを開け、会議室へと向かう。どうやら船体の状態チェックなどが終わって無いらしい。会議室に入ると忙しそうにディスプレイを操作するアイオワがおり、後ろ向きのままアイオワは反応した。
「海斗、どうかした?ガトーとソーフィッシュのコアも持ってきたみたいだけど何か問題でもあったのかな?」
そりゃメンタルモデルの形成知らなきゃそんな反応になるだろうな。ガトーとソーフィッシュが果てし無く微妙な表情をしているが仕方が無い。
「旗艦アイオワ。それは少し酷くは無いか?」
「生憎、私はコアだけでは動き回れないぞ」
「…………え?……」
ゆっくり後ろへと振り向くアイオワ。そりゃびっくりするだろうな。メンタルモデルの形成は少し衝撃的過ぎたか?
「ねえ、貴方達ガトーとソーフィッシュなの?」
「肯定。その通りだ旗艦アイオワ」
「艦長が私達2隻にメンタルモデル形成の為の演算補助を行ってくれた」
いきなり来てその発言は斜め上過ぎるぞ。アイオワげんなりしてるじゃねえか。
「海斗、貴方も結構やることが凄いよ……」
「褒められてる気がしないな」
その後アイオワにはたっぷり質問攻めにあった。メンタルモデルに睡眠は必要無いだろうが何故か眠気がする。反対にガトーとソーフィッシュは自分達の船体へと戻り兵装や重力子機関のチェックを行っていた。
翌日、ガトーとソーフィッシュは大量の侵蝕機雷を船体内部と表面を吸音タイル(のような物質)で覆った水中曳航コンテナに搭載。スールー海へと機雷を撒き散らしに朝早くに出撃した。因みにこの水中曳航コンテナはミシシネワお手製の代物である。行きは侵蝕機雷を満載し、機雷設置が終わった後、撃沈した艦艇のナノマテリアルと侵蝕魚雷を船体に積めない分をこのコンテナに積んで帰ってくるのだ。これによって侵蝕機雷の量産が可能となった。また、全てに侵蝕弾頭を搭載せずに何割かはダミーを使用する予定だ。
そしてその結果大量のナノマテリアルと侵蝕魚雷を確保することが出来た。
「素晴らしいな。轟沈した駆逐艦は6隻とも未使用の侵蝕魚雷がそのまま残っている。弾頭だけの物も数えれば6隻で192発はあるぞ!」
「ナノマテリアルも4000t程綺麗に残っている。大体3割程度か。大収穫だなソーフィッシュ。艦長も喜ぶだろう」
海底に無造作に散らかった侵蝕魚雷を空の魚雷格納スペースへと収納し、入りきらない侵蝕弾頭とナノマテリアルは曳航コンテナへとアームを使い回収していく。回収したのは侵蝕魚雷96発、侵蝕弾頭96発、ナノマテリアル4000t。これによって新たに300発近い侵蝕機雷の製造が可能となる。相手にとっては絶叫物だろう。
「それでは戻ろうか。もう周囲に敵艦は居ない。今から戻ればミシシネワの侵蝕機雷がそれなりの数出来上がっているだろう」
「肯定。まだダミー合わせ6割以上設置した機雷は残っている。問題は無いなソーフィッシュ」
「では帰ろうか」
「了解。目的地はサモア島近海。巡航速度を維持したまま帰還する」
重力子機関が唸り声をあげ、今まで真っ黒だったディスプレイには様々な情報が表情されていく。水流噴射推進によりナノマテリアル2000tずつと大量の侵蝕魚雷を抱えた船体が動き出す。
この大収穫により、陰湿な侵蝕機雷はさらにその猛威を振るって行くことになる。
今回は3人のメンタルモデルを出しました。(嘘です、本当は1人)
ガトーとソーフィッシュのカラーを真反対にするのはオセロをやっていて思いつきました。
ご意見ご感想お待ちしています。