蒼き鋼のアルペジオ ーThe blue oceanー   作:酸素魚雷

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Depth12 日常の終焉

 

ハワイ諸島。太平洋の真ん中にポツンと存在する小さな火山島。歴史的にも地理的にも有名なこの島はかつての繁栄が嘘の様に廃れていた。

 

霧の艦隊の海洋封鎖以来この島は海上の監獄と化した。かつては合衆国海軍の一大拠点として世に名を馳せたこの地も今は唯の廃れた島に過ぎない。人類が大海戦に敗北した時点で決まっていた運命である。霧に敗北した以上人類は制海権を完全に失ったのだ。

 

その事実は日本やイギリスなどの島国やハワイを初めとする諸島群には残酷な結果をもたらした。島国は大抵資源を海洋を通じて運ばなければならく、それは石油にしても鋼鉄にしても同じことだった。また、霧の海洋封鎖によって海上に設置されたエネルギープラント群も攻撃対象となり、今は沿岸部周辺に僅かながら残るのみであった。その結果、これらの国々は壊滅的なダメージを被ったのだ。

 

しかしそのダメージは国だけでは終わらなかった。制海権を喪失した以上、太平洋の真ん中に存在するハワイをアメリカ海軍が守り切ることが不可能となったのだ。故にアメリカが下した命令はまさに苦肉の策そのものだった。

 

ハワイからの完全撤退。アメリカは事実上パール・ハーバーを見捨てたのだった。これには少なからずの米海軍軍人達が反対した。我が合衆国海軍はパール・ハーバーを切り捨てるのかと。勿論ハワイにいる民間人や軍人は本国へ帰還させる手筈になっていた筈だった。しかし現実は最悪の結果となる。ハワイ島を放棄するか否か迷っている間に霧の海洋封鎖が完成しつつあったのだ。それは太平洋西部から順番に始まり遂にはハワイ島を通過し太平洋東部まで押し寄せたのだ。

 

アメリカ軍部がこれに気づいた時には既に手遅れだったのだ。その結果ハワイ島には最終非難を待っていた軍民合わせ124名が取りのこされる事態となった。これには少なからず軍の責任があった。大海戦を軍事機密としたことで住民達が避難しなかったのであり、ハワイに駐留する一部部隊にも混乱を避ける為に伝えられなかったのだ。

 

そしてこの失態を挽回すべく米海軍は幾つかの輸送作戦を考案し、実際に実行した。初期に行われていたのが隠密行動に長けた潜水艦や当時配備が進んでいた高速艦艇を用いて行う輸送作戦。しかし制海権も制空権も無く既に完成している霧の海洋封鎖を突破することは不可能であった。事実その9割が霧によって撃沈させられていた。現在はSSTOなどを用いた物資援助となっている。主な搭載物資は食料や水、医療品など。他には海水の濾過装置やバッテリー、各種機械の修理用パーツ、少量ながら航空燃料や軽油など多岐に渡っていた。その物資によってハワイ島の人々は生きながらえていた。

 

 

 

 

午前5時頃の夏場であり、比較的明るい時間帯。組み合わさった鉄パイプにマットを敷いた質素な軍用ベットより1人の少年が起き上がる。質素なベットを後に重たらしいドアを開けて華やかさの欠片も無い廊下を歩いていく。しばらく歩くとだだっ広い場所(格納庫)へと出た。今は数が減ってしまったがSH-60シーホーク数機が整備士によって整備を受けている。

 

「よお!起きたかサム。朝飯なら食堂に行けよ!」

 

SH-60の整備をしていた男が整備を中断して叫ぶ。

 

「分かってるよ。それよりエリオット、まだそのシーホークって使えるの?」

 

サムと呼ばれた少年がエリオットと呼ばれた整備士に問いかける。

 

「ああ、まだまだ現役さ。機数は大分減っちまったが、整備パーツは届くし。俺より年とってる様には見えないねぇ」

 

油で黒く汚れた頬を拭きながらサムの問いに答える。短く切られた黒髪に少しばかり冴えない顔。日に焼けた薄黒い肌に195cmの巨体。灰色の油に汚れた整備服に腰に下げた道具ポーチ。米海軍整備士エリオット・ケイン。35歳の冴えない中年だが確かな腕を持ちこの島唯一の整備士でありエンジニアなのだ。正に機械のエキスパートである。

 

「成る程、まだ動くんだな。まあ、大海戦の時に新鋭機は殆ど其方に投入されちゃったって聞いてるし。仕方ないよ」

 

130cm程の身長に薄い色の金髪。白人特有の青い瞳に幼さがやや残る顔。少年の名はサム・ウェーバー。12歳の少年である。この少年は大海戦を知らない。戦後世代と呼ばれる子供達だからだ。現代を生きる人間に70年前の戦争の本当の壮絶さは分からない。当時の人の話や記録、映画なども存在するが、実体験には勝らない。それと同じことなのだ。

 

「整備パーツと燃料はともかくローターやエンジンユニットが逝ったら流石に終わりだな。まあ、そうならない為の整備だ」

 

「そうか。霧の奴らもハワイ上空と海上だけは見逃してくれてることだしな」

 

通常の場合海上や空へと出れば霧からの攻撃を受けることとなる。しかしハワイ諸島を一つの塊と霧が認識してくれたお陰かハワイ諸島内の島々には海や空を通ってたどり着ける。勿論離れすぎると周囲の霧の駆逐艦や軽巡洋艦が襲ってくるらしい。本国からのSSTOはホノルル空港に着陸するので物資輸送の出来る航空機は貴重である。そしてそれらを生かし続ける整備士やエンジニアの存在もまた同義である。

 

「じゃあ整備頑張れよエリオット!」

 

「ああ!任せておけ!こいつらの整備は俺が責任を持ってやってるんだからな」

 

SH-60のドアを撫でながらエリオットはそう言った。そんな彼を横目にサムは食堂へと向かう。もともと今いる場所は霧の出現以前に建てられた海軍基地だった。海洋封鎖された後生活の為にこの基地とホノルル空港だった建物に集団生活しているのだ。

 

生活場所が2つに割れたのは理由がある。ホノルル空港での生活を選んだ者はSSTOの着陸地であり、物資を運ぶ労力が然程必要無いこと。また、空港内のホテル跡などの生活空間が存在しているからだ。

 

逆に海軍基地での生活を選んだ者は軍事施設であったことが理由だ。地熱発電を初めとする最低限の電力が安定して供給される上に地下防護シェルターなどの存在も魅力の一つだろう。

 

考え方の違いより生活場所は違った物となった。また空港には民間人の、基地には軍人の割合が高い。しかしSSTO到着時の作業はわざわざ空港まで出向いて手伝うなど両者の中は決して険悪では無い。

 

食堂へ着くと朝の5時という早朝にも限らず既にキッチンからは湯気が上がっており、がっしりとした体格の黒人がポテトを湯がいている。

 

「サムか。朝食はもうちょっとかかるぞ?もう腹が減ったか?」

 

食堂のキッチンよりコックの男がポテトを湯がきながらそう言った。

 

「えぇ……そんなぁ……マイケル、なんとかならない?」

 

余程空腹だったのか朝食が出来て居ないことを知り、サムは食堂のテーブルに倒れこむ。

 

「生憎まだまだだな。暇潰しに基地の周りでも散歩して来たらどうだ?」

 

「ちぇ。マイケルの朝食美味いのに」

 

マイケル・ライトマン伍長。もともと米海軍強襲揚陸艦のコックを勤めていた軍人だ。185cmの巨体に黒人という見た目。サングラスが似合いそうな厳ついルックスだが、気さくなコックである。また、料理の腕も確かであり強襲揚陸艦乗艦時から一部の軍人からは根強い人気を持つ。また、今日でもその腕は衰えておらず、この島のコックとして軍民問わずその胃袋を満たしている。

 

「分かったよ。散歩に行ってくる」

 

テーブルから起き上がり誰もいない食堂から外に通じるドアを開ける。潮の香りと海風が吹き上げてくるが不思議と不快感は無い。要は慣れである。

 

基地の周りを歩いていく。右には海が広がっており、また多数の戦闘艦の残骸が横たわっている。霧の襲撃時に運悪く停泊していた艦だ。その中でも特に異彩を放っている艦が目の前にはあった。

 

「記念艦ミズーリも今は唯の鉄屑か」

 

霧と対峙した者からすれば恐怖を抱くその艦影。数多の戦争を経験した米海軍の戦艦であるBB-63ミズーリ。第二次世界大戦時に建造され、半世紀前まで稼働していた戦艦。本来なら記念艦としての余生を過ごす筈だったミズーリは霧の出現によってその運命を狂わせる。

 

霧の出現当時、霧が第二次世界大戦時の艦艇を模していることから現存するアイオワ級戦艦を使えば欺瞞が可能では無いのかという案があった。馬鹿馬鹿しい考えだが、人間は追いつめられるとおかしくなるものである。直ちにアイオワ級戦艦の復旧が行われたが、霧には通用しなかった。パール・ハーバーに停泊していたミズーリが霧の攻撃を受けたことで直接的な欺瞞効果が無いことが証明されたのだ。これによってアイオワ級戦艦の復旧は中止に追い込まれた。ここハワイ諸島に放置されたままミズーリは鉄屑と化したのだ。

 

「分かっちゃいるけど、海に出たらミズーリみたいな古い船の形をした霧がうじゃうじゃいるんだよな……変な気分だ」

 

ミズーリの船体には穴が幾つも空いており、攻撃の激しさを物語っている。強固な装甲を持つ艦艇である戦艦ですらこの状態なら無装甲の現代艦艇など一溜まりも無かっただろう。

 

そう考えていると父さんのことが思い浮かんだ。ウィルソン・ウェーバー大尉、母さんから聞いた父さんの名前と階級だ。母さんの話じゃあ父さんはアーレイ・バーグ級ミサイル駆逐艦サンプソンの艦長だったらしい。運悪く大海戦の時に駆逐艦サンプソンは撃沈されている。しかし、人間は諦めが悪い。顔を知らない父さんでも何処かでしぶとく生きている。そんな考えがずっと頭の中にある。

 

「さーて、そろそろ朝食は出来た頃かな?」

 

感傷的な気分を振り払って今まで来た道を小走りで戻る。これだけ時間が経ったなら朝食は出来ただろう。ついでにエリオットも誘ってやろう。整備にはまり込んで朝食抜きは良く無い。そう思いながら途中で格納庫への道を辿ながらサムは走って行った。

 

 

 

周囲から隔離された島、ハワイ諸島。しかし本国からのSSTOによって生活には困っていない。飯も水も薬も、必要最低限のものは届いてくる。ご飯を食べて自家製の釣竿で釣りをして、そして帰って母さんと話をしてから基地のベットで眠りにつく。生まれてから12年間、ずっと変わらない僕の日常。

 

 

大海戦から13年間続いて来た置き去り達の日常。その日常は13年目という不吉な数字の今日終わりを告げる。

 

その日の深夜、とある2人のメンタルモデルによってハワイ島は不本意ながら再び騒がしさを取り戻す。

 




2人のメンタルモデルとは一体誰だ!?(ネタバレ済み)

冗談はさて置き今回は次話への繋ぎであり、今後の話の為に出しました。

余談ですが、戦艦ミズーリときてコックと来たのに何故セ○ール出さなかったという人。
セガ○ルさん出したら話が終わってしまいます……

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