蒼き鋼のアルペジオ ーThe blue oceanー 作:酸素魚雷
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格納庫内の広場、野外用ライトの光を浴びながら慌ただしく動く軍人達。
そこは旧市街区での指示を出す為に作られた仮設指令所であり、基地内部の司令塔への中継地点でもある。
その中継地点たる仮設指令所の足元にはケーブルが散乱しており、それぞれがノイズを立てる無線機や低く唸るような音を出すバッテリーボックスに繋がれている。格納庫内の鉄鋼に吊るされた野外用ライトに照らされる中、指令所で作戦を見守っていた軍人達は事態の収集に手間取っていた。
「ブラボーチームがやられたか……」
「中佐、残念ながら敵の方が一枚上手だった様です」
その事態は基地司令塔にも当然届いた。非常事態とはいえ各ユニットには歩行兵器を連れて行かせたが、その編成部隊を敵はいとも容易く無力化したのだ。
「それで……ブラボーチームは無事なのか ? 」
「只今確認中です。現時点ではなんとも……」
言葉を濁す兵士
不吉な結果が脳裏に浮かぶ、敵が殺傷行為を行ったならばあのユニットの生存者は皆無だろう。しかし幸運にもその心配は杞憂に終わる。
「失礼します ! 中佐、ブラボーチームは全員無事です ! 」
今は電気の通っていないドアから1人の兵士が入ってきた、それも吉報を持って来た様だ。
「気絶している為か軽い脳震盪こそ起こしていますが命に別条はありません」
「そうか……無事だったか……ご苦労だった」
報告しに来た兵士に向けて行われる海軍式の敬礼、報告をした兵士も反射的に敬礼を行う。全員無事、それがウィリアムにとっての何よりの吉報だ。
「そうなると敵が何処に逃げたかだな」
「中佐、何処か心当たりが ? 」
「いや、私にもさっぱりだな」
侵入した2人のメンタルモデルの目的は湾に捨てられたミズーリであり、本当なら湾を見ればアイオワの船体が停泊しているのは簡単に分かるのだ。灯台下暗しとは正にこのことである。
しかしこのオワフ島海軍基地は老朽化した窓の修理と内部機材の劣化防止を兼ねて窓を鉄板で塞いでいる、それは基地司令塔も同じであった。
ターゲットが湾内にいても窓は鉄板で塞がれており、気付くことが出来なくなっていた。彼らの注意が市街区に向いてしまっていることもあるが、敵の真横で必死に敵を探している様子は酷く滑稽に見えるだろう。
その頃ユニットの出動によってガラ空きになった基地内部に2人の
「スキャン結果、付近に生体反応は無いね」
「地下には反応があるな。シェルターか何かか ? 」
電灯に薄く照らされた基地の素っ気無い廊下に立つ2人の男女、その周囲には蒼いデータの環が展開されており、絶えず何かを記録する様に変動している。
「周りに誰もいないなら問題は無いね」
「ああ、それじゃあアイオワ、重力子機関のアイドリングを開始してくれ」
「了解、重力子機関オンライン、出力2%にてアイドリングを開始」
基地内部でアイオワが呟くと共にミズーリを抱えて湾内に停泊しているアイオワの船体はバイナルパターンを浮かべ重力子機関を作動させる。
船体に到着した後、離脱が可能な様に予め重力子機関を作動させておく。これによってミズーリを抱えた状況から一切のロスタイム無しの後退が可能となる。
しかし無音で作動出来る程大戦艦級の重力子機関は静かでは無い。その結果アイドリングの微々たる騒音は1人の少年を呼び寄せることとなったのだ。
「この音…………何処から……」
地下シェルター内部、先程に比べて落ち着いたとはいえまだ室内は騒がしかった。さっきは泣き叫んでいた人が、今度は新しい知らせは無いのかと兵士に詰め寄っている。
しかし壁に耳を当てた1人の少年の耳には全く別の騒音が聞こえていた。
(何かの振動する音 ? ……それも湾の方向から……)
先程から聞こえ出した何かの振動音、それは不快で無くともサムの耳に残る独特の音。それは湾のある方向から壁を伝いながら聞こえて来た。
後ろを振り向いて母さんの方を見る、安心した為か座ったまま眠ってしまっている。周りもこの音に気付いている様子は無い。
(……確かめてみよう……)
ダンボールや小コンテナが積まれた出口まで進んでみる、兵士達は民間人の対応に追われて気付いてはいなかった。それを確認すると、念の為に通路の小コンテナに入ったM4A1を取り出して持っていく。そしてそのまま重いアサルトライフルを抱え、サムは来た通路を遡り基地の1階へと出た。
「確か湾は向こうの出口から通れた筈」
基地の構造は熟知している、12年間住んでいるのだから当たり前だ。それ程の時間を掛けずに目当ての出口にたどり着く。
「M4の安全装置は確か…………これだ」
出口の影でM4A1の安全装置を解除。コッキングレバーを引いて一発目を装填すると共にセミオートに設定する。
M4A1の使用弾は5.56mm弾。7.62mm弾や6.5mm弾に比べれば撃ち易く、反動も少ないがそれでもアサルトライフルだ。12歳の少年の体格では射撃姿勢を整えてもセミオートが限界となる、それは本人が一番分かっていることである。
肩に銃床を当ててグリップを握る、撃つ寸前まで引き金には指を入れない。この基地の兵士達に教えてもらった大雑把な銃の撃ち方。その準備が出来た時、出口から近くの廃コンテナの影へと移る。
辺りを伺う為に廃コンテナの影から顔を出した時、”ソレ”は見えた。
打ち捨てられたミズーリを抱える様に停泊するもう1つのミズーリに似た艦影、否ミズーリそのものの艦影。
しかしその艦影はソレが人類の船で無いことを物語っている、月明かりに照らされた白銀の船体に浮かぶ蒼のバイナルパターンに唸る低い振動音。霧の艦、それは疑い様の無い事実だった。
思わず廃コンテナの影から出てしまったサム。しかしこの霧と対峙した今、不思議と恐怖を感じなかった。美しさ、力強さ、そして何よりも自分達人間の矮小さ、眼前に鎮座する巨大戦艦を目の前に浮かぶ恐怖以外の感情、それは単にサムが霧の恐ろしさを知らなかったからかもしれない。
「霧の船…………アイオワ級……」
以前自分の言った言葉を思い出す。このハワイを出ればミズーリの様な船が沢山いる……と。この島で生まれ、またこの島で老いて死んでいくとばかりに思い、目にすることなど無いと思っていた船。
それも小型の駆逐艦や軽巡洋艦では無くアイオワ級という巨大戦艦、生まれて初めて目にした人類の敵、その非現実的な現状にのめり込んだサムを現実へと呼び戻したのは若い少女の声だった。
「貴方、こんなところで何をしてるの ? 」
「全く、最後の最後でこうなるとはな……」
声の方へと振り向き、反射的にM4A1の銃口も同じ向きへと向ける。そこに居たのは若い少女と青年だった。白のセーラー服に同色のスカート、ブラウンカラーのロングの頭には白の海軍帽を被っている。そして何よりも吸い込まれそうな程透き通った蒼の瞳。
青年の方は東洋人風の顔つきに短い黒髪、頭には少女と同じ海軍帽を被っており、白色のジャケットとシャツに同色のズボン。しかし瞳の色は東洋人らしからぬ少女と似た色だった。
本来なら銃を向けていい相手では無い、その相手が人間だったならば。
サムは生まれて12年間の間、この2人の様な人間を島で見たことが無かった。霧が海を封鎖している以上新しくこの島に来られる人間などいないのだから。
「とりあえずその物騒なモノを下げてくれると助かるんだがな。俺達は別に危害を加えたい訳じゃ無い」
「…………」
相手はしきりに停泊しているアイオワ級を気にしながらそう言った、恐らくこの2人が黒だろう。
「あんたら2人は霧なのか ? 」
M4A1の銃床を右肩に当て、グリップを強く握っておく、何かあれば直ぐに撃てる様にサムは準備した。
「そうだ。だが、別にこの島をどうこうしたい訳じゃ無い」
その言葉と共に大きくなっていく振動音、海面には微かに紫電すら走っている。
「海斗、準備完了だよ」
隣にいた少女が呟き、あの船への階段の様なモノが現れる。限りなく薄く、また硝子の様にすら見える。
「分かった。それじゃあ行こうか」
湾内のアイオワ級へと伸びた階段を渡ろうとする2人、しかし今行かせる訳にはいかない。少なくとも今回の騒ぎの原因はこの2人なのだから。
「ま、待て ! 止まれ ! 」
今度は引き金に指をかける、すると少女は身体に模様を浮かべると共に此方に向かって手を伸ばす。
次の瞬間、構えていたM4A1の前半分を紫色の球体が呑み込んだ。慌てて地面に捨てるとさっきの紫色の球体はしぼんで銃の前半分と共に消滅した。
「驚かせてごめんね、でも貴方を傷付けたく無かったから」
振り返り様にそう言い残して青年と共に船の上と登っていく。
それから暫くの間動けなかった、さっきの銃を削り取った攻撃は疑い様も無くあの少女が出したもの。人知を超えた霧の力に驚くと共に、少女が慈悲を掛けてくれたことへの少なからずの感謝が湧いてくる。
この基地の軍人達は皆言っていた。霧は悪魔だ、人間がどれほど束になろうと奴らには勝てない、血も涙もない化け物だと。
しかし、それは本当なのかと疑問を抱かずにはいられない。もっとも基地の軍人達は嘘をつく程つまらない人間では無い、彼らの幾らかは実際に霧と戦ったのだから。それでも本当に霧は血も涙もない化け物なのだろうか ?
その答えは当分出せそうも無い。
「ミズーリへの固定アームの正常作動を確認、水流逆噴射の最終フェーズを終了。いつでも動かせるよ」
大戦艦アイオワの艦橋部、ところ狭しとモニターが並んだその部屋に響く少女の声。重力子機関が唸りを上げる中、最後の確認作業を行う大戦艦アイオワのメンタルモデルである。
「良し、重力子機関最大出力。水流逆噴射によってこの湾内より離脱する」
自らの艦長からの命令を聞き、大戦艦アイオワの船体は動き始める。
「了解、5番6番推進装置起動。水流逆噴射開始」
アイオワの呟きとともに変化する大戦艦アイオワの船体、艦底部のバルジ付近が左右に開き、中から大型水流噴射推進装置2基が顔を出す。その瞬間水流噴射推進装置からはアイオワ級2隻分、10万tを突き動かす程の出力が発せられる。
ミズーリの船体に固定アームを突き刺し、船体右舷に括り付けている大戦艦アイオワの船体が周囲の廃船を押しのけながらゆっくりと湾内より離脱していく。
「逆噴射に成功、現在45ktにて後退中」
「成功だな」
湾から遠ざかって行く大戦艦アイオワ、そして沖に出た辺りで後退を停止した。
「それじゃあ海斗、ここからは予定通りにいこう」
「ああ、深度200まで潜航。巡航速度を維持、あとミズーリが潰れない様にクラインフィールドの展開には気を使ってくれ」
「了解 ! 深度200へ潜航 ! 」
バルジ付近に搭載された重力子バラストを使用しながらゆっくりと潜航していく大戦艦アイオワ、片方にミズーリを抱えたまま深度200mの海中へと潜って行く。
「それじゃあ帰ろうか、海斗」
「そうだな、よろしく頼むぞアイオワ」
特大のデコイを抱えたまま大戦艦アイオワは仲間の元へと帰って行った。
オワフ島海軍基地 湾内ドック正面
「サム、こんなところにいたのかね」
後ろから声を掛けられて振り向くと、後ろにいたのは杖を支えに歩く年老いた軍人。
「ウィリアム中佐…………」
「お母さんが探していたぞ ? あまり親を心配させるものでは無いよ」
僕の頭を撫でながらそう言ったウィリアム中佐、確かに母さん心配してるだろうな。
「それと……もし良ければ君に聞きたい質問があるのだが…………構わないか ? 」
質問 ?
「はい、構いませんよ。中佐」
「そうか……なら聞こう、君から見て”彼ら”はどうだった ? 」
……どうして中佐がそのことを ?
「いや……すまん。やはり止めておくよ」
僕の表情を読み取ったのか中佐は答えを聞く前に質問を切ってしまった。
「それにしても……この湾も寂しくなったな。この場所から見えるミズーリは一種の楽しみだったのだがな……」
確かにそうだ。ミズーリがいなくなった湾は何処か寂しげに見える。
「それと…………サム、風邪を引かない様に早く着替えて来なさい」
「え ? ……あ ! 」
中佐の言葉にはっとする、改めて気付くと僕はびしょ濡れだ。どうやら派手に海水を被ったらしい。
「うぅぅ……意識すると寒い……」
「フフッ……くれぐれも風邪を引かん様にな。サム・ウェーバー」
少しばかり笑いながら基地へと戻っていくウィリアム中佐、少し意地悪だと思ったのは言わないでおく。
そんな自分をからかう様に吹いている潮風、日の光が水平線から見え始めているのを見るともうすぐ明朝だろう。
「眠い…………着替えたら眠ろう……」
睡眠への欲求を抱えながら少年は基地へと戻る、この後紛失したM4A1のせいで睡魔の中説教を受ける羽目になるのだが、本人はまだ知らない。
ハワイ諸島に戻った日常。しかしそう遠く無い未来、その日常は再び変化する。
やっと終わった〜ハワイ !
16話しか書いていないのにハワイ関連は4話…………自分でもビックリな凄まじいハワイ率です。
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