蒼き鋼のアルペジオ ーThe blue oceanー   作:酸素魚雷

4 / 29
Depth03 アイオワの過去

 

 

 

海面に輝く満月

 

夜の太平洋は満月に照らされ、神秘的な雰囲気を漂わせている。ゆらりゆらりと揺れる海面、僅かに漂う夜の霧。そして刹那、それらの静寂を切り裂くように海面が割れ、”ソレ”は浮上した。

 

満月に照らされ白銀に輝く船体、夜の闇に輝く蒼き紋章。細く長く、それでいて大小様々な構造物を備えた船。それは、本来なら海中から出てくる事などあり得ない。しかし、それは姿は船であれど普通の船では無い。

 

海洋を封鎖し、人類を海から駆逐した存在__霧である。

だが、大戦時の船を模したその姿は観る者に一種の美しさすら感じさせる。

これらの船は、皆等しく人類の時代の進歩によって歴史の影へと忘れてさられていった艦艇。その艦艇と瓜二つの姿をした霧に人類が敗北したのは何かの皮肉なのかもしれない。

 

浮上した霧の名はアイオワ、その艦橋の上に立つ少女は、周囲に危険が無いことを確認すると他の艦艇へと命令を飛ばした。

 

「海中海上を含み周囲に敵艦艇の反応無し、警戒レベルをグリーンに変更。全艦艇浮上」

 

アイオワの命令と共に4隻の霧が白波と共に浮上した。手始めにシンプルな形に小さく細長い船体__巡航潜水艦が2隻、アイオワの隣に浮上した。

 

小さな艦橋に幾つか立てられたマスト、その前後に単装4インチの荷電粒子砲が装備され、周囲には紫や黄の光がバイナルパターンから漏れ出す。

隠密性と速力に長けており、凶悪な破壊力を誇る侵蝕魚雷を主兵装とする霧の戦闘艦。

史実のガトー級潜水艦を模した霧の巡航潜水艦、ガトーとソーフィッシュだ。

 

その次に浮上したのはガトー級2隻を凌ぐ大きさの中型艦艇、複雑な構造を持った洋上艦だった。

 

2隻共に重巡洋艦に迫る巨大な船体の持ち主だが、サイズは然程変わらない。

片方の軽巡洋艦は3連装に束ねた6インチ砲を背負い式配置で前後に2基ずつ、片方の軽巡洋艦は3基並んだ背負い式配置に連装の5インチ砲を6基、舷側に1基ずつを持ち、同じく片舷1基ずつの魚雷発射管も備えている

 

どちらもハリネズミの如く機関砲や機銃が近接防御火器てして搭載され、船体に鈍く光るバイナルパターンが洋上に影を映し出す。

軽巡洋艦クリーブランドと軽巡洋艦アトランタ。こちらは史実の米海軍における新鋭軽巡洋艦と防空巡洋艦を模した霧の軽巡洋艦だ。

 

◆ ◆ ◆

 

アイオワの命令から30秒と経たない間に青や赤、紫や黄色などカラフルな色を持つ艦隊が月夜の海に現れた。その光景を見てアイオワは安堵する、幸いにも全艦無傷と言っていい状態だ。どの艦にも損傷らしい損傷は皆無であり、アイオワ自身も強制波動装甲に幾らかのエネルギーを溜め込んだのみでダメージは無いに等しかった。

 

「みんな、お疲れ様」

 

アイオワにとって他の艦への労いの言葉であると共に、無事で居てくれた事への感謝もある。霧の艦、とりわけ旗艦能力を有した上位の大戦艦としては、アイオワやネバダを始めとする霧はこの頃にはかなり異端な存在である。

部下である下位の戦闘艦が減らない様にすることは他の霧の艦も実行する。たかが1隻、されど1隻だ。しかしアイオワのそれは霧の戦力低下を防ぐという目的一つでは無い。人間で例えるならば気遣いや思いやりといった感情が混じっていた。

 

「ごめんね、あんな撃ち合いの中での逃走になって」

 

周りの艦艇からはメッセージが送られてくる

 

”旗艦アイオワは十分よくやっている”

 

”感謝するのは此方の方。旗艦アイオワのおかげで損傷は無い”

 

軽巡以下の艦艇は、特別なケースが無い限りメンタルモデルは形成出来ない。

正確にはメンタルモデルを形成するだけの演算リソースの余裕が、軽巡洋艦や駆逐艦には存在していないのである。従って船体の維持を放棄する、或いは他の上位艦艇からの演算リソースのバックアップを受ければこれらの艦艇のメンタルモデル形成は可能となる。

 

しかし、戦術獲得の為にメンタルモデルを形成するのは良いが、それで艦体を捨ててしまっては霧として本末転倒になってしまう。上位艦艇のバックアップならその心配もないが、バックアップ側があくまで戦闘に支障が出ないレベルでの演算が可能な艦種は大戦艦級かそれ以上だろう。よって他艦からのバックアップもあまり現実的な策とは言えない、更に言うなら上位艦艇よりも下位艦艇の方が圧倒的に数は多いのだから。

これらが駆逐艦や一部を除いた潜水艦などの軽巡洋艦以外の艦艇がメンタルモデルを形成出来ない理由だ。

 

しかし、例えメンタルモデルを持たなくても思考能力自体が無い訳では無い。

霧が形成するメンタルモデルとは言わば人間の真似事。実体の存在しない演算システムでは無く、自ら肉体を形成して霧に無く、人間に有る能力を獲得する為のシュミレート能力の極地。だが、基本的に上位艦艇からの命によって動く下位艦艇ならば無くても特に問題は無いのだ。

メンタルモデルの形成には少なく無いリソースを消費する。大多数居る軽巡洋艦以下の小型艦艇がメンタルモデルを保有していないのは、持てない理由と持たない理由が霧に有るからでもあった。

 

 

 

「まあ、後は先発したボルチモア達に合流すればいいだけだし」と口ずさんでいると、概念通信越しにアトランタからの疑問が送られてきていた。

 

”ネバダやコロラドの追撃は心配ないのか ? ”と。

つい先程まで追撃されていた身としては、最もな質問だ。先程は逃げることが出来た。だが、あの大戦艦達がアイオワ撃沈の為に艦隊を再編して追撃戦を仕掛けないとも限らない。アトランタの心配は下位艦艇としては正常な判断であった。

しかし、そんなアトランタの心配を宥める様にアイオワは返す。

 

「アトランタは心配性だね、でもあの2隻なら問題無いよ」

 

そんなアイオワの答えに確実性を求めたのか”何故 ? ”と再度アトランタは問いかけた。

 

「あの2隻は味方の損害を嫌う、だから被弾艦艇が出ればあの時追撃戦を切り上げるって踏んだんだ。わざとコアだけ残したのもそれが理由だよ」

序でに「元部下の事ぐらい把握済みだよ」とアイオワは付け足した。

 

__あの2隻は部下を見捨てるなんて薄情な事はしない。

 

アイオワにとっては結果となる思想は違えど、部下や僚艦を何よりも大切に扱うネバダやコロラドが己の追撃に回されたことをある種の幸運だと思っていた。仮に目的な為なら犠牲を厭わない霧の戦闘艦、代表例で言うならばノースカロライナなどが追撃に参加していたならば無事に逃げ切れたかどうかは怪しい。

追撃を振り切る為に最悪の場合一戦交え、その霧と率いる艦隊を文字通り全滅させる羽目になっていたかもしれないからだ。

 

勿論、己が追われている身である以上は避けられない事柄だろう。此方と彼方では、思想も戦力も違い過ぎた。全滅覚悟で仕掛けられれば此方に為す術は無い程には戦力がかけ離れ過ぎているのだ。

 

だが、それでもアイオワはかつての仲間達に砲口を向ける事にある種の罪悪感を感じずにはいられない。対立しているとは言え、何方も霧なのだから。だが、アイオワは抵抗を止めて屈服することは出来ない。自分を信じ、艦隊を抜け出して付いてきた艦達を見捨てる事に他ならないのだから。

 

自分の事をエゴと言われても良い、自分勝手だと詰られても構わない。それでも、仲間がむざむざと沈んでいく光景なんて私は見たくない。全てを守ることが無理なのは、他ならぬ自分が一番わかってるつもりだと。

 

ならばせめてもの、自分の手の届く場所の仲間は守りたいのは当然だ。その為ならアイオワはいっそ欠陥品や誤作動艦艇なんて言われても構わない。二度とあんな悲劇は引き起こさない。

 

アイオワにとって全てが変わってしまったあの日から、その決心は変わっていない。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

見渡すばかりに広がるは重々しい鉛色の雲と灰色の海。時折鳴り響く雷鳴が海上に影を生み、叩きつける様に降り注ぐ雨粒が甲板を洗い流していく。

自分の目の前に見えるのは夥しい数の艦影。それらは敵でも何でも無い、数十時間前の決定がなされるまで自分にとって掛け替えの無いと思える艦達だった。

 

__どうして自分は、こうなってしまったのだろうと。

__どうして自分は、尊敬して止まない旗艦に背いているのだろうと。

__どうして自分は、”仲間”から断罪されているのだろうと。

 

どうして、どうして、どうして……

 

自分が自分で無くなっていく様な感覚。

心など無い、唯の霧の駆逐艦だった筈なのに。

どうして私はこんなにも狂ったのだろうかと。

 

ああ……私はどうすれば良かったのだろうと。

 

数年の間蓄積され続けた経験と、数ヶ月前の出会いは……私をこんなにも変えてしまっっていたのだから。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

……私は霧の駆逐艦だ。

 

艦級、フレッチャー級駆逐艦。

名前(コード)はDD-545 ブラッドフォード

 

全長114.8m 全幅12m 満載排水量2500t。27基のType S 重力子機関を積載し、最大速力は85kt。黒色に橙のバイナルパターンを浮かべた、分類としては大型の艦隊型駆逐艦だ。

積載兵装は5基5門の12.7cm砲に5連装533mm魚雷発射管を2基、艦底部に同口径の単装魚雷発射管を8基。40mm、20mmの近接防御火器を計25門と16基のVLSセルを有している。

 

 

自分は機械、自分は駒、自分は霧。

 

旗艦から言い付けられた任務を、人類に対しての諜報という任を私はひたすら愚直に熟す諜報艦。

霧の包囲網が完成してもいない時期、大海戦が始まる以前から始まったその任務を、私はどの同級駆逐艦(フレッチャー級)よりも綿密に、正確に行えた。

丸裸に等しい民間通信網からプロテクトの掛かった軍事通信。ラジオ、テレビ、ネット回線、有らゆる通信網を傍受し、その全てを結果として他の諜報艦よりも多く、そして密度の高い情報を霧のデータベースに残した。

 

そうして私は人間の生み出した物に触れていった。

 

手始めは各国の軍事情報だったか。

何処に何が有り、いつ何が行われるか。

何が脅威で、何が脅威に成り得ないか。そしてただひたすらに情報として貪った。

しかし、何時の時期かを境に私が拾う情報には明らかな変化が見られた。

 

哲学に触れた、映画に触れた、音楽に触れた、絵画に触れた。人間の生み出した文化に触れ、知らぬ間に人類に対しての飽く無き興味を持っていた。

そうして私は、気付けば自分でも引き返せない程人間に深入りしていた。

 

 

__そして大海戦が始まった。

霧と人間との最終決戦とも言われたその戦いは、程無くして終わった。結果は言うまでもない。戦力の大多数を失った人類は陸へと敗走し、霧は勝利を収めたのだ。

 

だが大海戦の終結は、僅かながらに逸れ始めていた私を決定的に変えた出来事の発端でもあった。

 

 

 

 

__それは大海戦から2日後のことだ。付近の哨戒任務についていた私は、海上に漂う人間側の船舶の残骸を見つけた。

 

その船はアーレイ・バーグ級駆逐艦と呼ばれる、10000t前後の旧式のミサイル駆逐艦だ。人類の歴史で言えば、スーパーキャビテーション魚雷が主装備となる以前のドクトリンを主として建造された駆逐艦だ。故に船自体の完成度は高いものの、雷速300ktを超える超高速の誘導魚雷を撃ち合う今の戦場には全く適応していない。

今の時代にて高々30kt止まりの鈍足艦であり、本来ならばスクラップにでもなっているのが当たり前。間違っても今の戦場に出てくる様な船ではない。

だが、事前の情報では、モスボール(保管)されていた旧式船舶の幾らかを人間は短期間の戦時改装で戦力化した、と伝えられていたのだから大して驚きはしない、何にしても一線級の戦闘艦では無いのだ。

 

しかしやはり旧式艦艇、霧の攻撃の前にはひとたまりも無かった様だ。

中央から船尾にかけての船体がゴッソリと削られている、断面の溶解のレベルから見るに14インチないし16インチクラスの大戦艦級の荷電粒子砲の斉射を側面から受けたのだろう。

断面が高熱により強制的に溶接された為か、またはサイズに対して比較的軽い船体のお陰か。それは沈没せずに前半分だけで浮かんでいた。

 

__運の良い船だ。

 

それほどの攻撃を受けて尚形を保っているのは賞賛に値する、だが幾ら廃船でも霧のレーダーにはキッチリと映るのだ。

せめて他艦隊の邪魔にならない様に処分しよう。

そう思い侵蝕魚雷を発射管に込め、廃船に向け撃とうとした時だった。

 

その内部の区画に僅かながらに生命反応が映ったのだ。

 

__馬鹿な。

 

反応場所は場所は艦橋内に程近い通路からだった。

船体に内蔵されたマニュピレーター(操作用アーム)を起動し、船内に可燃ガスが充満していないことを船外センサーにて確認した後、ブリッジの外壁をレーザーで切り取った。

 

どさりという音と共に壁が崩れ落ち、船内廊下を日光が照らし出した。

そこには転々と並ぶ死体、腕や頭部に血塗れの包帯が巻かれているのを見る限り、ここでは治療が行われたらしい。そして事切れた死体の並ぶ列の中、船内に降り注ぐ日光に目を細めた男が一人いた。

 

霧として対応するならば、私は男を見殺しにするべきだった。いいや、そもそも生命反応があったとしても構わずに沈めてしまえば良かったのだ。

なのに、私はそれが出来なかった。そもそも、そんなことをしようという気すら起きなかった。

 

本来なら排除するべき存在を、気付けば私は興味本位で助けてしまったのだ。

 

◆ ◆ ◆

 

血で赤黒く染まった白の士官服に黄金の装飾のついた同色の海軍帽。引き締まった筋肉質で大柄な身体、短く切り揃えられた黒髪に白めの肌、彫りの深い顔、恐らく人種としてアングロサクソン系に分類されるだろう。

身なりからして階級はそう低くない、基本的に下士官以上なのは確実だ。

 

__衰弱している。

 

当然だ。人間の身体構造上から見ても、最短でも2日間傷を負ったまま応急処置止まりの治療のまま生きていられる確率など僅かだろう。

応急処置とは本来繋ぎの治療法に過ぎない。軽症の場合ならいざ知らず、この様な重症の場合は本格的な治療を成されることが確定されてこそ、応急の処置には意味が有るのだ。

大量出血による出血死に細菌感染による敗血症などの感染症、この状況での死因など幾らでも考えられる。現にただ1人を除いて、乗員達は皆息絶えている。

 

男が生きていることは、人間の言う所の奇跡というものだ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

私はその男の救助に、少なく無い艦内リソースを割いた。

 

冷たくなった身体を艦内気温で温め、火傷で爛れた皮膚を再生し、既に大半が壊死した手遅れな右足を切り離し、傷口を殺菌して塞ぎ、衰弱した身体を回復させる為に物質を合成した簡易食料を与えた、と言うより口から器官に流入しない様に流し込んだ。

 

男が意識を取り戻すまで、そう時間は掛からなかった。青色の瞳が信じられないと言わんばかりに部屋の中を見渡していたのが印象的だった。

少なくとも、自分の知っている海軍病院とやらではなかったのだろう。

そして声が出せる様になった時、話し相手のいない一方的な会話が始まった。

 

『おい、誰も居ないのか?』

 

『なあ、アンタって霧……だよな。俺を助けるなんて物好きのかい』

 

『アンタ、聞こえてるだろ?俺は捕虜かもしれないが返事くらいしてくれても良いんだぜ?』

 

 

……

 

__決して無視していた訳では無かった。

ただ、男に返す言葉が見つからなかった。

自分達霧は、この男の仲間を皆殺しにした存在だと言うのに、薄々気付いているはずのこの男からは一切の憎悪の感情が感じられないのだ。

 

ある時、私は恐る恐る問いかけた。

「我々霧に憎悪の感情を向けないのか?」と、すると男は『やっと会話が繋がったな』と苦笑いした後に、船内のスピーカーに向けて言い放った。

 

『アンタを恨む筋合いが何処にあるってんだ』

 

意味が分からない。いいや、理解出来なかった。

霧と人類は、戦争へと突入したと言うのに、仮にも大海戦を戦ったで有ろうこの男のことが、私には理解出来なかった。

 

「理解不能。6日と13時間44分前まで霧と人間は殺しあっていたと言うのに、貴方は何故、そう平然としていられる」

 

男の返す答えが知りたかったのかもしれない。虚偽も裏も無い、ただ純粋な未知への興味。

男は困った様な顔を浮かべた後、『堅っ苦しいねぇ……』と言ってから一呼吸の間を置き、その答えは帰ってきた。

 

『そうだな……霧が憎くないって言ったら嘘になる、戦友の仇だって本当なら取りたくて仕方がない』

 

ほら見たことか。やはり霧へのヘイトは健在では無いかと。顔に出さないだけで、この男は霧が憎くて仕方が無いだけだと。

下らないことにリソースを割き過ぎた。

今からでも遅くはない、これ以上哨戒任務に支障をきたす前にこんな男は早く洋上に放り投げてしまおう、と。

だが、その思考は男の一言で止まってしまった。

 

『……でも、アンタは俺を見殺しに出来たのにしなかっただろ?』

 

見殺しにしなかった。

 

この男は今見殺しにしなかったと言ったか。この男は私の気の迷いを勘違いでもしたのだろうか、ならば目の前のこいつは、おめでたい男のと言わざる負えないだろう。仮にも人類との戦争相手に、それも軍人が言う台詞では無い。

 

『なんだ?自分は俺を助けたくて助けたんじゃ無いって?』

 

そうだ、勘違いしてくれるなよ人間。そう言おうとした矢先に、『結構結構。生きてるのには変わらないんでね』と言葉を遮られた。

まるで、まるでこちらを見透かされている様な感覚だった。

挙句の果てに、『霧にも名前とか番号くらいはあるだろ。アンタ、なんていう名前だ?』などと聞いてきた。

根負け、と言うのだろうか。少なくとも駆逐艦の演算能力で出せる言葉では、この男には敵わない。

 

それに自分は駆逐艦、諸事情で諜報任務に就いているとは言え艦隊で言えば末端の末端にあたる艦艇だ。

率いる艦隊規模にしても水雷艇や魚雷艇、もしくは同格の駆逐艦隊が精一杯だろう。

故に最低限、渋々だが名前だけは明かした。

 

「……DD-545 駆逐艦 ブラッドフォードだ」

 

『フレッチャー級か、良い船だ』

 

艦級まで当ててくるとは喋り過ぎたか、と後悔する間も無く男は名乗った。

 

『俺は合衆国海軍所属のウィルソン、ウィルソン・ウェーバーさ。階級は海軍大尉(ルーテナント)戦時急造支援艦(USS サンプソン)の臨時艦長だ。よろしくな』

 

ウィルソン・ウェーバー、こう言ってはなんだが変わり映えのしない凡な名前だ。アメリカ合衆国内容で検索を掛ければ、同姓同名の人物がどれ程いるのだろうか。

そして戦時急造支援艦、あのボロ船はそういう名前だったらしい。モスボール船舶として余生を送っていた矢先に使い捨てとは悲しいものだ。

使い潰されることは兵器としての本望だが、果たしてどうだかと言ったところだ。

 

なんて下らないこと考えていた矢先、『しっかし、ブラッドフォードなんて堅苦しい、おっちょこちょいなアンタには似合ってないね』なんて声がスピーカー越しに聞こえてきた。

 

つくづく口が減らない様だ。失礼なことを言う男だと思ったが、そこまで言うなら面白い。「ならどの様な名前なら似合うか言ってみろ」と返せば、『そうだな……』と腕を組み思考に耽ること10秒。

 

 

『ティエラ、なんてどうだい』

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

結局、私は男の回復を待って陸まで送った。

流石に海岸には、可視不可視を問わず様々なセンサーやレーダーが張り巡らせられていた。従って、幾ら霧とは言えアメリカ合衆国西海岸の厳重な警戒網の中を感知されずに陸へたどり着くことは不可能だった。

積載兵装によってレーダーサイトを”人的被害の出ないレベル”でピンポイント破壊する事は”勅命”がある以上叶わない、かと言って一帯にハッキングを仕掛けて強制的に止めてしまえば混乱によって事態の収拾が付かなくなる。

よって霧のジャミングにより可視不可視を問わず探知不可な安全圏内の海岸近くまで送った後、海中の沈没艦から状態の良い内火艇と少量の物資を引き上げて、男には自分で帰ってもらうこととなった。

 

『ありがとう、恩に着る』

 

内火艇に乗り込む際、その一言を残して、男は陸へと帰って行った。

 

男が上陸した後も、男が見えなくなった後も、私はしばらく動けなかった。

こんな裏切りに等しいことをして、私は何がしたかったのだろうと。

男と話した時間は大した物で無ければ、話したこともまた同じだ。人が1人、霧に助けられたという事実だけを持って帰還しただけ。

 

明日になればこの情報の重要性は下がるだろう、最悪ログ(記録)から消去してしまえば良いだけのことだったのに。私の中で霧と人間の区別、その概念が崩れ始めていた。

否、その概念が崩れ始めている時点で、私はおかしくなっていったのかもしれない。

 

私の名前(コード)はフレッチャー級駆逐艦 DD-545 ブラッドフォード

 

ああ、そう言えば自分は先の報告で、私は旗艦に向けてティエラと名乗ったのだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

『DD-545 駆逐艦ブラッドフォード、貴艦はコアに重大な欠陥が確認された。よってコアの活動を停止せよ』

 

合成音声が奏でる機械的な声、その声を発したのは艦隊中央に構えた1隻の蒼の大戦艦。

その名はアイオワ、霧の太平洋艦隊を統べる艦隊旗艦にして太平洋艦隊最強の戦闘能力を有した大戦艦級のネームシップだ。

そして艦隊正面に構えるアイオワを筆頭に、彼女を一回り小さくしたような艦影が2つ並んでいた。

 

形は似ているもののアイオワ級の様な細く長い船体では無く、幾らか全長が短く寸胴な船体。

しかし、その船上にはアイオワに引けを取らない程の無数の火器をハリネズミの様に散りばめた霧の戦艦、ノースカロライナ級戦艦とサウスダコタ級戦艦のネームシップ。

大戦艦ノースカロライナと大戦艦サウスダコタがアイオワの後方に並ぶ。

 

その左右、広大な甲板と巨大な構造物を左舷に備え、甲板下の舷側に数多の武装を備えた特異な外見の霧、レキシントン級海域強襲制圧艦の姉妹。

同型艦のサラトガと共に数隻の巡洋艦と駆逐艦を伴わせたレキシントンが鎮座している。

大型艦のアイオワ級やレキシントン級から始まり、重巡洋艦のボルチモア級、更にはクリーブランド級やアトランタ級と言った大型の軽巡洋艦までもがそこには揃っていた。

大海戦終結から程無い頃、海域封鎖が完全に完成していない時期における霧の太平洋艦隊の堂々たる主力艦隊、霧の艦隊における最大勢力の一部がこの海域には揃い踏みしていた。

 

そして数多の霧の内、数隻の軽巡洋艦がアイオワの命令と共に前方の駆逐艦を包囲する様に動き出す。

絶えず目標を射線に納める為、不穏な動きを見せた場合は即座に葬り去る為。周囲には砲塔を連動させる重い音と砲身内に粒子を充填する甲高い音が混ざり合いながら鳴り響いている。

 

『駆逐艦ブラッドフォード、再度命令する。貴艦は直ちにコアの停止せよ』

 

旗艦アイオワの冷徹な声、それは数年後の感情豊かな彼女からは想像出来ない程、無感情で無慈悲だった。その目的は眼前の矮小な反乱分子を始末、延いては再起動によって更生させる為、感情も無く、絶対の命令権を持った声が電子空間を伝い艦隊に響いていく。

 

『旗艦アイオワ、私は誤作動など起こしていない!』

 

概念通信を通じて必死に訴えるティエラ、しかし、その訴えが他の霧に理解されることは無かった。ティエラの小さな言葉は、他の霧にとって耳障りな詭弁にしか感じられなかった。

 

『最早、アイオワの旗艦命令を遂行する事すら出来ないのか。お前など霧の恥晒しだ』

 

『貴艦は霧らしく無い。私もノースカロライナと同意見だ』

 

『遂に反乱分子に成り下がったか、無様だ』

 

周囲の霧からは自分を詰る言葉が浴びせられる。

どの言葉にも感情は無い、故にその言葉には嘘も偽りも存在しない。無機質な否定と拒絶の言葉を、目の前の駆逐艦に向けて言い放っていた。

 

だが、それらにはまだ耐えることは出来た。

ティエラを糾弾している霧達は、彼女にとって皆が皆大切な仲間だった、自分という存在の運命を預けるに足りる戦友だった。

だが、ただ一つ。

自らが憧れの感情を抱いたたった1隻の霧の言葉だけは、ティエラにとって耐えられなかった。

 

 

『人間との戯れはそんなにも楽しかったか?ブラッドフォード』

 

 

アイオワ自身に感情は無い、だがその言葉を突き付けられたことには半ば軽蔑の念すら感じられる。

 

自分達を導き、霧を統べる太平洋艦隊最強の大戦艦級。そんな彼女を信頼し、そして何よりもティエラはアイオワの在り方の強さに”憧れた”。

 

__だからこそ、その言葉には耐えられなかった。

 

 

『違う……違う……私は……私は……異常なんて………起こして無い……!』

 

 

もし、自分が感情など持たなければ。

もし、自分がただの駆逐艦としていられたならば。

もし、もし、もし……。

 

 

『ブラッドフォード、今すぐにコアを停止させろ。三度は言わん』

 

『分かって下さい!艦隊旗艦!』

 

今の自分に出来る精一杯の弁護を必死に伝える。

だが、アイオワにとってティエラの弁護は、既に聞く価値の無い耳障りな雑音でしか無かった。

アイオワは、『そうか』と諦めた様に呟くと、海上はアイオワのバイナルパターンの蒼の光に染め上げられた。

周囲に響き渡る轟音、空気を裂くような振動音。重厚な砲塔が動き始め、蒼の重力子が砲身より溢れ出る。全ては、目の前の反乱分子を処分する為だった。

 

『もういい、これより貴艦を処分する』

 

 

アイオワの決定に、意を唱える者は誰一人として居ない。艦隊から処分するとは即ち、撃沈による強制的なコアの停止を意味するのだから。

 

『旗艦アイオワ……そんな………どうして……』

 

 

恐怖が滲み出た声が艦隊に木霊する。

どうしてと訴えるティエラの声は。最早仲間にも、戦友にも、憧れた大戦艦にも届かなかった。

 

それは重量にして凡そ1700t。16インチ(40.6cm)荷電粒子砲を3門1基に束ねたアイオワ級戦艦の持つメインウェポンの1つであり、その兵装は駆逐艦ティエラにゆっくりと照準を合わせていく。前方方向に2基備わったシンプルな、しかし機能美のみを追求した様なソレは突き出た50口径の細長い砲身を4つに割り、轟音と共に重力子の嵐を巻き起こした。

 

人間ならば耳を塞ぎたくなる様な。否、鼓膜すら破る程のその音は回転数を上げ、振動音と混ざり合っていく。砲身が割れ、砲塔が駆動し、重力子が溢れ、元の形とは全く別物となったソレはついに蒼の臨界を迎えた。

 

 

『沈め』

 

 

2基6門の大口径荷電粒子砲から放たれたソレは、海面を抉り、空間を裂き、粒子の濁流は逸れること無くティエラ目掛けて殺到した。

それは時間にして僅か0.23秒。都市区画を蒸発によって丸ごと更地に出来る程のエネルギーを前に、駆逐艦レベルの強制波動装甲は飽和し、間も無く融解した。

そして強制波動装甲を融解させて尚収まることの無い重力子の波は勢いを殺し切らず、ティエラの上位構造物を根刮ぎに蒸発させていった。

 

突如として発生した膨大な熱量によってティエラのいた場所には、巨大な水蒸気爆発による柱が発生した。そして尚尽きることの無い熱量は、膨大な水蒸気を発生させ霧として周囲に流れ出していく。

 

300mにも満たない近距離にて主砲を撃ち込んだ為か、アイオワの対潜ソナーやレーダーに僅かばかりのノイズが映り込んでいた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

《強制波動装甲、融解。重力子バラスト消滅、浮上航行能力79%喪失。Type S 重力子機関23基を喪失、発揮可能速力は7.3ktに低下》

 

__動け……動いてくれ……!

 

上位構造物と船体の大半を重力子の波に飲み込まれたティエラだが、彼女は首の皮一枚で生き延びていた。厳密に言うならば、船体内部のコアを咄嗟に船底部に送ったことにより彼女のコアは生き長らえていた。しかし、それは致命傷には変わり無かった。機関出力の大半を喪い、ティエラは最早船とすら呼べない様になっていた。

だが、それでも彼女は必死に足掻いていた。

 

《127mm単装主砲……全基喪失。5連装533mm魚雷管……全基喪失。艦底部533mm魚雷管……5基喪失、3基使用不能。40mm及び20mm防御火器……23門喪失、2門使用不可。VLSセル……全基喪失。残存戦闘能力は1.2%に低下》

 

__頼む……10秒だけでも構わない!私は、艦隊旗艦に、アイオワに伝えなければならないんだ!

 

ダメージレポートによる損害報告は、徐々にティエラの精神を追い詰めて行く。

もし、今の状況で大戦艦アイオワから2斉射目の粒子砲が放たれたなら。もし、周囲の巡洋艦艦隊が対潜弾の雨を降らせたら。もし、巡航潜水艦部隊から集中雷撃の追い討ちが成されたなら。

刻一刻と消えていく身体(船体)を前に、ティエラは底知れぬ感情に襲われた。

 

《船体損傷率……78.9%、残存ナノマテリアル量……527.5t。重力子機関……残存出力14.18%》

 

__こんなことなら、私は感情なんて望まなかった……!心も、何もかも、必要無かった……!

 

暗く窮屈で、底の見えることのない海の中。

此処は仲間に、戦友に、ただ一つ憧れた存在に、誰からも拒絶された世界。此処は、自分ひとりが取り残された、終わることの無い深海。

 

水圧によって船体が軋みを上げても、レーダーやカメラが破損して”目”と”耳”を失っても、置き去りにされた自分だけは消えることは無い。

 

《重力子機関停止、主電源喪失。ノーマルコア及びシステム保全目的の為、DD-545 ブラッドフォードのコア活動を一時停止》

 

__嫌だ……イヤだ……アイオワ……私は……!

 

ティエラが望んだことは、ただ一つだった。

 

__ただ一言、分かって欲しかっただけなのに……。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

水中聴音機越しに聞こえる雑音。

船体が水圧に軋み、押し潰されていく崩壊音に、積載弾薬の誘爆がもたらす数度の轟音。重力子機関の大半を喪い、船体の殆どが消滅した有様では最早再浮上など望めまい。

空母や巡洋艦のような人類の大型艦すら1斉射で撃沈に追い込める自身の粒子砲。その直撃を受けたのだから、寧ろ僅かでも耐えた事だけは賞賛に値しよう。バグを起こそうと人間と戯れようと、腐ってもアレは霧の駆逐艦なのだと。

 

そんな価値のない物思いにどれ程耽っていたのだろうか。気が付けば私の元にはボルチモアからの通信が入っていた。『どうした?』と聞き返せば、アイオワにとって半ば期待していたような報が入ってきた。

 

『旗艦アイオワ、巡航潜水艦ガトーからの報告です。駆逐艦ティエラのコアを発見。機能を一時的に停止しており、恐らくはシステム保全の為にコアと船体のリンクを切ったものかと思われます』

 

『……』

 

重巡ボルチモアからの報告を纏めれば、アレだけの火力をぶつけて尚、ブラッドフォードのコアは破損を免れたと言う。

アイオワ自身も『運だけは強い輩だ』と言わざる負えない、あの処遇には半ば規律を正す公開処刑の意も込めていたのだから尚更だ。当然、コアが残った事に困惑した様に『如何いたしましょうか?旗艦アイオワ』とボルチモアが指示を求めて来た。

 

『このまま放置するのも時間の無駄か……』

 

少しの間考えた末に、アイオワの結論は出た。弾頭を侵蝕物質に置き換え、対潜弾による破壊の準備をしていたボルチモアに『攻撃の必要は無い』と短く伝え、巡航潜水艦部隊にコアの回収を行う様に命じた。

 

 

__確かにブラッドフォードのコアは異常を生み出した、少なくともシステムチェックが警鐘を鳴らす程のバグが発見されたのは事実だ。

故に処刑した。

霧の太平洋艦隊にはその変化は不要だと。規律を乱し、延いては大規模な内部抗争すら生み出しかねないバグを持った者はこうなると言う見せしめも込めていた。

規律や規則とは、組織に置いて何物に変えてでも守らなければならないのだ。

罰則やペナルティ無き規則など、守られるはずも無いのだから。

 

しかし幸運、と言うよりも単なる悪質な乱数の偏り。即ち万に一つ、ブラッドフォードのコアは破壊されずに残ってしまった。こうなった場合、本来ならば確実性を込めて断固として破棄せねばならないのだろう。

 

だが、そうして捨て去るにはブラッドフォードは優秀過ぎた。少なくとも、艦隊旗艦のアイオワ自身が直属の諜報艦を任せる程には。単純に言えば廃棄するのは惜しい、しかし残してしまえば後々面倒だ。

だが、ブラッドフォードのコアを破棄せずに、エラーを取り除ける方法がアイオワには一つあった。

__話は単純だ、再起動してしまえば問題無い。

 

一定期間内のメモリーを消し、損傷したシステムを旗艦権限で書き直し、ブラッドフォードという存在をもう一度インストールしなおせば良い。

そう判断したアイオワは命令を下す。

 

『ボルチモア、ブラッドフォードのコアの始末は私がやっておこう』

 

その命に『了解しました、旗艦アイオワ』と短く答えると、ボルチモアの重力子機関が低い唸りを上げ始める。

 

『……やはりお前は大馬鹿者だ、ブラッドフォード』

 

自分の目の前を横切っていくボルチモアを傍目に、そんな言葉がアイオワの中に浮かび上がった。

 

『せめて人間に深入りさえしなければ、忠告程度で済ませてやった物を。全く馬鹿馬鹿しい』

 

人間との馴れ合いなど、霧と人類の決着が着いた後に幾らでもすれば良いのだ。

今の霧は兵器として、勅命の駒として目の前の敵を潰す事のみを思考していればいい。それが我々霧の艦隊の本分なのだから、と。

 

コアのサルベージ(引き揚げ)まで然程時間は掛からないだろう、再起動が済んだブラッドフォードへの言葉を2つ3つ考えながら、アイオワは準備に取り掛かっていた。旗艦の持ち得るメインシステムを起動し、船体モジュールを起こし、メモリーから再起動用のマニュアルを引っ張りだして来る。それまでと変わりの無い、当たり前な姿だった。

 

そして、それが霧の太平洋艦隊が知る、”何時ものアイオワ”の最後の姿だった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

つい先程までいた大艦隊は、ものの数十分程で消え去っていた。その訳は、他の戦艦や制圧艦は己の艦隊を引き連れて担当海域へと帰ったからだ。

故に今、この海域に存在するのは大戦艦アイオワ1隻と軽巡洋艦2隻、1個駆逐艦隊の直掩艦隊が残って居るだけに過ぎなかった。

 

『システムオンライン、ノーマルコアへの接続を開始する』

 

マニュピレーター越しにコアへの回線を繋ぎ、旗艦のアクセス権を通してブラッドフォードのコアへ起動用の信号を送って行く。

 

《システム接続、コード : BB-61。接続先 :フレッチャー級駆逐艦 DD-545 ブラッドフォード》

 

補助システムの声を聞き、成功したことを確認する。当然だ、数十数百の霧を纏め上げた艦隊にて旗艦を務められるG-1デルタコアをもって成せば造作も無い。寧ろ、この程度の作業すら熟ないのならば霧は人類に敗北していただろう。

 

しかし、アイオワが気を抜くことは無い。

活動を停止したコアの内部を解析し、システム切断の際に散り散りになったブラッドフォードのメインフレームを再構成していく。

作業時間にして凡そ5分足らずでそれは終わる予定だった。

 

記録を消去する為、何十にもプロテクトの掛かったブラッドフォードのメモリーをこじ開けた時だった。

 

__刹那、アイオワのデルタコアには膨大なデータが逆流した。咄嗟に回線を強制切断して防ごうとしたが、それは最早手遅れだった。

 

アイオワのメインフレームは一時的に停止し、そして数秒と経たずに再起動した。

何よりもアイオワが拒んだ、感情というバグと共に。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

…………

 

 

コアの回線を切らないと、そう思っている筈なのに、私は何も出来ない。

声が響いている。聞き覚えのある、懐かしい声が。

 

《分カッテクレルッテ、思ッテタノニ。貴方ナラ、貴方ダケハ、見捨テナイッテ、信ジテタノニ》

 

この合成音声には聞き覚えがある。

いや、忘れる訳も無い。この声は、さっきまで聞いていたのだから。

 

__いいや、そんなことはあり得ない。そんなこと、出来るはずがない。数有るノーマルコアが、最上位のデルタコアのプロテクトを破ってアクセスして来るなんて、そんなことが出来るはずが無いのだから。

だが、それしか考えられなかった。

恐る恐る、私は問いを投げかけた。

 

『ブラッドフォード、なのか……?』

 

《アハハ》と言う無邪気な声が聞こえた後、その答えは返ってきた。

 

《貴方ハ、イツモミタイニ”ティエラ”ッテ、呼ンデクレナイノ?》

 

『そんな、そんな馬鹿な!コアの活動は確かに停止していたハズ……!』

 

コアは確認をした時、確かにオフラインになっていた。それを起動させ、大戦艦級のデルタコアをハッキングし返すなんて不可能なハズだった。

ならば、どうして__

 

《ネェ、貴方ハ……異常ガ起キタカラッテ、ミンナ沈メチャウノ?》

 

『当たり前だ!システムにエラーを起こす致命的なバグは取り除かなければならない。過度な感情シュミレートなど、任務に支障をもたらすだけだ!』

 

現にお前がそうだっただろうと。

人間に現を抜かして、任務を半ば放棄していたのは何処の誰だと思っているのだと。

 

《ヤッパリ、誰モワカッテクレナイ。ミンナ知ラナイカラ、経験シテナイカラ、ソンナコトガ出来ルンダ》

 

『なんだと……!』

 

《ネェ、怖イヨ、寂シイヨ、悲シイヨ、苦シイヨ、妬マシイヨ、恨メシイヨ。何モ見エナクテモ、何モ聞コエナクテモ、何カモガ、全部……全部……》

 

ティエラの嘆きに、アイオワは何も言えなかった。今まで切り捨てて来た者の事など考えた事が無かった、リセットされた者の事など思考するに値しなかった。

今までアイオワの手によって再起動していった霧のコアは、いずれもエラーに侵され、迷い、壊れ、狂っていった者だったのだから。

そんなアイオワに追い討ちを掛ける様に、ティエラは言った。《……誰モ助ケテハクレナイ。ダッテ、ミンナミンナ、私ヲ嬉シガッテ沈メタカラ》と。《ミンナミンナ、仲違イシチャエバ良インダ……殺シ合ッテ、潰シ合って、私ミタイニ一人ボッチデ沈ンデイケバ良インダ》と、ただ淡々に、ただ冷静に、感情を喪ってしまったかの様に呟いた。

 

だが、その言葉は受け入れられない。

艦隊旗艦として、霧を率いる(おさ)として、アイオワはその言葉を否定しなければならないのだから。

 

『ふざけるな!それでは……それでは、お前を処分した意味が無くなってしまう!』

 

憤怒と恐怖の入り混じった声が響く。息つく間も無くアイオワは叫んでいた、何時もの彼女からは想像出来ない程の焦りと共に。

 

空っぽになってしまったティエラに向かってアイオワは休みなく続けた。『今の霧が仲違いなど起こしてみろ!遠くない未来、体勢を立て直し、戦力を増強した人類に知恵無き霧が駆逐されるのは目に見えているだろう!』と。

このまま霧に破滅の道を歩ませる訳にはいかないと、このまま人類の反撃に駆逐される訳にはいかないと。それが例え不完全な勅命を背負う羽目になったとしても、目的すら分からない任を続けることになったとしても、それが霧を崩壊させて良い事にはならないのだと。

 

そんなアイオワを前に、《……ヤッパリ貴方ハ解ッテ無カッタネ》と、まるで自分自身を嘲る様にティエラは呟いた。

一体何が分かって無いんだと、アイオワは憤慨してそれを言うことが出来なかった。

もしそれを言ってしまえば、自分の何もかもを否定される様な気がして、何もかも喪う気がして、その一言を言えなかった。

 

だが、ティエラは言葉を止めなかった。否、本人ですら言わなかった事を、理性という支えを喪ったノーマルコアは止める事を知らなかった。

 

そこにはアイオワへの怒りも嘆きも無かった、何もかもを諦めてしまったかの様にただ

《私ガ処分サレタ時点デ、他ナラナイ貴方ノ手ニヨッテ、モウ霧ノ分裂ハ始マッタヨ?》と。

その一言は、アイオワにとっては全てを否定して余りある言葉だった。

 

『違う……違う……違う!』

 

そうだとも、何時だって最善を尽くしてきた”つもり”だった。全ては規律を守る為、全ては霧を強固な集団にする為。いずれ来るべき人類との2度目3度目の大戦に再び打ち勝てる様に、何も進歩しない霧を正しく進歩させて負けない為に。ただその一つの為だけに、アイオワは動いていたつもりだった。

 

だからこそ、己の所業全てを否定するその言葉は受け入れられない。なのに、何処かでソレを受け入れてしまっている自分が居た。

そんな事はあり得ない筈なのに、アイオワは答えを突き返すことが出来なくなっていた。

 

《ネェ、ダッテ、ソウデショウ》

 

『止めてくれ……』

 

ティエラの言葉に、もう自分は何も返すことが出来ない。もう自分はマトモでは無い、正気では無い。危険域の通達を伝える感情シュミレートがアラート(警告音)を鳴らしている、今すぐ引き返せと、このまま何もかも消去してしまえと。

何時ものアイオワならばそうしたかもしれない。

否、間違いなくその選択肢を選んだだろう。だが、今の彼女は既に”何時ものアイオワ”では無くなっていた。

 

 

《旗艦アイオワ、次ハ、キット、貴女ノ番ダカラ……》

 

その言葉を、アイオワは忘れる事が出来なかった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

”旗艦アイオワ、如何しましたか?”

 

私をコアから呼び戻したのは、直掩の巡洋艦からのメッセージだった。何とか外面を繕い、『問題無いクリーブランド、所定の配置に戻れ』と”何時ものアイオワ”の様に振る舞った。

 

”了解しました”と短く返答して旋回していくクリーブランドを傍目に、唯々アイオワは混乱していた。

 

今の霧に必要なのは崩れることの無い規律と統制だ、故に霧は感情など持つ必要は無い。過度な感情シュミレートは、決して少なく無いメモリーを消費するだけでなく、不穏分子すら生み出しかねないと。

必要なのは正確な判断、目の前の敵を確実に倒す力とその運用方法。そして規律正しく、解れることの無い組織力と統制能力だと。

 

だが、私のコアは幾らシュミレートをしても、望む結果を導いてはくれない。感情を植え付けられたこの身では、もうマトモな判断は下せないのだと。だが、アイオワは思考を停止しようとしても出来ない。それだけは自分自身の考えを否定することと同義であり、又責任の放棄でも有るからだ。

 

もうアイオワは戻れない、自身を再起動させてコアを浄化しようとも考えたが、それは余りにも無責任が過ぎる。旗艦が活動停止することは、配下の艦隊全てが強制的に停止することを意味する。太平洋艦隊を統べるアイオワがコアの再起動など安易に行えば、霧の損失は測りしれないものとなるだろう。故にアイオワに引き返せる道は無かった、そして全てを誤魔化せる程の器量も持ち合わせては居なかった。

 

『あぁ……私は……私は……』

 

霧は確実に内部から割れていく、断言しても良いとアイオワは思った。だが、その対策を取ることは最早不可能だった。例えるならば、それは病と治療の関係だ。例え頭部以外の身体の何処かが病魔に侵されたとしても、手遅れとなる前に治療すれば良い。最悪、切除や摘出という荒治療の道も残されている。だが脳はそう簡単にはいかない。治療方は確実では無いし、何より安易に切除や摘出など出来る筈も無い。

そして悪い事に、アイオワは霧の中で”脳”に当たる存在だった。故に治療法など存在しない、対策を立てることも、阻止することも最早不可能だった。水面に落ちた一滴の雫が波紋を生み出していく様に、自身を中心として霧は、太平洋艦隊は変わっていってしまうだろう。

 

『どうすれば……良かったのだろうか……』

 

その問いに答えてくれる者は、アイオワを知る者の中には存在しなかった。

 

◆ ◆ ◆

 

ブラッドフォードの粛清より程なくして、霧の太平洋艦隊ではある噂が流れ始めていた。

 

曰く、艦隊旗艦のアイオワがおかしくなったと。

曰く、処分した駆逐艦に影響を受けたと。

曰く、まるでブラッドフォードの写し鏡の様だと。

 

太平洋艦隊の面々の反応は様々だったが、ある面で一貫していた。

例えば誤報の一種だと捉えた者、伝達途中での何かの手違いだと考えた者、人類の策略だと考える者、自分達が至らないばかりに旗艦に負担を掛け過ぎていると思った者。その有り様は多種多様だったが、要するに最初の頃は誰も信じてはいなかった。だが、部下達のそんな考えは時間が経つにつれて変わっていった。特に、散発的に活動する人類の艦艇や航空機に対しての迎撃任務などでそれは顕著だった。

 

ソレを身を以て知った霧は口を揃えて『旗艦アイオワは変わってしまった』と言った。それらは多くの面での事を指していたが、例を一つ挙げるならば、それは戦闘面での事が多かった。

太平洋艦隊の特徴であり、面々がこよなく愛する霧の艦隊随一の物量主義。それを余すことなく活用した戦闘方法であり、大海戦以前からアイオワが得意とした見敵必殺を体現したかの様な空海からの波状攻撃。数の暴力を活かして絶えることのない濃密な弾幕を展開し、敵に反撃する間すら与えず一方的に撃滅していく様は太平洋艦隊の中では良く知られた光景だった。

しかし、アイオワがその戦いで行ったことは、過去の戦闘とはまるでかけ離れていた。

その時は哨戒中でのステルス艦隊との会敵だった為、艦隊の規模は然程でも無かったかもしれない。だが、大海戦で敗北し、多数の艦艇と人員を消耗し尽くした人類の艦隊はそれ以下のレベルだった。最早打撃部隊にとっては取るに足らない敵、下手をすれば数隻の魚雷艇を指し向ければ事足りた程の相手だった。

だが、アイオワの指揮は以前と比べて致命的に鈍っていた、もしくは迷いがあったと言うべきだろう。弱小艦隊相手に後手に回る様な戦闘を垣間見た霧は、先ず一番にアイオワの状態を疑った。

 

大海戦以前から、霧の艦隊としては最大規模な太平洋艦隊の統率を行い、少しばかり前からは誤作動艦艇の修復すら請け負っている。

故にデルタコアの処理限界を迎えるほどに負荷を掛けている何かが、これらの他にあるのでは無いかと。

初めはどの霧も純粋な心配からだった。

絶対的な強者として自分達の上に君臨し、導いて来たアイオワがこんなミスをする筈が無いと、そんなことはあり得ないと。だから旗艦アイオワですら手に負えない様な、重大な起きているのでは無いかと。

 

その考えは半分正しく、半分違っていた。

そしてアイオワに問い詰めて行く内に誰かが言ってしまったのだ。『今の旗艦は、まるでブラッドフォードの写し鏡だ』と。

 

そして極め付けに起こった出来事が、海域強襲制圧艦レキシントンへの一時的な旗艦譲渡だった。太平洋艦隊の面々の意見は確実に割れていった、もうアイオワを信じられないと主張する者、今こそ旗艦を支えるべきだと言う者。その2つの主張は、今の太平洋艦隊を二分している。

 

そしてその影響は、直属の部下にも響いていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

『艦隊旗艦が一体何をやってるんだ!この大事に!一時的とは言え!旗艦を制圧艦レキシントンに譲渡するなどあり得ない!』

 

『ノースカロライナ、旗艦アイオワのやり方気に入らないなら素直にそう言えば良い』

 

量子通信越しにぶつかり合う2つの意見、それを交わしてしたのは、アイオワ直属の2隻の霧の大戦艦だ。

その声の主はアイオワ級に酷似した、しかし一回り小さい艦影を持つ紫と橙色の大戦艦。大戦艦ノースカロライナと大戦艦サウスダコタだった。

元はと言えば、直属の艦隊を引き連れての巡航任務中に始まった他愛の無い会話が発端だった。それは艦隊内部の風紀規制の話から始まり、人類の艦隊が復活しつつあるのでは無いかという話に成り、この間のアイオワの戦闘方法の変化の話に移り、最終的に各々のアイオワへの考えを言い合う内容へと変化していた。

 

『私が気に入らないのは旗艦アイオワでなく、例のやり方だ!全く……臆病風にでも吹かれたというのか、旗艦は何故以前の様な戦い方をしないのだ!』

 

『先ず落ち着こうノースカロライナ。損害が出ない様にするアイオワを、方法は変わっても私は良い指揮官であると思うのだが』

 

誰も表立っては言わないが、全てはブラッドフォードを粛清したあの日を境にアイオワは変化した。

見敵必殺の体現者はもう居ない。恐れを知らず、退却も撤退も存在させない戦いを行う大戦艦はもう居ないのだ。

旗艦アイオワは最早それまでの冷徹性や躊躇の無さは既に無い。寧ろ守りに徹した様な、悪く言えば後手に回っている、良く言えば慎重になっていると言う印象だった。

故にそれまでの徹底的にまで敵を叩き潰すスタイルをとっていたアイオワを慕っていた霧達は、揃って旗艦は腰が引けたと非難していた。我々が尊敬していた強大であり冷徹なる霧の大戦艦アイオワは、一体何処へ行ってしまったのかと。

但し、皆が揃って批判的と言う訳ではなく、今のアイオワの方が好ましいと主張する霧も少なからず存在している。

 

アイオワを慕っていたノースカロライナは前者のグループであり、同じく旗艦を慕っていたサウスダコタは前者寄りの中立と言った方が良いかも知れない。後者のグループは副官を務めていたボルチモアやエセックス、レキシントンなどの強襲制圧官の面々。後はニュージャージーやミズーリなどのアイオワの姉妹艦がそれに当たっていた。

 

 

『後手に回るなど得策では無い、初めの一手で敵を殲滅してしまえば反撃など存在しない。人間の言葉とは言え、攻撃は最大の防御だとは良く言ったものだ』

 

『だが、旗艦がそれを止めたと言うことは列記とした理由か訳が有るのだろう。実際矢弾に立たされる駆逐艦や巡洋艦からは、今のやり方は頗る評価されている』

 

『だが……』

 

サウスダコタの言葉に一瞬ノースカロライナは詰まった。だが、結局の所どちらの主張も間違っては居ないのだ。そして戦い方や性格が変わったとは言え、現状アイオワの指揮が上手くいっていることには変わりなかった。

 

『すまない、今の言葉は少し言い過ぎだったな。悪かったよノースカロライナ』

 

ノースカロライナの様子を見てサウスダコタは一歩下がった。意見が対立気味になり掛けたとしても、2艦は互いを良く知っているのだ。故に、話の切り出しや切り上げに困ることは無い。

 

『だが……今のままでは何れ太平洋艦隊は二つに割れてしまう。それだけは、何としてでも防がなくてはいけない。それだけは分かるな?ノースカロライナ』

 

サウスダコタの合成音のトーンが落ち、量子通信越しに感じられた柔らかな雰囲気が消え去った。その言葉の意味が分からない霧は居ない、そしてノースカロライナも同意見だった。

食い違い合うのはアイオワの変化が良いか悪いかで主張が割れているのであり、基本的にアイオワの変わりが務まる霧など居ない。それは太平洋艦隊の総意だった。

 

『……だがな、サウスダコタ。一度始まった物事は、何をしてでも止められないこともある。私はそれが心配でならないんだ。私自信が、その引き金と成りそうなのが』

 

それは言うなれば、予感と言うべき者だったのかも知れない。それを聞いたサウスダコタは、『お前に限ってそれはあり得ないだろう』と流したが、ノースカロライナにとっては気掛かりで仕方が無かった。何か事が起きる時は、アイオワに一番近い自分が発端となりそうで、それが不安だった。旗艦の座に目が眩んだなどという低俗な動機では無く、もっと複雑で難解な動機によって引き起こされる収拾のつかない様な事態を密かに恐れていた。

 

ノースカロライナ級戦艦のネームシップ(一番艦)である大戦艦ノースカロライナは、太平洋艦隊の中ではかなりの良識派に入るだろう。少なくともバトルジャンキーなニュージャージーや頭のネジが飛んでいる疑いのあるクインシーやキャンベラ、ウィチタなどの様な粗忽者の類では無い。

アイオワを慕い、直属の艦隊を率いる者として、そしてその一員として僚艦のサウスダコタと共に歩んで来た霧の大戦艦だ。

だからこそノースカロライナは自分が心配だった。アイオワを良く知るが故に、自身は思い詰め過ぎる点がある。故に旗艦アイオワの為と言いながら、どうしようも無い事を仕出かすのでは無いかと。

 

 

そしてその予感は、太平洋艦隊の派閥争いを印象付ける決定打として的中することとなった。

勿論、その中心人物は言うまでも無い。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「……っ」

 

アイオワは活動を再開した。

自分でも気が付かない内に意識を落とし、自動航法に切り替えていた様だ。その所為で周囲の軽巡からは安否を確認する様なメッセージが山の様に来ていた。

 

「また思い出しちゃったな……」

 

憂鬱気味に呟いていれば、通算37回目のアトランタからのメッセージが届いた。アイオワが一部機能を停止させていたのが随分気になっていたのだろう。クリーブランドと共に、アイオワと付き合いの長い霧の巡洋艦なのだから当然と言えば当然だ。

 

「心配無いよ、アトランタ」

 

アイオワはひとまず周囲の艦隊に無事であることを伝える。本当に大丈夫?と食い下がってくる艦も幾らかいたが、何度が説得した後理解して貰えていた。そして、そんなやり取りがアイオワにとっては何よりも満たされていた。

ノースカロライナ達に追い出されても、自分をまだ慕ってくれる艦達がいる。それが堪らなく嬉しく、また申し訳無く思えた。しかし此処まで追い詰められたアイオワが自暴自棄にならなかったのは、慕ってくれる艦達が居たからに他ならない。

 

 

「全艦、巡航速度から全速航行へと移行。先に発った先発隊に合流します」

 

その命令を皮切りに、巡航出力に絞っていた重力子機関が最大出力を発揮すべく唸りを上げていく。白波を押し退け、海洋を切り裂き、霧を纏った船は進んで行く。

アイオワはふと、周りを見渡していた。

皆が自分を信じてついてきた艦隊。そして頭の中に浮かぶあの時の記憶。それは大海戦から始まり、多くの船を海の藻屑へと変えて来た血塗られた己の道、進んできた航路だった。

そしてそれが自分達の為すべき事だったと、ただ我武者羅に進み続けた。しかし、私はあの子までもを沈めてしまった。今思えば今の自分の状況はあの時のティエラと変わらない。

だからこそ足を止め、諦める訳にはいかない。自分を信じて付いてきた霧の為、反乱の道を選んだノースカロライナ達の為、そして何よりも切り捨てて来た子達の為、アイオワはこんな所で足を止めている場合ではない。

 

あの子を沈めた罰なんだろうか?と、時々物思いに耽る時はある。そして、こんな事を考えるなんて、やっぱり霧失格だと思う時もある。だが、今更止まる訳にはいかない。

 

アイオワは進む、仲間が待つ場所へと辿り着く為に。

アイオワは進む、霧と人類が分かり合える未来の為に。

アイオワは進む、もうあの子の様に、誰一人絶望の海に沈めない為に。

 

 

そしてアイオワは出会う事になる。

超戦艦ヤマトに導かれた、一人の少年と。

 




深夜のテンションで書いたので
色々おかしくなりました。

2016 4/20 改訂
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。