蒼き鋼のアルペジオ ーThe blue oceanー   作:酸素魚雷

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Depth04 蒼葉海斗の目覚め

 

 

 

 

 

《クラインフィールド飽和率……0.00%。強制波動装甲使用率……数値化不可。残存タナトニウム(侵蝕物質)量……0.00%、付近に120km圏内にオンライン船体の存在を確認……探知不能》

 

 

《人格形成……完了。演算粒子の起動及びに活性化……完了。戦術システムとのネットワーク構築……完了。制御ナノマテリアルによる船体構築……不可。》

 

 

《旗艦命令の受諾許可を申請……完了。現時点を持って霧の艦隊 (Fog Fleet)所属 太平洋艦隊(Pacific Fleet)旗艦 大戦艦アイオワ(Flag Ship BB-61)への受諾許可をアップロード済。》

 

 

《戦術ネットワークより基本設定をダウンロード。17.6%……36.8%……76.9%……100.0%、完了。No.2015-08-15、現段階を持って■■■■システムにおける最終起動シークエンス全工程を終了。》

 

 

《■■■■コア、アオバ カイト 起動(エンゲージ)

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

……

 

 

 

 

 

 

肌に伝わるのは濡れた砂の感触。鼻に伝わるのは湿った海風の匂い。耳に伝わるのは荒れた海のうねりの音と時々聞こえる雷鳴の轟。水を吸って身体に吸い付く重いシャツと、緩い熱を孕んだ風が肌を撫でていくのが随分と不快に感じられる。

 

__此処は何処なのだろう?

 

頭の中に靄が掛かっている様に、最近の事が思い出せない。いや、徐々に記憶は思い出して来ているのは確かだ。継接ぎに離れたエピソードを繋ぎ合わせて、一つの記憶を思い出して行く。

まるで自分の脳がコンピューターにでもなったかの様な感覚だったが、求めていた記憶を思い出すまでに然程時間は掛からなかった。

 

__そうだ、俺は海に落ちたんだ。

 

思い出していく記憶が正しければ、事故に巻き込まれた自分、蒼葉 海斗は海峡に掛かる立橋から海中へと転落した。

 

ならば、時間は何処かの浜辺にでも打ち上げられたのだろうか。肌や耳から伝わる情報が正しければ、此処は何処かの砂浜だろう。しかし、今時護岸ブロックもテトラポットも敷き詰められていない海岸など数える程しか無い筈だ。少なくとも、自分が良く知る付近の海沿いには隙間無く、カーペットの様にテトラポットと護岸ブロックが敷き詰められている。

 

ならば相当遠くに流されたと言う事だろうか?そして確認の為に目を開けた時、映像として全てが読み込めた。

どんよりとした鉛色の空と真っ黒な海。しかし、それにしては周りは些か静か過ぎた。例えるならば、まるで嵐の前の静けさの様に。

 

__待て……俺は確か、事故に巻き込まれて、その時確か……

 

その先の記憶が鮮明に思い出せない、だがそこで記憶を思い出すことは中断した。

自分でも出来れば思い出したく無い。そしてその事を思い出すのは止めようと、心の中で誰が訴えている。当然だ、挽肉の様に潰された時の記憶など、思い出したい者は決していない。その時の痛覚や感覚を思い出すなど尚更勘弁だろう。故にこの事は後回しだ、先に考えることなど幾らでも有るのだから。

 

「……体は無事か」

 

起き上がって自分の体を確認する

欠損どころか、身体には擦り傷一つ無い。寧ろ前から有った筈の傷痕まで全て綺麗に無くなっている。自分が何処ぞのビーチに流されている事も大概だったが、今の自分の身体すらも通常では有り得ない事だった。

鮮明に思い出したくはないが、自分の記憶が正しければ10t超えの大型トレーラーに跳ね飛ばされた自分の身体は挽肉寸前だった筈。ましてや傷一つ無い五体満足で存在していることなどありえない筈なのだ。

 

「全部嘘、でも無いんだよな」

 

信じ難いが、それは決して嘘でも夢でも無い。こんな生々しくハッキリとした夢など無いだろう、もし有ったならば明日の目覚めの気分は恐らく最悪だ。だが、これは紛れも無い現実だった。

そして、バラバラになったエピソードを紡いで行く過程の中で、その後の記憶すらも自分の頭は思い出していた。

 

「そうだった、あの時確か」

 

海峡に跨る橋から突き飛ばされ、叩きつけられた様に海に落ちた最中、その声は今にも意識の飛びそうな自分へと話しかけ来た。銀砂の舞う海中で朧げながらも聞こえた声。それは子に優しく言い聞かせる母親の様に、想い人に話しかける恋人の様に。あの子(アイ)を助けてあげてと、あの子(アイ)の力になってあげて、と。

信じていたが故の行き場の無い怒りや憎しみ、憧れていたが故の妬みや憎悪の感情に囚われて、ただ一人孤独に涙を零していた少女を、その声は自分に助けろと言っていた。

 

自分には分からない。今の状況の何もかもが、自分には理解出来なかった。だからこそ__

 

「どうして……俺なんだ……」

 

繰り返される日常をかけがえのないモノだと分かっていながら、自分は何処か退屈だと思っていたのかもしれない。決して起こり得る事のない、非日常を望んでいたのかもしれない。だが自分はただの凡な高校生だった。

 

物語や漫画の主人公の様に、命の危険に晒された事も、己の命を賭けて何かを成した事も、誰かを救った事もない。自分は両親に愛され、出来た弟に慕われ、友達や仲間とただ日常を生きて来た平凡な存在に過ぎないのだ。

だからこそ自分は受け入れられ無かった。どうして”自分”なのかと、どうして”自分”で無ければならなかったのだと。その理由がどうしても分からなかった。

 

その子を救う為に、何者をも寄せ付けない圧倒的な力が必要ならば軍隊や警察の特殊部隊、指折にのエリート集団に救いを求めれば良い。

その子を救う為に、この世の英知を集めた知恵が必要ならば国を動かす政府関係者や高名な学者に助けを求めれば良い。

その子を救う為に、何者をも恐れぬ勇気が必要ならば、正義感に溢れる善良な人間を頼れば良い。

 

だが、果たして自分には何があると言うのだろう。自分には腕っ節の強さも無ければ、飛び抜けて学に優れている訳でも無い。そして自分には勇気など欠片も存在しない。そんな自分が、どうして__

 

しかしその問いに答えは出なかった。

鼻先にポツリと落ちた雨粒が、思考に耽っていた自分を現実へと呼び覚ました。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

元から薄暗かった浜辺が更に暗くなったかと思えば、頭上の真っ黒な雨雲からバケツをひっくり返した様な雨が一体に降り注いだ。

堪らず雨宿りできる場を探して駆け出したが、生憎と自分のいた場所は何も無い広々とした浜辺(ビーチ)だ。唯一の遮蔽物らしい物と言えば、南国定番の椰子の木などが後ろに見える道路沿いに生えている。だが、鞭の様にしなっている様を見ればとても風雨を凌げるとは思えない。

 

「……っ!」

 

初めはただの雨かと思っていたが、前触れも無くいきなり多量の雨が降り出した時点で間違いは無い。これは恐らくスコールと呼ばれる熱帯で良く降る突発性の通り雨だろう。

 

雨の特徴としては、兎に角大量に降って直ぐに止む。文字通りバケツをひっくり返した様な短時間に降る雨だ。しかし裏を返すならば、短時間の間に台風並みの猛烈な豪雨が勢い良く降り注ぐ事になる。現に、雨粒が自分に当たる度に背中や頭を何かで叩きつけられているかの様に感じられる。そう遠く無い内に雨は止むだろう、だがそれでは遅い。

 

「何処かに雨を凌げる場所は無いのか!」

 

この際コンクリートでも木造でも何でも良い、この身体には優しくない雨を凌げるならば、自分はベニヤ板やビート板でも喜んで使うだろう。だが結果から言えば、雨宿り出来る場所も雨を凌ぐ物も必要は無かった。身体に雨粒が当たらなくなった時、海斗の頭上には蒼色のガラス片の様な物が、まるで傘の様に浮かんでいたのだから。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「……この透明な板、やっぱり俺の意思で出し入れ出来るみたいだ」

 

殺人的なスコールを突如として頭上に現れた透明な板で凌いだ海斗は、浜辺沿いの街道を歩きながら唯々この”板”に付いての自分なりの考察をしていた。スコールが降り注ぐ中、雨を凌げる場所を求めていた時に、それは突如として現れた。

 

長さは縦に2m程の蒼く透明な六角形で、厚さは1cmにも満たないだろう。しかし質量をまるで感じさせないガラスかプラスチックの様な外見とは裏腹に、鉄やコンクリートの様に表面は硬く強度はそれ以上ある様だった。

この”板”は自分の意思で出したり消したり出来るだけでは無く、任意の場所に動かす事も出来た。そして強度を確かめる為にコンクリートの柱や建物の鉄骨に思い切りぶつけた時、海斗はその物体の強度に度肝を抜かれた。

 

廃墟にあったベトンの柱は、長年海風に晒されていた為幾らか塩分で劣化していただろう。鉄骨も同じく、本来の強度などには程遠い程に弱くなっていただろう。だが、プラスチックの様な見た目をしたこの板は、それらを簡単に薙ぎ払い、跡形も無く粉砕した。

低い破壊音と共に中の鉄筋諸共コンクリートが砕け散り、鈍い音を立てて鉄骨がへし折れていく。それを成した透明な板は、まるで何事も無かったかの様にコンクリートと鉄骨をへし折り、任意の場所へと動いて行く。

 

故に海斗は言葉が出なかった。

今自分が任意で出せる様になった透明な物体は、恐るべき強度を誇る危険な物なのだと。だが、あくまで存在しているだけならそれは途轍もなく硬いだけの”板”だった。この物体は例えるならば、ゲームで出てくる様なシールド()の様な物なのかもしれない。

現実性(リアリティ)がまるで無い、内容を悪く言えば厨二、良い所で痛い中学生の妄想で済ませられるだろう。だが、そんな物騒な物を任意発動出来る様になったことは現実だった。

 

「これもあの声と関係あるんだろうか……?」

 

事故に遭い、まるで挽肉の様になっていた自分を五体満足以上に治した存在ならば、こんなふざけた事を現実にだってしてしまえるかもしれない。故に海斗は事態の読み込みが少しずつ、しかし確実に出来ていた。

こんな出来事があったとしても、普段ならば自分は混乱して収集がつかないか、もしくは馬鹿馬鹿しいの一言で片付けてしまうだろう。

 

だが、自分でも驚く程に海斗は冷静でいられた。

自分に起きた事は現実味が全く無い事ばかり、しかし全ての出来事には一貫性が存在している。

あの声の主は、役目を果たさせる為に瀕死の自分を救ったのだと。そしてあの少女を救う為、自分の身体に何かの細工をしたのだと。あくまで仮定、という前触れは付くが、そう納得しながら海斗は道を進んで行く。

 

「……雲が晴れてきたが、西日か。日没までそう時間は無さそうだ」

 

黒く分厚い雨雲は途切れ途切れとなり、天候は確実に良くなっている。少なくとも雨雲の無い状態では土砂降りの雨は降らないだろう。そして雲間の西日の太陽を見るに、もう直ぐ日が落ちそうだった。

だが海斗は未だ、安心して一夜を凌げる場所を見つけていない。

 

__確かに、このまま野宿するのも選択肢の一つだろう。付近に生い茂る草木を寝かせて場所を確保するだけでも、問題は無い。シダや椰子の木が生い茂る見た目こそ紛れも無いジャングルだが、此処は元々リゾートか何かの観光島だ。ならば危険な動物もそうそう居はしないだろう。

だが、海斗はその手段を極力取りたくは無かった。もしくは最後の手段にしたかったと言うべきかもしれない。それはどちらかと言えば、身体面よりも精神面の方が大きかった。灯り一つ無い熱帯のジャングルを床に出来るほど、海斗は勇気が無かったからだ。

 

「そして、さっき見た看板が正しいならば、この先には小さな町がある筈だ」

 

此処へ来るまでの道路脇に、島一帯の観光スポットを表したデフォルト気味な地図があった。所々風雨で朽ち果てて読むことは出来なかったが、此処が島である事とこの道の先、つまり島の北端に当たる場所には小規模な町がある事が分かった。そしてそこを目指して進んで行く。少なくとも日が暮れるまでには町に着きたい、そう思えば悪路でも自然と自分の足は早かった。

 

道は長期間碌に整備されていないのだろう。草木が顔をアスファルトの亀裂から覗かせ、黄白の線は掠れて良く見えなくなっている。道路脇のガードレールが錆びて曲がり、倒壊した電柱や標識がバリケードの様に道の所々を封鎖していた。

そんな場所では、海岸で使ったあの”板”の世話になった。一切苦労すること無く、赤錆の浮いた信号機や標識をブルドーザーの様に蒼色の壁は押し退けて行く。

そうして道中の障害物を難なく乗り越えながら、40分程歩いただろうか?海斗の目には白や黄の建物が見え始めた。町まではもう直ぐだと意気込みながら、町の門を潜った。

 

「……」

 

半ば想像していた範疇だが、町の中は悲惨の一言に尽きた。町の中央を走る道路は他の道と変わらず草木に蝕まれ、その脇に連なる大小の店は廃墟と化していた。店のガラスは割れ、ドアは壊され、中の物は一切合切を問わず全てが朽ち果てている。路上には乗捨てられた様に車が放置され、町の壁や地面は所々焼かれた様に黒ずんでいる。

 

しかし町の中央にあったホテルだけはそうでも無かった。入り口に幾らかのバリケードこそあったが、内部は町程酷くは無かった。いや、寧ろ町とは比べ物にならないだろう。

 

「……すごい」

 

結論から言うと、ホテルも廃墟には違い無かった。だが、見た目と状態だけは飛び抜けて良かったのだ。

 

__ホテル内の白を基調とした純白の空間を植物の緑や花の彩色が彩りを持たせた結果、幻想的な雰囲気すら感じられる。ツタの巻きついたステンドグラスやシャンデリアも見た目は悪くは無い、夕日の光が差し込み、ほんのりと橙色に照らされる退廃的な様は、まるで絵画の様に美しく感じられた。

 

そんな風景に謎の感動と共に見とれながらも、海斗はツタの交わる白の階段を登り、上の階へと上がって行く。途中鍵を探すのを忘れていたと思い出し、廊下の隅で寝ることを覚悟した海斗だったが、部屋へのドアは全て鍵が掛かっていなかった。

 

ーー頼む、頼むから蟲が這ってる様な魔境じゃありませんように……。

 

恐る恐る部屋を開けてみれば、自分の想像よりも遥かに良い状態で部屋は残っていたことを海斗は喜んだ。部屋の中は若干湿り気が有り少しばかりカビ臭かったが、大した問題では無いだろう。尚且つ自分は贅沢は言っていられないのだ、どこぞの腐海の如く凄まじい光景になっていないだけマシというものだ。

海が目と鼻の先にある以上湿気や腐敗、劣化は免れないものと思っていたが、それに関しては木製の鎧戸がキッチリと閉まっていたのも大きいかもしれない。

 

そうこうしていると、ふと外の景色が気になった。今までは低所からしか見ることが出来なかったが、ホテルの最上階という高見から島を見渡したくなったのだ。ならば話は早い、鎧戸を開けてれば夕日と共に島の光景が広がっていた。

 

__広々とした純白の砂浜と夕日に染められた海との対比、そして青々と茂る椰子の森が何とも言えない絶景を生み出していた。勿論、この島は数年、下手をすれば10年単位で人の手が加わっていない廃墟の島だ。ならば、もし此処が最盛期の姿ならば、それはそれは良い観光地だったのだろう。そんな姿を想像すれば、一目見たくなってしまうが、そんなことは後回しだ。

 

「島の北端は変わらず砂浜(ビーチ)、南端は小さな町か」

 

ホテル以北の島の海岸線はただ浜辺が広がっているだけで南端は此処よりもひと回り小さな町が存在している。自分の歩いてきた方角から考えるに南端も島の北端と同じ海岸線のようだった。ならばこの島は、多少狭い気もしなくは無いが普通のリゾート地なのだろう。

 

「じゃあ西はどうなってーー」

 

__その言葉を、自分は最後まで言うことは出来なかった。

その光景を目の当たりにして、今までの気持ちなんて全てが吹き飛んでしまった。ドアを乱暴に突き飛ばし、ひたすらにシダやツルの生い茂る階段を下って行く。正面のエントランスを駆け抜け、無我夢中であの場所へと走る。あの西側に見えた施設とモノは、本来こんな島にある筈が無いのだから。

 

「嘘だ……嘘だ嘘だ!」

 

__父親の職場にて幾度も見たソレを、忘れる筈がない。

息切れもせずに唯々走り抜けて行く。道路を、廃墟の中を、雑木林を、椰子の森を、ただひたすらに海斗は走り去っていく。

この先に存在するものが、自分の勘違いであることを願いながらーーー。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

WARNING(警告)

 

U.S.Navy(アメリカ海軍)

Fijian island supplies depot(フィジー島 物資集積場)

Only authorized personnel can enter(関係者以外の一切の立ち入りを禁ずる)

 

 

「そんな……そんなまさか……」

 

正面に広がるのは遮る物が存在しない広々としたアスファルト舗装の道、視界横に広がる物は境界の見えないフェンスと有刺鉄線の壁。そして赤錆の浮くフェンスに掲げられていた看板に書かれていた事は、自分がホテルから見たものと全く変わりの無いモノだった。

 

フェンスの向こう側に広がる世界を自分が見違える筈が無い、コンクリートと鉄によって作り出されたその景色を、見違える筈が無い。記憶の中に色濃く残る海上自衛官の父親の職場、それら何ら変わることの無い灰色とカーキ色で染め上げられた世界。

 

「ここは、アメリカ海軍の……基地……」

 

鉄塔に掲げられて朽ち果てた星条旗を目の当たりにした時、自分はとんでも無い場所にいる事に気付かされた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「そんなに大きな基地じゃない……なら、臨時で作られた集積所か何かだろうか?」

 

フェンスゲートを”板”を使って強引にこじ開け、基地の中に入れた海斗はそんな事を考えていた。

 

__自衛官の家族、取り分け親がそうだとこの手の施設は珍しい物では無い。勿論関係者の家族だからと言って何時でも基地に入れる訳では無い。だが、関わりが有るのと無いのでは大違いだ。父親は海上自衛官であるし、家からそう遠く無い場所には陸自の木更津駐屯地や海自の航空補給処などもあった。船が好きな弟を連れてジョージ・ワシントン(CVN-73)の鎮座する横須賀へと遠出した事もある。

 

故に幾らかこの手の施設には慣れている、少なくとも見た事も無い人間よりは幾らか詳しいだろう。

 

基地自体はかなり小さかった、少なくとも記憶にあるような施設の山などでは無い。基地内部には数個の倉庫にアンテナに覆われた鉄塔、事務所の様な一際大きな灰色の建物に沖合へと伸びた数本のコンクリートの桟橋。そして海斗の目に留まったのは桟橋近くのモノだった。

 

「……これは」

 

全長にして5〜60m、幅8m程だろうか?浅い喫水線にシアの反った甲板と『0781』と白字で書かれた灰色の船体、低く平たい構造物(艦橋)に傾斜が付き煙突と一体化したステルスマスト。艦尾近くには壊れた船体から纏まった管の様な物が見え、艦首には単装の速射砲が1基載せられている。

半ば桟橋を支えに転覆しているソレは、ミサイル艇の様にも見える。側面には鉄が溶け崩れた様な焼け跡が銃痕の様に残り、付近の海域には多数の部品や船体の一部が散らばっていた。

 

それだけでは無い。救命艇、内火艇、キャニスター、砲塔、魚雷、スクリュー。コンクリートの桟橋下、夕日を受けてオレンジ色に輝く海には、それらが墓場の様に無数に散らばっている。

まるで沖合までの空間を全て埋め尽くす様に、それらは散らばっていた。

 

__こんなこと、こんなこと……。

普通に考えたならば現実では無い。だが、これらは全てが現実だった。赤錆びた鉄の臭いも、重く湿った海風も、人一人として居ない島の静寂も、奏でるカモメの鳴き声も。

何一つ嘘では無い。眼前に広がる残骸の海も、信じられないこの状況も、全てが現実だ。

 

 

……

 

 

そうして、どれほど経っただろうか?

気が付けば、とっくに陽は落ちている。

西日に彩られていた周囲は、夜の暗闇に塗りつぶされていた。灯りなど存在しない、唯一輝くのは頭上の月明かりだけだった。

 

途方に暮れていた自分には、これからどうしようと言う声が聞こえて来る。人一人居ないこの廃墟の島で、誰も来る保証の無いこの島で、自分はたった一人で居なければならないのだろうか。

 

__イヤだ……!

 

そんな事は真っ平御免だ。

だが、こんな自分に何が出来るのだろう。何一つとして持ち合わせて居ない自分に、一体何が出来ると言うのだろう。

 

「……っ……!」

 

もうこの身体は、涙すら出なかった。

そうして気が付いてしまった。いや、自分は認めてしまった。どれほど否定しても、どれだけ拒絶しても、自分はこの島から出られないのだと。

 

__悲しくて、情けなくて、惨めで、寂しくて。

そう思っていた時だった。

不意に背後から”声”を掛けられたのは。

 

 

「ねぇ、君は誰?」

 

 

それは幻聴なんかじゃなかった。

ハッとして振り向けば、そこに居たのは声の主である一人の少女だった。

 

蒼のラインが入った白色のスカートとセーラー服、スラリと伸びた細い手足と純白のソックスとスニーカー、優しげな蒼瞳に処女雪の様な曇りのない肌。海風に揺れるブラウンヘアーと錨を模した紋章を付けた白色の海軍帽が特徴的な少女。

 

「君は一体……?」

 

気が付けば、自分はそんな言葉を少女に向けて発していた。何もかも諦めようとしていた事など頭から消えてしまっていた。こんなあり得ない現状に、海斗は頭がパンクしそうだった。

だが、そんな海斗を傍目に少女は問いに答えてくれた。

 

 

__「私?私は識別コードBB-61、The Pacific Fleet of Fog(霧の太平洋艦隊) Fleet-00(第零巡航艦隊)所属」と、少女は言った。

Fleet-00、Pacific Fleet、聞き慣れない言葉に戸惑わせる間も与えず、ただ一言。

 

 

「霧の大戦艦 アイオワだよ」

 

 

 




申し訳ありません。

前4話よりかなり遅れてしまいました。

ご意見ご感想お待ちしてます。


2016 5/8 改訂
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