蒼き鋼のアルペジオ ーThe blue oceanー 作:酸素魚雷
「私?私は大戦艦アイオワ、あなたの名前は?」
目の前の少女は自分をアイオワと名乗った。腰まで伸びた艶のあるブラウンヘアーに白地に青のセーラー服と同色のスカートの服装。
白磁の様に白い肌に澄んだ蒼瞳、そして頭には錨の様なマークのついた海軍帽がちょこんと載っている。
そんな可愛らしい姿の少女だったが、少女を見た海斗は全く別のことを思った。
あの時に頭の中に浮かんだ女の子と瓜二つ__。
それが海斗の頭の中で最初に出た答えだった。
しかし分からない、目の前に居る少女は自分の事を大戦艦アイオワと名乗ったが、これには違和感を感じずにはいられないのだ
新旧あるがアイオワとは第二次世界大戦中にアメリカが建造した高速の超弩級戦艦。それがアイオワ級戦艦と聞いて思いつくものだ。
なのにどうして目の前の少女がその名前を名乗ってる。
見た目から考えて彼女は西洋人だろう、少なくとも日本人では無い。
しかし幾ら何でも彼女の親が州や戦艦の名前を子供に付けたとは考えられないのだ。
しかし、海斗はあの記憶に共通点を見出す事が出来た。あの戦艦大和と
自分の中で答えを出せないのなら話を聞いてみる、それが海斗の出した答えとなった。
「あ、あの……君の名前はアイオワなのかい?」
「そうだよ。というか霧の艦隊で私の
今は”元”だけどね。と目の前の少女は付け足したが今はそんなことは構わない。
霧の艦隊
艦隊旗艦
普段女の子が口にしない様な単語が彼女の口から漏れたことを海斗は聞き逃さなかった。
この時点で意味は分からなかったが少なくともあの戦艦大和とは何かしらの関わりが存在するのではないか。
「ねぇ、貴方の
不思議そうな顔をしながら物騒なことを問いかける少女。
原因は両者における認識の相違だがそれが海斗に分かる訳はなかった。
「体!?俺は普通の人間なんだ ! 体を何処かに繋いだりなんか出来ないぞ ! 」
体を繋ぐなんてなんてこと言い出すのか、その手の趣味でも持っているのかとの思いが一瞬頭をよぎるがそれは彼女の言葉によって違うことが分かった。
「何言ってるの?貴方は霧のメンタルモデルじゃないの?男性型は初めて見たけど」
霧とメンタルモデルという聞きなれない言葉、そして海斗は自分がその霧のメンタルモデルという存在になっていることを目の前の少女から知らされることになった。
「ねぇ、貴方大丈夫 ? まさかとは思うけど霧に関しての記憶は無くしちゃった ? 」
自分は彼女の言う”霧”という言葉が何なのかは分からない、しかし先程までの彼女の話と目が覚めてからの体験から考えるに今の身体は”霧”らしい。
「俺は記憶喪失なんかにはなってない。それよりその、霧ってのはなんなんだ?教えてくれると助かる」
何か情報を共有してもらえるなら聞かない手は無い。
そう判断した海斗は少しの警戒を残すと共にアイオワに答えの糸口を求めた。
「霧は私達の名称。でも分からないなら教えてあげる、話は長くなるから貴方のコア伝いの映像でいいよね」
彼女は快く引き受けてくれた、一瞬コア伝いという意味が分からなかったが、数秒後にそれは体験出来た。
彼女が目を瞑ると先程まで薄暗かった桟橋に蒼の光が波の様に溢れ出す。
何かを記録する様に絶えず流れていく文字や数字、脈打つ様に絶え間無く流れる光の粒子。
「量子転送開始。発 艦隊旗艦アイオワ。宛 ID20150815」
自分の中に何かが流れ、溢れていくかの様な感覚。
強引に例えるならばパソコンが行うデータやテキストのダウンロードを人間に体験させた__と言えば良いのだろうか。
そしてダウンロードが終わったと共に自分の中に溜まったデータが一斉に脳裏に散りばめられ、数多の場面が浮かび上がった。
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『ここは……海 ? 』
先程までの薄暗い桟橋では無く濃霧の立ち込めた海が視界に広がる、しかし視界のみのことを考えるに自分が移動した訳では無いようだ。
『戦闘艦…… ? 見たことないデザインだ』
そんな靄のかかった海面を進む艦隊、ロシア海軍の旗を掲げた見たこともないデザインの戦闘艦。
未来的な風貌の艦隊の目の前に広がる濃霧、よく見るとその霧の中に何かの影が見えた。
その光景を眺めている内にロシア艦隊の前方の一隻が霧の中の影に向かって発砲、速射砲の軽快な発射音と共に数発の砲弾を撃ち込む。
だが、着弾を伝える物体の崩壊音は起きない、代わりに聞こえたのは何か硬い物ににぶつかり金属が歪んだ鈍い音。
その刹那__霧の中から艦隊に向けて赤の光が飛び散る。
それは砲弾を撃ち込んだ前方の一隻に殺到し次の瞬間、戦闘艦は水面下の船底を残して”蒸発した”。
『え……』
何が起きたのか理解出来ていない海斗、しかし映像は続いていく。
先に手を出したにもかかわらず濃霧からの突然の攻撃に慌てるロシア艦隊、そして刹那の内に戦闘艦を葬ったその存在は霧の中から這い出て来た。
『これが……霧……なのか ? 』
鈍く光る漆黒の巨体に浮かび上がる赤のバイナルパターン、そしてハリネズミの様に並んだ大小様々な多連装砲。不気味な姿をした”ソレ”は紛れもない超弩級戦艦だった。
『これは、一体……』
《私達霧と人類の195回目の対面にして最初の戦闘、少なくともそうデータにはそう残ってる》
視界は切り替わり別の海が写し出される、奇抜な形をした灰色の艦が多彩な光を発する旧式艦艇に嬲り殺しにされていく__。
映像終わる度に別の映像に切り替わるが、全ての共通点は第二次世界大戦時の戦闘艦を模した”霧という存在”が駆逐艦や空母を撃沈していくということだった。
ミサイルや砲弾を何かの障壁で防ぎ、装甲など無に等しい艦を葬っていく記録だった。
ズムゥオルト級やインディペンデンス級にどこか似た三胴船じみた船が陣形を組み主砲や魚雷を艦艇群に向かってばら撒き弾幕を形成、そしてその前衛には小型の高速艇やミサイル艇が機動力を生かして突撃しながら対艦ミサイルと魚雷を目標に放っていく。
しかしそんな砲弾の雨の中を我先にと群がる様に突撃していくおびただしい数の霧の駆逐艦と巡洋艦。
艦隊が形成した弾幕の雨は着弾前にシールドの様な物に防がれ効果無し。
そうこうしていると霧の駆逐艦はあっという間に距離を詰め喰らい付く様に艦隊を蹴散らして行く、砲弾が、レーザーが、粒子が、魚雷が、ミサイルが近くにいた戦闘艦を手当たり次第にスクラップへと変え、奈落の底へと引導を引き渡していく。
場面は変わり今度は荒れた豪雨の海、陣形を組んだ巡洋艦とその中心に展開するアングルトデッキを装備した巨大な空母が映った。
そして豪雨の中、遠方で一瞬何かが光ったかと思うと少しの静寂の後、海面を滑る様に紫電を纏った荷電粒子の光が空母の側面を手前の巡洋艦ごと貫く。
格納庫内の弾薬が誘爆の連鎖を起こし一瞬の内に火達磨になる空母、そしてその灯に照らされて不気味に浮かび上がる
戦艦は空母を仕留めたことを近寄って確認するとすぐさま反転、生き残った巡洋艦群に紫の紫電を再放射する。
荷電粒子によって焼け切れて赤黒く融解していく巡洋艦、更に灯に寄ってきた蟲の如く周囲には急浮上した別の戦艦や重巡洋艦が現れていた。
生き残った護衛巡洋艦群はなんとか逃げようとするものの霧の脅威的な速力がそれを阻む。
緑や黄色、赤に青、数に物を言わせながら残存艦艇を霧が狩りつくしていく光景。
幾度かの記録が終わり、いよいよ最後の映像が出てきた。
今までの数が小規模に見える程の数、目立っている大型艦や中型艦だけでも500隻はあろうか思える程の膨大な艦艇が続々と海域に集結して行く。
人類の大艦隊、今までの記録から推測するに残存戦力を全て投入した最終決戦にでも備えている最中なのだろう。
そんな最中ある艦隊が戦列に並ぼうとした時、一隻の巡洋艦が水柱と共に突如として真っ二つに折れた。
艦隊には後続艦に警告を伝えるレッドアラートが鳴り響く、それに呼応するかの様に海面を突き破り白の水柱と共に次々と浮上する霧の巡洋艦や戦艦。
幾度かの戦闘とは比較にならない程の戦力を持ってして始まった霧と人類との決戦、それは艦隊集結中に始まった霧の強襲によって火蓋を切られた。
人類艦からはミサイルや砲弾、ロケット砲や魚雷などが霧の頭上に雨霰の様に降り注ぎ、対する霧は全ての艦が艦種関係無しに個々に襲いかる。
そして霧の戦いを見て分かったことが海斗にはあった、__彼らには戦術などはまるで存在していない__ということだ。
陣形も整えず、戦列も組まず、互いに衝突しても御構い無し。只々凄まじい数と性能差を携えての蹂躙しかしていない。
例えるならば霧は過激な自己防衛プログラムの様なものなのかもしれないとこの時海斗は思った。
最早戦いでは無く一方的な
あのシールドの様なものには耐久値があるのか駆逐艦や巡洋艦クラスは船体に直接攻撃が当たっているものも数隻いる。
しかしそんなことは霧にとって考るに値していない。
脅威的な速力で人類艦との距離を詰め、そこからは敵艦に激突しようが味方が射線に入っていようが関係無い。
自己の搭載する全ての兵装を用いての殲滅のみだった。
その映像は続いたものの暫くすると暗い意識の中へと消え、再び薄暗い桟橋が視界に映った。
「なぁ……さっきのことは……本当にあったことなのか……」
あれだけの戦闘を見れば彼女達霧がどんな存在なのか嫌でも分かる。
だが、あれだけの記録を見たにも関わらず自分の中には不思議と恐怖も怒りも湧かない、しかし唯一つ彼女に理由が聞きたかった。
「そう、今から13年前にこの海で私達霧は人類との戦闘を繰り広げ、勝利した。自分達の中に眠る”唯一つの勅命”の為に」
何かを慈しむ様に自分の胸元へと手を添えて答えるアイオワ、そして彼女の口から出た勅命という言葉。
「勅命……それは一体 ? 」
「アドミラリティ・コード、私達霧を起動させ、何も感じず機械に過ぎなかった私達に不完全な命令を授けた張本人だよ」
あの戦争時に彼女達には今の様な感情は存在していない。
これでひとまずの仮定が出来上がった、そしてアイオワにとっての核心になることを海斗は問いかけた。
「ならアイオワ、教えてくれ。霧は、戦争を望んでやったのか…… ? 」
勅命ということは霧には何か果たさなければならない目的が存在したと言うこと、その上彼女の様子を見ればそれは何にも変えられない事情だったのだろう。
そうすると後は彼女がどう思っているかのみだ。
「それはイエスともノーとも言える、霧としての責務を果たす為に正しかったって言い張る霧だって大勢いる」
でも、と付け足した後にアイオワの口から漏れた言葉は問いかけた本人である海斗の心に突き刺さった。
「でも……今なら言える。私は出来るならもう2度と殺し合いは……命を奪うのはしたくない、例え相手が人間でも……同じ霧でも」
アイオワの表情に少しばかりの影が生まれる。
彼女達霧はこの世界の人間からすればきっと憎悪の対象なのだろう。
しかしそれが他者からの逆らえぬ命令だったならそれはどうなるのだろうか。
そしてアイオワの言葉に入っていた仲間というワードに海斗は反応した。
「霧と……仲間と殺し合い?」
「さっきの記録を見れば分かるだろうけど私達は碌に戦えなかった。だから人間の思考パターンを真似て戦術を得る為に偽物の心と身体を持った、それがメンタルモデル。でもそのせいで霧の中に食い違いや派閥が生まれた」
先程の戦術性の欠片もない映像から察するに彼ら霧は戦術の獲得を目指したらしい。
だが戦術実装の為に人間を真似た結果、派閥が生まれて皮肉にも仲間同士での対立が生まれたのだろう。
「現に私が”元”艦隊旗艦なのもそう言うこと、仲間と一緒に部下から逃げ回っている途中に貴方を見つけて今に至るんだ」
元総旗艦の意味、対立によって彼女は部下に追い立てられたのだろうことは想像に難しくなかった。
しかし、今の流れを汲むに彼女が率いていた霧はかなり不安定化している可能性は高い。
判断材料の少なさから決めつけることは出来ない。
だが人類との2度目の戦争を躊躇うアイオワと対立している霧ということは、最悪の場合人間との戦争を望んでいる霧かもしれない。
「ねえ、貴方は私が憎い ? 」
「え……」
「貴方は身元不明な存在だしどうも霧らしくない、でもそんな貴方だから教えて欲しい。私達はとっくの昔に進むべき
戦争しかしないなんて本当に迷惑な存在だよね、と自嘲する様にアイオワは力なく笑いながらそう言った。
しかし海斗が抱いていた感情は全く別のものだった。
「君が憎い訳ないよ」
「え…… ? 」
「少なくとも俺は霧に恨みや憎しみは無い、実際に霧の被害を受けた訳で無いのも要因の一つだろうけど、俺が君に憎悪を向ける理由が無い」
「……どうして、私は……霧なんだよ」
自分の想像していた答えと違っていたのだろうか目を丸くするアイオワ。
海斗からすればただ放って置けなかったのだ。
自分に出来ることは何一つ無いのに、目の前の少女が人類から海を奪った存在の一員だったとしても海斗は少女に負の感情を持ち出すことは出来なかった。
「それを言うなら今の俺だって曲がりなりにも霧さ」
霧の事情を知らずにただあの結果だけを見せられたなら彼はアイオワに憎悪を抱いていたかもしれない、だが今の彼女はむしろ被害者。
そして海斗自身も一人で無くなった為にある感情を抑えきれなくなっていた。
「それにだ、大したことは出来ないと思う。でも俺はこの世界に来た意味が何かあると思わなければ孤独で押し潰されそうになる。このまま孤独だったらって考えたら今だって本当は怖くてたまらない」
命を落としたとはいえ何も分からない世界で孤独になることがどれほど恐ろしいことだろうか。
心の何処かで必死に考えずにいた結論を目の前の少女と出会ったことにより海斗は考え、答えを出してしまったのだ。
「だからこそ君が会いに来てくれたことに感謝してる……この世界でひとりぼっちにさせないでくれた君に」
嘘は無い、偽りも無い。
心の中に浮かんでくる感情を一呼吸置き、海斗は言葉として紡いでいく。
「君は助けが欲しい、俺はひとりぼっちになりたくない。でも大口を叩いても俺は大したことは出来ないと思う、だからこそ俺自身の為にも君に協力させてくれ、アイオワ」
「そっか……」
先程までの自嘲の笑みでは無く安らかな笑顔を海斗に向けるアイオワ。
今日会ったばかりで名前も知らない存在、しかし孤独から逃れようとするその心に彼女は自分を重ねたのかもしれない。
「そうだ……まだ名前聞いてなかったね、教えてくれるかな ? 」
これ程自分の内面を吐露していたにも関わらず未だ海斗の名前を聞いていなかったことにアイオワは気が付き、海斗に名を尋ねた。
「海斗、蒼葉 海斗だ」
「海斗か……いい名前だね」
蒼と海、何故か落ち着かせてくれるような親しみを覚える名前。
そして先程から自分を全く疑っていない、疑心の欠片も無く純粋な彼を見てアイオワは一つの決心を付けた。
「ねえ海斗、貴方は私と一緒に来てくれる ? 」
「勿論だ、さっきの話の通りむしろこっちからお願いしたい」
落ち着いた雰囲気を纏いながら確かめる様に問いかけるアイオワ、海斗の方も協力すると言った以上断る理由などない。
「それなら……」
海斗の気持ちを聞き自分の中で出した答えを彼に呟く。
「海斗、私の艦長になってくれないかな ? 」
夕日の中、桟橋には海斗とアイオワの影が細長く写っていた。
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