「感情を学習するプログラム、なかなかうまくいったみたいだな。」
まだレッドリボン軍があった頃の、妻も息子も生きていた頃の、わしが一番幸せだったころの話。
「ええ、これで指示を人間のように判断して聞くことができる人造人間が完成します。」
褒めて褒めてと態度と声音で言う妻は愛くるしい。そんなことを本人に伝える日は来ないだろうが。
「私の天才的頭脳でもこればっかりはうまくいかなかった。今までただの兵器としてしか使えなかったこれまでの人造人間とは違う。究極の人造人間が完成する。…よくやったな。」
そう褒めると彼女は花が開くように笑うのだ。
「貴方の技術と私の技術、二つが合わさればレッドリボン軍が世界を征服する日ももうすぐそこです!」
レッドリボン軍が悪の軍隊として名をとどろかせるのはまだ少し先の話だ。
「俺は除け者か。」
二人で実験の成功を喜んでいると研究室に入ってくるものがいた。この二人の頭脳はレッドリボン軍の中で突出しており、彼らの話についてこれるものはいない。故に、ここに来る人は限られている。二人の息子であるゲボはその中の一人だ。
「ゲボ、戻ってきてたか。今回はどうだった?」
「ニッキータウンまで支配圏を広げられた。亜人族が大半を占める小さな集落だったから、歓迎されたよ。でも…」
少し不機嫌そうに言葉を続けた。
「父さんと技術と母さんの技術が合わされば世界征服なんて簡単って話は少し不満だな。」
「あらそう?今作ってる人造人間ができればレッドリボン軍が世界を征服するのは文字通り秒読みよ?」
「それはそうだが、母さんが言ったとおりの指示を聞く人造人間、その指示を出したり連携を取るのは兵士である俺達だ」
「それは確かにそうだな。期待してるぞ。お前の活躍をな。」
「もちろんだ。俺達家族の力でレッドリボン軍を世界の頂点に導く。」
「ところで、その頭はどうしたの?」
今までこらえていた疑問を母であるオトは出す。任務に行く前は夫であるゲロと同じ長髪にしていたのに今のゲボはモヒカンだった。
「これが、今の流行りだと言われた。」
そんなわけないのである。現にレッドリボン軍の中でモヒカンな髪形の者はいない。真面目で真っ直ぐな彼は見た目と裏腹に騙されやすい。
「へえ、そうなの、私そう言うの疎くて。これが今の流行りなんだ。」
「ああ、部下たちには笑われたがな。」
「フフッ、部下から懐かれてるのね。」
おおよそを察したオトが笑う。
「私もゲボと同じ髪型にしてみてもいいかもな。」
「まあまあ、あなたまで。」
そう言ってオトはゲボが自分の部下にからかわれているであろうという事情を耳打ちした。
「そうなのか、なかなかイケてると思うんだがなあ。」
「?」
実験はうまくいき、真面目な息子がいて、素敵な妻がいて。こんな日々が、いつまでも続けばいいとそう思っていた。
*
「お前は久しぶりに会ったって言うのにずっと仏頂面を崩さないよなあ。」
飲め飲めと酒を進めてくるのはシルバーだ。ゲボと同期でもある。偶然に同期の任務完了時期が合致し、ヴァイオレットとブルーを加えた四人で飲むことになった。
「そんな仏頂面だから、私達と同じ上級兵士なのに恋人の一人もできないのよ。ご両親も急かしているんじゃないかしら?天才の遺伝子がここで途絶えるのはもったいないわよ。」
ヴァイオレットがそう言うと、ブルーがすり寄ってきた。
「うふ、私だったらいつでも歓迎よ、ゲボちゃん♡」
「俺はまだそう言うのは考えていないんだ。それにあの二人もそんなこと考えてもいなさそうだ。最近は赤ちゃんができるって楽しそうにしてたからな。」
ブルーを手で押し返し、そう返す。
「へ、へえ、そうなんだ。」
あんまりな話題にも何とかシルバーが相槌を打つ。
「ああ、まあ、弟とか言って、その見た目がフランケンシュタインそっくりのごつい男にするのは相変わらずよく分からないセンスだけどな。」
「あ、ああ、人造人間のことね。そう言えば、なんか物凄い成果が出たとか聞いたわよ。」
言葉が足りないぞ、と思いながらもヴァイオレットが聞く。
「何でも機械に感情を持たせられるようになったみたいでな。感情を一から学ばせていくんだそうだ。だから赤ちゃんなんだってさ。最初に聞いたときは驚いたよ。」
「なるほど、人工的に作る子どもか。」
「まるで神の所業ね。流石ゲボちゃんのご両親。」
「上手く行ったら自分の若いころをモデルにした人造人間を造ろうとかも言っていたよ。」
「貴方の両親は生涯現役ね。」
「さっさと悠々自適な隠居生活を送らせてあげたいんだがな。」
「だったら、さっさとレッドリボン軍の野望を果たさなければな。世界を征服して亜人と人の迅速な融和を目指さなきゃ。犬国王のやり方は生ぬるい。対話如きで亜人と人が融和って、何年かかることやら。」
とりとめのない話をしたのちに、夜は更けていく。
「それじゃあ、レッドリボン軍のさらなる活躍に、乾杯よ。」
カチン
最後にブルーがそう締めてお開きとなった。
正義を憎み、悪の軍隊と呼ばれる前のレッドリボン軍は決して悪に染まった軍隊ではなく、確固たる信念があった。亜人と人との融和。犬国王と目的は同じながらその手段は対称的だ。武力による圧倒的な支配者を爆誕させ、その圧倒的個人による力で強制的に融和を推し進めるというもの。レッドリボン軍の創設メンバーであるレッド総帥、ドクターゲロ、ドクターオトの三人はもちろん、この四人のレッドリボン軍兵も本気でこれが最善だと信じていた。
*
「本当にいいのか、この地区は激戦区だ。死ぬ危険は今までの比じゃない。」
「そうよ、それにあなたは戦いは好きじゃないでしょう?無理することないわ。」
ゲボは今まで、犬国王率いる現政府が統治しきれていない地域の制圧を主としてやってきた。そこでは制圧とは名ばかりで統治という方が正しい。犬国王が就任して未だ数年、まだ犬国王の完全統治とはいかない。
「レッドリボンの世界征服、平和実現のために軍に入った。俺の命はもう軍に預けてある。」
ゲボが向かう先は、犬国王が統治している地域、そこを武力行使で奪おうというのだ。どんな風に取り繕ってもそれはテロ行為でしかない。国が擁する軍との衝突は避けられない。
「これもレッドリボン軍のため、か。充分に気を付けて行ってこい。」
「無事に戻ってきなさい。」
テロと言えども世界征服をするためには避けられない行為。その先陣を切る時がやってきた。彼が軍の中でも特に優秀な兵士だからこそその任が与えられてしまっている。ゲロとオトもそれを知ってゲボを送り出した。
「ああ。これを足掛かりに二人に楽させてやるから。」
これが最後に息子と交わす言葉になるとは夢にも思わなかった。死ぬ危険があると分かっていたはずなのに、比じゃないと息子に言い聞かせたのはほかならぬ自分だというのに、息子だけは死なないだろうと勝手に思い込んでいた。
*
「息子が、ゲボが戦死した?」
初めての国王軍との戦いはレッドリボン軍の完全敗北だった。武器は互角、むしろこっちの方が優れていたがしかし、兵の練度が圧倒的に違った。レッドリボン軍の兵は壊滅、生き残ったのはゲボの小隊数名だけだ。彼の獅子奮迅の活躍により、ゲボの部下は逃げきれた。
「すいません、俺のせいで…!俺を庇ったから…!」
目の前が真っ暗になるというのはこういうことだとその時初めて知った。
「う、嘘よ。ゲボが死ぬなんて、そんな…」
「オト、泣かないで。どうすれば、泣き止んでくれる?」
完成したばかりの人造人間八号。そのうち名前を付けてあげるとオトから言われていたが、それは叶わない。数日後、狂ったように兵器開発に取り組みだしたゲロと一緒に居たら悪影響だろうと、彼はホワイトタワーに送り届けられる。
*
「お前が二人の天才ドクターの傑作、人造人間八号か。」
「よろしくお願いします。ホワイト将軍。」
そこでの日々をオトが知っていれば、八号を手元に置き続けていただろう。心優しき人造人間は無垢の民を傷つけられない。武器としての欠陥品がどういう扱いを受けるかはわかり切ったことだ。
*
「あなた、少し休んでください。貴方が倒れてしまっては、レッドリボン軍の戦力は激減します。」
あれから数年間、散発的に犬国王の治める地域を攻撃し略奪を繰り返しているが、犬国王側との全面戦争は避けている。
「あれほどの強力な兵器を開発しておきながら世界征服にいつまで時間をかけるつもりなんだ…!」
ゲロが憤慨する。ドクターゲロが執念ですさまじい武器を開発しているのにレッドリボン軍が世界征服を果たせないのはオトがいるからだ。ゲロの開発する武器はもう地球で使うには強大すぎた。オトがゲロの開発した武器に手を加えて軍に提供していた。それでも犬国王側と正面衝突すれば地球の環境は人の住めるものではなくなってしまうだろう。
*
「レッド!早く世界征服を成し遂げろっ!わしの武器を使っているのにその体たらくはどうしたッ!」
「ええいっ!物事には順序というものがあるんだ!もう少しまてい!!」
ゲロがレッドにそう怒鳴り込みに行った日は大佐となったシルバーが孫悟空に出会った日だ。
ゲロとオトって上級兵士の息子がいるんで既に四十路くらいではあるはずなんですけど、おしどり夫婦だったんじゃないかなあと妄想しています。ちなみに映画でボミと名前が明かされたのですが、この話を書いたのは映画公開前でオトという名前に愛着を持ってしまったのでこの作品ではオトで行きます。ご了承ください。