秋中旬。菊花賞の
また、文字通り菊花賞の前哨戦ということで、ここを勝たなくても菊花賞に出られるような実績を持つ、春に皐月賞やダービーを走っていたウマ娘が出走することも往々にしてある。というかほとんど出てくる。
実際、今年のダービーウマ娘がここに出てきている。他に実績の目立ったウマ娘がいないこともあってか、断然の1番人気に推されていた。が……当の本人はあまりにも異様なオーラを発していて非常に近寄りがたい感じがした。まるで闇落ちにも近いような。
ここでちょっとこの年のクラシック戦線を振り返ってみよっか。実は去年マヤノと一緒に見ていた朝日杯を勝ったウマ娘は、「不治の病」とも言われるほどの重病である屈腱炎によりクラシック全休を余儀なくされている。
……まあ、ぶっちゃけると我らが寮長フジキセキ先輩なんだけど。フジ先輩曰く、
『リハビリもするけれど、後輩たちの面倒もたくさん見てやりたいという気持ちもある。もちろんターフには戻りたいけれども、その時戻る舞台がトゥインクル・シリーズかどうかは分からないね』
……とのコメントを残しており、今後マヤノとフジ先輩がこのトゥインクル・シリーズで戦うかどうかは限りなく不透明である。
それはともかく。この世代はあんまりにも強かったフジ先輩が同期だったのが限りなく悪運だったのだ。特に大きな煽りを受けたのがダービーウマ娘。フジ先輩がいれば負けていただの、ティアラ路線のオークスより勝ちタイムが遅いと煽られ、しまいにはそのオークスウマ娘がフランスから帰ってきたら菊花賞に出ます、と……。
まあ、残念ながら本人の実力も影響しているところもあるのかもしれないけれども、なんというか、あんまりにも可哀そうだよね……。だけど変な上っ面だけの同情ほど嫌なものはないだろう。放っておくのが一番だと思う……と信じたい。
「私は強い。私は強いの。私は強いんだから……」
そうやってぶつくさと何かにとりつかれたようにつぶやき続ける、異様すぎるダービーウマ娘を横目に見つつ、地下バ道でマヤノと一緒にいると……ある一人のウマ娘が気さくに声を掛けてきた。
「よっ」
「あ、スリリンちゃん!」
あの子は確か……前走マヤノと走って2着だった子だ。負けはしたものの、逃げ粘っての2着で、なおかつマヤノとは1バ身差なのにもかかわらず後続とは差を十分につけた2着だった。実力はハッキリと抜けている。……にしても、中々に元気っ子だなあ。
実はそんな彼女もデビューがマヤノよりもっともっと遅れたそうだ。4月の下旬……つまりマヤノが初勝利を挙げたときよりもはるかに遅く、もっと言えば皐月賞すら終わったあとである。
「へっへーん! あの後もっかいレース使って逃げ勝ったからな。とうとう……とうとうウチも乗れたんだ、この路線にな……っ!」
そう語るその子は心底嬉しそうに話す。そりゃあ嬉しいだろう。春夏我慢して、ようやく条件が揃って最前線で戦うチャンスを手に入れたのだ。ジュニア級からクラシック級の春にかけて苦しんでいたマヤノを間近で見ていたアタシには分かる。
そして、そんな苦労人の彼女の実力を認めたうえで応援する声も大きかった。今回の2番人気ウマ娘はこの子だ。……というか、前走がシニア級のウマ娘混じりのレースで3バ身差の逃げ切りっていう結構派手なことをやってるんでこの人気もうなずける。1番人気とかなりの差を付けられているが、実績が実績だから仕方がない。
「上がりウマ娘同士、刺激的な時間を愉しもうぜっ!」
「うんっ!」
そんな彼女が差し出した拳に、マヤノも拳を作ってこつんっ、とぶつけあった。
「何だかかっこいいね、それ!」
「だろ! ウチとトレーナーのレース前のルーティーン。これをやると気合が入ってスリリングに逃げ切るぞー! ってなるんだよっ。……勢いあまって気合、ライバルにおすそ分けしちまったな。ははっ」
……この子、なんか裏表ない感じで好きになりそうだなー。てか友達多そう。
-京都レース場 神戸新聞杯(G2) 芝2000m 14人立て-
8枠14番 マヤノトップガン 5番人気
4枠5番 ダービーウマ娘 圧倒的1番人気
3枠4番 刺激的な時間を愉しむ逃げウマ娘 2番人気
今回マヤノトップガンは大外枠。一応中団から行くレースをしたことはあるものの、今までのレースのほとんどが逃げに近い先行のレースをしているマヤノ。外枠だからちょっと先行は不利なんだけど……どう出るんだろうか。
それに、このレースは重賞だ。ダービーウマ娘を初めとして、相手関係は一気に強化されている。いくら脚元に不安が消えたマヤノとはいえ、一筋縄ではいかなさそうだ……!
ゲートが開いた。マヤノはあんまりいいスタートとは言えない。その上少し外によれてしまった。それでもぐっと加速してやや強引めではあるものの3番手につける。
やや飛ばし気味な先頭のウマ娘を見ながら、刺激的な時間のウマ娘は冷静に2番手に控える。どうやら逃げ一辺倒ではないらしく、展開次第で先行策も取れるウマ娘と見た。あんな感じだから何が何でも逃げるって感じに見えたけど、意外と柔軟性があるっぽい。
そして、圧倒的一番人気を背負ったダービーウマ娘さんはかなり後方からレースを進めている。元々差しのウマ娘であるから後方から行くのは彼女の形だ。
第3コーナーで早くも飛ばしていたウマ娘が力尽き、ずるずると後退を始める。それを合図にしてか周りのペースがぐんっと上がり、緊張の糸がピンと張り詰めるのを感じた。ここが仕掛けどころだ、みんながみんな脚をじわじわと使って速度を上げに掛かる。
先頭は押し出された刺激的ウマ娘。マヤノは2番手。そして、後ろから恐ろしいオーラをまとったダービーウマ娘がじわり、じわりと存在感を醸し出し、機をうかがっている。圧倒的一番人気のダービーウマ娘。実力をどうしても証明しなければならない運命にあるウマ娘。いくら前哨戦であろうとも、絶対に負ける訳にはいかないだろう。覚悟が違う……!
各ウマ娘最終コーナーをまわった。ロスなく内内通って刺激的ウマ娘が先頭で直線に入る! マヤノは二番手をキープしたままスパートをかけたように見えるが、さすがは前走シニアのウマ娘相手に3バ身差で逃げ切ったウマ娘、内で粘る粘る、粘り続ける! さらに外からは気迫のこもった末脚でダービーウマ娘が芝を蹴飛ばしながら物凄い勢いで迫りくる!
が、しかし。ダービーウマ娘、最初こそ鋭い脚を繰り出し伸びたものの、何かが物足りない。残り200。とうとう内で粘っていた刺激的ウマ娘を競り落としてマヤノが前に出たが、ダービーウマ娘は伸びを欠いてしんどそうに走っている……!
「行ける! 行けるよマヤノーっ!!」
アタシの声が届いたのか、マヤノがにやりと笑ってさらにギアが上がった気がする。他のウマ娘たちには悪いが、きっとこれはマヤノのレースだ。マヤノが絶対に勝つ! 残り100を切って1バ身ちょっとのリード。もはや誰もがマヤノの勝利を確信した。当然のごとく、そのままマヤノが先頭でゴール板を……!
「なっ……!」
外からとんでもない勢いで突き差さんと追い込んでくるウマ娘、あれは……カサマツからのウマ娘だ! 完全にノーマークだった! それだけじゃない、残り100mの時点でここだと言わんばかりに絶好の仕掛けを見せたウマ娘がバ群からグイン! と伸びてくる……! 彼女も完全にノーマークだ!?
これが重賞。これが最前線のレベル。残り100mで、結果はひっくり返った。
マヤノは2着。1着は、バ群から伸びてきたウマ娘。わずかにクビ差、ギリギリで重賞制覇をかっさらわれてしまった。