激戦を終え、菊花賞への優先出走権を得たマヤノ。ウイニングライブも(センターはマヤノじゃなかったけど)にっこにこで堪能して、アタシたちの部屋に戻れば一気に日常に引き戻される。
「バブちゃん」
「んー?」
今日はマヤノが甘えたがりらしい。アタシがスマホをいじって今日のレースについて色々反響を見ていたら、マヤノが後ろからぎゅーって乗っかってきた。おろしたオレンジ色の長い髪からフローラルないいにおいがして、何か一気にしあわせのスイッチが入った。
スマホどころじゃない。アタシはスマホを置いてマヤノに注目した。
「……マヤはさ。どうすべきなのかな」
「どうすべきって……京都新聞杯、だっけ」
「うん」
4着になり優先出走権をギリギリ逃した友人から、レース直後に貰った提案。もう一度トライアルに出て一緒に走ってくれないか、という提案だ。トレーナーは出てもいいし出なくてもいい、ただ無茶だけはするな、と。結局、マヤノ次第なんだ。
ただ、当のマヤノは悩んでいる様子だった。そりゃそうだ。自分は優先出走権を得ていて出る必要性があんまりないのだから。
「……んー。難しいよね」
アタシは無責任に答えることなんて出来ない。正直なところ「出ればいいじゃん、だってそのままでも菊花賞に出れるダービーウマ娘も、叩き台としてこのレースに出てたし」なんだけど……やっぱり当事者じゃないから。本当の気持ちは分からないんだ。
「バブちゃんが後押ししてくれたら、マヤはそうする」
「ん……」
頬をぴとりと合わせてくるマヤノ。声が近すぎてくすぐったい。……でも、それはちょっとまずいんじゃないかな。アタシだけの意見に左右されるのは、マヤノのためにならない。
「色々聞いてみる。他の子に」
「他の子に?」
だから、アタシはそうする、かな。
「うん。アタシ、やっぱ当事者じゃないし。アタシだけの意見でとやかく言うのは、やっぱ違うと思うんだ」
「バブちゃん……」
「だから、他の子に色々聞いてみる。そうすればアタシだけの意見じゃなくなる。マヤノもきっと、もっと納得できる。それでいい?」
「うん。マヤも相談してみるね。色んな子に」
「ん」
まだ解決はしていない。けれども心の荷はきっと軽くなったはず。悩みは二人ではんぶんこ。だってマヤノと一番近くにいるウマ娘だもん。
「ねえ。バブちゃん」
「ん?」
「今日、一緒のベッドで寝よ?」
「……ん。いいよ」
アタシはにこりと微笑んで、マヤノの頭を優しく撫でてあげた。やっぱりこの子、かわいい。当たり前だけど。
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「で、二人揃って遅刻、と」
「「ネイチャせんせーごめんなさーい」」
「反省の色なしっ……!」
翌日。マヤノがアタシを抱き枕にしたらご覧のありさまでした。
マヤノはレースの疲れもあって超ぐっすり。アタシはマヤノに内心で限界になって中々寝付けず。そりゃそうなる。
「でさ。単刀直入なんだけど」
「おおう、急だねバブル?」
「聞くよ? 優先出走権を貰ったウマ娘がもう一回トライアルに出るのはありですか」
「ふーむ」
ネイチャはしばし考えて。
「別にありじゃない?」
と、当たり前のように答えた。
「だって皐月賞とかダービーを勝ったウマ娘もフツーに出るレースじゃん? だから別に関係ないと思うよ、優先出走権持ってるか持ってないかってさ。深く考えなくてもいいと思う」
だいたいアタシと同じ意見だった。
「……てかマヤノ」
「ん?」
「脚、大丈夫なの? 結構レース走ってるでしょ」
「脚? 大丈夫だよ? ほら。たったったったーん!」
マヤノはその場でもも上げをした。かわいい。あ、肝心の動きもぎこちない感じはしないので大丈夫だと思う。
「……大丈夫そうだね」
「うん! 大丈夫だよ?」
ネイチャははしゃぐマヤノをみて、ふふっと笑ってみせた。
その後色んな子に聞いてみたけど、大半がネイチャと同じような意見だった。別に出ちゃいけないなんて規則はない、どうせ菊花賞でぶつかる、連続出走は連続出走なりのリスクがある……中にはトゥインクル・シリーズに情けなど無用である、なんて過激派な意見も飛び出した。
トレーナー室。
「マヤノが行くと言えば京都新聞杯に登録をするし、行かないと言えば菊花賞までじっくり仕上げていく。任せるよ、マヤノ」
アタシと一緒に数々の意見を聞いたマヤノ。レース直後に、ライバルにもう一度一緒に走って欲しいとのお願いをされた。脚も全然問題ない。まあ、今日は遅刻したけど……それはそれ。
決断をゆだねるトレーナーに対して、マヤノは自信を持って。
「マヤは、京都新聞杯に行きたい。……ううん、京都新聞杯に行く。マヤ、もう決めちゃったもん」
そう、はっきりと言ってのけた。
「分かった。それじゃあ登録しておくからな」
「忘れたらダメだよ、トレーナーちゃん!」
……何か登録を忘れそうな顔してる。釘差しておこう。
「アンタさ、もし忘れたら……」
蹄鉄付きのシューズを喉元に、当たるか当たらないかくらいの距離まで突き出した。
「蹴るよ」
「ひえっ」
これでよし。