マヤノのレースがある一週間前、アタシのメイクデビューがあった。人気こそ背負ったけれど、なんか上手く行かなくて3着だった。
……次こそは、勝つ。今月中にもう一回折り返しのメイクデビューに出て、勝ってやる。早くマヤノに追いつくために。
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神戸新聞杯からおよそ一か月後にある京都新聞杯。京都2200mで行われる菊花賞の前哨戦の一つ。
既に優先出走権を得ていて、別にこのレースに出なくてもよかったマヤノだったんだけど……ライバルから『レースに出て欲しい、そうしてくれるとウチも燃える(要約)』的なことを言われ、出走することにした。
特段勝たなくても菊花賞への出走には何ら影響のないレース。でも、少なくとも見ているアタシからしたらマヤノは一切手を抜かずに頑張って走ったと思ってる。
……しかし。
「おもってたのとちがーう!!」
しかし、残念ながらここでもマヤノは2着どまりだった。早くに仕掛けて飛び出したウマ娘を懸命に追い詰めはしたものの、あと少しの差が埋まらなかったのだ。
が、マヤノが言う「おもってたのとちがう」理由は他にもあって。
「マヤノ! ごめん! ウチ、めっちゃ不甲斐なかった……!」
「スリリンちゃん……」
マヤノにこのレースに出るよう約束をしたウマ娘が直線に大失速して2桁着順に沈み、優先出走権を最後まで獲得できなかったということだ。
「マヤノが出るって言ってくれて、ウチ、めっちゃ頑張ったんよ! 絶対優先出走権を獲って、菊花賞一緒に走って、そんでもって絶対勝つって思って! でも、でも……あはは、ダメだった……」
そう、自らの悔しさをごまかすように笑って話すウマ娘は今も少しふらついている。脚元を見れば時折芯を失ったかのようにぶるっと震えており、脚としての機能を失いかけているよう。アタシは心配になって肩を貸した。
「大丈夫? 立てる……?」
「ありがと。あはは、ごめんな……」
多分、この子は……頑張りすぎてしまったんだろう。事実マヤノが出るということを彼女が聞いた際には発奮して、その後のトレーニングをたくさん頑張っているのを見た。
ただ。4月後半のデビューから同期に追いつくために休みなくレースに出て走り続けた上に、前前走がシニア級相手に3バ身の逃げ切りという派手なパフォーマンス、さらに前走の神戸新聞杯も中々の激戦だったがために……彼女自身も感じていなかった疲労が蓄積されていき、このレースの最終直線でどっと表面に出てしまったんだろう。
そして、トドメに前走からの200mの距離延長。逃げウマ娘にとって追いつかないようにしなければいけない距離が増えるというのは、単純ながら想像以上にしんどいものなのだ。
この世界は優しくない。全てのエピソードが全てグッドエンドに収まる世界じゃあ、ない。この世界のシビアさをつい最近のレースでまざまざと見せつけられたアタシだったけれど……今、こうして、生で、目の前で直面して……少し、こわくなった。
でも、既にそのステージに上がっている二人は堂々としていた。
「……マヤノ。ウチらしくない、ふっつーなセリフだけど……菊花賞。絶対勝ってね」
「うんっ」
「ウチ、出直してくるよ。そんでもって、またマヤノと走れるようになる。それまで待ってて」
「分かった」
マヤノは握りこぶしを作って、彼女の前に小さく突き出した。
「マヤノ……!」
「もう1回、このトゥインクル・シリーズでマヤと走る。約束だよ」
「ああ」
「ユー・コピー?」
マヤノの問いに、彼女はギュッと決意を込めて握りこぶしを作り、マヤノのそれと合わせた。
「アイ・コピー」
その目は真っ直ぐマヤノを射抜いていた。
その後、彼女のトレーナーが来て、そこから聞いた話だけど……彼女は次のレース、一旦クラスを落として短い距離で立て直しを図るらしい。そうしてから無理をさせずに徐々にステップアップしていくとのことだ。
もし今後彼女が最前線に舞い戻ったとして、マヤノと一緒に走るのならば天皇賞・秋辺りが目標になるらしい。最短でも今から1年後の未来だけれど……。
「アタシさ。あなたとマヤノが一緒に走る未来、信じてるから」
「お。せっかくだからお前も一緒に走らないか?」
「え?」
「だって来年にはクラシック級だろ? 秋天、出れるぜ」
「……あ、そっか」
そうか。来年のこの時期アタシは。
「ふふん。バブちゃん、もうマヤに挑んじゃうの?」
……マヤノと、走れてしまう未来があるかもしれないんだ。先週のメイクデビューで3着止まりだったアタシが、その未来に行けるかはまだ分からないけれど。
「……挑むよ。そのチャンスが来たら」
出まかせの言葉かもかもしれない。でも、アタシの覚悟は、本物だ。
菊花賞まで、あと一か月。