今日、マヤノは他のチームの子と一緒に走っていた。わずかに前を行くのはマヤノ、二番手追走はスリリン。そこから少し間を空けて走るのは、桜花賞を勝ったあのやたらと香水がすごい先輩ウマ娘。
香水の先輩がギアを上げて上がっていく。マヤノがほんの少しひきつけてからぐっと仕掛ける。スリリンもそれに呼応して粘り込みを図る。
しかしスリリンにとっては分が悪い相手だったのかある地点を境に後退を始めてしまい、香水の先輩がスリリンを並ぶ間もなく追い抜いてマヤノに追いつこうと差を詰め始めたところがゴール板だった。
「……強くなったじゃない、マヤノ」
「ワンちゃん!」
「その呼び方はやめなさいって……」
マヤノは香水の先輩をそう呼んでるのか……まあ、名前から取っているっちゃいるんだけど。
「そりゃトーゼンだよ? だってマヤはオトナのオンナに近づいているんだからね!」
「立ち振る舞いはともかくとして、実力はメイクデビューのときよりはるかに強くなってる。芝で走ってるって点もあるのかもしれないけれど……」
「むぅうぅー。立ち振る舞いもちゃんとオトナっぽくなってるもん!」
「『オトナのオンナ』は駄々をこねないと思うの」
そこに息を切らせたスリリンがやってくる。
「はぁ、はぁ……二人とも速ぇな、やっぱ!」
「そりゃああたしは曲がりなりにもG1ウマ娘だもの。あなたに負けるわけにはいかないの」
「マヤに負けてるけどね」
「なっ……マヤノぉおぉおぉ!」
香水の先輩がぎゃーぎゃー言いながらマヤノを追っかける。苦笑いしながら、アタシと同じようにあはは……と笑う一人残されたスリリンに近づく。
「スリリン。ドリンク飲む?」
「お、さんきゅ。……あんなこと言っておきながら、あいつも『オトナのオンナ』には程遠いな」
「あはは。ま、それアタシたちもそうだけど」
「だなー。特にウチなんか大人になってもずっとこのままだろうな。色気皆無。彼氏も皆無。ってな! あはははは!」
豪快に笑い飛ばすスリリン。色気皆無、とか言っておきながら、以前ちらっと見せてもらった彼女の勝負服デザインだいぶ
勝負服? 勝負服……あっ。
「……そういえば」
「ん?」
「マヤノの勝負服、今日じゃん」
「おおおお! どんなのになるんだろうな……!」
「絶対可愛いに決まってるはあはあ」
「バブルの目がガチだ。これはガチだこわい」
間もなくトレーナーがマヤノを呼んで、勝負服の試着と試走が行われる。どんな感じになるんだろう。まあ、可愛いのは確定なんだろうけど! ……しなないように心の準備を……。
あ、出てきた。元気いっぱいに登場してきたその姿は……。
「マヤちん、ランディーングっ☆」
……ねえ。
ねえねえねえねえねえ。
「ちょっっっっっっとアンタ」
清純なマヤノであるのにもかかわらずお腹出しすぎである……ッ! 確かにかわいい。確かにかわいいが。ゆるせねえよなあ?
ということでアタシはトレーナーを軽くぶっ飛ばすことにした。
「マヤノになんてカッコさせてるのおぉおぉ……!」
「ちょ、ちょっとまってバブちゃん落ち着いてー!!」
が。ほかならぬマヤノに制止を食らったので落ち着いた。
「……これ、マヤノが考えたの!?」
「うん。ちょっと恥ずかしいけど……オトナのオンナに近づきたくってダイタンになっちゃった」
なるほど。なら納得した。マヤノの願いが込められてるならヨシ。……いや、アタシ的には、もーちょい自分を大切にしてほしー感はあるんだけどね? それを口に出したらいよいよ厄介後方保護者になってしまう。
それに一旦落ち着いてよく見れば……確かに、まあたーしーかーにー、露出はちょっとばかり必要以上だとは思うが。が、マヤノの着てるそれは人間の女子陸上選手が着てるそれだし(なんならアタシも前世で着てたやつ)。……まあ丈が短すぎるとは思うが。
あと、なんだかんだそんなにいやらしさは感じないんだよね。というかむしろ元気さの方が目立つ。お腹の露出もえっちというよりかは健康的じゃんキュートじゃんって印象の方が勝つ感じ。それにフライトジャケット、って言うんだっけ? それを大胆に羽織るっていう豪快さ。うん。実にマヤノらしい。天才だ。……本人的にはもっと色気があってオトナっぽい、だとかそういう感想の方を欲しがりそうではあるけど。
……と、脳内で魅力を語りつくしはしたのだが。
「可愛い」
口から出る言葉はたったの3文字しかなかった。
「ホント!?」
「うん。そりゃあもう最高に可愛い。天才的に可愛い」
マヤノは褒められて上機嫌。腕を飛行機のように真横に広げ、アタシの周りを旋回飛行。可愛い。
でもって、何となくだけど動きも軽そうである。フライトジャケットのすそが忙しなくはためくのが一見邪魔に思えそうだが、案外そうでもないのだろうとウマ娘たるアタシには何となく分かってしまう。
果たしてそれはホントだったらしい。勝負服を着ての試走としてマヤノが菊花賞と同じ3000mを軽く走ったけれど(トレーナーは1000mでいいと言ったけどマヤノが聞かなかった)、3000走ってもまだまだ行けるよー! って感じに元気満々。軽くでありながら3000を流してこの元気。すごいなー……と見ていたアタシとスリリン、勝負服を着たことのないウマ娘2人は感心を隠せなかった。
一方でウンウンと頷く香水の先輩。彼女はG1レース経験済みであるため、勝負服の感覚も当然知っている。アタシは聞いてみることにする。
「えっと……勝負服って、やっぱこうなるものなのですか?」
「ええ。不思議なのよねー、着るだけで気持ちがたかぶってきて、力もみなぎってきて……今あたしが一番強い! って気になっちゃうんだもん。たとえ人気が他の子に比べて全然なくっても、勝つのはあたしだ! って気持ちになれる」
こう語る香水の先輩は何だか嬉しそうだ。そして何だかうずうずしているようにも見える。まさかこの人……。
「マヤノーっ! あたしも走るー!!」
やっぱり。びゅんとアタシの隣から消えたと思ったら、香水の先輩は一瞬にして勝負服に着替えてコース入りしてた。
「あたしも!! 3000走るぞーっ!」
「先輩、それ無謀では……」
「なーに、マヤノが行けたんだし! 2400も踏破済みなあたしなら楽勝だって! オークス取った子も出るっていうし……!」
そのまま勢いよく駆け出した先輩。横でスリリンがぽつり言う。
「……掛かってるね、こりゃ」
「だねえ」
遠い目で同意しておいた。……そして案の定。
「ぜぇ……はぁ……ひぃぃ……むりぃ~……」
香水の先輩は2200の地点ですでに手ごたえが怪しくなり、2600を過ぎたあたりでほぼほぼ歩いていた。いくら勝負服でも適性を覆すなんて芸当はできないらしい。……逆に言えば3000を難なく走り切ってしまったマヤノは、その適性が元からあるということ。つまり、菊花賞は十分期待が出来るはずだ。
しかし、この小さな身体のどこにこんなスタミナが秘められているのだろう。
「見栄張るんじゃなかった……大人しくエリ女の練習しとく……バタリ」
その後みんなで香水の先輩の面倒を見てやったのは言うまでもない。トレーナーが手際よく応急処置をするのにちょっとカッコよかったと思ってしまったのは絶対秘密だ。死んでも言えない。