ゲートが開く。その瞬間どっと歓声が上がり、すぐに静まっていく、しかし興奮が持続してざわつきは収まることを知らない。
3番のウマ娘がいいスタートを切ったのは見えたが、マヤノはそこまでいいスタートには見えなかった。緊張しているのか、それとも余裕の顕れなのか。ただ、このレースは3000mもある。強いウマ娘なら、多少の出遅れは誤差にまとめてしまえる。
そして、きっとマヤノは、強いウマ娘だ。ほら、自信ありげな表情を見せて後ろからするすると上がってきた……! 最初のカーブに差し掛かった時には4番手くらいの先行にしては非常にいい位置を獲得していた。
向こう正面に差し掛かり、再び大きな歓声が沸き上がる。各々応援しているウマ娘に向かってありったけの声を掛けていく。それが大音声の塊となって、この京都レース場を支配していく。
「落ち着いてる……凄いな、マヤノは」
隣にで見ているトレーナーの口がそう動くのをアタシは見た。
先頭2人、そのやや後ろに1人。先頭集団3人、それを見るようにやや離れた位置から虎視眈々と4番手を追走するのがマヤノトップガンだ。実況では5バ身から6バ身と実況されている。
前にいる3人、特に先頭2人が並んで前をぐいぐい引っ張っていて、G1の熱気のせいか、3000mという未知の舞台のせいか……とにかく前にいるウマ娘たちは何となく冷静さを欠いているようにも見えたので、無理には追いかけないという判断なのだろう。離れてても分かる。普段はあんなに子供っぽいのに……今回は明らかに、マヤノは落ち着いている。
「何を今更当たり前のこと言ってるの。凄いでしょ、マヤノは」
「はは、そうだな……」
するとトレーナーは息を思い切り吸い込んで、
「マヤノー! 凄いじゃないか! いいぞ、そのペースだ! ……みぎゃっ」
突然叫び出した。何か先を越された気になって腹立ったので脇腹に肘鉄くらわせて悶絶させた。心配しないでほしい。手加減してる。
「マヤノー!!!!!! がんばれーっ!!!!!!」
うずくまるトレーナーを気にせず、アタシも追ってマヤノに声援を届けた。多分6倍は声出てた。ウマ娘ですから。
マヤノの後ろからナリタブライアンさんにそっくりな、2番人気のウマ娘が機を伺っている。この娘は春先から三冠路線で活躍しており、G1の舞台でこそいい走りが出来ていないが、前走の京都新聞杯ではマヤノに勝っている。彼女も彼女で何だか自信ありげな笑みを浮かべて追走している。今回も勝てるとでも思っているのだろうか。
1番人気のオークスウマ娘は中団、ちょうど真ん中の辺りでレースを進めている。さすがフランスを経験しているだけあってか、三冠路線のウマ娘と一緒に走っていても怖気づくなんてことはない。特にその他の問題もなさそうで、最終直線でこの娘が後ろから飛んできそうな雰囲気が今からでもプンプンしている。
そして、秋に入ってからの不調で5番人気にまで落ちてしまったダービーウマ娘。最後方近くで、有無を言わせぬオーラを放ちながらじっと静かに追走している。ダービーで燃え尽きてしまうウマ娘は多かれど、自分は決してその類ではない、断じて一発屋などではない。……そんな叫びが聞こえてきそうなほどに闘志をみなぎらせ、その証拠に軽く周りが委縮しているのさえ感じ取れた。
そう。ここはG1。たった18人の選ばれた強いウマ娘だけが走ることを許される、至高の舞台。
そして、強いウマ娘は例外なく、強い想い、誰にも譲れぬ想いを胸に秘めている。その18人の、1人のウマ娘が背負うには、胸に秘めるにはあまりにも大きすぎる想いが剥き出しとなって、ぶつかり合うのがこの場所、ターフの上だ。
大勢の観客に囲まれてもなお、人を潰すことも容易であるその危険な想いの集合体は中和されることを知らない。そしてマヤノは、そんな並の人間やウマ娘では潰れてしまうような舞台の上で……全くひるむことなく、むしろ楽しむ余裕すらあるように……堂々と走っている。
「……この子は、凄い……」
近くにいすぎたから、気が付かなかったのか。マヤノの秘めていたスターたる素質に初めて触れた気がして、アタシは鳥肌が立った。遠く離れているこの場所でも、アタシは軽く、18人の想いの集合体に気圧されてしまっているというのに。
アタシの両眼でしっかりと、マヤノトップガンというウマ娘を睨みつけるように見ていないと、立っていることすらままならない気さえしてくる……!
第2コーナーを曲がってレースが動く。3番手に控えていたウマ娘がここで前に行き、一気に先頭を奪ったのだ。そのままじりじりと、元々先頭だったウマ娘との距離を離していく。そして、4番手のマヤノトップガンも、4番手のまま、先団を走る3人との距離を3バ身ほどくらいまで詰めていった。マヤノの後ろを走るウマ娘たちもマヤノの動きに追随し、やや縦長だった集団が縮まっていった。
3000mは長い。長いが、決してただのんびりと走っているわけじゃない。ライバルを出し抜くためにどこで仕掛け、どこで手を打つか、その仕掛けに乗るのか、乗らないのか……スタミナ管理をしながら、常に駆け引きをしているのだ。
バックストレッチ。一気に集団がぎゅっと縮まったが、スタミナ切れだろうか、最後方を走っていたウマ娘は早くも集団から引きはがされて脱落した模様だ。しかし、誰も振り返らない、確定した敗者のことなど見向きもしない。たった一点、優勝のみを見つめているから。
「……仕掛けるなら、ここかもしれない」
間もなく第3コーナー、京都の坂を上って下る……ここが、マヤノにとっての勝負所になる。
マヤノの身体がハッキリと前に傾いた。射程圏内、捉えにかかる……!
あっという間に先団に追いつき、3コーナー下りに差し掛かって、重力の速度を乗せながら外から被せにかかった!
「マヤノー----っ!!」
アタシは思いっきり叫んだ。熱に突き動かされるように。
みんな分かっている。ここでレースが、動く! レース場のボルテージも跳ね上がり、ありとあらゆる場所から応援の歓声が飛び交う。
上がってきたマヤノのさらに外から、マヤノのことをずっとマークしていた2番人気のナリタブライアンさん似のウマ娘も上がってきて先頭4人でコーナーを曲がっていく。後ろからも我先にとウマ娘たちが殺到していき、無秩序にばらけ、拡がり、コースを探し……芝を踏みしめ、踏み込み、蹴っ飛ばし、それぞれの想いを乗せた一完歩が、地面を焦がしていく。
たった一つの、栄冠を得るために。
……でも。もう、4コーナーで誰が勝つか、決まっていたような気がした。
『マヤノトップガンが先頭か! マヤノトップガンが先頭で今、直線コースに向きました!!』
その瞬間、アタシには見えたのだ。マヤノの背中から、戦闘機の翼が力強く真っ直ぐに伸びるのを。
アタシには聞こえたのだ。
――ジェットエンジンが唸りを上げて、音速の壁をぶち破るのを――!!
「行っけえええええええええっ!!!!!!」
アタシが力いっぱい叫ぶのと同時に、マヤノがぐっと芝を踏みしめて
黄色と緑の風をまとって、誰にも追いつかれないような速度で突き進んでいく。マヤノのことをマークしていたナリタブライアン似のウマ娘はすぐに辛そうな表情になり置いて行かれた。オークスウマ娘を始めとした後方勢が捕らえにかかるが、多分追いつく前にゴール板が最初にやってくるだろう……!
ダービーウマ娘が何だ。オークスウマ娘が何だ。前哨戦を勝った、春も活躍した、だから何だ。
大混戦? いや、違う。いざ蓋を開けてみれば、たった一人の最強のウマ娘が後続のウマ娘たちを引き連れて、誰からでも分かるような圧倒的な実力を見せつけてしまった。
そう、その名は。
『マヤノトップガン先頭! マヤノトップガン先頭! リード1バ身でゴールインっ!! 菊花賞を制したのはマヤノトップガンです!!』
電光掲示板に示されたタイムに、観客がどよめいた。
3分4秒4。
そのタイムは、前年度7バ身差という圧倒的な強さを見せ三冠を達成したナリタブライアンさんのタイムよりも、0.2秒速かった。
-菊花賞 結果-
1着 マヤノトップガン 3番人気
5着 フランス帰りのオークスウマ娘 1番人気
6着 ダービーウマ娘 5番人気
7着 ナリタブライアンさんにそっくりなウマ娘 2番人気