「初めての
「何を偉そうに。要は全部ぶっちぎって勝てばいいんでしょ?」
「まあ、それはそうなんだが……」
「なら簡単。……勝つよ、アタシは。練習メニュー、早くよこして」
案外、1週間というのは早く過ぎ去るものだ。トレーナーから渡された、マイルを意識したトレーニングメニューをこなし。
「朝日杯ジュニアステークスに出走するウマ娘の中で、一番の注目を浴びています。今の気持ちは?」
「……私という存在に注目して頂いて、とても嬉しいです。ええっと……期待に恥じぬ走りを見せられるよう、が……頑張らなければ……という気持ちで、いっぱいいっぱいです」
慣れない取材も何とか……何とか、こなして。
「ぷっ。いっぱいいっぱいって何だよ、バブル」
「スリリンうっさい! 取材って緊張するんだって! てか、そのくらい修正してよ編集のヤツ……!」
んで、不本意ながら友達にからかわれながら。
「……マヤノぉ……」
「ん……?」
「寝れないよぉ……」
前夜を迎えた。
「一緒に寝てあげよっか?」
「うん……一緒に寝るぅ……」
ドキドキが収まらないアタシは、マヤノのベッドに移動した。マヤノは布団を広げて、ぽんぽんとアタシに入るように促してくれた。
ちなみに、マヤノの菊花賞のときはそんなことは……ちょっと、あった。
『バブちゃん。ねれない……』
眠たげに甘えてくるマヤノは控えめに言ってめっちゃ可愛かった。めっちゃ可愛かったが、アタシを抱きかかえるとすぐ寝息を立てるのだからまあ死ぬよね。
……そして、そんなことをちょっと思い出して、アタシもマヤノをぎゅーってすれば寝れるかな、って思ったんだけど。
「すぴー……」
「…………」
マヤノは寝るがアタシは寝れないのだ。マヤノは寝るが。
「くそ、羨ましいなおい……」
頬を指でふにふにする。やわらかい。マヤノは起きない。
「…………くそう」
まあ、でも、マヤノの抱き心地はすごくいいし、あったかいのもあるので、そのうち多分寝れるだろう。多分……ねれる…………。
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「ん……」
自分から目を醒ました。快適な睡眠だった。
寝れた。奇跡的だった。おかげで体調は十全だ。ありがとうマヤノ枕。
「すや……」
そんなアタシの快眠の恩人であるマヤノは、アタシの腕の中でまだ寝てる。かわいい。かわいいけど……。
「どうしよっかな……動けないんだよね、このままだと」
結局起きないように頭をなでながらマヤノの起床を待つことにした。けれどいつまでたっても起きる気配が皆無なのでさすがに起こした。マヤノには悪いけどね。休みの日なら起こさないから許して。
……てか、マヤノのことをまるで猫みたいな扱いをしてる気がするな?
「んぅ……やだ、ねむい……」
「もうそれなりの時間だから。起きて。朝ごはん食べに行くよ」
「そっか、今日はバブちゃんの……うううんんっ……!」
マヤノは大きく伸びをして、勢いをつけて上半身を起こした。頭がめっちゃぼさぼさになってる。かわいい。というか、アタシのレースがある日だからマヤノも納得して起きてくれるのめちゃくちゃ尊くてしぬんだけど。
「おはよ、マヤノ」
「んにゃ……おはよー……」
そんな感じのやり取りが、まあ、今朝ありまして。
何か色々やったり。レース場に移動したり。レース見たり。ウォームアップしたりしたら。
「ふー……さすがに、緊張する」
いつの間にか、本番直前って訳ですよ。アタシは黒と黄色を基調とした特注の勝負服に身を包んで、トレーナーとマヤノとで控室にいた。ちなみにこの黄色と黒の派手な色調は、昔ウマ娘のトレーニング方法に大きな進歩をもたらし、超高倍率であるトレセン学園に次々と合格者を送り込んだ伝説の名トレーナーが運営していたクラブが好んで使っていた色だそうだ。そのためウマ娘に人気で、トレーナー曰く『シャダイ伝統色』と言われているんだとか。
色づかいこそ派手だが、全体としては眩しいとか派手派手な感じでなく、出来る限りクールでスタイリッシュにまとめてもらいたい。そんな注文をつけたら、パーカーのようなストリートファッションが出来上がってきた。
それにくわえて青いキャップまでついてきた。アタシはそれを注文してないのだが、試しに帽子のつばを逆にして被ってみると、それはもうなんかこうめちゃくちゃしっくりくる。なんだっけ、そういうの画竜せんせー? っていうんだっけ。
しかもそれに慣れると青キャップなしだともやもやするからびっくりする。アドリブで要素をひとつ付け加えてくるという勝負服デザイナーの凄さ、垣間見た気がする。
「やっぱりバブルは凄いな。今日、一番人気だぞ」
「マジか……」
トレーナーから手渡された新聞を見る。なんかこう、やっぱり自分の顔とか名前が新聞に載ってるのは慣れないが、そっか、一番人気か。このアタシが。マジか。
「まだ全力を出してない、底知れない力がある……こういう評判がついてるな。今日のこのレースで全力を見てみたい、という声もあれば、今日もまた涼し気な顔をしてクールに勝つところを見たい、なんて声もある。『バブル王子』なんてあだ名もつけられてるみたいじゃないか」
「なんだそれ……アタシ、そんなキャラじゃないっての」
勝手に変なのつけやがって。まあ、嫌な気はしないんだけどさ。
「王子って感じしないよね。バブちゃんはバブちゃんだよね」
「マヤノ。確かにそうだけどアタシはバブちゃんではない」
王子か赤ちゃんか。二択の振れ幅が極端。
「で、ここからが大事だ。二番人気が……この子だな。新馬戦を7バ身で勝ち、その後ここに出てないウマ娘に2着をしたあと、今度は5バ身で勝ってるんだ」
「7バ身……」
アタシの勝ち方はそこまで派手な勝ち方ではない。なのに、人気でこの子を上回っているのか。
「しかもこの子は全部東京のマイルを走ってる。つまり、この距離自体は経験済みという訳だ。まあ、同じマイルでも東京と中山じゃあ全然違うから参考程度ではあるけれどな」
「……なるほど」
でも。不思議とアタシは、彼女に負ける気はしなかった。
「少なくとも、この子には気を付けておいた方がいい。他のウマ娘も、以前言ったように海外留学しに来ているウマ娘が多く、そのどれもがマイルに向いたスピードのあるウマ娘ばかりだ。その代わり、スタミナならこちらに多少の分があると踏んでいる。前目につけて粘り強くいけば、きっとやれるはずだ」
「言われなくてもアタシはそうする。自分の走りを徹底して、勝ちに行くよ」
「……不要だったか?」
「ふふ、当たり前でしょ」
にやり。ああ、楽しみだ。この服を着て、強いヤツと走りたくて、仕方がない。
抑えきれない闘争本能が血液をめぐって、この身全体でひしひしと感じている。
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地下バ道で、一人のウマ娘とすれ違う。碧眼の、赤と黒の勝負服に身を包んだ子……多分、2番人気の子だ。
「ちょっといいか。……なるほど。キミが今日の私のRivalだな」
シュッとした綺麗な顔立ちをしている。さすが、海外育ちのウマ娘は美人だと思う。
そんな美人が、アタシに向かって……闘志をあらわにしている。
分かるのだ。絶対に負けないという、気持ちが。
「多分、そう。ふふ……いいレースになりそうね」
「いいレース? 何を言っている?」
「……」
彼女の形が整った細い眉毛がぐっと吊り上がった。
「勝つか、負けるか。Raceというものは、たったそれだけだろう?」
「……なるほど」
面白い。アタシはうなずく。
「ただ。私はキミのように手を抜くウマ娘ではない。なぜなら、小さい頃に恩師との約束――『Promiss』があるからな」
「……」
「恩師は現役時代、そこまで強いウマ娘ではなかったのだが、姉がアメリカ史上に残る伝説のウマ娘だった。私の恩師はその姉の七光りと揶揄されそうな看板をあえて背負って、スクールを開いていたのだ。並々ならぬ覚悟だったろう。
私は、その覚悟を裏切る訳にはいかないのだ。日本にわざわざ来ているのだから、尚更……!」
彼女はぐっと握り拳を作り、そして。
「だから、私は勝つ。我が恩師の恩に、海を越えて報いるためにだ。私が、ジュニア級の頂に立つ!」
ビシッと私に指を差し、文字通りの宣戦布告をしてきた。
「そう。……あなたも、『そういう』ウマ娘なんだね」
「何だと?」
前までは、動揺してたな。アタシは。
でも。
「アタシにあなたみたいな、何かのために、誰かのために、だなんて……そんなのは、存在しない。確かにあるけれども、別に今、それを勝ったところで……って感じ。正直」
「……」
「でもね、アタシは、結果として勝つよ。なぜなら、勝つためにレースに出ているから」
もう、アタシは大丈夫だ。
そんな大げさな、ドラマのような背景がなくっても。
「どんな『想い』も『憧れ』も『夢』も――アタシには、敵わない。抱く『想い』は無敵だと思わないことね」
「……言ってくれるじゃないか……!」
勝ちに行ける。
全部、踏みつぶせる。
みんなが抱く幻想の泡を――ためらいなく、潰してしまえる。
「……もう、言葉はいらないでしょう?」
「もちろん。どちらがWinnerでどちらがLoserか、ハッキリさせよう」
「ん。それでは、『いいレース』を」
「……」
いよいよ、幕が上がる。1人の勝者と残り全ての敗者、それが決まる