-中山レース場 朝日杯ジュニアステークス(G1) 芝1600m 12人立て-
4枠4番 アタシ 1番人気
7枠10番 宣戦布告をしてきたウマ娘 2番人気
G1のファンファーレ。芝生をも揺るがす大歓声。
『ジュニア王者決定戦、G1朝日杯ジュニアステークス! 中山マイルのこの舞台。伝統の黄色と黒の勝負服を授かったニューホープが、勢い盛んな留学生たちの挑戦を受けます!』
そして、その主役が……アタシ、らしい。
遠くの観客からのしかかる大きな期待と、近くの出走ウマ娘たちから向けられる敵意。コイツには負けられない、絶対出し抜いてやる……隠そうともされない11人の敵意がアタシに真っ直ぐに向いているのをひしひしと感じる。
今までの競走とはまったく違う雰囲気。そこで、一番人気を背負って、走れと。
テレビの中のウマ娘はすごいことをしてきたものだと、今思う。
だからといって、逃げる? そんなヤツなら、こんな舞台にたどり着いていない。少なくともアタシは、そんなヤツじゃない。
「……やるしか、ないね……!」
気合を入れて一歩、ターフを踏みしめる。蹄鉄、しっかりハマってる。ちゃんと地面を掴んで、前に跳ねる力を得ている。ハプニングはない。安心しろ、アタシ。
ゲートインが始まる。過去一番の緊張がアタシを包む。だいたい真ん中あたりの順番でアタシはゲートに入った。その他のみんなも色々な面持ちでゲートに入っていく。
ゲートの閉塞感は、何だか特別だ。ゲートに入る前、出た後、全てすごく開けているのに、このゲートにいる間だけは、自分だけの狭い空間が出来ているのだから。特に、このG1の大きな舞台ともなれば……すごく、特別だ。
訪れる静寂。息を深く吐いて目を閉じる。ゲートが開くその瞬間だけは、耳で感じて一歩を踏み出す。それがアタシのやり方。
いつでもいい。やってやる。
『さあ、サクラチヨノオーが、アイネスフウジンが、ミホノブルボン、ナリタブライアンが君たちのゴールを待っています。第47回朝日杯ジュニアステークス、ゲートイン完了――』
ガシャン。
『スタートを切られました! ちょっとバラツキ気味だったではありましょうか――』
緊張でやられたか? 他のウマ娘たちのスタートタイミングはバラバラだった。が、アタシは全然問題ない、悪くないスタートを切って理想的な位置で行けそうだ。最内のウマ娘がやや力み気味に逃げを打つのを見て、アタシは1バ身ほど後ろの位置にて2~3番手につける。
アタシのすぐ隣、外にぴったりくっついてきたのが8番のウマ娘。たしか3番人気か。意識しすぎではないだろうかってぐらいに視線を感じる。……惑うな、アタシ。
順調に見えるだろうが、ただ、懸念が1つあって――それがペースだ。
マイルレース、つまり今まで走ってきたレースより200m短い距離。それだけじゃない。G1という雰囲気か、それとも先行したいウマ娘が多いからか、いやどっちもかもしれないが――アタシが経験したことのないペースの速さであることを感じ取っていた。
「これで1600……」
大丈夫か。このままだと間違いなく垂れる。後ろにいる2番人気のあの子に差されてしまう。だから、脚をどこかで溜める必要がある……。
ただ、この好位置を手放したくはない。アタシがアタシのレースをするためには、この位置が間違いなく絶好なのだから。とりあえず位置はキープ、その代わり終盤仕掛けどころをやや遅らせて、少しでも脚が長く使える状態にして後続を迎え撃つか――ただでさえ他のウマ娘たちに警戒されているのだ、焦って動けば絶対潰れる。情けない自滅だけは避けなければならない。
でも、この油断ならない感じ……前から、横から、そして大勢がいる後ろから、気迫が伝わってくるこの感じ。
そうか、これがG1か。これが世代の頂点を決めるレースというものか。熱が……違う……!
ふふ、面白いな……!
第3コーナーに差し掛かる前で、1人のウマ娘が我慢できずに後ろから加速していき、アタシの横も追い越して先頭に並んだ。ここは仕掛けどころでも何でもない、どうせ掛かって前に行っただけ、最後に失速する。
そして、3コーナーに入った時。アタシの横を走っていたウマ娘が集中力を切らしたのか少しずつ後退していく。……その代わり。
「ここで……勝負しようか!」
「……!」
あの子だ。アタシに宣戦布告をしてきた、2番人気の碧眼のあの子だ。中団に控えていただろうが、ここでアタシに並びかけて勝負を仕掛けてきた……!
「なるほど……でも……ここじゃない。どうぞ先に行って」
仕掛けは遅らせる。でなければ、速めペースで先行していたアタシの脚はもたない。ここで乗ったら、きっと良くない結果が待っている気がする。今は先に行かせてやろう。
「な……く、後悔しても遅いぞ……!」
あの子は加速を続け、先頭を走るウマ娘を捉える。
冷静さを失うと終わり、冷静さを失うと終わり、冷静さを失うと終わり……!
「むーりぃー……!」
4コーナーを曲がる辺りでさっき暴走したウマ娘が下がっていった。アタシはしっかりインを突いて、最短距離で曲がっていく。
曲がり切ったところで、あの子が先頭を走っていたウマ娘をかわし、さらに加速していくのが見えた。距離が、離れていく。
「頑張れー!」
「負けるな、いけー!!」
「そのままだ! そのままトップで!!」
応援の声。全部が全部、アタシに向けられたものじゃない。でもそれがごちゃ混ぜになれば、実質全部アタシのものだ。
「いけるか、アタシ。中山の直線は短いぞ……!」
ぐっと身体を傾け、芝を蹴り、スパートを開始した。全速で走る、しかし差は縮まらない。
「……っ!」
思ったより、相手が強い。まだ落ちない、まだ落ちない、アタシに追いつき追い越すのにそれなりに脚使ってるっていうのに、まだアイツの速度は落ちない……!
なるほど、これが『想い』の増幅。並々ならぬものを背負って走る、ウマ娘の強さってことか……!
『外を通って、バブルは届かないか、残り200を通過――』
いや。……どんなに想いが強かろうと、生き物である以上、身体の方には限界はある。
残り200のハロン棒を通過した。ここから中山の急坂がある。そして。
「ぐ……くぅっ……」
ここで前のあの子が失速。最後の最後の急坂を上る余力はないか……そうか……!
……その背負ってる立派な想い。全部、全部……水の泡に帰してあげる!!
「ふふ……ごめんなさいねっ!」
「なっ……!」
貯金が活きた。焦らずに前に通した貯金が活きた……!
アタシは溜め込んでいた脚を使って、中山の高低差2mの急坂を駆け上がっていく。
「っ……は、っ……くそっ……!」
もう相手に勢いはない。全力を出さなくても大丈夫そうだ。セーブできる力はセーブして、ダメージを抑えよう。
そして、そのまま抜かれない程度に軽く流して……だいたい3/4バ身前に出て、ゴール板を切った。
『黄色と黒の伝統色! 青いキャップ! そしてチーム・レグルス! 春のクラシックの合言葉が揃いました! 勝ったのは――!』
ターフに膝をつく2着の子を尻目に、アタシは悠々と外ラチまで歩いて……軽く握り拳を作り、真正面に突き出した。
どっと沸く観客席。そうか……これが……。
「G1で勝つって、こういうことなんだ……」
まだ脚は全然動く。正直不完全燃焼ではあるが、それでも王者の座に立ったことは紛れもなく嬉しいことであった。
-朝日杯ジュニアステークス 結果-
1着 アタシ 1番人気
2着 宣戦布告をしてきたウマ娘 2番人気