マヤノはかわいい。それはもう全人類の常識といっても過言ではない。容姿性格仕草全部取っても非のつけようがないくらいにかわいい。そんなの今更言うこともないような当たり前のことだ。
当然、そんなかわいいかわいいマヤノと一緒に過ごせる時間は多い方がいい。トレーニングでもマヤノの匂いと汗と吐息を浴びつつお互いに高め合っていければ、マヤノもアタシももっともっと強くなれる。
けれど、それをつけてくれるトレーナーがかわいいとは限らない。というか、マヤノを寝取った……というか、マヤノをメロメロにさせた……てかもうそれは寝取ったって言ってもいいよね。うん。そんなやつ。ちゃんと見れば、一線を踏み越えないようにはしてるっぽいし、トレーニングはしっかりつけてるらしいし、事実トレーナーがついたマヤノにアタシは追い越されたし……否定する要素はなにもないどころか、むしろ契約を結ぶべき優良トレーナーっぽいんだけど。むしろスカウトされたんだけど。
「なあ。考えを改めてくれる気はないか?」
「…………っ」
「お、おい!」
どーにも。アタシは。素直になれんでいた。
分かってる。分かってるんだけどね? でも、接する人によって、見せる顔ってのは違ってくると思うの。たとえばマヤノにはマヤノにしか見せないアタシがいるし、ネイチャにはネイチャに見せる雑に話すアタシがいる。先生には先生に見せる、授業中に寝て怒られるキャラと化しているアタシがいる。
そして、そのトレーナーには……マヤノを奪われたからか、やけに当たりの強いキャラとして振る舞ってしまう風になっちゃっているわけ。今更、急に振る舞いを変えるのって、なんか、ほら……難しいじゃん? 分かってよ。
ホントはマヤノと一緒になりたいがために、スカウトを受けたいんだけど……乙女心is複雑&コンプレックスって感じなんだよね。
……嫌われてもおかしくないよ。なのに、あのマヤノのトレーナー。
「お疲れ様。自主練帰りか?」
「っ……」
フーセンガムを噛みながら帰るアタシを目ざとく見つけては声を掛けるんだ。もう既にマヤノトップガンっていうダイヤの原石を掘り当てているにもかかわらず、だよ。
……何なの。コイツ。そして、それにもかかわらずつっけんどんな態度を取り続けるアタシ……何なの。
「なあ、俺の話を少し聞いてくれないか」
「……その前に。アタシから」
トレーナーの言葉を制して質問する。
「なんでこんなひどい態度を取るアタシに、声を掛け続ける訳……?」
「はは……何でだろうな」
「……呆れた。馬鹿でしょ」
「かもしれないな」
アタシの言葉も意に介さずって感じ。……何だろう。馬鹿なのがアタシみたい。てか実際、そうなん、だけど。
「マヤノだけじゃダメってこと?」
「それもある。というか、キミが必要なんだ」
「……何で」
「マヤノをもっと強くするためには、キミという友達……ライバルが必要なんだ」
「ライバル……アタシと、マヤノが?」
ライバル。そんな感じには思ってなかった。というか、マヤノもそうは思っていないんじゃ?
「そんなの、アタシとマヤノも思ってない。勝手に決めつけないで」
「……そうなのか? じゃあ、これからライバルになるってことで」
「うざったい……」
飄々と交わしてくのがもう、なんか、ずるい。
何だろう。一回コイツと話してやろう、って思ったのが終わりなのかもしれない。話では絶対勝てない、と悟ったときにはもう遅すぎたんだ。
「キミも分かる通り、マヤノトップガンはことレースの勘に対しては非常に長けているものがある。そして、そのレース勘を生かすことが出来るフィジカルの面でも並々ならぬポテンシャルも感じている。あとは……まあ、ちょっと古臭い考え方というか、精神論になるんだが……勝負に対する根性とか、熱意。モチベーションが必要なんだ」
……確かに。マヤノはレースを楽しめてはいるけれど、どこか楽しみすぎているきらいがある、気がする。やはり、このトレーナーはマヤノのことをちゃんと見ている。悔しいが。
「そこでもう一人、実力があるウマ娘が欲しい。……キミのことだ」
「何でアタシなんですか。他にもいっぱい……」
「マヤノと走りたいんだろ?」
それはズルいだろ。
「……それは……そう……だけど」
「あの時の併走も見事だった。正直トレーナーの付いていないキミにはマヤノとは勝負にならないと思っていたんだが、ほぼ完璧なレース運びをしたマヤノ相手に見事ギリギリまで食らいついてみせた。それを見て決めたんだ、『俺はこの子を絶対にスカウトしてみせる』ってな」
「……」
何。何なの、この人。飄々とかわす話術もあれば、熱意も本物。その瞳の奥にはめらめらと炎がたぎっているようにすら思える。……顔も、いいし。
やっぱり、この人、いい人だ。アタシはそう思った。思わざるをえなかった。ああ、マヤノが惚れこむのにもうなずけるよな……。
アタシはずっと噛み続けていたフーセンガムを口から出し、ポケットに入れていた銀紙に包んだ。
「……俺のチームに来てくれないか。キミをトゥインクル・シリーズの舞台で輝かせたい」
トレーナーはアタシの目を食い入るように見つめた。アタシは目を逸らしたままだ。
今この瞬間ふと心に浮かんできた、最後の質問をしたい。
「アタシは、マヤノのサポートとか、バックアップとして欲しいんですか?」
「違う」
即答だった。
「キミはマヤノのライバルになるんだ。マヤノほどの実力者のライバルが務まるウマ娘をサポートに甘んじさせるような馬鹿なマネはしない。……キミも一緒に輝くんだ」
……トレーナーは決意を込めて、アタシの名前を口にした。
ズルい。
「……あんたって、ホントズルい」
「ダメか?」
「……早く紙を出して。サインするから」
「……! 本当か! 待ってろ、今契約書出すからな……!」
子供っぽくはしゃいで慌ててカバンから契約書を取り出そうとするトレーナー。
「あはは……なんでアタシ、こんな単純なヤツに押し切られちゃったんだろうな……」
でも、アタシの意志とは裏腹に、勝手に口角が上がってしまうのだ。……実際、マヤノと同じチームで走れるのは嬉しい。
「……あ」
「え?」
トレーナーが固まる。
「そういえばキミは、選抜レース……1回でも出たのか?」
「いや。……あ」
思い出した。
トレセン学園の規則。トレーナー契約を結ぶことができるウマ娘は、選抜レースに1回でも出たことがあるウマ娘のみ。
そして、アタシは極度の学業不振により選抜レース出場が未だかなわず。
つまり。
「……よし。勉強合宿をするぞ」
そうなるわけでありまして。
「うあああああああああああああああ!!!」
こうして、アタシはしばらく地獄の勉強漬けが始まってしまうのであった……。
最後の選抜レース規則はオリジナルです。