マヤノがかわいい。   作:#NkY

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第5話 マヤノとマッチレース!

「どんッ!!!」

 

 スターターのナイスネイチャが叫ぶのと同時に、アタシとマヤノは土を思い切り蹴った。

 マッチレース。1対1。タイマン。相手はマヤノただ一人! しかも距離はダート1200mの短距離。パワーの要る馬場にて、最初から最後まで全速力で走るという中々に大変なシチュ。

 けれど、今のアタシ達はそれをしておかなければいけない気がした。あの、ジュニア級王者を決めるレースを観たのだから。

 

 マヤノとアタシは横に並んでダートコースを駆け抜ける。ややマヤノが先行しているか。足元が砂で埋まり、土ぼこりが舞い上がって足元に掛かっていく感じがする。土は芝に比べてクッション性があるから、確かに脚というか骨にかかる負担は少ない。ただ、脚元に跳ね返る力が弱くなるから速く走り抜けるにはパワーが必要となる。

 そして、それが継続して必要となるとなれば、スタミナの消費も芝の比ではない。ましてや短距離だ。最初から最後まで全速力、満タンのタンクを真下にひっくり返すような勢いでスタミナを消費していくタフなレースになる。

 

 アタシの走りは短距離ダート向けじゃない。芝向きだ。正直苦しい。脚の筋肉に確実に蓄積されていく重い疲労を感じつつ、歯を食いしばって何とかマヤノのペースに食らいつく。ただ、マヤノだって短距離ダートは得意じゃない。マヤノが成長痛(ソエ)を抱えている関係でこの舞台にしているというだけだ。お互い苦手な舞台なので条件は互角だが、おそらくデビューもこの舞台で走らざるを得ないマヤノはそれなりにこのシチュを練習してきているのも事実ではある。

 

 ……でも、それにしてもだ。何でマヤノの表情は全く苦しそうじゃない? かなり速いペースだと感じているのだが、マヤノは一点の曇りもない瞳で走るべき道を真っ直ぐ見据えていた。というか、マヤノがわずかに笑ってるようにさえも――。

 

「っ――!」

 

 しまった、気を取られ過ぎた! コーナーに差し掛かった瞬間、アタシは身体に掛かる強烈な横Gに耐え切れず、ほんのわずかにバランスを崩して身体の軸がぶれてしまった。たったコンマ数秒のロス。だが、そのロスでマヤノとアタシとの差がハッキリと開いた。

 アタシは立て直してまた追いつこうと加速する。しかし、マヤノのコーナーワークは完璧だった。というか、向こう正面にいた時よりもギアが一段上がってるとさえも感じた。差は詰まるどころか、もはや開く一方。アタシがバランスを崩していなかったとしても、今のマヤノには追いつけそうにない。

 そう、勝負は最終直線を待たずしてコーナーで決まってしまっていた。

 

 結果はマヤノの圧勝。せめて差を縮めてやるという意志でアタシも最後まで手を抜かずに走りきったのにもかかわらず、マヤノから5バ身ほども離されてしまった。――短距離で、である。

 

「ひゅー……ひゅー……はー……っ、けほ、くっ、はぁっ……!」

 

 マヤノはそれほど息を切らせていないが、アタシは息も絶え絶え。歯茎に流れる血液の感覚――鉄の味がめぐるような感覚がひどく気持ち悪かった。

 

 本気で勝てると思ってた。むしろ最初は実際勝っていた。

 ……なのに、今じゃこの差。デビュー登録済のウマ娘と未デビューのウマ娘の差。それは分かる。

 そもそもマヤノの持っている才能はすごい。それも認める。絶対に認める。

 

 でも……めちゃくちゃ、めっちゃくちゃ……。

 

「悔しい……っ……っ!」

 

 あまりにもゴムの薄い、感情の風船は破裂した。

 

 アタシはマヤノが好きだ。大好きだ。多分狂ってるほどに愛している。でも、だからといって負けていいとかそんなつもりは断じてない。マヤノに勝ちたい。ずっと勝っていたい。……負けたくない! 負けたくなかった! 負けたくなかったのに! アタシは、マヤノに、負けてしまったんだ……しかもあんな、あんな……っ!

 

 アタシは地面に崩れ落ち、土をぶっ叩いた。汗を吸って土がかたくなったせいか、思ったほど土ぼこりは舞わなかった。

 

「手……いたい、な……」

 

 目から、鼻から、もう何もかもが決壊した。正直、来るよ。来るよ、こんなひどい負け方……。

 そんなボロボロのアタシを、生暖かく湿ったやわらかなものが優しくつつんだ。

 

「バブちゃん」

「……マヤノ」

 

 マヤノに後ろから優しく抱きしめられた。ソエに苦しんでいた時のマヤノに、アタシがしていたときのように。

 マヤノは謝るわけでもなく、かといって勝利を誇るとかでもなく。

 ……ただ、一言。

 

「いっしょに走ってくれてありがとう」

 

 思い切り抱きしめられる。背中にマヤノの顔がうずまって、すする音すら聞こえる。つられちゃったのかな、アタシに……。

 

「……悔しい。すごく悔しい。だって勝てるって思ってたんだよ、アタシ」

「うん」

「……強かったよ。マヤノっ……」

「ありがと……」

 

 お互いが落ち着くまで、アタシはしばらくそこでじっとマヤノに抱きしめられ続けていた。

 ネイチャはそんなアタシたちを笑わずに、ただ無言で見守ってくれていた。ネイチャは何を思ったんだろう。ネイチャは何だかジジくさいところあるから青春だなー、若いなー、ネイチャさん羨ましいよ、とか思ってたのかな。その時のネイチャの表情なんて見てないから、分かんないんだけど。

 

 でも。

 

「お二人さん。あれだけ全力で走ったんだから、クールダウンちゃんとしといた方がいいよー?」

 

 その後見せたネイチャの優しい微笑みだけは印象に残ってる。

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