壮絶なマッチレースの後。
「……マヤノ」
「うん」
寮の部屋に帰ってくるなり、アタシとマヤノはぎゅっと手を握った。マヤノの高めな体温が手を伝って身体にじんわりと広がってくる。
そのままゆっくり、自然な流れでマヤノの身体を引き寄せようとする。しかし、マヤノはちょっと拒絶した。
「ね、待って」
「どしたの」
「だって、汗かいてるし砂で汚れてるし」
「今は風呂に行く時間も惜しいの」
「うわっ」
アタシはマヤノを強引に抱き寄せる。一度そうしてしまえば、もうマヤノは抵抗しない。それどころかアタシの腰に手を回して密着してくる。
少し生々しい汗のにおいすら愛おしい。
「ん……」
どれくらいの時間が経ったんだろう。アタシとマヤノは、互いに無言のまま玄関でずっと抱き合っていた。目を閉じて、ゆっくり息を吸って、ゆっくり吐いて。マヤノの身体の感触だけを、体温だけを、アタシの世界のぜんぶにした。
今日は、色々と、感情が忙しかった。……だから、こうでもしないと落ち着いていられないのだ。こうでも、しないと。
病気なのだろうか。病気なんだろうな。あはは。ちょっと気持ち悪いくらいに甘えたがりでひっつきたがりなアタシを許してくれるマヤノに、本当に頭が上がらないな……。
アタシからだろうか、マヤノからだろうか。くっついてた身体が、ゆっくりとほどかれる。
「マヤ」
「……うん」
「だいすき」
「うん……」
それからは言葉を一切交わさなかった。ただ黙々と着替えを準備して大浴場に入り、汗と泥と、ついでについさっきまでの悔しさも流してしまった。一応ふたりきりであったけど、それでも言葉のひとつどころか指の一本すらマヤノに触れていない。風呂までくっついてる? そんなことするとのぼせるでしょ。先のレースで体力をすっかり使い果たしているから尚更。
マヤノといると時折無言が心地いいというときがよくある。意外かもしれないけど、いっつもマヤノと何かぺちゃくちゃ喋ってるわけじゃないし、何なら二人で全く別なことをしてるってことも多々ある。というかそっちの方が多い。ずーっと二人でくっついててずーっと喋ってるー、っていうのは、アタシもマヤノも色んな意味で疲れる。あたりまえ。他の部屋がどうかは知らんけど、でも同じ感じじゃない?
で、今はまさにそんな時だったってこと。
……その後はもう普段通りだ。寮室に戻って普段通りの休みの過ごし方をした。いや、まあ、気まぐれにたまーにちょっかい出したりくっついたりはするんだけど。マヤノかわいいなーって思ってさ。
とにかく。
マッチレースをした後で、特別何か関係が変わったって訳じゃない。変わったといえば……以降、なんとなくマヤノがキラキラし始めたような……そうでないような……まあ、なんかよくわかんないんだけどそんな感じがした、ような気がした、のかもしれない、と思う……たぶん、きっと、おそらく、メイビー。
そのもやもやとした感覚は、間もなく確信へと変わることになる。
「マヤノーっ!!」
「うわぁ!? 声が大きいよトレーナーちゃん!」
「デビューだ!!」
「え!?」
「デビューが決まったぞ! マヤノのデビュー戦だ!!」
「マヤの、デビュー戦……デビュー戦っ!?」
翌日。年明けにはなるが、ようやくマヤノのデビュー戦が決まった!