未出走ながらマヤノがクラシック級になった1月。まだ年始も年始という時期に、マヤノのデビュー戦は行われる。
ただ、やはり脚元がまだ不安なところがある。適正外ではあるが、慎重を期してのダート1200mでのデビューとなった。同じような理由でこのレースを選択してデビューをするウマ娘も他にいるようで……。
「こんにちは。あなたがマヤノトップガンさんかしら」
「うん! ……ふーん。何だかキミ、強そうだね?」
「あら、さすがは圧倒的一番人気さん。慢心はしないようね」
「マンシン? んー……マンシンってよりかはバクシンってカンジ? どっちでもないけど」
「んん……?」
「今! 私の名前を呼びましたか!?」バックシーン
「「呼んでない」」
レース直前の地下バ道でなんだか奇妙なかおりのする鹿毛のウマ娘がマヤノに話しかけるのを見る。香水でもつけてるんだろうか?
アタシはトレーナーに質問をした。相変わらずぶっきらぼうになってしまうけど。
「……あんた。この子は?」
「あの子もマヤノと同じ、ソエに苦しみながらなんとかデビューにこぎつけた子だ。もっともマヤノとは違ってあんまり注目されてないようだが……」
「は? 『だが?』 だがって何? その煮え切らない言い方腹立つ」
「……」
……なんでアタシはこんなキャラになるんだ。コイツ相手には。
「……まあ、そのだな。この子、きっと強いと思うぞってことだ」
「じゃあ早くそう言え」
「はは、相変わらず手厳しいな」
「……」
好きでそんなキャラやってないんだけどな。はあ。それもこれも全部マヤノをアタシの元から奪いやがったトレーナーが悪い。
とりあえず香水の子がマヤノから遠ざかるのを見て、アタシはマヤノに駆け寄る。緊張なんてしないような性格ではあるけど、現状、学園で行われる複数人での模擬レースではマヤノは勝ち星から遠のいている。勝利のイメージが浮かばない、なんてことがあったら相当まずいが……。
「マヤノ!」
「バブちゃん!!」
「ふふ、バブちゃんじゃないっての……」
アタシを呼ぶマヤノの声が地下バ道に響く。全然大丈夫なようだ。しっぽもめっちゃ横に振れてるし。てかほんと嬉しそう。マヤノかわいいすき。
「バブちゃん。マヤのことから、目を離さないでね」
「最初からマヤノのことしか見てないよ。ファイト!」
「うん! じゃあ、行ってくるね!」
「いってら!」
ぱちーん! アタシとマヤノの手のひらが気持ちのいい音を立てて合わさった。これで気合いも入ったことだろう。……ハイタッチの後の、ちょっとひりっとする余韻が気持ちいいな。
……マヤノ。頑張って!
-京都レース場 メイクデビュー ダート1200m 16人立て-
7枠13番 マヤノトップガン 1番人気
4枠7番 なんかすごい香りの子 2番人気
ゲートが開いた。マヤノ、かなりいいスタートを切った! ダートで短距離でスタートもいいとなれば、マヤノは当然前目につける。まるでシニアのウマ娘かと見紛うほどスムーズに3番手の位置を確保。さすがは天性のレースセンスの持ち主であるマヤノ、かなりいい感じにレースを進めているように見える。
一方でマヤノに絡んでいたあの子はバ群の中で後ろに控えている。ちょうど差しのポジション。あの子の脚質は分からないのだけど、思い通りになっていないレースって感じではないっぽい。
1200mは短い。すぐに第3コーナー、第4コーナーに差し掛かって各ウマ娘が我先にと殺到していく。このレースはメイクデビュー、既にペースについていけず後方で手ごたえ悪く力尽きてしまうウマ娘も出る中、マヤノは……あれ。なんか、まずくないか……? 前に行こうとはしてるし全体で見れば悪くない、けど……マヤノより前を走っていたウマ娘の1人よりも明らかに脚色が悪い。
嫌な感じがしつつも最終直線。ここでマヤノに話しかけてた子が鋭い脚を使ってごぼう抜きを見せる! マヤノは……粘ってる。粘ってるけど見せ場もなくじりじりと後退……。悔しいけど、アタシは歯を噛みしめて見るほかなかった。
結局レースは2番人気のなんかすごい香りの子が、粘った先頭ウマ娘に3/4バ身の差をつけて差し切った。マヤノはぎりぎり掲示板を確保した5着だったが、1着の子からは結構離されてしまった。
あの子が観客席に向かって手を振る中、アタシは隣にいるトレーナーに聞く。
「……ねえ。マヤノはなんで負けたの」
「ダートの短距離を使ったからだ」
「……」
悔しそうに言葉を落とすトレーナーに、アタシは何も言うことが出来なかった。
才能はある。努力もした。能力もついてきている。ただ、一つ――脚が十全であれば。芝で長めの距離も走れるくらいに、脚が十全であれば――。
圧倒的一番人気を背負っての敗戦。重い空気の中、アタシとトレーナーはマヤノを迎えに戻った。そこにいたのは……
「なんかおもってたのとちがーう!!」
……あれ? そんなに敗戦のダメージが大きくない?
「お疲れ、マヤノ」
「あ、トレーナーちゃん! ごめんね、マヤ負けちゃった」
「いいや、大丈夫だ。初めてのレースで掲示板。しかもそれが得意条件ではないときた。十分すぎる結果だ」
「でもでも! 勝てないと大きなレースには出られないんでしょ?」
「それはそうだが、まだ焦る時期でもない。出遅れてもG1レースを制した子はたくさんいる。それよりも無理をして脚を壊す方が問題だ」
「そっか……トレーナーちゃんの言う通りだね」
「とりあえず、今日はお疲れ様。ゆっくりクールダウンしてくれ」
「うんっ!」
コイツ……なんてスマートにマヤノの頭を撫でるんだ。気持ちよさそーに目を閉じて頭を差し出してくるじゃんマヤノ。めっちゃ嬉しそうじゃんマヤノ。くっ。俺の女に気安く触れるな。その右手ギロチンで切るわ。
「……ねえ、トレーナーちゃん。マヤのわがまま聞いてもらってもいい?」
「ああ、いいぞ」
簡単にマヤノのわがままを承諾するな。
「マヤね。ダートの短距離で一回勝ってみたいの」
「……お? どうしてだ?」
「今日は残念だったけど、でもなんとなーくつかめた? ってカンジするから。それに、確かに一番トクイ! ってコースじゃないんだけど……走るのは、楽しいから!」
笑顔が眩しい。悔しさもあるんだろうけど、それよりもマヤノは……レースを楽しいものだと思っている。ああ、眩しいな。
「そうか。じゃあ、次のレースもそうしよう。マヤノが満足するまでな」
「うん! ありがとートレーナーちゃんっ!」
……ぐぬぬ。アタシのマヤノが変な男に堕とされていく……!
けれどアイツに暴力を振るうのは何か違うので。
「……むぅ」
「わぁっ……!」
アイツからマヤノを取り返すように後ろから思い切り抱きしめた。平和的解決。
「バ、バブちゃん」
「ん?」
「いたい」
「……ごめん」
へこんだ。
マヤノはその後も未勝利戦で京都レース場のダート1200mを走った。3着→3着と善戦した後の、小雨降る4戦目。
そこで、マヤノはついに――。
『先頭抜け出したマヤノトップガン! 今、ゴールイン!』
――勝利を収めたのだった。
当時のレース映像が見つからなかったのでレース展開はフィクションです。