設定は原作準拠なのが多いので、原作既読推奨です。
第1話 悪魔の兄
知らない世界はこの世にごまんとある。彼が人間をやめた瞬間に、悟ったことであった。自分が見てこなかったものはもちろん、目に見えていながら気づかなかったこともある。それは身近なことにも言えた。
兵藤大一の生活は非常に多忙であった。勉強、スポーツ、部活といった学生生活だけなら満喫しているとも言えるが、彼の場合それだけではなかった。
まず同じ学校に通う一学年下の弟、兵藤一誠についてだ。他校にまで知れ渡るほどの有名な少年だが、それは名誉なものではない。校内きってのエロ大名なのだ。先日も女子剣道部の着替えがのぞかれたという騒ぎがあり、彼らが校庭を走り回ることになった。
「待てぇぇぇ!愚弟と他2人!」
「待つかぁぁぁ!兄貴に捕まって碌なことあった例が無いんだよ!」
「手を上げたことは一度も無いだろうが!」
「体育館掃除一週間とかざらだろうが!だいたい今回、俺は覗けてねえ!未遂だから捕まえるのは松田と元浜だろうが!」
「一誠、お前親友を売る気か!先輩、コイツもノリノリでついてきましたぁ!」
「同罪です!同罪です!」
「お前ら、ズルいぞ!本当に今回見れなかったんだからな!」
「どっちにしろ3人とも捕まえるつもりだわぁ!」
この追いかけっこなど一誠、松田、元浜の誰かがやらかしたというタレコミがあれば必ず起こるものであった。当然、大一は目の色を変えて彼らを追うのであった。
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彼らを捕まえてひとしきり説教が終われば、次に大一が向かうのは生徒会室だ。この駒王学園の実権を握っている生徒会長にいつものごとく頭を下げるために。
「この度は本当に申し訳ありませんでした!」
「大一くん、もういいですから。とにかく見守りを強化します。それに弟さんたちは退学にはしません」
「いつも本当に申し訳ありません。今回こそはあいつらによく言い聞かせますし、報告のあった女子部員にも謝らせに行きます。それと剣道部の掃除についても10日間はやらせますし、俺も監督しますし手伝いますから…」
「見ているこっちが哀れになるのでやめてください。それにいつも来なくていいって言いましたよね?」
生徒会長の女性が眼鏡を上げる。真面目な印象を抱かせる美人だが、憐れみと困惑、そして呆れの入り混じった表情がその顔を支配していた。
「いやしかし弟の件を何度も見逃してもらっています。兄としては、誠意は見せなければ」
「それについては以前話をつけました。とにかくあなたも暇でないんですから、下手に自分の時間を削らないでください」
「…わかりました。とにかく今後は無いように気をつけます」
「期待しないで待つことにします」
大一は下げた頭を上げると、申し訳なさそうな表情で生徒会室を後にする。妙に疲労感を醸し出すその背中を生徒会長の支取蒼那は気の毒そうに見ていた。
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そして彼が最後に向かうのが、学校の中でもずば抜けて不気味さを醸し出す旧校舎だ。本校舎の裏手にあるこじんまりした木造校舎を、大一は大きな歩幅でぐんぐん進んでいく。2階に上がり目的の部屋に入ると、見慣れてしまった異様な部屋が目に入る。壁や天井には文様、床には巨大な円陣、どこか不釣り合いなソファーがいくつか。
この部屋はオカルト研究部の部室であった。明らかに異質な名前と場所だが、その部屋にいるのは、学園の中でもずば抜けて華やかさを持っていた人物たちであった。
大一が入ってくるなり、ひとりの美少年が話しかける。木場祐斗、学園一の美男子だ。
「お疲れ様です、大一さん。今日の追いかけっこはハードそうでしたね」
「まったくその通りだよ。あいつら、俺から逃げるとき異常に速いんだが、今日は特にすごかった」
「先輩がもっと締めればいいんです」
ぼそりとしかしはっきり聞こえるように会話に混ざったのは、一年生の搭城小猫だ。そのこじんまりした体によく似合う可愛らしい顔で、ソファに座りながら菓子をほおばっていた。
また一つ菓子を飲み込んだ小猫は、猫のような上目遣い(座っているだけで絶対に狙っていない)を大一に向ける。
「大一先輩が甘いんです。先輩が謝っているから大丈夫だと思っちゃうんですよ。私が入学してからも、何度も頭を下げているじゃないですか。無駄に頑張りすぎです」
「後輩たちの心配が嬉しいものだな。同年代はそうもいかないからな」
「あらあら、誰のことを言っているのでしょう?」
お茶を入れていた手を止めた黒髪の女性が笑顔を崩さずに大一に問う。
「俺は特に誰とは言っていないよ」
「じゃあ、私の早合点かしら。でも主であるリアスに対しては、そういうこと言いませんものね」
ニコニコとした笑顔を一切崩さずにプレッシャーをかけてくるのは、オカルト研究部で副部長を務める姫島朱乃だ。長く艶やかな黒髪に年齢離れしたグラビア体型の和風美人だが、大一としては長い付き合いでもあるにかかわらず未だに距離感のつかめない相手であった。
「ハイハイ、変な喧嘩しないの。とりあえず大一も来たことだし、ちょっと話をさせてもらってもいいかしら?」
そして話に終止符を打つかのように宣言したのは、部長であるリアス・グレモリー。紅の髪は不思議な魅力を放ち、その見た目と豪胆な性格、文武両道の実力から学園でもトップの人気を誇る女性であった。
あらゆる意味で学園の有名なメンバーが集まるオカルト研究部であったが、ある種の共通点があった。それは彼女らが人間の欲望を糧に生きる悪魔であることだ。もちろん大一もその例外ではない。だがすでに彼は家族への秘密として割り切っていた。そうやっていくしか方法が無いのだから。
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こんな毎日の繰り返しでも、ふとしたことから張りは見つかるものであった。数日前に弟の一誠がいきなり部屋に入ってきた。
「兄貴、聞いてくれよ!」
「まずお前はノックしろ。俺がそこらへん気にするのは知っていると思っていたが」
「あー、いや悪かった。でもさ、それどころじゃないんだって!」
身の入っていない謝罪をする一誠は誰がどう見ても興奮していた。その興奮を打ち明けたくて仕様がない様子だ。彼が興奮しているのは、高校に入ってからエロ関連でしか見たことがないので、大一は弟のはしゃいだ様子をほとんど気にも留めなかった。
「実は俺、彼女ができました」
「どうもちゃんと眠れていないようだな。夢にまで弟が出てくるのはよくない」
「いや、夢じゃねえよ!がっつり目開いているだろ!」
「一誠、見栄張ってもすぐにバレるからやめときな。それとも罰ゲームか?だったら、もう少しリアリティのある嘘をだな…」
「嘘でもないっての!ほら、これが証拠!」
大一は目の前に突きつけられた携帯の画面に目を凝らす。そこには黒髪の美女が映っていた。カメラ目線に何となく見覚えのある公園の背景、なによりも一緒に映っている弟を見ればさすがに彼も信用せざるを得なかった。
「マジかよ…!どこで知り合ったんだ!?」
「いや本当にいきなりのことでね。こんなに可愛い子が告白してきたんだから、OKって言うしかないだろ」
明らかに勝者としての余裕を見せる一誠だが、その話を聞いて大一が思ったことは怪しいという言葉であった。自他ともに認めるほどのエロく、それを隠そうともしない彼に、いきなり見ず知らずの女子から告白など、すぐに信用できるものだろうか。
大一はあごを撫でながら、ニヤニヤする弟に視線を向ける。
「お前それ不自然すぎるだろ。木場祐斗くらいのイケメンなら百歩譲ってだが、お前だぞ」
「でも現実のことだぜ」
「それはわかるが…なんか腑に落ちないな」
「兄貴、さすがに羨ましいと思っただろ」
「羨ましい…もあるが、不信感の方が大きいわ。それで自慢の為だけに来たのかよ。気持ちはわかるが、性格悪いな」
「あーごめん。自慢もあるけどちょっと相談もあってさ。今度の休みにデートするんだけど、ちょっと自信なくて…考えるの手伝ってくれないか?」
「俺だって経験無いんだぞ!?モテない野郎が2人で頑張ったって意味無いだろ!」
「そこを何とか!兄貴くらいしかこういうの相談できないんだよ!」
一誠は目の前で手を合わせて大一に頼み込む。困った時に何度も見てきた表情と動作であった。胡散臭い話ではあったが、弟の幸せを邪魔するほど彼も無粋ではなかった。
大一は軽くため息をつくと、紙とペンを取り出して机に向かう。
「それでプランは?」
結局その日は一誠と共にデートプランを考えることに付き合った。小猫の言うように自分は甘いのかもしれないと思いつつ、彼は今日も睡眠不足となっていった。
不思議な日常だった。現実と非現実が入り混じった生活、思い描いていたものとは違ったが、後悔なく過ごせる毎日であった。
しかしその日だけは違った。その日、大一は激しく後悔した。かつて自分が人間をやめたこと、悪魔として生きている今の自分を。
「そりゃ無いだろ、一誠…」
リアス・グレモリーからある話を聞いたとき、大一は絞り出すようにつぶやいた。思ってもいなかったのだ。弟が自分の人生に関わるようなことを、そのせいなのか命を落としたということを。
主人公の名前は「ダイチ」と読みます。最初は太一で書いていたのですが、某デジモンの主人公が頭にちらついてしまったので変更しました…。名前としてはあるけど、漢字では無さそうな名前だと思います。