そんな回の内容は、いよいよ彼女との対面です。
「猫又の発情期ってことか」
連絡を受けたアザゼルは、開口一番にVIPルームでリアス達に話す。当事者である小猫は、駒王学園のテニス部長である安部清芽の調合した薬で深い眠りに落ちていた。彼女も悪魔を知る存在で、代々から魔物を使役する家系であった。同学年でありながら大一はあまり彼女とは話してこなかったが、リアスや朱乃は親交があり彼女のおかげで小猫は落ち着きを取り戻した。
彼女の見立てでは、小猫の変化は猫又の持つ子孫を残したいという本能的なものが原因であった。猫又も猫の妖怪だけあって一定の周期で発情期があり、子作りを求めるのだという。しかも猫又の特性上、相手は異種族の男性ということになる。
だが小猫の身体は成熟しきっておらず、仮に性行為をして妊娠した場合は母子ともに命の危険にさらされることは間違いなかった。
「まあ、こいつに限ってそういう甲斐性は無いだろうが」
「その嫌みっぽい言い方やめてくださいよ」
アザゼルの呆れたような視線に大一は反論する。聞けば小猫の発情期はかなり早いものであり、その原因はこの場の恋愛事情によるものであった。リアスや朱乃は想い人と付き合い、他の女性陣の多くが積極的に行動している。その結果、彼女自身が焦りを感じてしまいそれが本能を刺激する結果になった。
そんな彼女を無理やり抑えても今後に支障をきたす可能性があるため、この場合の一番の対処法は男側が我慢することであった。
「正直、今の小猫なら場合によっては龍の力を持つ相手なら見境が無くなりかねないからな。イッセー、お前も定期的に仙術のマッサージを受けているんだから用心しておけ。誘惑されても耐えろよ」
「お願いイッセー。小猫の誘惑に負けないで。子作りしちゃダメよ?だいたい、私だってまだ…」
「そ、そうですね。俺!誘惑に負けず、小猫ちゃんが落ち着くまで耐えて見せます!」
きっぱりと言い切る一誠にリアスは嬉しそうに顔をほころばせる。
「無事に耐えてくれた、私がご褒美をあげるわ。ね?」
「本当ですか!?」
「ええ、本当よ。イッセーのことだからエッチな要望でしょうけれど。うふふ」
気がつけば一誠とリアスは互いに見つめ合って、何人の侵入も許さないような不可侵の領域を作り出していた。2人の甘ったるい空気は可視化できるように思えるほど濃厚で、それを見たアザゼルがやれやれと言った様子で苦笑いする。
「見せつけやがって。そういうのは2人だけの時にやれってんだ。なあ、お前ら?」
「いえ、お二人の様子は安心して見てられるというか」
「いいなーと思いつつも二人の仲を見守れる安堵感は癒されるぞ」
「そうねぇ、決着するまで案外長かったものねぇ。見つめ合った時、二人の間に演出的なお花が満開だったような気がするわ!」
「いまの場面を録画してライザーお兄様に見せたら悶死しそうですわね。うふふ」
教会トリオとレイヴェルの反応に、アザゼルは呆れたように首を振る。あっさりハーレム状況を受け入れているのは、一誠の日頃からの態度やリアスとの関係性も複雑に絡み合っているからであろう。
アザゼルの視線はもうひとりの男子へと向けられる。
「かー、甘ったるいバカップルに理解のある女たちだぜ。まあ、イッセーの方は大丈夫だろ。あとは大一。お前がいくら男として機能停止していても、小猫のことは襲うなよ」
「本当に自然に失礼なこと言いますね。だいたいするわけないでしょ。それにあいつは───」
大一は喉まで出かかった言葉を無理やり押しとどめる。小猫に率直な好意を向けられた時、彼には戸惑いしか感じられなかった。「お兄ちゃん」という言葉が耳に響く感触が残っている。そのため彼女は親愛と恋愛を誤解しているだけだと感じたが、同時にあの色気と憂いが込められた表情には恋愛とは違った方向で胸が締め付けつけられる感触があった。
大一が意味深に言葉を切ったことに、アザゼルは眉を上げる。
「おっと熟年夫婦にも暗雲か?」
「誰が熟年夫婦だ!」
「まったくですわ。リアス達よりは長い付き合いですけど、私と大一は新婚並みにラブラブです」
「その反論もなんか違くないか!?」
「こっちはこっちで違う空気だが…お前らの方は尚更しっかり話しておかないとイッセーよりも酷いことになりそうだな。まあ、頑張れよ。
ああ、それとついでの報告だ。朱乃、バラキエルは承諾した。俺もそれでいいと思うあとはお前の意思次第だ」
「父が…そうですか。わかりました。これ以上、眷属に迷惑はかけられませんものね。───ギャスパーくんも頑張っているんですもの、私も近く必ず」
アザゼルの報告に朱乃は決意を持った表情になる。詳細は不明であったが、大一はギャスパーとトレーニングしていた際に彼が神器の研究のためにグリゴリへ行くことを耳に挟んでいた。バラキエルとの関係性も考えれば、彼女も同じような目的で向かうのだろう。もっとも神器と堕天使で違いはあるのだが。
朱乃の反応を見たアザゼルは、改まった表情でその場にいる全員を見渡す。
「さてと、ちょっといいか。明日、この家に訪問者を呼ぶ予定だ。リアス、それについての了解を取りたい」
「あら、初めて聞いたわ。突然ね」
「ああ、ちょっとな。お前達はその訪問者に確実に不満を漏らす。いや、そいつに対して殺意を抱いてもおかしくないはずだ」
アザゼルの発言に、部屋にいたメンバーに波のように不穏な空気が広がっていく。これほど注意喚起をする相手をおいそれと歓迎するような人物は、よほどのスリルを求める怖いもの好きでもいないだろう。
大一は炎駒の話からなぜか「犠牲の黒影」がちらっと頭に浮かんだが、すぐに可能性のある方向へと舵を切った。不満と殺意が混在し、かつアザゼルとの繋がりがある人物…思い当たるのに時間はかからなかったし、おそらくこの場にいる全員が一誠のライバルを自称する天龍を想像したであろう。
「いま頭に過ぎった集団があるだろう?それで半分正解だ」
「先生、ヴァ―リたちがまたここに?」
一誠が疑問を呈するが、アザゼルの回答を考慮すると本命は別のところにある気がした。実際、わざわざ殺意というほどの言葉を使ってまで注意勧告する相手にしては共闘もしたことのあるヴァ―リチームは少々ずれていると言わざるをえない。
「まあ、ヴァ―リチームに関してはお前たちも曖昧な立ち位置であることは認識しているだろう。ただな…いま言ってもしょうがない部分があってな。明日の朝まで待ってくれ。それでわかる。だが、俺の願いとしては決して攻撃を加えないでくれ。それだけだ。話だけでも聞いてやればそれで十分なんだ。───うまくいけば情勢が変化する大きな出会いになるかもしれない。俺も明日の朝、もう1度ここに来る。───だからこそ、頼む」
アザゼルは頭を下げて頼み込む。一誠達は訝しげな表情をする一方で、どうもこの強引なやり口に大一は眉間にしわを寄せた。彼の場合は、小猫の件やディオーグの件もあって余裕がないのもあったのだが。しかし翌日、このディオーグが大きくかかわることになるとは彼の想像を絶した。
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「久しい。ドライグ」
「オ、オ、オ、オ、オオオオオオオオオオ、オーフィス!?」
早朝、アザゼルが連れてきた人物を見て一誠の衝撃的な叫びがこだまする。しかし彼の感情を否定できる人物がこの場にいるはずがなかった。アザゼルが連れてきた人物は、どこか思慮の薄そうな影のあるゴスロリの服をまとった少女…禍の団のトップであるオーフィスであった。
彼女の出現に全員が臨戦態勢を取ろうとするが、アザゼルがストップをかける。
「ほらほらほら!昨夜言ったじゃねぇか!誰が来ても殺意は抱くなってよ!攻撃は無しだ!こいつもお前らに攻撃を仕掛けてはこない!やったとしても俺たちが束になっても勝てやしねぇよ!」
彼の言葉は間違ってはいないのだろう。オーフィスの実力を考えればこの場で全員が本気を出したところで勝負にはならず一方的な敗北を噛み締めるだけになるだろう。
しかしそれを簡単に受け入れることができるだろうか。3大勢力が同盟を組むきっかけでもあり、今もなお世界中で混乱を引き起こす禍の団のボスが同盟の中でも重要な意味を持つこの地に足を踏み入れたのだ。歓迎する方がはるかに難題だろう。
当然、非難轟々であったがいち早く冷静を取り戻したリアスが息を吐く。
「…協力体制を誰よりも説いていたあなたですものね。このオーフィス訪問にそれがかかっていると判断したってことね?」
「ああ、すまんな、リアス。俺はこいつをここに招き入れるためにいろんなものを現在進行で騙している。だが、こいつの願いは、もしかしたら『禍の団』の存在自体を揺るがすほどのものになるかもしれないんだ。…無駄な血を流さないために、それが必要だと俺は判断した。改めてお前たちに謝り、願う。───すまん、頼む。こいつの話だけでも聞いてやってくれないだろうか?」
再びアザゼルは頭を下げる。そんな彼にリアスの次に歩み寄ったのは、おそらく彼に一番世話になっているであろう一誠であった。
「俺は先生を信じます。俺がここにいるのは先生のおかげですから」
その後も続々と賛成の意見が現れる。大一はその光景にいまいちしっくりきていなかったが、自分だけが騒ぎ立てることでも無いし、それで事が変わらないことも理解していたため、ただ閉口していた。むしろオーフィスが現れてから、静かながらも間違いなく力強い感情を感じさせるディオーグの方が気がかりであった。ただ闘争心とは違う、このドラゴンなりにオーフィスに興味を抱いた不思議なものであった。
さらに招かれたのはオーフィスだけでなかった。突然、魔法陣が出現するとそこから金髪の少女と灰色の大型犬が現れた。
「ごきげんよう、皆さん。ルフェイ・ペンドラゴンです。京都ではお世話になりました。こちらはフェンリルちゃんです」
ヴァ―リチームの魔法使いであるルフェイが物腰柔らかく挨拶をする。彼女はフェンリルやゴグマゴグといった人智を超えた生物と親交を深めており、ヴァ―リチームのアーサーの妹であった。修学旅行の際に会ったメンバーもいるが、大一はわずかに見かけた程度だったのでほぼ初対面といっていいだろう。むしろ彼が気になったのは、間もなく別の魔法陣から現れた和服の女性であった。
「おひさ~赤龍帝ちん!お兄ちゃん!元気にしているかにゃ」
「黒歌かよ!ど、どういう組み合わせだ!」
「というか、その呼び方やめろ。お前にそう呼ばれる筋合いはない」
「あらら、冷たい。そう呼んでいいのは白音だけってわけ?」
「…小猫は関係ないだろ」
黒歌が面白そうな笑みを見せるのに対して、大一はそっけなく反応する。この場にいるのは兵藤兄弟と同居しているメンバー。祐斗やギャスパーはまだ来ていなかったが、小猫もまだ部屋で休んでいた。どっちにしろ彼女が現れた以上、大一はあまり小猫を引き合わせたくは無かったが。
このメンバーをVIPルームに通し、人生最大の重い空気が流れるお茶が始まるのであった。
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その場にいるメンバーほとんどが緊張感を持った状態(ヴァ―リチームの2人+1匹はお茶と昼寝を堪能していた)の中で、オーフィスが求めたのはドライグとの会話であった。彼女は二天龍と称される赤龍帝ドライグとその宿主がまるで違う成長していることに興味を持っていた。ヴァ―リもベクトルは違うが、同様にまったく違った成長をしている。彼女はその先に何があるのかを見極めたいという意図があった。それこそ二天龍には規格外であったオーフィスやグレートレッドに通じる『覇』の力を呪文に混ぜたのだから。
一誠のブーステッド・ギアからドライグの声が聞こえる。彼女との応対はほとんど彼が行っていたが、その価値観の違いは他の者を寄せつけない雰囲気があった。あったはずなのだが…
「ドライグ、乳龍帝になる?乳揉むと天龍、超えられる?ドライグ、乳を司るドラゴンになる?」
『うぅ…こいつにまでそんなことを…。うっ!はぁはぁ…!意識が途切れてきた!カウンセラーを!カウンセラーを呼んでくれぇぇぇっ!』
「落ち着け、ドライグ!ほら、薬だ!」
『…あ、ああ…す、すまない…。この薬、き、効くなぁ…』
この緊張感に支配された空気が覆されるのに時間はかからなかった。身体があれば間違いなく泣いているであろうドライグの声が聞こえる。乳龍帝、おっぱいドラゴンなどの異名が彼に負担をかけているようで今ではカウンセリングや薬などのメンタルケアまで受けているほどだ。
(あれでよく相棒とか言えるぜ、あの赤ドラゴンは)
(ま、まあ、当の本人が言っているんだから良いんじゃないの?)
(俺はあんな脆弱な奴とは違うからな)
(あー、はいはい。今の状況でお前と言い争うつもりは無いよ)
大一が頭の中でディオーグとの会話を早々に切り上げる中、オーフィスはじっと一誠を見る。彼女の興味の矛先は天龍を大きく変えるきっかけになった宿主へと向いていた。
「我、見てみたい。ドライグ、この所有者、もっと見たい」
「てなわけで、数日だけこいつらをここに置いてくれないか?オーフィスはこの通り、お前のことを見ていたいんだとよ。そこに何の理由があるかまではわからないが、見るぐらいならいいだろう」
「イッセーがいいなら、私はかまわないわ。もちろん、警戒は最大でさせてもらうし、何かあったら、全力で止めるしかないでしょうね。それでいいなら、私は…呑むわ、アザゼル」
リアスの言葉に一誠は驚いた表情をするも、同時にどこかで納得したような感情も含ませていた。オーフィスがこの場で懐柔でもされるのならば、今後の戦火や流れる血は間違いなく減るだろう。それを考えれば、この選択は決して悪くはない。決定権を与えられた一誠は、平和に過ごしたい願望が口から出そうになるのをこらえてオーフィスに向き直った。
「…俺もOKですよ。ただ、試験が近いんで、そちらの邪魔だけはしないでくれるなら」
「毎度悪いな、イッセー。大切な試験前だってのに、お前に負担をかけちまって。───だが、これはチャンスなんだ。うまくいけば各勢力を襲う脅威が緩和されるかもしれん。
俺が言える義理じゃないが、オーフィス、黒歌、こいつらは大事な試験前なんだ。邪魔だけはしないでやってくれ」
「わかった」
「適当にくつろぐだけにゃん♪」
気づけばあっという間に話がまとまり、新たな客が滞在することが決まった。他の勢力が見ようものなら、3大勢力の同盟の信用が落ち込むことは間違いない光景だろう。
大一は大きく息を吐く。一誠やリアスが決定権を持っていたことやアザゼルの強引な手立てに悩みはしない。ただ小猫が不安定な状態で黒歌が一緒に生活するというのが不安であった。彼女の存在が何かしらの引き金を引くことにならないことを祈るばかりだ。
ちらりとルフェイに視線を向ける。彼女は一誠のファンのため、サインを貰っていた。彼女ほど危険性を感じさせなければ、もう少し大一も感情がざわつくことも無いのだろう。
するとオーフィスがすたすたと歩を進め、大一の前で立ち止まった。
「名前は?」
「…兵藤大一」
「中のドラゴン、なんと言う?」
「…ディオーグ」
彼女の真っ黒い瞳に映し出されると、全てを見透かされるような感覚を覚えた。部屋にいる面々もオーフィスが大一に話しかけたのを気にしており、特にアザゼルは注意深く観察していた。その様子からディオーグの出自がハッキリしないため、オーフィスの動きを観察していたことが窺えた。
「我、ディオーグとも話したい」
「しかしあいつの人格を出せるのは短い時間だけで…」
「龍人状態になればあいつも自由に話せるだろ。大一、頼む」
アザゼルの促しに少し不満を覚えたもの、大一は上の服を脱いで錨を取り出すと龍人状態に変化する。もはや彼はこの会話に参加するつもりは無く、ただディオーグとオーフィスの会話を聞くことに徹するつもりであった。
『ああ…かったるいな。戦闘もしないのにこの姿になるのは』
「ディオーグ、久しい」
『てめえに名前で呼ばれるのは妙な気分だな。互いに名前も知らないで長い時間が経ったからな。よく覚えていたな、俺のこと』
「グレートレッド以外にいない。我の住処を荒らした存在。かつて次元の狭間を破り、我に戦いに挑んできた」
『そりゃあ、てめえほどの強い存在を感じたからな』
もしも身体のコントロールがディオーグにあったならば、ここで戦いを挑むだろう。そんなことを考えていた大一だが、予想に反して彼の口調は落ち着いていた。相手を威圧するような低い声も、今はどこか建設的なものに聞こえる。
「ディオーグは『覇』を求める?」
『その「覇」ってのがわからねえな。要するにてめえらが勝手に名付けた力だろ。俺は俺で自分を証明できる。そんなものにこだわる理由はない。だからこそ言っておくが、あの時につけられなかった決着はいつか必ずつけるぞ』
「なぜ消えた?」
ディオーグの言葉に反応を見せずに、オーフィスが真っすぐに聞く。この言葉が僅かにディオーグの感情に楔を打ち込んだのは間違いなかった。彼の意識も表に出ている今だからこそ、大一はその感情が揺らめく炎のように動いたのを感じた。
『…てめえと戦った後にある男と戦って封印されただけだ。もっともそいつも死にかけるくらいの力を使っただろうがな』
「なぜディオーグ、知られていない?」
『そんなこと俺が知るか!ったく、埒が明かねえ!おい、小僧!解除しろ!』
「もっと話す」
『俺は話すことはない』
どちらの意志を優先させるべきか迷う選択であったが、この状態を維持してもディオーグが答えないであろうことは予測できたので、大一は龍人状態を解除した。一誠の時とは違う緊張感が場に流れており、アザゼルは考え込むようにあごを撫でていた。
オーフィスは首を少しかしげると、大一に向かって一言だけ話す。
「また話そう」
マイペースな歩幅で去っていくオーフィスの後ろ姿を見て、大一は初めてディオーグに同情を感じた。現状、たったひとりだけ彼を覚えていた少女は互いに理解していない関係だったのだ。
100話だからちょっと違うのも書きたいと思って、原作などを調べていて驚いたのは、アニメに安部清芽さんが出ていないことでした。あの人、それなりに面白いキャラしていると思うんですが…。