「てなわけで、試験お疲れさん。乾杯」
中級悪魔の昇格試験を終えた3人と合流し、一行はレストランを貸しきった労いの席を設けていた。乾杯の音頭を取ったアザゼルはすでに昼から酒を飲んでいたため、相当酔っている。呂律が回っているだけでも大したものであった。
3人とも試験は上々の手ごたえを感じていたようだが、一誠だけは実技で相手を吹っ飛ばしてしまったことを気に病んでいた。彼としては想像以上に力をつけていたことに驚いており、いきなり禁手化からの強烈な拳の一撃で実技の対戦相手を倒した。幸い無事であったが、組み合わせで当たった相手は不幸とした言いようがないだろう。
(自分の実力も把握できていないとは…)
(難癖つけたいだけみたいな発言だから止めなよ)
(あのドライグって奴の下なのが納得できねえだけだ)
ディオーグの言葉を軽く流しつつ、大一も食事を進める。と言っても、いまだに頭の重い感覚が拭えなかったため、どちらかといえば祐斗や朱乃に食べるのを促す方が多かった。
他のメンバーも昇格試験のことを訊いたり、食べることや労いに集中したりとそれぞれ忙しかった。黒歌のおかげでひとまず落ち着いた小猫も、レイヴェルが食べ物を勧めたり、礼を言ったりとぎこちないながらも親交を深めていた。
「…我、じーっとドライグを見る」
その中でも異彩を放っていたのはオーフィスだろう。レストランの隅でパスタ料理を頬張りながら、その深い眼は一誠から逸らさずに見つめていた。同行者である黒歌とルフェイは正体を隠すためのローブを被って甘いものを満喫していたため、彼女の様子にはあまり注意を向けていなかった。
その頃、すっかり酔っぱらったアザゼルが一誠と祐斗を見て話す。
「イッセー、木場、お前ら2人はグレモリー眷属でも破格だな」
「破格…ですか」
「とんでもない可能性を持った若手悪魔ってことだよ。イッセーは才能こそないものの、赤龍帝を宿す者。歴代所有者とは違う方向から力を高め、ついに『覇龍』とは真逆の能力に目覚めた。木場は後付けに得たものがあったとはいえ、それでも才能が抜きんでている。禁手をふたつも目覚めさせるなんて信じられないほどの才だ。しかもイッセーも木場もいまだに発展途上ときた。さらに言うならお互いにトレーニングして高め合っているなんてな。…おまえら、リアスがプロデビューする前に最上級悪魔になるんじゃないか?」
この指摘は間違いないものだろう。2人はグレモリー眷属の中でもめきめきと力をつけていき、その評判は若手悪魔ながら冥界以外にも轟いている。彼らは謙遜こそするがその実績は覆しようもない事実なのだ。
大一の隣に座っていた朱乃が小さく呟く。
「すっかり追い抜かれてしまいましたわ」
「…仕方のない部分はあるが、負けていられないな。俺らだって強くなるさ。グレモリー眷属の両翼としてな」
「…そうね。私らしくないこと言っちゃったわ。だから慰めて」
「それはちょっと違う気がするが…後でね」
甘えてくる朱乃を流すように答える大一だが、なぜか頭の中ではディオーグの低い笑い声が響いていた。朱乃との関係を面白がった…という可能性は微塵もなく、大一が久しぶりに一誠を追い越すような意気込みを見せたからであった。最近までの後ろめたさは未だにつきまとうものの、ディオーグの本質を垣間見たことは彼にとって健康的な影響をもたらしたのは間違いなかった。もっとも朱乃からすれば、大一の未だに振り払えない陰りも充分に理解していたのだが。
しかしアザゼルの指摘に間違いはなかったが、大一にはその評価が少々懐疑的であった。一誠が本当に才能が無いのであれば彼は「覇龍」を克服して新たな進化を見出すことは出来ていないだろうし、祐斗にしてもたゆまぬ研鑽を積む行動力と意志が無ければここまで強くなっていないだろう。要するにアザゼルと大一の考える「才能」という単語には見解の相違があるだけで、それをいちいち突くような発言をするほど彼も捻くれてはいなかった。そもそも発言したら、アザゼルの考え方を長々と聞かされるだろうし、大一の場合はディオーグの主張が重なって響くのも予想できるため閉口するのも当然であった。
一方で、一誠はアザゼルから神滅具について話を聞いていた。神器の中でも特別な力を持つ神滅具。一誠の持つブーステッド・ギアのみならず、サイラオーグや曹操の所有する神滅具にも「覇龍」のような特殊な力があるのだと言う。また現在は13種類あるが、ここ最近の前例に無い神器の進化の仕方を見ると、新たな神滅具と呼べるものの誕生が考えられていた。
その話を深めるほどにアザゼルの表情は酔いながらも活気の満ちた者になっていく。伊達に神器の研究に心血を注ぎ、その存在に昔から少年のような好奇心を抱いているだけはあった。
アザゼルが今度はアーシアの神器の回復の力について言及し始めた時、大一の耳には彼の声は右から左に抜けていくだけで頭の中では違うことを考えていた。その考えの発端は「犠牲の黒影」であった。その特異性と危険性から欠陥品として多数の勢力から見られていたが、思い返せばあの厄介な神器を自身の体から後遺症もなく解放されたのは奇跡でしかなかった。かつてアーシアが神器を抜かれた際は命を落とし、それがきっかけで悪魔になったことを踏まえると、ディオーグの影響で黒影側から吐き出したとはいえ、命に別条が無いのは不思議であった。
この疑問を感じた時、彼は自身の使う錨が神器と似て異なるものであるのを思い出すが、同時にひとりの男の存在も脳裏に浮かんだ。アザゼルやバラキエルと比べると、非人間的な表情で戦いを渇望する堕天使…コカビエルの存在であった。彼の伝説、実際に戦った際に抱いた印象、その全てが戦いを好む狂人であったが、それを考えるほど彼がこの錨…ディオーグとの繋がりに興味を示したことが気になった。アザゼルの話ではグリゴリはこれを魔力と生命力の塊としか認知していない。もしその程度の存在であれば、あのコカビエルが興味を抱くのには不十分な気がした。
そのように考えると、出せる結論はひとつ。あのコカビエルが仲間達にも知らせずに何かを知っていた可能性がある。大一としてはコカビエルがこれで何を目論んでいたのかは興味ないものの、オーフィス以外にディオーグについて何か知っている可能性を感じた。もっともコキュートスに幽閉されている彼に会うのは、ほぼ不可能であるだろう。ましてやあれほど他勢力を嫌っている男に協力を求めることが、それ以上の難易度なのだ。
ただでさえ頭が重いのに、考えることでさらに負荷をかけている気になっていると、ディオーグの低い声が油断なく響く。
(結界が張られている。しかもこのまとわりつく感覚…前にもあったな)
(何かあったか?)
(すぐに分かる)
彼の短い答えは、大一も間もなく実感した。全身の肌をぬるりと包み込む気味の悪い感覚は以前にも味わったことがある。これには他の皆も感づいており、談笑の空気は一転して緊張感によって支配された。
「ありゃりゃ、ヴァ―リがまかれたようにゃ。本命がこっちに来ちゃうなんてね」
いつの間にかローブを脱いでいつもの着物姿になった黒歌が呟く。辺りの一帯が深い霧に覆われた時、敵の正体に確信を持つのであった。
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ホテルのレストランにいた全員がその場から飛び出す。移動中も人の気配が皆無であり、肌に残る感覚から以前のように空間ごと転移させられたことに気づくのに時間はかからなかった。
広いロビーへと到着すると、そこには3人の人物がいた。同時に球状の火炎がアーシアとイリナに向かってくるが、意外なことにオーフィスがそれを防いだ。
「あ、ありがとうございます」
「…」
アーシアの礼に反応は見せず、オーフィスはただそこにいた3人の男に視線を向けた。いずれも京都にいたメンバーは見覚えがあり、特にリーダー格の青年と槍の組み合わせはすぐに記憶から発掘された。
「やあ、久しいな、赤龍帝、それにアザゼル総督。京都以来だ。いきなりのあいさつをさせてもらった。先日のデュランダルのお返しだ」
「…曹操っ!」
一誠が相手の名を絞り出すように口にする。最強の神滅具を持つ英雄派のリーダーは、京都で一誠から受けたはずの目の傷は綺麗に消えていた。両脇には神滅具「絶霧」を持つゲオルク、3つの神器を扱うクーフーが固めていた。
彼は不敵な笑みを浮かべながら、拍手をする。
「この間のバアル戦、いい試合だったじゃないか。禁手の鎧をまとった者同士の壮絶な殴り合い。戦闘が好きな者からすれば聞いただけで達してしまいそうな戦いだ。改めて賛辞の言葉を贈ろう、グレモリー眷属。若手悪魔ナンバーワン、おめでとう。いい眷属だな、リアス・グレモリー。おそろしい限りだ」
「テロリストの幹部に褒めてもらえるなんて、光栄なのかしら?複雑なところね。ごきげんよう、曹操」
「ああ、ごきげんよう。京都での出会いは少ししかなかったから、これが本当の初めましてかな。あの時は突然の召喚で驚いたが。いやー、なかなかに刺激的だった」
「言わないで!…思い出しただけでも恥ずかしいのだから!」
リアスは顔を赤らめて羞恥最大限に現わしていた。事情を知っているものからすれば同情を感じると同時に、大一の場合はその感覚を彼女の一誠に対する態度にほんの少しでも分けて欲しいと思う光景であった。
そんな彼女の態度を特に気にすることもなく、曹操はオーフィスへと視線を向ける。
「やあ、オーフィス。ヴァ―リとどこかに出かけたと思ったら、こっちにもいるとは。少々虚を突かれたよ」
「にゃはは、こっちも驚いたにゃ。てっきりヴァ―リの方に向かったと思ったんだけどねー」
「あっちには別動隊を送った。今頃それらとやりあっているんじゃないかな」
曹操と黒歌の会話にはどうもリアス達が知らない事実が隠されていた。それを察してか一歩前に出たルフェイが説明をする。
なんでもオーフィスをつけ狙う存在がいることを知ったヴァ―リが、それらをあぶりだし直接叩きのめすことを画策したようだ。オーフィスが赤龍帝である一誠に強い興味を持ったことも相まって、彼女らを兵藤家へと向かわせて、ヴァ―リ自身はオーフィスに変装した美猴と共に囮になる予定であったが、当事者である曹操は戦力をわけて叩くことにしたようだ。しかし曹操自身が本物のオーフィスの元に来ていることを踏まえれば、彼はヴァ―リの策略を見破っていたと捉えられる。
「曹操、我を狙う?」
「ああ、オーフィス。俺たちにはオーフィスが必要だが、いまのあなたは必要では無いと判断した」
「わからない。けど、我、曹操に負けない」
「そうだろうな。あなたはあまりに強すぎる。正直、正面からやったらどうなるか。───でも、ちょっとやってみるか」
この言葉を皮切りに、曹操はオーフィスとの距離を一瞬で詰めると、強烈な光を放つ聖槍で彼女の腹部を深々と突き刺す。
「───輝け、神を滅ぼす槍よっ!」
槍の刃から放たれる光はいっそう強力になり、フロア内を照らしていく。
「これはマズいにゃ。ルフェイ」
黒歌の声をかけると、2人は周囲に闇の霧を展開させる。光を大きく軽減させるこの闇は非情に濃度が高く、黒歌とルフェイによる二重の力で聖槍の力から守っていた。
悪魔にも神仏にも効果のある聖槍であったが、オーフィスにはまるで効果が無く血が出ていないどころか、無表情で傷を負った雰囲気を見せなかった。実際、曹操が槍を引き抜いても、空いた穴があっという間に塞がる。無限の存在である彼女にはダメージが通っても、溢れ出る無限を削り取ることは不可能であった。
「攻撃した俺に反撃もしてこない。理由は簡単だ。───いつでも俺を殺せるから。だから、こんなことをしてもやろうともしない。グレートレッド以外、興味が無いんだよ。基本的にな。グレートレッドを抜かした、全勢力の中で五指に入るであろう強者───1番がオーフィスであり、2番目との間には別次元とも言えるほどの差が生じている。無限の体現者とはこういうことだ」
まるで勝てないことをわかっておきながら、余裕の態度を崩さない曹操に警戒を感じなかった者はいるだろうか。聖槍の力は数々の伝説とその評価から凄まじいのはわかるものの、彼はそれでオーフィスに勝てないことを十分理解しているようであった。
一方で、黒歌とルフェイはいつの間にか魔法陣を展開させていた。そこにルフェイの影から出てきたフェンリルが乗り込むと、聖槍とは違うまばゆい光が発せられる。その光が治まった時に魔法陣の上に立っていたのは、ヴァ―リであった。
「ご苦労だった、黒歌、ルフェイ。───面と向かって会うのは久しいな、曹操」
「ヴァ―リ、これはまた驚きの召喚だ」
「フェンリルちゃんとの入れ替わりによる転移法でヴァ―リ様をここに呼び寄せました」
「フェンリルには俺の代わりにあちらにいる美猴たちと共に英雄派の別動隊と戦ってもらうことにした。───さて、お前との決着をつけようか。しかし、ゲオルクにクーフーと3人だけとは剛胆な英雄だな」
曹操がヴァ―リの動きを予見していたように、ヴァ―リもまた彼の動きを予測して保険をかけていた。強者同士の腹の読み合いは底知れない印象があったが、曹操が不敵に微笑む。
「むしろ過剰戦力なくらいだよ、ヴァ―リ。本来は俺とゲオルクだけでも十分だが、それにクーフーまでいるんだから」
「強気なものだな、曹操。例の『龍喰者(ドラゴン・イーター)』なる者を奥の手に有しているということか?」
「『龍喰者』とは現存する存在に俺たちが付けたコードネームみたいなもの。作ったわけじゃない。すでに作られた。───『聖書に記されし神』が、あれを」
この話題が出るとゲオルクは静かに曹操に視線を向ける。一方で、クーフーは特に睨みを利かせるでもなく、感情を表に出さずに仮面でも被っているような印象を受ける表情であった。
「曹操、いいのか?」
「ああ、頃合いだ、ゲオルク。ヴァ―リもいる、オーフィスもいる、赤龍帝もいる。無限の龍神に二天龍だ。これ以上ない組み合わせじゃないか。───呼ぼう。地獄の釜の蓋を開ける時だ」
「了解だ。───無限を食う時がきたか」
ゲオルクは曹操に呼応するかのように笑みを浮かべると、後方にとてつもなく巨大な魔法陣を展開させる。魔法陣からは禍々しさを固めたかのようなオーラがあふれだし、ホテルを大きく揺らす。
『…これは、この気配は。ドラゴンにだけ向けられた圧倒的なまでの悪意…っ!』
一誠の元からドライグの声が聞こえる。彼の声には恐怖が含まれており、その反応だけで現れる存在の危険性を物語っていた。
魔法陣からは世にも恐ろしい存在が現れた。上半身は堕天使、下半身は蛇のようにしなやかさを持つ龍のようで、この異様な身体を太い釘と強固な拘束具によって十字架に磔にされていた。一帯に響き渡る声はあまりにも不気味で心の芯から怯ませる恐怖があった。
コキュートスに封印され、かつて龍を否定する憎悪、呪い、毒を一身に受けたその存在…「龍喰者」のサマエルが、一誠達の前に現れたのであった。
サマエルも創作でいろいろ使えそうな設定をしている印象です。