『ヴァ―リチームはクーデターを企て、オーフィスを騙して組織を自分のものにしようとした。オーフィスは英雄派が無事救助。残ったヴァ―リチームは見つけ次第始末せよ』
これが禍の団に通達された内容であった。これで実質、彼らは禍の団から切り離されたと言えるだろう。哀れな結末ではあるが、彼ら自身テロ活動は片手間で様々な伝説や幻の調査や生死不明の強者の捜索など自由気ままに行動していたのだから当然なのかもしれない。それでも龍喰者の毒を直々に受けて、もがき苦しむその姿は割に合わないとも言えるが。
ホテルは全60階であったが、一誠達は真ん中の30階に陣取っていた。ルフェイが幾重にも結界を張っており、脱出のために考えを巡らしていた。かなり強力な結界でオーフィスを逃さないために構成されている。外に助けを呼ぼうにも、黒歌もダウンした今ではルフェイが転移できる相手はせいぜい2名までだ。まずは救援を優先することを踏まえて、イリナとその護衛にゼノヴィアが選出され、その後はアザゼルとリアス、朱乃で作戦を練り始めていた。
大一はホテルの廊下にある窓から外の様子をうかがっていた。足音がよく響くほどの静けさであったが、続々と外には死神が現れていた。彼は持ち前の探知能力を活かして、見張りについていた。先ほどの戦闘でほとんど手傷も負わなかったのも大きい。もっとも頭の重い感覚は未だに拭えていなかったのだが。
どんどん増えてくる死神を感知しながら、大一の頭の中でディオーグが呟く。
(つまらねえな。おかげでオーフィスも弱まっちまった)
(しかし力は全部奪われなかった。オーフィスを侮ってもらえてラッキーだったよ)
オーフィスはサマエルに多くの力を奪われたが完全ではなかった。捕らえられる直前に自身の力を別次元に逃しており、曹操達はそれに気づいていなかった。現在はそれをすべて回収し、実力は二天龍よりも二回りほど強いくらいに収まった。不幸中の幸いというべきか、彼女も戦力としてカウントできるだろう。ただし彼女の強みである無限の特性が無くなったことは危惧しなければならない。
(敵に対してもよくそんなことが言えるな、小僧。いやお前だけじゃないな。他のガキどもも敵対者相手によくそこまで寛容になれるものだぜ)
ディオーグのぼやきに対して、大一は反論しなかった。彼の過去を知った今では、どんな厳かな論説でも彼の積み上げてきた盤石な生き方を変えられるとは思えなかった。
それを理解しながらも、大一はディオーグに戦い以外の生というのを味わって欲しかった。これからも身体を共有して生きるからだけではない。心からディオーグの境遇に同情していたのだ。もっともそれを実現するには大一自身が変わることも必要だが。
我ながら驚くほど感傷的な感情がこみ上げてくるものだと思った。否定するようなものでは無いが、静かに考え込む中で珍しい心情を抱いているものだと、大一は考えた。
こんな感情がこみ上げるのは、絶体絶命と隣り合わせの戦況というだけではなかった。もともと大一は矛盾の塊が責任を背負っているような男であった。弟の関係、悪魔になってからの責務、強くなる理由…それらが自分本位な性格と仲間のために身を削る行為という相反的な要素を内包し、それを重く受け止めて責任感へと昇華する。要するに面倒な男であった。
そんな男に影響を大きく与えたものを問われれば、絞りこむことは不可能だろう。弟が悪魔になった事、多くの仲間との経験、愛する人の関係、敵であった相手への理解、枠を超えた超常的な存在との邂逅…。最近になって怒涛に迫る雪崩のように直面化する事実と指摘も併せると、今のようなひとりで考えこむ時間があればその問題について解決するための悩みを抱くことはおかしくないだろう。
だからこそ、ディオーグの言う通りどこかでケジメをつける必要があった。いかに自分が責任を抱え込む性格であるかを自覚すると、自身の人生を前に進ませるためにも問題には向き合わなければならなかった。
すっかり思考の渦に取り込まれている大一に、祐斗が近づいてくる。
「お疲れ様です。代わりますよ」
「さっきの戦いで疲れているだろ?感知は俺の方が上なんだ。休んでいろよ」
「もう数えることもできないほどの数だと思いますけどね」
祐斗が窓の外を見ながら答える。奇妙なローブに残酷的な鎌、これを身につけていない相手を視界から外すことの方が困難を極めるほどの人数が外にはいるのだ。力を奪われたオーフィスに対して、これほどの戦力を投入する辺りにハーデスの本気が窺える。
「それに大一さん、さっきから体調あまり良くないでしょう。部長から聞きました」
「ちょっと頭重いだけだって」
「ダメですよ。ここから脱出するのに皆の力が必要なんですから、先輩も少しは休憩してください」
「お前も頑固になったなあ。誰の影響だ?」
「皆さんのですよ」
この絶望的な状況に似つかわしくないほどの輝きを感じる笑顔で祐斗は答える。後輩の頼もしい姿に大一は後を任せて廊下を歩いていった。
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部屋に戻ろうとした大一だが、その途中の廊下で怪訝な表情の小猫と心配そうな面持ちのレイヴェルに会う。おかしい組み合わせではないが彼女らの表情と、先ほどの戦闘で黒歌が取った行動を思い返せば納得できる光景ではあった。
「そんなところで立っているよりも座った方が休めるぞ」
「…先輩」
「あっ、お兄様。いえ、ちょっと先ほど小猫さんのお姉さんの様子をイッセー様と一緒に見てきたんですけど…」
レイヴェルが小猫を見やりながら遠慮がちに話す。小猫は表情を変えず、ただまっすぐに寄りかかっている壁とは反対の壁に目を向けていた。彼女の中であらゆる感情と思考がぐちゃぐちゃに混ざり合って、ほぼ純粋な不全感にすっかり仕上がっていた。
レイヴェルもそんな彼女を心配そうに見るが、現状でどういう手だてをすればよいのかはわからないようであった。
「レイヴェル様…じゃなくて、あー、とにかくちょっと小猫と2人にしてもらえるか?」
「え、ええ。お願いしますわ」
そう言うと、レイヴェルはパタパタと皆のいる部屋へと急いだ。あとに残された大一は、静かに小猫の横に同じように壁に寄りかかる。重く沈んだ空気とまではいかないが、一歩でも踏み出しづらい緊張感が漂っている。これを破ったのは小猫からであった。
「…前もありました。こういうこと」
「夏休みの時か。あの時もいろいろ大変だったな」
「本当に大変でした。でも皆のおかげで乗り越えることができたんです。それが今は…」
「あの時に悩んだ原因に助けられたからな」
きっぱりと言い放つ大一の言葉に、小猫はぐっと口を閉じる。先ほど一誠とレイヴェルがいる前で、彼女は横になる姉に向かって詰問した。なぜ助けたのか、真面目で純粋な問いであったが、ここに彼女の感情が乗せられるとそれは非情に重くなる。しかし黒歌はそれを「よくわからない」と気まぐれに答えて、軽くかわした。茶化すような態度と姉が咄嗟に守った時の言動のギャップに、小猫はすっかり抱え込んだ状態であった。
胸が苦しくなり、いっそのこと凝り固まったその感情を吐き出したいと思った。…いや吐き出していいのだ。横にいる男は自分がどこまでも信じた兄代わりなのだから。
小猫は視線を逸らさず、しかし頼れる相手に聞こえる声で話し始める。
「…正直、わからないんです。姉さまが何を考えているのか。だからこそ辛くなります。私はあの人のせいで苦しんだのに、あの人に殺されかけたのに…あの人はさっき私を守った」
「当然の感情だろうよ。いくら姉妹でも相手の考えを理解するなんて難しいと思う。俺と一誠だってそんなものだからな」
「…先輩なら答えを教えてくれるものだと思いました。姉さまとも話しましたから」
「俺に出来ることは受け止めるだけだよ。それにどう思うのかを決めるのは、小猫自身だろう」
ここで先日の黒歌の話を彼女に伝えたところで何かが変わるだろうか。それは大一にもわからなかった。しかし自分の言葉が彼女にとって大きなものになりかねないことを自覚している。それを踏まえれば、不用意な発言がどうしてできようか。
そして大一は小猫の強さを知っている。より良い方向に向かうために真剣に考えることができる真面目さがある彼女だ。そんな彼女だからこそ、大一も信頼しているし彼女の味方であり続けたかった。
「ゆっくり考えればいいんだ。俺は支えるよ」
「…とりあえずこの場では信用します。それが私としての考えです」
軽く息を吐いた後に、小猫は答える。姉のことが嫌い、その感情をすぐに裏返せるほど関係は単純でなかった。それでも彼女があの瞬間だけでも守ってくれたのは事実であった。それであれば、少しくらいはその想いに応えても良いだろう。自分には信頼できる味方もたくさんいるのだから。
「じゃあ、それで決まりだな。でもあまり無理はするなよ」
「無理するのは夏休みに充分経験しましたから。…でも、今ならもう少しだけ無理できそうな気がします。だからここで先輩と話したいんです。昨日の夜に約束したことについて」
黒歌に発情期を抑えられた後、大一が彼女に言ったこと…小猫としては黒歌との関係に整理をつけた今だからこそ兄貴分である男との関係にもけじめをつけたかった。
「お前なぁ…こんな状況でよく言うよ」
「強くなった証拠です」
小さく微笑む小猫に、大一は頭を掻く。後輩たちの強さに頭の下がる想いであった。だからこそ、自分の答えを出さなければならなかった。その期待に応えるためにも…。
大一は静かに息を吐き、新しい空気を吸い込む。その一連の動作だけで脳に活力がみなぎり、背けていた現実に直面する勇気が湧いてくる。
「…好きだと思うよ。真面目で頑張り屋で…お前の良いところをたくさん見てきたつもりだ。しかしそれは恋愛としてじゃない。正直なところ、俺はずっと妹のような感覚で見てきたから。今の俺ではお前の想いを受け止めることはできない」
「…知っています」
「…ただなんというか…俺もズルい奴だから…お前のことは悲しませたくないと思っている。だから、まずは小猫のことをしっかりと女性として意識することから始めようと思う」
我ながらバカだと考える大一は、それを振り払うかのように頭をガシガシと掻く。悪魔が多重婚を認めているとはいえ、別にそれに倣う必要はない。無いはずなのに彼の選択はそこに逃げ込んだような結果であった。
しかし彼女を傷つけたくないのも事実であった。彼女のことを知り、大切に思っているからこそ、幸せになって欲しい。それを全力で支えるのであれば、まずは自分が彼女を受け入れるために努力を始めることが必要であった。
大一はこの考えを恐ろしく利己的に感じたが、それに気づいたのか小猫も言葉を紡ぐ。
「私も先輩のことを頼れる兄として見ていました。でも…いつからかただ頼れるだけの相手じゃなくなりました。どんなことにも真面目に向き合って、私を強くしてくれた…なんというか…好きなんです。ただやっぱりまだお兄ちゃんと見ちゃうから…私ももっと先輩のことを男性と意識します」
「俺なんかよりいい奴はたくさんいると思うけどな」
「そうだと思います。でも今の私にとって好きなのは、面倒で真面目な先輩なんですよ」
この言葉を相手に伝えるのに、どれだけ葛藤を感じたことだろうか。彼と朱乃の関係に入り込めないと小猫は思っていた。あの2人とは過ごしてきた時間の違いと確固たる信頼関係には及ばない自覚はあった。だからこそ2人の関係が進展した時は祝福と同時に、静かにちくりと胸を痛める感情が芽生えていた。
しかしそれは彼女も同じようなものだ。決定的に想いを強く自覚し始めたのは夏休みの一連の事件であったが、その優しさや信頼に触れてきたことが大きかったのだから。それに気づいた今、自分が遠慮を感じることは無かった。
「そしていつか本気で先輩を惚れさせます。それこそ朱乃さんから先輩を奪うくらいに」
「お前、なにもそこまで…」
「意気込みです。口に出すことが大事ですからね。それに放っておけば、ライバルがどんどん増える気がするんですよ」
壁から離れた小猫はぐっと伸びをして答える。彼女の頭の中には朱乃はもちろんのこと、他にも彼と繋がりの深い女性を考えていた。このまま負けっぱなしで終わるつもりは無い。そのハングリー精神は彼女の表情にみずみずしさと力強さの両方をもたらしていた。
小猫は大一に期待するように微笑む。いつもの可愛さに加えて、一歩前に踏み出せた彼女には、これまで以上に女性としての魅力が詰まっていた。
「先輩ももっと甲斐性は身につけた方がいいですね」
「口が達者になったな。祐斗もそうだったが…まあ、俺だって努力するよ。それこそお前の期待に沿えるようにな」
そう言って大一は軽く小猫の肩を叩くとその場を後にする。言葉こそ不慣れだが落ち着いた声の調子と、自分よりも大きな手に触れられたことに小猫は顔が熱くなるのを感じる。まだまだ相手を魅了するのは、相手の方が上であることを認めざるをえなかった。
「…やっぱりズルいですよ」
オリ主と小猫の性格をわざわざ書き出してまとめた結果、こうなりました。ハーレムは似合わないですが、変な方向に真面目なキャラにしちゃったから…。