「ヴァ―リならともかく、貴殿のような天龍の出来損ないごときに追撃されるとはな…ッ!どこまでもドラゴンは私をバカにしてくれる…ッ!」
場所はホテルの屋上。崩壊がすぐそこまで来ているこの疑似空間で、一誠と大一が旧魔王派のトップと相対していた。
ホテル上空でのシャルバの顔は怒りで歪んでいた。天龍の出来損ないと呼ぶが、彼の本心にはかつて暴走した一誠に完璧な敗北を受けた屈辱が残留していた。ヴァ―リより天龍として格落ちを感じているだけでなく、過去の敗北がその崩れかけて歪んでいるプライドの琴線に触れているのだ。
「私の邪魔を…するなッ!」
前面に感情を出した声で彼は魔法陣を展開させる。そこからは奇妙な魔物が現れた。顔は蠅のような顔であったが、身体は巨大な蜂、蝶のような翼、伸びた腕はカニのようであった。体長は10メートルはあり、ケルベロスや子フェンリルにも負けない大きさ、そのおぞましさはキメラとなったフリードを想起させた。
「魔力と生命力がかなりデカい。片手間で相手に出来るような奴じゃないな。こんな魔物どこで手懐けたんだか…」
「なあ、兄貴」
「わかっている。俺がこいつを引き受けるよ。やっぱり残って正解だったな」
「悪い。任せた」
大一はすぐに龍人状態になると、巨大な魔物を重量を上げた錨で叩き飛ばす。魔物は大きく吹き飛び、疑似空間の駐車場へと着地した。そのまま弾丸のように突進して頭の角で攻撃を狙うが、巨大な腕の鋏がそれを正面から受け止めた。
予想以上のパワーに大一は体勢を立て直しながら駐車場へと降りるが、同時に安堵した。この魔物のことを踏まえれば、一誠をひとり残した場合のことを考えると余計に心配が自身を襲うことは疑いようも無かったからだ。
『やるぞ、ディオーグ』
『…』
『ディオーグ?』
『ん?ああ、勝手にしろ』
妙にそっけないドラゴンに違和感を抱くが、それをいちいち引っ張っている暇はなかった。目の前の魔物は大きく腕を振りかぶるとそのままハンマーのように鋏を振り下ろす。素早く回避する大一であったが、その破壊力は体格に見合ったものであった。
魔力を足に込めて走り出すと彼は、魔物の下からの攻撃を狙うが、サソリのような尾から針が複数撃ち出され、その進行は断念した。この針に毒が仕込まれているのは、間もなく地面に突き刺さった箇所がシューシューと音を立てながら煙を上げたことと鼻に沁みるような匂いで気づいた。
『お手本のような怪物っぷりだな!しかもこいつ、この巨体で俺のことをしっかり確認できているのかよ!』
『あー、面倒だな…。あっちのガキは今更始めたばかりかよ。どうせならあっちとやりあいたかったぜ』
『ワガママ言うな!』
ディオーグのぼやきに大一は苛立ちながら返答する。だが彼の言う通り、あまり時間はかけていられないのだ。この崩壊する疑似空間でどこまで戦えるのかは分からないのだから。
ちらりと視線を屋上へ向けると、鎧をつけた一誠の魔力が急激に上がっていた。その力を知っていれば、決着に時間はかからないことは察せられた。
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シャルバ・ベルゼブブの実力は一誠も知るところであった。少しは弱体化していたが、狂気に満ちたところでその実力は間違いないものだろう。
だが一誠は勝てると確信していた。難しいことはよくわからない。しかし目の前にいる悪魔が子ども達を含めた現在の冥界を滅ぼそうとしているのはヒーローとして見逃せない、たったそれだけではあったが、その純粋な気持ちが彼の強さをさらに跳ね上げていた。
「…貴殿からのプレッシャーが跳ね上がった。わからん理屈で動く天龍だ。まあ、いいだろう!ならば我が呪いを一身に浴び、この狭間で果てろ、赤い龍ッッ!」
「それはてめえだ、三流悪魔がッッ!」
一誠の内の駒が紅く爆発し、まったく違う鎧を形作る。覇道とは違い、王道を行く新たな呪文と共にその姿は完成した。先日のサイラオーグとの戦いで得た力、「真紅の赫龍帝」の姿はシャルバに戦慄を感じさせるのには充分な力と存在感を見せていた。
「───ッ!紅い…鎧だと!?なんだ、その変化は!?紅…ッ!あの紅色の髪を持つ偽りの男を思いだす忌々しい色だッ!真なるベルゼブブの力を見せてくれようッ!」
義憤の表情のシャルバが先手を打つ。魔法陣から大量の蠅を生みだすと、それらが組んだ陣形の円から魔力の波動を撃ちだした。
だが一誠は「騎士」の特性を発動させるとかわしながら敵の懐へと一気に距離を詰める。すぐさま「戦車」の特性も発動させると、彼の右腕は肥大化しその拳で痛烈なボディーブローを入れこんだ。
苦しそうに血を吹き出すシャルバは素早く後退し大量の魔法陣を展開させると、そこから巨大なレーザービームのように魔力を撃ちだす。だがこれすらも今の一誠には通用しなかった。真正面からそれを受け、再び距離を詰めて顔面にもう一撃打ち込んだ。
圧倒的であった。幾多の戦いを経験した一誠にとって、かつての魔王の血筋は取るに足らないほどの実力差があった。敵から感じる重圧はサーゼクスと比べると小さく、それが尚のこと彼に勝利への確信を抱かせた。
「俺は二天龍の『赤い龍』───赤龍帝ッ!あんたみたいなまがい物の魔王なんかにやられはしねぇッ!」
「ほざけッ!腐れドラゴンめがァァァァッ!」
狂ったように魔力を撃ちだしてくるが、一誠はそれをことごとく拳やドラゴンショットでかき消していく。
「シャルバ、あんたには莫大な才能と魔力があるんだろうさ。俺よりも強大なものを持って生まれてきた」
「そうだ!私は選ばれた悪魔なのだよ!魔王だ!真の魔王だ!」
「でも、ダメだ。あんたの攻撃は、己の拳だけで、己の肉体だけで向かってきた漢に比べたらカトンボ以下だ!そんな攻撃じゃ、俺を倒せやしねぇんだよォォォッ!」
一誠の何度目かになる拳がシャルバを吹き飛ばす。この場に観戦する者がいたならば、もはや決着はついたも同然と思うだろう。シャルバが一誠に対して、サマエルの血が塗られた矢を突き刺す前までは…。
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『一誠!』
大一は強烈に生命力が乱れていく弟の様子に不安の声を上げる。先ほどの戦いでヴァ―リも同じような乱れ方をしていたため、それがサマエルの影響だと察するのに時間はいらなかった。
怪物はその隙を狙ったかのように横殴りに腕を振ってくるが、大一はそれを避けると敵の左肩部へと突っ込んでいく。
『邪魔だ、虫野郎!』
硬度と重量を上げた一撃は魔物の左腕を斬り落とした。魔物は叫びも上げずにすぐさま尾での薙ぎ払いをして、自身の腕を斬り落とした相手をホテルへと吹き飛ばした。ホテルの外壁に叩きつけられた大一は、瓦礫を払いのけながら立ち上がる。
『くっそ!まだ魔力の引き上げが甘かったか…!』
『あの魔物、よく悲鳴も上げずに攻撃にかかったものだ』
『そういう生物なのか、それともあの英雄派の子供のように操られているのか。こんな化け物をどうしてこの前に使ってこなかったのか…うおっと!』
追撃するように残った腕で魔物が殴りつけてくるのを、大一は飛んで回避する。長時間の戦闘と体調の悪さがスタミナ自慢の彼を疲弊させていく。そもそもさっきからこの怪物に何度も攻撃を入れているのに、まるで動きを止めないで戦ってくるためこの状態は必然と言えるだろう。こんな怪物をシャルバが隠し持っていたのは冷や汗ものであった。
とにかくこのままではすりつぶされかねないと思った大一は、怪物の一点に視線を集中させた。
『…頭をやるか』
『それしかないだろうな』
大一は怪物の真上を取ると、手早く魔法陣を展開させる。その大きさはかなり広く、いつもよりも時間はかかったが、怪物が撃ち出してきた針が当たる直前に広げきり防ぐことに成功した。
『この魔法陣に硬度を上げると防御魔法陣のように使える。同じ要領で重さも上げてやる』
大一は魔法陣に自分の魔力を一気に流し込む。極度に硬さと重さが上がった魔法陣を展開させつつ、彼は急降下した。真上からの強烈な重さは一種のプレス機のように相手を押し潰しかけて、その巨体の動きを止めた。
そのまま大一は魔法陣を消し去るとすぐに頭へと向かって錨を振り下ろす。バックリと頭をカチ割られた怪物は一瞬だけ跳ね上がるような素振りを見せるが、間もなく絶命したことを思い知らされた。
「…子フェンリルの時の比じゃねえくらい疲れた」
小さく呟く大一は龍人状態を解除すると屋上を見上げる。間もなく強烈な紅い光がシャルバを飲み込んでいった。一誠が勝利したのだ。
しかし兄の眼に映る弟の姿はオーフィスを救助しながらも、あまりにも儚く、生命力と魔力が急激に減少していくのが感知できた。
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疑似空間が崩壊する音が鼓膜に響く。地面が大きく揺れるのが見える。この場所が無くなるのはもはや時間の問題であった。
「なあ…兄貴…」
「下手に喋って体力を使うな。とにかく脱出だ」
鎧を装備している一誠の弱々しい声に大一はそっけなく答える。サマエルの毒は一誠に多大なダメージと苦しみを与え、彼はすっかり衰弱していた。それでもシャルバを倒したのは、一誠の強い想いが最後まで保っていたからだろう。彼が最後に撃ちだしたクリムゾンブラスターの威力は、それを裏付けるものであった。
そんな弟を背負いながら、大一は必死に歩を進める。彼も魔物相手にかなりの魔力を消費した上に、ここに来て頭の重さがかつてディオーグと呼応した時を思い出すほどのものになっていたため、その歩みは遅かった。
横ではオーフィスが大一の腕から垂れ下がる腕をつかんでいる。いつの間にこれほどの親交を深めたのだろうかと訝しんだ。シャルバから助けた後にオーフィスと友達になることを約束したようだが、大一はそれに深く追求するのは無駄なような気がした。
とにかく生き延びることが必要であった。もう少し耐えきれば、アザゼル達が彼らを呼び寄せるために龍門を開くはずなのだから。
小さいが確実に一歩ずつ進んでいく中、一誠はオーフィスに話しかける。
「…なあ、オーフィス」
「?」
「おまえ、帰ったら何がしたい…?」
「帰る?我、どこにも帰るところがない。次元の狭間、帰る力ももうない」
「…それなら、俺らの家に…帰ればいい」
「赤龍帝の家?」
「…ああ、そうだ。アーシアと…イリナと…仲良くなれたんなら…きっと…皆とも…」
言葉が細くなっていく一誠の力が抜けていくのが分かる。大一は背負い直して弟の身体を揺らすと、出来るだけ力強く声をかけた。そのはずなのに声は意図せずに震えている。
「寝るなよ、一誠。俺がお前を必ず戻す」
「…兄貴…ありがと…最後までさ…」
「そういうのは、ここから脱出してから言え。縁起でもねえんだよ」
弟に返す言葉がハッキリと焦っているのが、彼にはわかった。同時にそんなはずはないとその想いを振り払うように頭を振って歩みを進める。その遅さに身体が気持ちに追いついていないことがわかって心底腹が立った。
「…オーフィス、お前、誰かを…好きになった事はあるか…」
『相棒、気をしっかりしろ!皆が待っているのだぞ!』
「ドライグの言う通りだ。なに、寝ようとしているんだ。起きろ!」
必死で声をかけるも、一誠の生命力は失われていく。身体はどんどんサマエルの毒に蝕まれていく。オーフィスは横にいる一誠をじっと見た。
「ドライグ、この者は呪いが全身に回っている。限界」
『わかっている、オーフィス!だが死なぬ!この男はいつだって立ち上がったのだ!なあ、帰ろう!相棒!何をしている!お前はいつだって、立ってきたじゃないか!』
ドライグの必死な呼びかけは一誠の耳に届いていなかった。これまでの強敵との戦い、友人や仲間との思い出、最愛の人…多くの人物が彼の脳裏に焼き付き、彼の心を温めていた。
「大好きだよ、リアス…」
耳の近くで聞こえたあまりにも小さく弱々しい一言を機に、背負っている弟の身体が軽くなるのを感じる。何か目に見えないものが音も立てて崩れるたように思えた。兄が何度も何度も悔やんできたことが、弟の身に再び降りかかったことは間違いなかった。それに気づいた時、大一は意図せずに足を止めて立ち尽くしていた。
「…ドライグ、この者、動かない」
『…ああ』
「…ドライグ、泣いている?」
『…ああ』
「我、少しの付き合いだった」
『…そうだな』
「悪い者ではなかった。───我の、最初の友達」
近くで話すドライグとオーフィスの声がはるか遠くのトンネルで話しているように感じる。大一にとって確かに絶望を感じる瞬間であった。同時に…彼は頭の中でディオーグと話していた。
(間違いなく死んでいるんだよ。お前だってこれだけ近ければわかるだろ)
(ああ、それはわかっている。わかっているんだ…)
(だったら、その死体さっさと捨てて自分だけでも生き残れ。正直、もう微妙なところだと思うがな)
(…なあ、ディオーグ。サマエルの毒は肉体を蝕み、最終的には魂をも破壊するらしい。お前ほどの感知能力だ。気づいていないわけ無いだろ?)
(…てめえが何をしようかは分からないが、手を尽くしても結果は変わらねえかもしれねえぞ?)
(だったら、万に一つでも可能性は上げるさ。それと先に謝っておく。本当にすまなかった)
大一は大きく息を吐くと、顔を上げる。ゆっくりと一誠を下ろし横にする。堅牢な鎧とは裏腹に、まるで生気を感じさせなかった。同時にまだ鎧があること自体が僅かに希望を感じさせた。
そのまま彼は錨を取り出すが、その姿にドライグの静かながらも怪訝に感じている声が聞こえる。
『兵藤大一、お前も早く脱出しろ。お前まで犠牲になることはない』
「その前にやることがある。ドライグ、頼みがあるんだ」
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この日、大量に出現した巨大魔獣たちによって冥界を中心に多くの勢力が震撼することになった。しかしグレモリー眷属とその関係者の衝撃と比べると取るに足らないものであっただろう。
戻ってからアザゼルが龍門を繋ぐことに成功はしたが、そこから現れたのは彼らの「悪魔の駒」だけであった。皆が待ち望んだ赤龍帝とその兄は、仲間達の元に戻ってこなかった。
次回から12巻に入ります。
オリ主も不在なので、サクサク行けると思います。