そりゃ、こうなりますよ。
この日に起こった出来事は、かつての戦争に並ぶほど実力者が関わっていた。その出来事を推挙するにあたっても指の数が足りなくなるのは想像に難くない。ただし、もっとも大きな規模で動いたのは冥界とさらに奥の冥府の2か所であろう。
冥府はオリュンポスの神で死を司るハーデスが統治していた。彼の圧倒的な実力はもちろんのこと、死神も名うての存在は少なくない。勢力関係も踏まえれば、それほどの者が集う場所に襲撃をかけるなど、相当の愚か者がすることだろう。併せて、現れたメンバーも決して多くない。ただ揃いも揃って格の違う者達がハーデスと冥府に喧嘩を売っていた。
禍の団の中でも独立したヴァ―リチーム、リーダーである彼はいなかったが、神をも屠る牙を持つフェンリル筆頭に、巨体のゴグマゴグは両椀を振り回し、アーサーが聖剣で向かってくる面々を斬り伏せ、ルフェイと黒歌は魔法で圧倒し、美猴は如意棒でなぎ倒す。ずば抜けた才覚の持ち主が死神大群に大立ち回りをしていた。
しかし彼らですら劣るように思えるメンバーがハーデスを前に威圧していた。サーゼクス・ルシファー、アザゼル、これに護衛としてついてきたブロンド髪と神父服が特徴的な男…天界の切り札的存在、上位神滅具のひとつ「煌天雷獄」の所有者であるデュリオ・ジェズアルドの3人だ。3勢力それぞれのトップクラスのメンバーが揃い踏みするという稀有な光景であったが、ハーデスからすれば特に不愉快な悪魔と堕天使が目の前で敵意をむき出しにしているのだから、その激情は表に出さなくても想像できるほどだ。
もっとも彼らは戦ったわけではない。禍の団との繋がりが疑われる(もっともほとんど確定的なものであったが)ハーデスへの牽制として、この魔獣騒動が終わるまで冥府の神殿に共に居座るという者であった。
最初こそ嫌悪する種族の提案に、飄々とはぐらかそうとしたハーデスであったが、サーゼクスが真の姿を見せたことでこの条件を飲むことになった。悪魔を超えた彼は滅びのオーラが人型になったような姿を見せる。かつての戦争を勝利に導いたその存在は世間で「超越者」と呼ばれ、サーゼクスはアジュカと共に3人のうちの2人として数えられていた。
それほどの強者が噴火する火山のごとき怒りを見せたのは、冥界を危機に陥れただけではない。理由はいくらでもあるが、もっとも大きな理由は同じ感情を抱いたアザゼルがハーデスに向けて放った言葉に集約される。
「骸骨神様よ、俺もいちおうキレてるってこと、忘れないでくれ。まあ、個人的な恨みなんだがな、それでもいちおうのことを物申しとくぜ?───俺の教え子どもを泣かすんじゃねぇよ…ッ!」
3大勢力の最高戦力の雰囲気に、ハーデスは怒りを隠すのに本気で集中しなければならなくなった。
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一方で冥界でも大きくことが動いていた。各地で暴れていた「豪獣鬼」に強力な戦力が反撃に打って出ていた。アジュカ・ベルゼブブとファルビウム・アスモデウスを筆頭に構築された対策と戦術を受けた強者たちが一気に動いたのだ。
セラフォルー・レヴィアタンはお得意の大質量による氷の力で周辺ごと魔獣を凍らせる。タンニーンは魔王級の威力と評価される強大な火力で攻めたてると、援護に来た八坂は娘の九重の応援を受けながら巨大な九尾の狐となって正面から戦いを挑む。
そしてついに皇帝ベリアルが率いる彼らのチームが、豪獣鬼の1匹を完全に討ち取ることに成功した。戦況の優勢になったところで、各地で反乱をしていた旧魔王派の鎮圧の後押しも始まった。
残る懸念要素は首都リリスにいる最大の魔獣「超獣鬼」の存在であった。現在はルシファー眷属が鎮圧にあたっているが、その状況は彼らの本気でも五分五分といったところだろう。
この状況をグレモリー城に帰還したリアス達はテレビで確認していた。アジュカの解析により、一誠が生きている希望を抱いた彼女らの士気は高かった。ただ大一に関してはアジュカですらどうなったかについては断言できない状態であったが、彼の性格から一誠と一緒にいる可能性は高かったため、希望的観測も併せて無事であると考えていた。
戻ってくるとゼノヴィア、イリナ、ロスヴァイセとも合流した。いずれも兵藤兄弟の生存は疑わずに、まずは自分らが為すべきことを為すために準備をしていた。
そんな彼女らは、騒動の渦中である首都リリスに向かうことになった。シトリー眷属が禍の団と交戦したという情報が入ったのだ。
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首都リリスでギャスパーとも合流したグレモリー眷属が目にしたのは、ルシファー眷属と超獣鬼による一線を画す規模による対決であった。グレイフィアを筆頭にずば抜けた魔力で攻撃を仕掛けるルシファー眷属に対して、超獣鬼は動きを止められても怯む様子は無かった。
この勝負の最中で、救出活動を行うシトリー眷属は英雄派と接敵したのだが、テロリストの戦法は決して正々堂々とは言えなかった。子どもの乗るバスをわざと狙っての襲撃であったため、防御のために本来の力を出せぬまま敗北へと至った。
テロリストの戦いだ。ルールなどは無い。それでもおっぱいドラゴンとしてヒーローとして一誠が守ろうとしたものを打ち砕こうとする行為は、彼らの怒りを促すのは当然のことであった。
ジャンヌは魔人化してゼノヴィア、イリナ、朱乃が相手をし、ヘラクレスは援護に現れたサイラオーグとロスヴァイセが相手をする。強くなったのはもちろんのことだが、精神的にも大きく余裕ができたグレモリー眷属は彼らを圧倒し、特にサイラオーグは王者としての圧倒的な貫禄がヘラクレスを真っ向から叩きのめした。
唯一、この2つの戦いとは違った形になったのがギャスパーとゲオルクの戦いだろう。兵藤兄弟が死んだことがゲオルクから聞かされた時、ギャスパーの雰囲気が明らかに変化したのだ。
《───死ね》
声はいつもの彼とは真逆の低さで、しかも彼の口から出ているように思えない。目は虚ろで感情を捨てきったような表情であった。周囲を闇が黒く包み、ゲオルクが捕縛のために出した霧は瞬く間に飲み込まれていった。神器でもない、吸血鬼でもない、その異様な力が上位神滅具持つ相手を闇へと飲み込んだ。
たった1時間にも満たないこの戦いで英雄派の幹部は追い詰められていった。唯一、ジャンヌだけは逃げ遅れた親子連れの子どもを捕えて人質としていた。彼女は息を切らしながら、リアス達に視線を向ける。
「とりあえず、曹操を呼ばせてもらうわ。あなたたち、強すぎるのよ。私が逃げの一手になるなんてね。てなわけで、この子は曹操がここに来るまでの間の人質。…ったく、こんな時にクーフーはどこに行ったんだか」
焦燥を隠せないジャンヌに対して、リアス達もベクトルは違うとはいえ焦りを感じていた。彼女らの動きを封殺するには十分の理由であった。
ただしそんな彼女たちとは違って、まるで動じていないのは人質にされた子ども自身であった。
「あら、ボク案外静かね。怖くても何も言えないのかしら?」
「ううん。ぜんぜんこわくないよ。おっぱいドラゴンがもうすぐきてくれるんだ」
「ふふふ、残念ね。おっぱいドラゴンは死んだわ。お姉さんのお友達がね、倒してしまったの。だから、もうおっぱいドラゴンはここには来られないわ」
「だいじょうぶだよ。ゆめのなかでやくそくしたんだ。ぼくがね、おっきなモンスターをみてこわいっておもってねていたら、ゆめのなかにでてきたんだよ」
子どもはそのまま「おっぱいドラゴンの歌」を歌い始める。まるで緊張感の感じられない様子であったが、はるか上空では大きな亀裂が入り、待ち望んでいた英雄の帰還を多くの仲間が実感していた。
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リアス達が首都で戦いを繰り広げる最中、次元の狭間で兵藤一誠はドライグにある夢の話をしていた。泣いている子ども達がいたので、おっぱいドラゴンとして励ましの言葉とポーズを送っていたというのだ。彼の励ましのポーズは最初の頃は一誠ですら嫌がっていたが、もはや受け入れている節があり、事実そのおかげで子ども達に安心がもたらされていた。
手のひらを握って開く行為を何度か繰り返す。その感触はハッキリとしており、かつての身体と遜色ない柔らかさや温もりが感じられた。
今の彼は人間としての身体とはまた違ったものになっていた。サマエルの呪いにより身体は死んだものの、魂を鎧に移し替えていたが、さすがにそのままというわけにもいかない。そこでグレートレッドとオーフィスの力を借りて新たな身体を作り上げた。見た目や感覚は以前と変わらなかったが、最強の龍の力によって生み出された身体の潜在能力は計り知れないものであった。悪魔の駒が無いため、今のこの身体は人型の真龍とも言えた。
「よっしゃ!これでリアスの乳がもめる!」
わしゃわしゃと指を動かして完全に復活したことを実感した一誠の目に、「おっぱいドラゴンの歌」を歌う子ども達の姿が見える。夢幻を司るグレートレッドが冥界中の子ども達が見た夢を投影したらしい。傍から聞けば間違いなくふざけた歌であったが、今の一誠やドライグには力を、勇気を与えてくれる不思議な歌であった。
「兄貴が聞いたら卒倒しそうだけどな」
『…相棒。俺を責めても良かったんだぞ。兵藤大一が…お前の兄が死んだのは…』
「誰の責任でもない。兄貴が選んだことだ」
ドライグの反応に一誠は静かに答える。兄の真相を聞いたとき、一誠は鎧の身体でありながら息がつまる想いがした。今の身体であれば意図せずに涙がこぼれてもおかしくないだろう。怒りや悲しみはどこに向かうでもなく、ただ振り下ろす拳が見つからずに苦しんだ。
しかし時間が経つにつれて、不思議と冷静になった。兄が一誠を助けたのは何も彼が苦しむためではないのだ。それを理解していた彼は時間を置くほど冷静になり、同時に気持ちが引き締まる感覚が全身をかけ巡らせていた。
「俺さ、兄貴のことは別に好きでもないんだよ」
『…』
「だっていつも上から目線で面倒くさいし、俺の趣味を理解しようともしないし、イケメンでもないけどそこそこモテるし…そのくせ俺のことを気にかけてくれるし、相談には乗ってくれる。挙句の果てには命を懸けてまで俺を助けてくれる」
淡々と話し続ける一誠は一度言葉を切ると、こみ上げてくる感情を息として吐きつつ言葉を続けた。
「前に兄貴に対して思いっきり不満をぶつけたことあるんだけどよ、あの時ですら受け止めてくれたんだよ。ずっと前を走ってお手本にでもなろうとしていたのかな。それなのに後ろから来た弟の不満にも全力で受け止めていたんだ。多分、俺だけじゃなくて他の皆にもそうだったんじゃねえかな。
ズルいんだよ、兄貴は。いつも必死で自分本位だ、ワガママだって言いながらずっと誰かのために生きていたんだから」
リアスの下僕として戦い、後輩のために特訓や話に付き合ってきた。犠牲の黒影に飲み込まれる最後の時ですら、自分を捨てるような発言をしていたのだ。
悪魔になってからだけじゃない。一誠としては子どもの頃から両親が自分に構ってくれるのとは別に、いつも兄として振る舞っていたことが模糊な記憶と鮮明な記憶の両方とも頭と心に刻まれていた。一誠としてはそんな兄に望んだことは、自分なりの生き方を送って欲しかった。
「…でも兄貴は最後に俺を助けてくれた。たぶんそれが兄貴にとっての生き方で、兄貴なりに自分の人生を歩んでいたんだと思う。そんな兄貴に助けられたんだ。だったら、兄貴の分まで俺は自分の人生を全うするんだ」
一誠はきっぱりと言い切る。もはや迷いはない。兄を含む多くの者達から託されたその命を彼は最後まで全うするだけであった。
ドライグは静かに笑うと、グレートレッドに呼びかける。
『グレートレッド、頼めるか?この男をあの子達のもとに帰してやってくれないか?』
グレートレッドが大きく咆哮を上げると、前方の空間に歪みが生じて裂け目が生まれる。そこから見える大都市の風景、感じられる大切な仲間と愛する人のオーラ…これら全てが一誠を奮い立たせていた。
「オーフィス、俺は行くよ。俺が帰られる場所へ」
「そうか。それは…少しだけ羨ましいこと」
「───お前も来い」
横に立つオーフィスに、一誠は確固たる決意を持って誘う。打算は無かった。そこにあるのは彼女との約束…
「俺と友達だろう?なら、来いよ。───一緒に行こう」
「我とドライグは───友達。我、お前と共に行く」
オーフィスは一誠から差し出された手を掴むと笑みを浮かべる。間もなく彼らは次元の狭間を抜け出した。
一誠は兄に対してあまり悩まない方じゃないかな…。