オリ主はシャドウのことを理解する…。
(この状況から脱出…つまり生きてここを出られるってことなんだろう?)
(それ以外の意味に聞こえたんなら、お前は頭打っておかしくなったんだろうな)
(…野暮な質問だったな。どうすればいい?)
大一は緊張感を抱きながら問う。この瓦礫の塊がどこまで持つか分からない以上、その可能性はすぐにでも実行しなければならなかった。一方でシャドウは押し黙ったまま、このやり取りをただ聞いているだけであった。
(俺はかつて強引にこの時空の狭間に来たことがあるんだ。つまり逆に元の世界の入り口も感知できる)
(それはお前のパワーがあってこそだろう?)
(強引に入るならな。俺の感知能力を舐めるな。集中すればほんのわずかな魔力を入れて錨を振ることで、裂け目を入れられる場所は見つけられる。前に俺がお前に対して黒猫の結界を破った時とやり方は同じだ)
大一は夏休みの際に冥界で黒歌と美猴が襲撃したことを思いだす。あの時は黒歌が結界を張っていたが、ディオーグに指示された箇所に魔力を通した錨で振ると、そこに裂け目が表れて中に入ることが出来たのだ。
(しかしなけなしの魔力では…)
(錨を出して、先端に込めるくらいは残っているだろ)
(それが限界だ。そもそもここから動けない)
(そこでこの影野郎の出番だ)
ディオーグの指摘で、大一はようやく納得する。魔力を必要としないこの神器の特性であれば、彼の身体を支えて錨も持たせたうえで、空間の裂け目を作る動きをサポートできるだろう。
(そうなれば、問題はこの右腕か。いくらシャドウに支えられても、この瓦礫を退かすのは無理…いやそもそも完全に潰れているんだ。錨でひっかけて斬り落とすしかないな)
(飲み込みがいいじゃねえか、小僧)
(生き残れる可能性が出来たんだ。なんだってやるさ)
意図しない汗をかきながら、大一は答える。いつもの自分であれば躊躇もするだろうが、諦めかけていた命を長らえる可能性を思えば、覚悟が決まるのも早かった。それとも一誠への罪悪感を払拭したからだろうか。いずれにせよ、今の大一の決死は強固な岩石のごとく固く、大きな運命を必死に手繰り寄せようとしていた。
『待て待て待て!そんな馬鹿げた方法があるか!出来るはずないよ!』
しかし覚悟を決めていた大一とディオーグに水を差すように、シャドウが呆れを含んだ声でこの案を否定する。
(んだと、このヘタレ影野郎が!ここを出られるんだから、てめえもさっさと協力しやがれ!)
『だからそれが無理だって!あんた、僕の特性を知らないからそんなことが言えるんだ!』
(憑りついた奴の精神狂わせるとかだろ。その程度、どうってことねえんだよ!)
『やっぱりわかっていない!今は不完全な状態で憑りついているから無事だが、正式に僕を神器とすればドス黒い感情に塗りつぶされるんだ!正式な神器の持ち主となるのは、あんたじゃなくてこの男なんだぞ!無理に決まっている!』
(さっきから言い訳ばかり並べやがって…てめえはやらない理由だけを見つける才能しかねえのか!ウダウダと、まるで───)
「待ってくれ、ディオーグ」
頭の中でも会話できるのに、大一は口に出してディオーグを制した。その声は死のリミットが近づいているとは思えないほど落ち着いており、どこか懐かしむような感情が感じられていた。
「感知の方を頼む。シャドウとは俺が話す」
(…さっさとしろよ)
何かを察した様子のディオーグが引っ込むのを感じると、大一は目の前にいる不全感たっぷりのシャドウへと視線を向けた。
「シャドウ、頼む。力を貸してくれ」
『だから無茶だって!こんな方法が上手くいくわけない!』
「心配なのはわかるよ」
『心配なんてものじゃない!まず不可能なんだよ!そんなわかったような口を───』
「お前の壮絶な人生全てをわかってあげられないが、今抱いている心配はわかる。お前が自信を持てないことは」
この言葉がスイッチであったかのように甲高い声を荒げていたシャドウはピタリと黙り込む。まるでいきなり殴られでもして面食らったかのような反応であった。
『…僕に自信が無い?何を根拠にそんなことを言う?』
「お前がさっき自分の経緯を話した時…俺にはどうも他人事とは思えなかった。どれだけ努力しても、どれだけ必死になっても、まるで上手くいかないんだ。あの時に感じる無力感、劣等感、悔しさ…ドス黒い感情は経験しないと本当の意味で理解できない。俺がそんな経験をしたのは、憑りついたお前が一番わかっていると思うが」
『…ッ!』
シャドウが言葉を切った瞬間、眼の血走りが激しくなる。とてつもなく力が入った視線を向ける中、その眼玉から大粒の涙がこぼれ始める。まるでダムが決壊したかのように、その涙はぼたぼたととめどなく溢れていくのであった。
『悪いかよ…!僕は怖いんだよ…!神器として何もできないことがわかっているんだ…!どれだけ想いがあっても、誰も僕を使えない…!この無力感が…苦しくて…苦しくて…!』
幾度も思ってきたことであった。感情を持った神器として、何度も特別な存在として扱われたい、所有者を見つけて共にその名を轟かせたい、そんな野心的でありながら有り触れた内容のものを夢に抱いてきた。
しかしその狂わせる特性上、何度もそれが不可能であることを思い知らされた。何度もあらゆる陣営から抹消されかけた。その度に地獄を見てきた神器はいつしか自分を狙ってきた存在への復讐を決意していた。それこそ彼が本当に望んだ道とすり替えるようにして。
そしてこの野望も長年果たしえないことを自覚すると、その無力感はさらに肥大化していった。それでも必死に存在するしかなかった。もはやこの神器が世界に引き起こした害悪は数えきれないほどあり、引き返すこと等は出来なかったのだから。
『…だから…だから仕方のないことだろうが!自信の無いことが悪いことかよ!』
「…悪くないよ。誰だってそう思ってしまうのは仕方ないことだ。しかしこのままではお前はずっと苦しんだままだ。そんな状態でずっと生き続ける…それがどれだけ過酷なものかが分からないお前じゃないだろう?」
『じゃあ、どうしろってんだよ!僕にそれを解決する手立てがあると思っているのか!?それにお前と僕は決定的に違うことがある!僕は…ひとりだ…!』
「俺がいる」
聞き逃すはずもない短い言葉に一瞬、時間が止まったような錯覚を覚えた。シャドウにとって目を背けながらも、身についた意志の奥底で何度も渇望した言葉をこの絶望的な状況で投げかけられたのだ。
『…ぼ、僕はお前を狂わせようとした』
「わかっている」
『お前の仲間も…冥界も…混乱と絶望に陥れた』
「これからそれ以上の人を救っていけばいい」
『僕は存在しても、神器としては欠陥品だ!』
「お前が必要な存在であることの証明に、俺がなって見せる」
次々と出てくる反論に大一は淡々と答える。今までのシャドウであればこれがウソであると頭ごなしに考えていた。しかし一度憑りついたこと、彼との繋がりによる感情の変化、それらがこの言葉の真実性を裏付けていた。
もはやどうすればいいのか分からないシャドウであったが、ついには吹っ切れたように声を荒げる。
『…ああ、ちくしょう!だったら、約束通り耐えてみやがれ!』
「よし、来い!」
シャドウの血走った眼が、再び大一の胸に入り込む。その瞬間に、彼の頭を、全身を、心をドス黒い感情が駆け巡った。圧倒的な力を得た弟への嫉妬、仲間達の期待に応えられているのかという不安、鍛えても思うように強くなれない焦燥、両親や炎駒に対して応えられなかった負い目…かつても味わった負の感情が山の噴火のように噴き出し、彼の中を怒涛の勢いで襲っていく。意識は薄れていき、負の感情に溺れていく…。
しかし大一は力強く歯を食いしばった。頭の中ではそのような暗い思考が巡っているのと同時に、命を懸けてでも守った弟や大切な仲間達、自分を尊重してくれた両親や師匠などの大人たち、そして心から惚れた女性の顔が浮かんでいた。
「…ここから出るんだよ…!生きて…みんなに会うんだろうがッ!」
自身を鼓舞するかのように、大一は叫ぶ。息は非情に苦しそうな様子で、眼にはこれでもかというほど力が入っていた。その必死な様子は、傍から見れば決して健康的には思えなかった。
そんな彼にディオーグが冷静に問う。
(…終わったか?)
「…おうよ!」
言い切った大一の瞳は奥に炎が灯っているかのように輝いていた。この様子に大一もディオーグもわずかに微笑み、シャドウは衝撃に塗れていた。
『し、信じられない…!僕を完全に所有して意識を保つなんて…!』
「1回喰らって耐性がついたのかもな。だが余裕があるわけじゃない…さっさとここから出るぞ!『金剛の魔生錨』!」
大一が声を上げると彼の手元に重そうな錨が現れる。握ることは出来るが、それを自力で持つことは不可能であった。
しかし今は彼だけではない。彼の腕を覆うように黒い影が走り、錨を握る手をしっかりと固めた。そして左腕を動かすと、自身の右腕の二の腕の真ん中あたりに枝分かれしている部分をひっかける。
「シャドウ、斬り落とした後にこの部分も覆って止血してくれ。あと口元に影を厚く棒状に用意してくれ。それ噛んで歯を食いしばる」
『おいおい、無理するなよ…』
「無理しなきゃ、ここを出られねえよ」
片から伸びた黒い影を大一はしっかりと噛む。汗に濡れた彼の顔はこの危機的状況と今まさに起ころうとすることの惨状を物語っていた。一瞬、すっかり潰れている右腕を斬り落とすも躊躇ったのは、人として当然のことだろう。
それを察したディオーグが頭の中で大声で叫ぶ。
(俺は最強の龍として再び君臨する!)
(なんだよ、いきなり?)
(てめえが右腕に未練残すのは無理もねえ。だがそれ以上に今は生きることが必要だ。ならば、デカい目標でも掲げて生きることに意義を見つけろ。影野郎、てめえもだ)
『ぼ、僕も…?ええと…こ、今度こそ神器として多くの勢力に僕の必要性を証明する!』
(小僧は?)
(俺か…)
大一の頭の中では様々な想いが飛び交う。悪魔になったのも、その後も戦い続けた理由もどこか後ろ向きな理由である彼はすぐには思いつかなかった。一誠のようなハーレム王を目指すわけでもなく、リアスのような悪魔としての実績も気にしていない。それでも彼なりに多くの経験を経て、多くの苦しみを見てきた。愛する人たちの悲しみの過去、京都では立場が違う故の妖怪の苦悩、この場ではシャドウという神器の絶望…それら全てに直面した大一の心苦しさは何度も経験して気持ちの良いものでは無かった。
何度も疲れた彼の心は、気づけば言葉として口に出ていた。
「…冥界を俺の手で変えてみる。少しでもその悲しみが減るようにさ」
(気持ち悪いな)
「うるせえな。俺だって悩み続けることに疲れる時はあるんだよ。少しでも解消したいんだ」
『いやいや、僕は嫌いじゃないよ。大一らしくて』
(…まあ、いいさ。つまるところ、俺らが目指すもののためには名を上げなければならない。そのためにも───)
「(『まずはここから脱出する!』)」
3人の決意が重なった時、大一は再び黒い影で食いしばり、同時にその右腕を斬り落とした。激痛どころか、灼熱に焼かれたような感覚が彼の右腕を襲い、食いしばる口にも力が入る。声にならない悲鳴を上げるが、それでも何とか意識を保つことが出来た。苦しそうに腕を見ると、血は流れておらず黒い影がしっかりと止血している。
(まずひとつめだ。小僧は気絶するなよ。影野郎は、こいつを立たせて俺の指示した場所まで移動させろ)
『わ、わかった!大一、動かすけど気をしっかり持てよ』
「た、頼む…!」
口から影を取った彼の声はあまりにも小さかったが、同時に盤石な意志の強さを感じさせた。シャドウはディオーグの指示通りの場所に大一を移動させた。と言っても、ほんの数歩だけ歩かせたにすぎないが、今の彼にとってはそれすらも重労働であった。
(その左上の辺りから魔力を流した錨を下に向けて振れ。もう少し上…そこだな)
大一が錨の先端に魔力を込めて、シャドウが彼の左腕をディオーグの指示通りに動かす。すると音もなく、何も無いはずの空の場所から布を切ったような裂け目が表れる。それを目にした時に、感情が昂るのを感じた。
(言っておくが、どこに繋がっているのかまではわからん)
『ええ!?じゃあ、人気のないところに出るかもしれないってことじゃないか!』
(うるせえ!今の小僧の体力で開けそうな空間の裂け目の直近がここしかなかったんだよ!)
『そんな無責任な…』
「…とにかく行こう。ダメな時は…その時だ」
シャドウが脚を動かして、大一を裂け目の中に進ませる。ほんの数時間しかいなかったこの次元の狭間での出来事は、大一にとって濃い人生の一端となっていた。
間もなく彼は柔らかい地面へと足をつける。みずみずしい草が生い茂って自然のカーペットとなっており、周囲は木々が生い茂っていた。空は暗いものの、どこか冥界を思い出させるような雰囲気であった。
この静かな場所にシャドウは絶望的な叫びをあげる。
『さ、最悪だー!本当に人気のない場所に降り立ってしまった!』
(この匂い、この感覚…この独特な魔力は…)
「…ごめん、もう無理だ…」
叫ぶシャドウと思案するディオーグに大一は力なく倒れる。シャドウやディオーグが目を覚ますように声を出すが、それは彼の耳に届くことは無かった。
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目が覚めると見慣れない天井が視界に入った。木造のようだが、綺麗に整えられている。大一は自分がどうなったのかを思いだそうとしたが、酷い頭痛がして考えるのをすぐにでも放棄したかった。頭を抑えるように手を動かそうとするが、彼の右腕はすでに無く、手は頭に届くことは無かった。同時に右腕の奇妙さに気づく。二の腕の途中から丁寧に縫合されていた。
大一は首をひねると、自分の現状がいかに変化しているのかに気づく。柔らかいベッドに横たわっており、温かい毛布が彼の身体を包んでいた。彼が寝ていた部屋もシックな印象を受ける木造のもので、品の良さを感じさせられる。一方で部屋の中央に置かれているテーブルには可愛らしい手芸作品と怪しげな植物が混在しており、混沌の雰囲気を醸し出していた。
「どこだ、ここは…?」
『よかったな、大一!目が覚めてよー!』
突然の歓喜の声に大一はびくりと身体を震わせる。左肩から黒い影に血走った眼が安心したように彼を見ていた。
「シャドウ…俺はどうなったんだ?」
『次元の狭間から出てきてから、ぶっ倒れていたところを助けてくれた奴がいてよ。彼女が治療してくれたおかげで一命を取りとめたんだぜ。あっ、ディオーグは眠っているっぽいよ』
「そうか…ということは、ここは病院か何かか?」
大一が疑問を口にすると、扉がゆっくりと開かれる。てっきりシャドウの言う恩人が入ってくると思っていたが、現れた相手は手にお盆を持った骸骨であった。しかもひとりでに歩いている。
あまりにも衝撃を受けすぎて大一は声も出なかった。しかしすぐに意識を取り戻すと、彼は骸骨に話しかける。
「え、えっと…あなたが助けてくれたということで…?」
紅茶の乗った盆をテーブルに置いた骸骨は、大一へと視線を向けるとケタケタと笑いだす。声も出ていないため骨が当たって笑っているように見えるだけなのだが。あまりの薄気味悪さに、大一はごまかすように乾いた笑いをこぼした。
「なにをやっているのよ、気持ち悪い」
冷めた声でひとりの女性が入ってくる。黒めのワンピースに水色のケープが印象的な服装で、透き通るような青い瞳に短い金髪には軽いパーマがかかっている。年齢は同じくらいのように思える美人ではあったが、吊り上がった眼は少しきつい印象を抱かせた。
さすがに彼女が本当の意味で助けてくれたのだろうと察した大一は、再び誤魔化すかのように礼を言う。
「あー…あなたが助けてくれたんですよね?ありがとうございます」
「その神器がうるさかったからね。声が聞こえて向かってみたら、あなたが倒れていたのよ」
「そうか…シャドウもありがとな」
『やめろよ、照れくさい』
大一は自分が生きているのを実感した。しかも彼女の反応を見る限り、神器を知っているということはどこかの組織に属していると考えていいだろう。彼女の素性をどこまで聞けばいいか迷う大一であったが、彼女はきびきびと話す。
「私はアリッサ。この辺りで医者をやっているわ。兵藤大一、最近世間を賑わせている若手悪魔の眷属ね。その神器から話は聞いたわ。あっ、お代はけっこうよ。あなたの身体から血液を抜かせてもらったからね。半龍に珍しい神器を持ったこの血は、サンプルとして面白いわ。命に別状は無いし、その神器から了解は得ているから」
「は、はあ…そうですか」
ズバズバと話を進める彼女に、大一はすっかり面食らう。この強引な雰囲気はどこかリアスを思い出させるものであったが、アリッサは特に気にしたようでもなく骸骨が運んできた紅茶のカップを持ちながら、テーブルに置かれているラジオのつまみをいじっていた。
「あなた、どこから来たの?」
「…いちおう冥界から。話せば長くなるしややこしいですが」
「ふーん…まあ、根掘り葉掘りは聞かないけど」
「ここは冥界じゃないんですか?」
「違うわね。名前はあるようで無いような…一部の者から『異界の地』なんて呼ばれているらしいけど」
特に興味の無さそうにアリッサの答えに、大一は首をひねる。まったく聞き覚えの無い土地の名前に、どの勢力かも分からない以上はどこまで話していいものかが分からなかった。
そんな中、彼の頭の中で聞き慣れた低い声が響く。
(んあ…起きたか、小僧)
(ディオーグか?お前も大丈夫そうだな)
(お前が数日間寝ていたおかげで、暇だったがな)
(…え?)
ディオーグの指摘に、大一は慌て始める。てっきり次元の狭間から抜け出してすぐのことだと思っていたが、ディオーグの話ではすでに数日が経過していたようだ。
焦燥にかられる大一であったが、アリッサはまるで気にしていない。むしろなかなか付かないラジオへの不満の方が大きかったようだ。
「あーもう!冥界の妙な魔獣のおかげで受信もできやしないわ。まったく誰がこんなことをしたんだか…」
「冥界までの行き方を教えてくれませんか?」
「…あんた行くつもりなの?その身体で?」
呆れたようにアリッサは大一に問う。たしかに彼は数日寝込んでおり、その身体にも未だに包帯が巻かれている。一目で健康だと思う者は誰もいないだろう。
「俺は行かなければならないんです」
「よくもまあ、医者の目の前でそんなことを臆することもなく堂々と言えるわ。まだ完全に回復していない状態で、はいどうぞと私が送り出すと思っているの?」
苛立った様子のアリッサが指を鳴らすと、どこからともなく骸骨や人形が現れて脅すように刀剣類の武器を向けてきた。全員に魔力の類を感じ、その精密なコントロールに舌を巻く想いであった。ただの医者ではない、これだけでも彼は確信した。
それでもこのまま休んでいるわけにもいかない。魔獣の件についてはシャルバの仕業であることがわかっているし、リアス達がこの騒動に手をこまねいているとは思えない。大一はベッドから降りると、目の前の骸骨たちに睨みを利かせる。
「だったら…押し通るだけです」
「そこまでやる理由がわからないわね」
「冥界には俺の大切な人達がいる。行くのはそれだけで十分ですよ」
大一の言葉に、アリッサは目を細める。彼女の心情を読み取ることは出来なかった。西洋人形のような整ったその顔には、感情というものを一切捨て去ったような印象すら抱かせるのであった。
やがて彼女の方が小さく口を開く。
「つまり無理ってことね…わかったわ。あなたを冥界に連れて行ってあげる」
その言葉と同時に骸骨と人形は武器を下げる。大一も安心した様子で、彼女に大きく頭を下げた。
「ありがとうございます」
「でも条件があるわ。まずあなた自身が回復すること。今から持ってくる食料を全部食べて、私の薬を打たせてもらうわ。それでとりあえず大丈夫でしょう。あとその報酬がてらに血液を注射一本分追加。あと冥界と言っても広いわ。魔法陣を使うんだけど、私有地は入れない。だから騒動の中心で結界が弱まっている首都リリス辺りになりそうだけど、それでもいい?」
「わ、わかりました。とにかくお願いします」
「…交渉成立。あなた達、食料持ってきなさい。その間に、私は転移部屋で準備しているから」
アリッサがまたもや指を鳴らすと、骸骨と人形たちが一斉に動き出す。彼らが出て行った後に、アリッサも部屋から出て行き先ほどまでのごちゃごちゃとした雰囲気はあっという間に消えていった。
「…しかし至れり尽くせりすぎるな」
(何者なんだ、あの女?)
『ちょっと怪しい気もするけど…ま、まずはラッキーってことにしておかない?』
間もなく骸骨たちが大量に運んできた食料を大一が片っ端から口に入れることになった。
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数十分後、大量の食糧を無理やり飲み込んだ大一は残った左腕で腹をさすっていた。アリッサから消化を助ける薬も併せて飲んだことで全部平らげたが、それでもまだ重い感覚が残っている気分であった。もっともディオーグは久しぶりに大量に食べられたことに満足していたが。
「さて、魔法陣の準備を出来たし…ほら、腕を出しなさい。まずはあんたの血を貰うわ」
「え、ええ」
アリッサは大一が差し出した腕に手際よく注射を指すと血液を抜く。時間が惜しい現状では、彼女の手際の良さは素晴らしく、炎駒に勧められて毎年採血を受けていた大一から見ても、その腕の良さに感嘆した。
「それであとは薬の方を注射っと…よし、これで完璧」
連続で注射を行った後、大一の身体はかなり軽くなったような気がした。頭痛や疲労は鳴りを収めており、すっかり健康体になったようであった。
包帯を外している大一を見ながら、アリッサは忠告する。
「いちおう大丈夫だと思うけど、戻ったら早めに病院に行くことね。あと服は上の方はもうボロボロで捨てたから、その寝間着上げるわ。転移はこの魔法陣の中央で魔力を流せば発動する。首都リリスからこっちに来ることは出来ないから、忘れ物はしないでよ」
「なにからなにまで本当にありがとうございます」
「…あのさ、敬語止めてくれない。我慢していたけどさ、私よりも遥かにガタイの大きい男が丁寧にしているの気持ち悪いんだけど」
「え、えーと、わかった」
『酷い言われよう…』
ポツリと呟くシャドウを、アリッサは無視して大一を促す。もはや彼女の興味はどこか別のところにあるように思えた。
大一は魔法陣の中央へと進み、改めてアリッサへと視線を向ける。
「いつかしっかりお礼をするよ」
「いらないわよ。私は私で勝手にやるから」
「それってどういう───」
「さっさと行きなさい。あなたの大切な人達がいるんでしょう」
「あ、ああ…。とにかく本当にありがとう!」
このやり取りを最後に魔法陣が光りだし、大一の姿はその場から消えていった。一仕事を終えたアリッサはグーっと体を伸ばすと、骸骨たちに片づけを命じる。残った彼女は特に誰に言うでもなくポツリと呟く。
「さて、私の望む方向に転んでくれればいいけど」
新キャラは今後の展開にも関わってきます。恋愛関係にするつもりはありません。
名前は某映画のヒロインのをもじっています。ヒントは「本当に申し訳ない」です。