この数日の出来事を形容する言葉は多々あるだろうが、大一にとっては強烈な嵐というのが一番しっくりきた。ルシファー眷属が主のサーゼクスを囃し立てる中、現れたグレイフィアの覇気が彼らの悪乗りをあっという間に鎮火させたのだ。ミリキャス曰く、グレイフィアが最強とのことであった。
その事件後の2日間、ミリキャスと共に過ごし、ルシファー眷属は日本を満喫と彼らにとって充実した生活であった。一誠とミリキャスの別れ際のやり取りが特にそれを際立たせていた。
『ミリキャス!また来いよ!』
『イッセー兄さま!また遊んでください!』
このやり取りを目にした大一は、自分の命を懸けた甲斐を改めて感じるのであった。弟を生かした選択、それが自分にできない方向で冥界の未来に強い影響を与えているのは間違いなかった。
(だがそのつまらねえ感傷に浸るだけなのは問題だな)
ミリキャスが冥界に帰った翌日の放課後、ディオーグが呆れ半分の低音で大一に話しかける。彼としては不意の発言であったが、その意図を察せないほど浅い付き合いではない。
(あのエロ弟にケジメはつけたんだ。今度はあのガキを遥かに超える実力をつけやがれ)
(わかっているつもりなんだが、どうすればいいのかが分からないんだよ)
これまでの経緯から一誠への罪悪感を払拭し、立ち上がる決意を持った大一であったが、その目標はあまりにも漠然としていた。死の狭間で決意した「冥界を変える」という目標は揺らいでいない。しかし、いざ具体的にどうすればよいのかと考えるとまるでビジョンが浮かばないのだ。実力至上主義である悪魔なので強くなることが目標に近づくはずだが、そもそも現在は転生悪魔でもないため、唯一考えなしにすがりつけるロープすらも持っていない。
ディオーグへの反応に困窮する大一であったが、そこにシャドウが割り込む。
『いやいや実際、大一の気持ちもわかるぜ。そもそも赤龍帝が恵まれすぎなんだよ。同盟前に天使側から聖剣を貰ったり、悪魔の駒を特別に調整されたり、化け物龍や異世界の神から力を借りたり…』
(そんなこと、俺に言うなよ。というか、俺の記憶を覗いたのか?)
『ディオーグから聞いた』
(そうですか…)
半ば諦めた雰囲気で大一は答える。どうもシャドウは一誠の特別扱いが気に食わないらしい。その理由について説明することは無かったが、神器として神滅具所有者ゆえに特別扱いされているのが気にならないのかもしれない、と大一は睨んでいた。そしてその予想は実際にほとんど的を射ていた。
『昨日なんて使い魔なんて貰っていたじゃないか!』
シャドウは不満をこれでもかというほど垂れ流す。昨日、ミリキャスと別れる前に一誠はセカンドから「スキーズブラズニル」と呼ばれる空飛ぶ帆船を貰った。今はまだ小型のラジコン程度のサイズであったが、持ち主のオーラやイメージでさらに巨大なものになるといわれている。セカンドから「空飛ぶハーレム御殿」などと言われて、一誠はこの贈り物をありがたく受け取った。
シャドウが不満を漏らす一方で、大一はこの辺りをまるで気にしていなかった。すでに自分は十分すぎるほどの支援を受けていると考えており、より今後の可能性がある弟に援助が集中するのはある意味では当然と考えていた。もっとも使い魔に関しては、ただでさえ体の中にやかましい相棒が2つも存在しているのに、使い魔の面倒など見られないと考えていたのも気にしない理由であったが。
この不満に、ディオーグは諭すように反応する。
(だがな、影野郎。この世なんて好きに力を得られることの方が圧倒的に少ないんだ。都合の良い状況を期待している暇があったら、それを少しでも自分を高める時間に使うべきなんだよ)
『そ、そうかもしれないけどさ…僕らだけじゃ…』
(勘違いするなよ。諦めるんじゃなくて、受け止めて強くなるんだ。そもそも俺は小僧のエロ弟なんかに負ける気はしねえぞ。その上で奴らを叩きのめすくらい強くなるんだよ)
(叩きのめすという点はともかく、俺もそういう気持ちはあるよ。いざという時に、兄としてあいつを超える力はないと)
(そうだ、小僧!そういう向上心を持つだけで、もっと強くなれる。お前が罪悪感を持っていた時は不安だったが、ようやくそれらしくなってきたじゃねえか!)
『ああ、道のりは長いなあ…』
ディオーグとシャドウが対照的な反応を見せる中、大一はとにかく歩を進める。向かっている場所は旧校舎ではなく職員室であった。この日、大一はアザゼルから呼び出しを受けており、彼の待つ職員室に向かっている途中であった。わざわざ部活の時間に呼び出すあたりに、アザゼルへの不信感が増大される。もっともこの呼び出しを知ったリアスと朱乃がまた大一が何かをやらされると思って、雪崩のごとき不満を漏らしていたため、彼がアザゼルに向ける感情はいつもよりも穏やかであった。
間もなく職員室にたどり着いた大一はアザゼルと合流する。
「時間ちょい前…上々だ。遅れることが出来ないからな」
「部活の時間に呼び出すほど、重要な案件なんですか?」
「まあな。ただ俺は打診を受けただけ…ちょっと来な」
合流後、すぐに職員室を出たアザゼルはとある空き教室に入る。そして大一に押し付けるように魔法陣の書かれた紙きれを渡した。
「ここなら誰も見ないだろ。戻ってくる際は、いつものルートで部室の方から出てくればいい。あっちが用意しているだろうからな」
「転移魔法陣ですか…俺はアザゼル先生からこういうの渡されて碌な目にあってませんよ」
「いちおう今回は俺が用意したもんじゃねえけどな。まあ、用事自体は夜の仕事には間に合うだろ」
「待ってくださいよ。そもそも何をするのかを聞いていませんよ?」
「それは向こうで待っている奴が説明してくれるよ。というか、俺が説明するのもお門違いだしな。
…ただまあ…敢えて言わせてもらうなら、決めるのはお前自身だ。お前には受け入れることも、拒否することもできる権利はあるってことだな」
事情を知らない側からすれば、まるで不透明なアドバイスであったが、少なくとも大一に選択する余地はあるようだ。ごくわずかであるが安心を手に入れた大一は、アザゼルに向けて頷くと魔力を込める。間もなく、彼の姿は学校から消え去った。
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たどり着いた場所は学校の空き教室とは一線を画していた。周囲の壁は呪術的な文字こそ描かれているが、一種のアート作品のような優美さを誇っている。床は踏み心地の良いカーペットで塵ひとつ見当たらない。単純ながらも格式の違いがある。
そんな部屋の様子に大一がまるで気が付かなかったのは、転移した先で出迎えてくれた人物に会ったからだろう。
「炎駒さん!」
「これは大一殿。時間通りですな」
「まさか炎駒さんがお呼び出しを?」
「いや、私というか私含めてというべきか…まあ、話は部屋に行ってからにしましょう」
そう言うと、炎駒は大一を連れて部屋を出る。全体的に規模は大きくないが手入れが行き届いている廊下が長く続いている。これに絢爛な飾りでもあれば、金持ちが所有している屋敷のような印象を受けるだろう。
「貴殿と直接会うのはグレイフィア様を送った日以来ですな」
「ええ。その間にもいろいろありましたよ」
「私は心から安心しましたぞ。若が戻ってきた時、貴殿の魔力を感知できなかった。その時に貴殿は死んだと本気で思ったのですから…」
「本当に申し訳ありません」
「謝ることではありません。どのような形であれ、貴殿は生きて帰ってきた…それが嬉しかったのです」
大一の心に温かいものが込み上げてくる。師から多くのものを受け取ってきたと自負しているのだが、これほど自分を心配してくれる存在がいるというのはやはり安心する。仲間含めて今の自分の特異な状況を理解してくれるのだ。
やがて大きな扉の前に彼らはたどり着く。炎駒は軽く息を吐くと、大一に向き直った。
「大一殿、これから行うことは無理強いされるものではありません。もしかしたら…貴殿は今以上に難しい立場になる可能性もあります。だからこそ、自分の意志を尊重していただきたい」
「…わかりました」
アザゼルと同様の内容に、大一の気持ちも引き締まる。これから待ち受けることが危険なものではないと理解していてもここまで釘刺しされると自然と不安は高まった。
扉が開けられると大きな長テーブルが視界に入る。いくつかの椅子が用意されており、そこに座るほとんどの人物がここ最近出会ったばかりの存在であった。ちょうどテーブルの先である上座に座る紅の髪をした男性が、親しみを込めた様子で大一に手を上げる。
「やあ、大一くん。この間ぶりだね」
「サーゼクス様…!」
声を震わせながら、大一は部屋の光景に驚きを示している。サーゼクスを中心に、このテーブルにつく者は全員が強者であった。彼の右腕で妻でもあるグレイフィアを筆頭に、スルト・セカンド、沖田総司、マグレガー・メイザース、ベオウルフと先日現れた面々に、大一はすっかり衝撃に面食らっていた。まったく知らないローブを被った人物がいるが、このメンバーと一同に会している点から、ルシファー眷属の「戦車」であるバハムートであると察するのに時間はかからなかった。「深海の光魚」と呼ばれる魔物であるのは知っていたが、何らかの方法でこの部屋に収まるような姿をしているのだろう。
朱乃ですら見たことがないと言わしめるルシファー眷属全員の集合の場に、大一は完全に動きが止まっていた。同時に頭の中ではこれから起こることを様々挙げてみるが、どれを取っても確信は持てず、挙句の果てにはこの場でなんらかの責任を取らされるなどとありもしないはずの不安に駆られていた。
炎駒が人間体へと変化し席に着くのを確認したサーゼクスは、少し笑いながら大一を見る。
「そう固くならないでくれたまえ。まずは話を進めるためにそこに座ってくれないかな?」
「は、はい。失礼します」
固くなるな、という冥界を知る者ならまず不可能であろう促しを受けた大一はガチガチに緊張した状態で残った椅子に座る。ちょうどサーゼクスと対面上の席で、ルシファー眷属の視線を一身に受けているような気分であった。
「さて、まずは多忙な中で時間を取ってもらって悪かったね。もっとも昨日まで半数は休みを取っていたが、こうして全員が一同に集まるのは久しぶりだ。魔獣騒動の時も私はハーデスのところに出向いていたからね。それに加えて───」
「…サーゼクス様、前置きはそれまでにしませんか?」
「おいおい、炎駒。そこまで急かす必要ねえだろ。重要なことだから時間かけようぜ」
「セカンドは仕事が面倒だから、引き伸ばしているように思いますがね」
マグレガーの皮肉に一瞬何か言い返そうとするセカンドであったが、話の腰を折ることを危惧したグレイフィアの一睨みに、軽く肩をすくめて腕を組んで姿勢を正す。
サーゼクスは苦笑い気味でそのやり取りを見守った後、再び話し始めた。
「いやはや炎駒の言う通りだ。無理に時間を作ってもらった者も多いし、なによりも今の時点で私がいくら話をしようとも肝心の主役が困惑するだけだろうからね。
さて大一くん!ここに呼ばれた理由はわかるかな?」
「え…あ…も、申し訳ありません。まったく見当もついていません」
呆然としていたところにいきなり話を振られた大一は困惑気味に答える。アザゼルや炎駒の雰囲気から気を引き締めたつもりではあったが、それでは足りないほどの圧倒的なメンバーが目の前に鎮座しているのだから当然だろう。ただ少なくとも自分以外は状況を理解していることだけは、さすがに大一も把握できた。
納得したように頷くサーゼクスが言葉を続ける。
「ふむ…キミの立場を整理しよう。先日の事件で弟を助けるために『悪魔の駒』を渡し、そのままリアスがイッセーくんに使用した。それによってキミは現在、転生悪魔ではなく、リアスの眷属でもない。そこは理解しているね?」
「はい」
「では、それにあたり新しい主を見つけようとは思っているかい?」
「私は…私はそこが分からないのです。リアスさん…じゃなくて、リアス様に助力したいと今でも思っています。しかしそれは新しい主を裏切る行為とも思うのです。今の私は決して万全な状態ではありません。それでありながら、もし私の力を見初めてくれる方がいらしても、この感情を抱いたままでは…」
大一にとってリアスは主であり、グレモリー眷属は共に戦う仲間であった。苦楽を共にし、己の心を救ってもらった彼女らはかけがえのない存在であった。それゆえに新しい悪魔の主を見つけても、簡単な二つ返事で眷属になれるとは思えず、さらには忠誠を誓えるほど尊敬できる相手を見つけても、今度はリアス達とその相手への感情で板挟みになることは目に見えていた。
大一の感情にサーゼクスは優しく微笑む。彼の回答を予測していたかのような印象を受けた。
「なるほど…では、その点を踏まえて私からひとつの提案をさせてもらおう。大一くん、私の眷属にならないか?」
「ッ!」
驚愕という言葉だけでは足りないほどの衝撃を顔面に走らせる大一に対して、サーゼクスはひとつの「兵士」の駒を懐から取り出す。それが「変異の駒」であることは疑いようもなかった。
「私の秘蔵で最後のひとつだ。この駒の存在を知る者はほとんどいない。何よりも私にとって、今のメンバーは間違いなく完成されているからね。これを使うのは…本当に後悔しないと思うような相手が現れた時だけだ。つまり、今のキミだ。ぜひとも我がルシファー眷属に迎えたい」
衝撃的な殺し文句に、大一は一瞬あらゆる感情がどこか別の空間へと飛んでいった錯覚を覚えた。コンマの世界でサーゼクスの提案を幾度となく繰り返した。そして彼の提案が、自分自身に向けられたのだとようやく受け止められた。
認識するのと同時に、頭の中でグルグルと疑問が湧くが、やがて大一の口から空気が抜けたかのような雰囲気で自然と言葉が出てくる。
「サーゼクス様…私にはあまりにも大きすぎる名前です。誇り高きルシファー眷属の名を背負えるほど、強くありません」
「やはり、キミは真面目で純粋だな。それは美点でもあるが、己の道を狭める欠点でもある。私としてはキミも冥界を大きく変えてくれる存在だと考えているんだ」
「過大評価です。そもそも私なんかを眷属になど…」
「ひとりの悪魔として惚れ込んだ人間を眷属にしたいと考えるのは自然なことだろう?」
サーゼクスの真意を大一は読み取れなかった。言葉通りの気持ちなのか、今後も一誠やリアス達を助けることに期待しているのか、それとも別の何かを成し遂げてほしいのか、あるいはただの気まぐれか…何度も自問自答を繰り返すが、答えを知ることができないのもわかっていた。
ただ彼が今後もリアス達の助けとなることができ、尊敬に値する人物、さらに強くなるという一点に置いて自分を高めるのにこれほどの相手はいないだろう。それも理解していたからこそ、大一は取るべき行動を決めた。余計な時間は身を錆びさせることなど何度も経験している。
「サーゼクス様、私は未熟者です。どれほどその期待に沿えるかは分かりません。しかしあなたが私を必要としてくださるのであれば…兵藤大一、この身をあなたのために仕えさせていただきます」
「その言葉に満足しかない。魔王の眷属として、私の眷属として、キミのできる全力を見せてくれ」
そう言ったサーゼクスは持っている「兵士」の駒を投げる。対面にいた大一はそれを受け取り、そのまま胸の中に込めた。海流が大きく動くような、マグマが火山から噴き出すような、雷が地を叩きつけるようなとてつもない力が全身に駆け巡る。リアスから悪魔の駒を受け取った時のような感覚を思いだす。
「さて、改めて自己紹介といこうか」
「兵藤大一です。この度、ルシファー眷属の『兵士』となりました。皆さまよろしくお願いします」
サーゼクスの促しに、大一は立ち上がり他のルシファー眷属に頭を下げる。
「いいんじゃねえか。ベオの時よりもしっかりしている」
「セカンドさん、このタイミングでもそんなこと言いますか!?」
「自己紹介の時、ガチガチに緊張していましたものね」
「言葉もしどろもどろ…」
「マグレガーさんやバハムートまで!?」
「しかしいいんですか?我々はあれに対抗するために、神器持ちで構成されていないですが」
「大丈夫だよ、総司。影の方はともかく、彼の持つ錨は神器ではないからね。いやー、セラフォルーとの大一くん取り合い合戦に勝てて良かった」
「サーゼクス、そんなことやっていたんですか…」
主含めて一気に和やかな雰囲気を醸し出す面々に、ようやく大一は生命を取り戻すような呼吸を行う。やっと現実に戻ってこられたような気分であった。
すっかり緩められた空気の中で、炎駒は大一に近づく。
「本音を言えば、この件について私は賛成と反対が半々でした。またあなたに責任を背負わせることになりますからな」
「…だからこそ、俺に逃げ道も作ってくれたんでしょう?でもこれを選んだのは俺の意志です。これからは師弟というだけでなく、同じ眷属としてもよろしくお願いします」
大一の言葉に、炎駒は何も言わなかった。ただ静かに微笑み返しただけであった。
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「ということで、サーゼクス様の『兵士』になりました。これからもリアスさん達を手伝う事には変わらないので、よろしくお願いします」
他のルシファー眷属と軽く打ち合わせをしてから数時間後の深夜、悪魔の仕事のために部室に全員が集まったところで、大一が報告する。一連の説明を聞いて、メンバーの表情はまさに大一がサーゼクスから勧誘を受けた時に匹敵するほどの驚きを表していた。
そんな中で、唯一驚きの表情をしていないアザゼルが大一に近づいて肩を組む。
「そういうことだ。ただ表沙汰にはしない、特殊な立ち位置のルシファー眷属だからな。他言無用だぞ」
「あ、あなたがそうさせたの?」
「俺は打診を受けただけだ。それに選んだのは大一自身だぜ」
やっと絞り出すリアスの言葉に、アザゼルが肩をすくめる。これには彼女もどういった反応をすれば分からないようであった。
これに次いで、ようやく他のメンバーも言葉を発した。多くのメンバーが大一の新たなスタートを祝うのに対し、朱乃は少し微妙な表情をするが、それを彼は気づかなかった。
立場が大きく変わるため、これまでとは違った立ち振る舞いも必要になるオリ主です。
ということで、新スタートを切って次回から14巻です。