「滅んだドラゴンねえ…」
吸血鬼の会談を終えて帰宅した大一はリビングのソファに座って魔法使いの資料に目を通しながら、一誠の話を聞いていた。会談後に彼はアザゼルに神器を見てもらうついでに、ヴァ―リからリークされた情報を兄にも話していた。なんでも彼は滅んだドラゴンの生息地を捜索していた際に何度も禍の団のはぐれ魔法使いグループに遭遇したという。
「兄貴なら何か分からねえかなと思ってさ」
「アザゼルが知らないことを俺が知るわけ無いだろ」
「でも俺よりも本読みこんでいるし、ルシファー眷属だし」
「俺は都合のいい情報屋じゃないんだぞ。お前の話した邪龍だってディオーグの件で、アザゼルから聞いた程度だし」
一誠の話に大一は困ったように髪をかき上げる。一誠がアザゼルから聞いた滅びたドラゴンとして挙げられたのは、クロウ・クルワッハ、アジ・ダハーカ、アポプス、ニーズヘッグ、グレンデル、ラードゥン、八岐大蛇だ。いずれも実力と凶暴性に秀でた龍であり、特に前者の3匹は「邪龍」としてその名をあらゆる界隈に轟かせた。それ故に相応の危険性を孕んでおり滅ぼされていた。
彼の頭の中でも、さっそく龍と神器の会話が繰り広げられていた。
『いたな、そんな名前の龍。ずいぶん昔だし、僕は会ったことないな。噂話程度はいくらでも聞いたことあるけど』
(なんだ戦ったことねえのか。つまらねえな)
『いやいや二天龍や五大龍王同様に知る者なら、わざわざ手を出すような相手じゃないんだよ。むしろディオーグこそ聞いたことないの?』
(ない。いちいち覚える気もねえが)
「…ディオーグもシャドウも詳しくないってよ」
同居者の回答を一誠に伝えると、彼は軽く肩をすくめる。情報を知れたら良いと思っていた程度なので、今の段階で心配する必要がないのは彼もわかっていた。どちらかというとドライグが眠っている今、気になったことを少しでも吐き出せる相手が欲しかった。
そんなドライグは曹操との一戦から未だに目覚める兆しはなかった。この状態ではトリアイナや女王形態も使えない上に、相棒がいつ復活するか分からないのは不安を抱くのも当然のことだ。もっとも一誠も傍から見れば龍神によって創られた身体で転生悪魔になるというイレギュラーな存在であったので、事情を知る相手からすれば疑問と不安を抱かれる対象であったのだが。
いろいろ考えは巡るが結局落ち着くのは、禍の団が再び来ようともまた相対して退けるしかないということであった。
「まあ、来た相手は退けるしかないか」
「…それで済めばいいがな」
「なんだよ、兄貴。その言い方」
「さっきの吸血鬼の会談でちょっとな…」
兄の言葉に、一誠の眉が不自然にピクリと動く。会談の場で我慢できずに口出ししてしまったことを言われているのだろう。別に赤龍帝だからと思い上がっているつもりは無い。それでもいざという時に仲間のために力になれないことは、彼としては苦心を飲み込むように無力さを感じるのであった。
アザゼルにも指摘されたが、グレモリー眷属は良くも悪くも感情を優先させる傾向がある。年齢ゆえの未熟さではあるのだが、その面では大一が他のメンバーよりも隙の無さを感じられるのであった。
「…仕方ないというつもりはねえよ。でもあれは口出しだってしたくなる。だからこそもっと立派な悪魔にならなきゃいけないんだ」
「…ん?あっ、まあそれもそうだな」
ぼんやりと間の抜けた大一の声が反応として返ってくる。ひとつの強い決意を口にしたつもりであった一誠は、いまいち拍子抜けした。
「なんだよ、兄貴。会談で俺がエルメンヒルデに意見したのを言ったんじゃないのか?」
「あれはあの場で収まったことだ。反省はするに越したことないが、それはお前が勝手にやることだろう」
「じゃあ、何を考えていたんだよ?」
「吸血鬼の価値観についてちょっとな。…まあ、俺が悩んでも仕方ないんだろうが」
大一の表情から考えを読むことが一誠は出来なかった。もともと抱え込みやすい兄の性格は熟知しているつもりであったが、同時にその面倒なほどの思慮の多さを解析する気にはなれないのも理解していた。それにいたずらに不安を出して、相手を混乱の渦に引きずり込むようなことを彼はしないのだから。
しかし一方で、一誠の話も彼の耳には届いていた。
「まあ、お前も立派な悪魔になるっていう意識を持てるのはけっこうじゃないか」
「俺だって赤龍帝だからって思い上がるつもりはないからな」
「それでいいはずだ。お前は俺の弟なんだからな」
一誠のことを英雄と見ていない兄の言葉は、妙に彼を安心させた。無駄な責任を背負わせない心遣いなのかは知らないが、少なくとも無意識ながらに一誠の精神的な支柱としている男の言葉は心強く感じた。
「…ところで兄貴は魔法使いは決まったか?」
「まだまだ先になりそうだ…」
軽くため息をつきながら、大一は資料をまとめ始める。一誠よりも数は少なかったが、それでも契約する魔法使いを選ぶのには苦慮している様子であった。
そんな彼の右肩から黒い触手のようなものが伸びると、血走った眼が煽るように一誠を睨みつける。
『お前は良いよなー!より取り見取りだもんなー!マネージャーもいるもんなー!』
「うるせえ、外道神器!」
「シャドウ、父さん母さんが寝ているからって出てくるなよ」
軽く舌打ちしたシャドウは大一に言われて引っ込んでいく。一誠としては今でもあの神器の敵意と煩わしさに満ちた態度は快いものでは無く、かつての兄への行為を許すつもりも無かった。
「お互い、神器の件では苦労するかもな」
「俺は兄貴よりはマシだと思っているけどな。…そういえば先生がアーシアに伝えることがあるって言っていたな」
「あの人がアーシアにというと神器のことだと思うが…」
大一は身に覚えのないびくりとした悪寒が走るのを感じて、身体を震わせる。理由は説明できないが、なぜか嫌な予感を抱いてしまった。
「…なんか不安になってきた」
「だ、大丈夫じゃねえかな」
大一の苦々しい言葉に、一誠小さく歪んだような笑いを浮かべる。覇気や規律性が感じられない隙のあるような態度であったが、無意識のうちでも兄が不安を少しでも降ろしているように感じた一誠は、慎ましい満足感を抱くのであった。彼が唯一シャドウの件で好感を持てるのは、このきっかけを作った事であろう。
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翌日の早朝、大一はいつものように目を覚まし、隣で眠る朱乃を起こさないようにこっそりとベッドから降りる。手早くトレーニング用のジャージに着替えると、大きく伸びをしていつものように早朝の練習に向かおうとした。オーバーワークに思われがちだが、もはや彼の生活のルーティンとして成り立っている。
するとエレベーターのところで、パジャマ姿の可愛らしい少女と鉢合わせをする。
「おはようございます、先輩」
「おはよう、小猫。どうした?今日はやけに早いな」
「実はその…先輩と話したくて…いいですか?」
「断る理由もないよ」
これにより、彼にしては珍しく早朝のトレーニングを休むことになった。
下に降りた2人はまだ誰も起きていないリビングの椅子に座る。小猫のリクエストによるココア付きであった。
「…姉さまが前に淹れてもらったと聞いたので」
「言っても、市販のやつだぞ。まともに淹れられるのが、ココアってだけだ」
「話を聞いたら飲みたくなったんです。それに朱乃さんや姉さまが一緒に飲んで、私だけまだなのも…」
気にしすぎな印象を覚えたが、大一は特に何も言わずに自分のココアを飲む。寡黙でありながら小猫はこだわりの強い一面もあるため余計に掘り下げようとも思わず、彼女の方から話し出すのを静かに待っていた。
ソファに座る小猫は静かにココアを飲んで身体を温めると、大一にチラチラと視線を向ける。
「…昨日の会談は緊張しました」
「知らない種族との話し合いに緊張は付き物だよな。ギャスパーの件もあったし」
「ギャーくんが心配です。たしかにあの力はとてつもなかったですが…」
「そんなにすごかったのか…」
「同時に異質でした」
小猫は大一の問いにきっぱりと答える。英雄派のゲオルクを倒してギャスパーの力は明らかに異常であった。彼の持つ神器とはまるで違い、生まれた闇を巧みに操り敵を飲み込む、人格も別人に入れ替わったかのようで不気味な雰囲気は意図しない寒気を感じさせた。大一と違い、実際に目の当たりにしたからこそ抱く恐ろしさであった。
「…あれがどういう力かはわかりません。でも…親友が力に飲まれたらと思うと…」
小猫の声が曇りに満ちていく。かつて猫魈の力の件で怯え、心に憂いがつきまとっていた彼女としては、今のギャスパーの状態が心配であった。得体の知れない凶悪な力、大切な人のためにその身を亡ぼすほどの勢いと覚悟、それによって自分自身を見失うのでは無いかという疑念…彼の同級生で、似たような経験を知っているからこそ、ギャスパーが無茶をして親友として手の届かない場所に行かないかが心配であった。
ましてや昨日の吸血鬼たちの態度を踏まえても、その手を緩めるつもりは無いだろう。物理的にも精神的にも厳しい環境に赴くのが不安であった。
「…私に出来ることがないのは分かっているんですけど…やっぱり悩んじゃいます」
全部言い終わった小猫の顔を見て、大一は彼女の隣に座ると優しく背中をさする。不快な想いを吐き出したのが、意図せずに表情にも表れていたようだ。大一相手だと自分の素直な感情を出しやすいものであった。
「…無理するなよ。それでお前が抱え込み過ぎたら逆にギャスパーを心配させるぞ」
「…分かっています。でもギャーくんの力になりたくて…受け止めてもらうことは何度もありますけど、受け止めるのはどうしたらいいのか…」
言葉を切る小猫は目を細める。ギャスパーの力にはなりたい、しかし今まで己の感情を受け止めて貰ってきた彼女にとっては、どうすれば彼の支えになれるかが分からなかった。親友として彼の不安を埋めるにはどうしたらいいのかが。だからこそ一番相談をしてきた相手に答えを求めるのだが…。
そんな彼女に視線を合わせた大一は安心させるような声色で話し始める。
「一緒にいるだけでもあいつは安心するさ。いつも通りに振舞えばいい」
「でも…」
「それだけじゃ納得できないんだろ?しかし正解なんて無いと思う。結局はギャスパーがどう思うかだしな」
「打つ手なしというわけですか…」
「でも考えるのを止めていい理由にはならない。俺は常々そうやってきた。そうすれば…どこかで良い方法が見つかるかもしれないからな」
大一の大きな手を背中に感じながら、小猫はほっと息を漏らす。薄々ではあるが、この悩みに明確な答えが無いことなど小猫は感づいていた。それでも親友のためにもがく自分を頼れる相手が肯定してくれたという事実が、彼女の安定感の無かった感情を下からハッキリと支えてくれた。
小猫の安堵した様子を見た大一は半ば呆れ、半ば感心するような声で言葉を紡ぐ。
「しかしお前も真面目だなぁ」
「先輩ほど面倒ではありませんけど」
「言ってくれるな…」
「でもお話してよかったです。今はギャーくんとも一緒にトレーニングすることが多いですから…私なりに良い方法を探そうと思います」
「そう思ってくれたら安心だ」
ギャスパーだけではない。いずれは彼も支えたい、一瞬だけ芽生えたその気持ちだけは胸に秘めた小猫はココアの残りを一気に飲み干した。
2人は並んで台所で自分のマグを洗いながら、先ほど話題に上がったないように触れていた。
「ところでギャスパーとのトレーニングって?」
「姉さまから仙術の扱いについて教えてもらっているんです。精神を統一させて、気の乱れが無いように。その関係でギャーくんもこの前は一緒にやったんですよ。先輩はルシファー眷属の皆さんと修行でしたけど」
少し意地悪いような皮肉を投げかける小猫に、大一は視線を逸らす。彼としては事実である故に反論しようとも思えなかった。
「それは…悪かった」
「別にいいですよ。私はもう少しで新しい力をものに出来そうですし、部長や朱乃さんもすごいですから」
「これは俺も必死にならなくては…」
「実際、強くなった感じはするんですか?」
小猫の疑問に大一は反応に困った様子で義手を見る。見た目では分からないが、扱う者ゆえのぎこちなさをハッキリと感じていた。
シャドウの変幻自在の動きは強力だがかく乱と捕縛に特化しており、魔力も通せないため根本的に彼のこれまでの戦い方と相性がよくなかった。また戦いながら操るのはかなり意識を集中するため、身体が別々にあるような感覚を拭えず、連携を取ることもかなり難しい。クーフーの時のような不意打ちは強力だが、種さえ割れれば脅威にはなりづらかった。
大一の頭にクーフーから放たれた言葉が思い浮かぶ。あの時は否定したが、現状を踏まえるとその言葉が現実味を帯びていくのだ。
「…でも弱くなったと思いたくないな」
「先輩は慣れていないだけだと思います。あの神器を使いこなせたのはこれまでいなかったんですから、苦労するのは仕方ないことです。魔力や魔法陣も最終的には戦いに組み込めた先輩なら、絶対に大丈夫だと私は信じていますよ。それにどうしても大変な時は…私もいますから」
ポツリと呟いた大一に、小猫自身も少し驚きを感じるほど言葉が紡がれた。それでもこの言葉に嘘はない。彼が思うような無力さを小猫は思っておらず、追い詰められた時は自分が彼のために力を発揮するのも決意していた。
面食らったような顔の大一はやがて静かに柔らかく微笑む。
「ありがとう、小猫。お前の言葉だけで安心できるよ」
その言葉に小猫は少し支えになれたことを実感して満足感を覚えるも、同時に大一の自然ながらもストレートな言葉に、落ちついた外面とは対照的なほど感情を昂らせた。まだまだ恋愛方面では年上の相手に振り回されることを実感した小猫は余裕があるように見せるため、マグカップを洗うことに没頭するのであった。
だいぶオリ主も初期と比べると軟化してきた気がします。